罪人と呪い
私の目の前には断罪を待つ男。私にナイフを渡し、彼は…ジャスパーは笑顔で告げた。
「思い残す事はありません。僕を殺してください」
どうしてこうなった!?
時間は少し遡る。ルーミアさん達の結婚式は全て終了。ウルファネアからの客人達は我が家に一泊して帰る事に。
母に頼んで女性陣による飲み会を企画していただき、ルーミアさんを入れてもらってジェラルディンさんも話しに参加してもらうことに。飲み会メンバーは母・マーサ・ルーミアさんに何故かミス・バタフライが…ドレス作成で母が友人になっちゃったから参加らしい。私もお酒飲めないけど参加したい。楽しそう。
こちらは私・ディルク・ジェス・ジャスパー・ジェラルディンさん・ルラン・コウ・ハク。応接室を使って、結界で音を遮ります。
気がすすまないが、にらめっこしても仕方ない。
「ジャスパー、この者達に見覚えは?」
「僕が呪った方達…ですね」
「ジャスパー!?」
どうやらジャスパーの仕事をジェスは知らなかったようだ。何故そんな事を?と明らかに驚愕している。
「あんたはその能力嫌いだもんね。誰の命令?」
「…言えません」
彼は幸せそうに微笑んだ。
「僕、幸せです。僕を…知らないとはいえ疎まず受け入れてくれる弟に会えました。思い残す事はありません」
そして冒頭に戻るわけですよ。なんでそうなるか!わけわか…らなくはないが、ジェラルディンさんまでドン引きしてるよ!
とっさにナイフを受けとった私ですが、とりあえず説得を試みる。
「刺せと?」
「はい」
「私に人殺しの罪を犯せと?」
「い、いえ!罪人は僕です!貴女は私に罰を与えるだけです」
「貴方が死んだら、この部屋が血で汚れますし、場所によってはなんか吐いたりして掃除が大変ですし、迷惑です」
「「「いや、そういう問題じゃないだろう!!」」」
ディルク・ジェス・非常識枠のジェラルディンさんまでツッコミを入れた。ははは、私もビックリし過ぎて頭が回ってないんだよ。
「そうですよね…なら森とか」
「目撃されたら厄介です」
「殺されるのって難しいんですね…」
「そもそも、死んで何になるの?」
「…はい?」
「死体の後片付けは面倒だし、多少溜飲が下がるぐらいじゃない。それより生きて苦しみ抜いて、少しでも被害者に尽くして償って許しを乞うのが本当の誠意じゃないの?アンタが生きることに疲れて死にたいだけでしょ。甘えないで」
「…それ、は…そうですね」
しょんぼりしたジャスパーを見て、私はナイフを投げ捨てた。
「ルラン、ハク、コウはどうなの?」
「ふむ、俺は殺すよりどう償うかを見てみたいな」
楽しそうなルラン。完全に面白がってるな。まぁ、実行犯だが首謀者は別だからそんなに怒ってないんだね。
「ボクはぁ…元々怒ってないよぉ。ロザリンドちゃんに会えてぇ、今幸せだからぁ…それにぃ、奴隷としては普通の扱いなんだよぉ」
「ぼくも、結局はお姉ちゃんに会うきっかけになったし別に…」
おいコラ。ちょっと待て被害者達よ。
「この場で1番憤ってるのが私ってどういう事だ!?」
「逆にキレてる奴を見ると落ち着くってやつだな」
ルランは楽しそうだね!キレる私はそんなに面白いかちくしょうめ!
「…ちなみに、具体的にジャスパーは何をしたんだ」
「ユグドラシルに呪いの種を埋め込んでエルフの里が壊滅の危機になった。コウの喉に狂化の呪いをかけた短剣を刺して騎士団と戦わせてあわよくば同士討ち狙い。さらにコウの親が大暴れして周辺の町滅亡の危機。ハクはキノコの呪いをかけられて、騎士団が…いや下手したら王都が壊滅してたかも」
ジェス、顔面蒼白になって硬直してる。この分じゃ、極秘任務してるのは知ってたけど詳細は知らなかった感じかな?
