その195 吸血鬼
「ほら、石鹸の実だ」
ダグラスは、木の実を一つもいでリーフに投げて寄越した。
黄色のヌメヌメした果実。香りはマンゴーに似ている。
「それでしっかり、アトラスを隅々まで洗ってやってくれ。」
「えっ…どうしよう…そんなこと言っても・・・」
戸惑うリーフを笑いながら川に導くアトラス。
その川には小さな滝があって、ちょうどシャワーのようになる。
リーフが布きれで石鹸の実をゴシゴシこすると、綺麗な泡が立ってきた。
「ああ、いいね、じゃあ髪を洗ってくれる?」
アトラスは裸になってリーフの前に跪いた。
自分も元は男なんだから・・と思いつつも、人の裸を目の前にするとドギマギしてしまうリーフ。
それでも断ることのできない性格、リーフはアトラスの髪の毛を洗い始めた。
数百年閉じ込められていたという割には洗う必要を感じない綺麗な体。
衰えていない筋肉。
(吸血鬼・・・だからなのかな?)
そんなリーフの頭の中をのぞいたかのように、アトラスはおもむろに立ち上がり、リーフの首筋に歯を立てた。
「やめてっ・・・」
驚いて逃げようとするリーフを胸の中に抱きしめ、さらにその歯を食い込ませた。
歯は皮膚を破り、リーフの首の肉に食い込んでいるのに痛みは感じない。
それどころか全身が心地よく熱くなる不思議な感覚を覚えた。
「ん・・・」
力が抜けて川の中へ崩れ落ちそうになるリーフをアトラスは優しく支えた。
「ごめんね・・・。でもこれで、キミがどこにいてもボクには分かるようになった。」
水色の瞳の吸血鬼は満月の光を背にして怪しく微笑む。
アトラスは川から上がると、ダグラスからもらった黒い紐で、長く伸びた紫色の髪を結んだ。
大きな二人は木に寄りかかって何か話している。
リーフは「さて、どうしよう」と思っていた。
(昨日・・・。ダグラスさんに、・・・するのは今日にしようって言われたんだよね・・・。ということは今晩ってことで・・・。今晩ってことは今からってことで・・・。
ど・・・どうしよう・・・。
ていうか、アトラスさんもいるし・・・。あ、アトラスさんともしなくちゃいけないって言ってたし・・・。)
顔を赤くしたり青くしたりしながら悩むリーフ。
やがて話が終わったのか、ダグラスはリーフに近づいてきた。
「リーフ、悪いが、時間がない。昨日言ってた通り今夜抱くぞ。」
「・・・はい・・・。」
「今アトラスと話していたんだが、まとめて3人でやっちまおう」
「・・・はい・・・って、え?!」
大きな瞳を一層大きく見開いて驚くリーフ。
(考え得る中で最悪の事態だ・・・・・!!!)
「早く服を脱げ。ここでするぞ。」
「いま?すぐ?3人で?ここで?!」
リーフは後ずさった。いくらなんでもリーフにはハードルが高すぎるプレイである。
「こまりますっ!」
リーフは思いっきり本心を叫んでいた。
「だいたいですねぇ、ダグラスさんとも会って数日、アトラスさんなんてさっき会ったばかりなんですよ!いくらなんでも、できません!!!」
プルプル震えながらリーフが前を見ると、二人はそれぞれ剣を構えていた。怒ったような、真剣な顔で。
「え?そんな…無理矢理・・・?」
二人は徐々に距離を詰めてくる。
ただならぬ殺気にリーフは後ろに下がろうとした。
「動くな・・・」ダグラスの低い声。
「ごめんなさい、でもボク・・・」
二人の剣が同時に光り、リーフの頭上をかすめる。
「!!」
肉が裂ける音に振り向くと、そこには一つ目の巨人がいた。
「うわあ!」
しりもちをつくリーフ。大木よりも巨大な、15メートルはありそうな緑色の化け物が目の前にそびえ立つ。
口からは濁った黄色い液体を絶えず流し、目は血走っている。
体の割合に対して大きな腕は、一振りするだけでそこいらの木をなぎ倒す。
ダグラスとアトラスに切り裂かれた足の傷など、この巨人にしてみれば小さなものだったが、どろどろした赤黒い血液が周りの草を溶かしながら流れ落ちていた。
リーフは茫然として見上げることしかできない。
「後ろに来い!リーフ!」
ダグラスはリーフの前に立つ。
その立ち姿は、紅い髪のアーサーにそっくりでリーフはドキッとした。
兄弟だからだろう、髪の質、肌の色、後姿の骨格がとても似ている。
「やっかいな怪物が出てきたね・・・」
アトラスの剣は、髪と同じ色の紫色に光る美しく長い剣。
「心配いらないよ、リーフ。ボクは歴代の伝説と言われる剣士の脳みそを喰らってきたからね。」
「アトラスさん・・・・!」
吸血鬼アトラス。他の人間のあらゆる能力を、その脳みそを喰らうことで吸収できる奇跡の能力の持ち主。
アトラスは長い長い間幽閉される代わりに、その能力の蓄積してきた。
大国、グレンの国の王と闇の契約をしたのだ。
”死んだ偉人の脳みそを提供すれば、地下で生きていく”と。
歴代のグレンの国の王は約束した。
”来るべき、黒のドラゴンの復活を阻止するために、アトラスに力と知恵を集める”ことを。
以来、年に一度、地下に繋がれたアトラスのもとへその年に死んだ偉大な人物の頭部が運ばれてきたのだ。
その時の様子が、なぜか映像となってリーフの目の前に現れて見ることができた。
(もしかして、アトラスさんに首を噛まれたから・・・?)
「一つ目の巨人の弱点は、左耳の横だ」
”知識”が湧いてくるアトラス。
長い紫の光が夜の闇に伸びた。




