1 夢の墓標
小さな墓に、花を供える。それは、夢の墓標。
夢を叶えられずに死んでいった、沢山の人々の墓場。
――あと。
あと、どのくらい。哀しき墓を造らねばならないのか。
この世に漂う「思念」の数は未知数で、おそらく、死ぬまでずっと――
「逃げてもいいんだぞ」
優しくユグドが言った。
「夢使いは他にもいる。悲しみから、逃げてもいいんだ」
フェレンは首を振った。
「駄目。悲しくても……辛くても……あたしは知っているんだから。『思念』の持つ、強い願いを」
だからこそ、彼らに話しかけ、浄化する。
「これは、あたしの償いなんだ。だから ユグド……。もう二度と、あたしに『逃げてもいい』だなんて言わないで」
強く見える彼女でも。逃げたくなるときがあるから。
「あたしは夢使い。悲しみも、苦しみも。すべて……受けて立つわ」
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――どうしても、滅ぼしたい人間がいた。
なぜなら、そいつは。彼のすべてを奪ったから。
けれど、復讐は果たされることはなかった。彼は、死んでしまったから。
そして今。一人の『夢使い』の少女が、『思念』となった彼に話しかける――。
「あんた……おれが見えるのか……!」
「あたしは夢使いよ。見えないわけがない」
「そっちの……妖精さんは?」
「ユグドのこと? 彼は人間じゃないもの。あんたを見られる。あ、でも、あんたに言葉を伝えることはできないわ。大丈夫、あたしが通訳する」
彼女の対話している『思念』は、瞳に憎しみの炎を宿していた。……復讐者、か。よくあるパターンだ。
「あなたの願いは何? ……なんでもいい、すべて叶えるわ」
すると、『思念』は言った。
「……あるやつを、殺してくれないか」
押し殺したような、低い声で。
「名は、ドゥナダン。それしか知らない。けど……やつは、おれのすべてを奪ったんだ。そいつが死ななきゃ、おれは成仏出来ないんだ。……頼めるか?」
それは、『思念』の大半が、夢使いに望むこと。
……もう、慣れた。
「誰に言っているの? あたしはベテラン夢使いよ。こう見えて、とても幼いときから夢使いをやってきたわ。殺す相手はドゥナダンね? 世界の果てまで探しだしてみせる」
殺しなんて、もう慣れた。
『思念』は、深く礼をした。
「ありがとう……。そして、済まない……。おれには生きている者に触れることはできない。代わりに重荷を押し付けることになってしまって……」
そのとき、フェレンの瞳がちらりと揺れた。とても強い意思の力で、湧きあがってきた想いを飲み下す。
「……気にしないでよ。慣れてる」
修羅の道を歩む以上、心を惑わせるなんて許されない。
「じゃあ、いってくるわ。……ユグド!」
「了解」
フェレンは『思念』に背を向けた。
「名は、名乗らないで。『夢の墓標』の名は、あたしがつける」
そう言って、その場をあとにした。
誰もいなくなった荒れ野には、哀しき『思念』が残るのみ。
まだ続きます。