「すまなかった!」
土下座をするジェス。
「なんでジェスが謝罪するの?」
「そうです!ジュティエス様は何も悪くない!悪いのは…ぐはっ!?」
やかましいのでジャスパーに裏拳を叩き込んだ。悶絶するジャスパー。青ざめるジェス。さりげなく介抱するディルク。
「…私は彼の後見人だ。息子のような者だ。責任がある」
「…はい?」
ジェラルディンさんが今38歳で、ジャスパーは確か17ぐらいで、後見人てことは、最低でも成人してる?
「ジェス、何歳?」
「…28だ」
「にじゅうはち?」
マジか!賢者みたく合法ショタ?でしたか!そういや建国祭の時、ディルクが成人した獣人の匂いとか言ってたもんね!
「そっか。でもジェスに謝罪されてもね…誰かの命令だとしても、それを遂行する選択をしたのはジャスパーだよ。ジェスにも責任が無いとは言わないけど、そもそもジェラルディンさんの方が親なんだから責任とれと言う話になるよ」
「…何をすればいい?土下座か?」
「ジェラルディン、土下座すりゃあいいってモンでもないから。ジャスパーには命を軽んじた分も合わせて罰を受けてもらう。闇様ー」
「うむ。任せよ」
ジャスパーは深い眠りについた。
「…罰とはなんだ?」
「被害者と同じ体験をしてもらい、私達の追体験してもらってます」
「私達?」
「私、贈り人持ちなんです。世の中には生きたくても生きられなかった人間も居るんです。五体満足なくせに自分の不幸に酔ってるみたいだから、どん底を体験させてます」
「地味にえぐいね」
顔を引き攣らせるディルク。
「うん。特にリンの記憶はえぐいんじゃないかな?精神的にね。ん?何コレ」
ジャスパーの首元に魔法陣がうかんでいる。嫌な気配がする。ジャスパーが首を掻きむしり、苦しみだした。
「すいません…すいません…僕は決して裏切りません」
「…アリサ」
「はーい。うわ、酷い呪いだね。解くの?」
「銀狼族には呪いは効かないはずでは?」
ジェスの言葉に首を振った。効かないわけではない。
「異常に効きにくいだけだよ。効かないわけじゃない。現にジャスパーは呪われてる。しかもこれ…暗示か…性格悪いなぁ。アリサ、解くのは後でね」
「はぁい」
アリサが私のお膝に座った。考えがまとまらない。つまり、敵はジャスパーを操っていたわけだ。人を操るにはいくつか方法がある。
隷属
→奴隷等に使用。特定人物の命令に逆らえない。逆らえば激しい苦痛を伴う。
操作
→意識を失い、術者に操作される。外見がゾンビみたいで怖い。
暗示
→基本は変わらないが、特定ワードや行動で発動。長期にわたると自分の意志だと刷り込まれて意志を捩曲げられてしまうことも。
「頭痛い…」
どうしよう。頭を抱えた所で、居るはずのない人間の声がした。
「ロザリンド…ううん、お姉ちゃん、お兄ちゃんを助けて!」
ジェンドが応接室の壷から出てきました。なんでだ。全く気がつかなかったよ!
「…いつから居たの?」
「お姉ちゃんにお兄ちゃんのことお願いしたくて探してたら、ラビーシャがここに隠れてれば来るからって」
「…そう」
とりあえず、ラビーシャちゃんは後でよーく話し合いですね。
「お姉ちゃん、ぼくもあやまる!どげざすればいいの?」
「しなくていい!ジェラルディンさんが土下座多用するから、息子も用法を間違ったじゃないですか!」
「む?すまない」
「ぼく、お兄ちゃんとくらしたい。お姉ちゃん、だめ?」
私は視線を被害者達に向けた。彼らは頷く。ディルク、微笑ましいモノを見る目で私を見ない!ジェスは困惑。ジェラルディンさんよ、期待に満ちた視線やめろ!
あああああ、もう!ジャスパーが悪人じゃない時点でこうなる予感はしていたよ!!
目を覚ましたジャスパーは、涙を流していた。
「間違っていました。僕は生きたい…どれだけ自分が恵まれていたか、理解しました」
私はできるだけ悪役らしく微笑む。
「そう。残念だけど、貴方には死んでもらう事にしたわ」
彼が渡したナイフを振り上げ、ためらいなく振り下ろした。美しい銀髪が、床に散った。
長いのでいったん切ります。




