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野獣と娘の物語  作者: 真麻一花
こぼればなし
4/6

 毎日が楽しくなった。

 魔の森へと通うようになり、泉に行けば野獣が待ってくれるようになった。

 いつもそばにいて少女を暖めてくれた。

 一緒に森の中を歩いた。野獣といれば恐ろしいことなど何一つなかった。最初の日に出会った狼が、そのうち顔を出すようになって、野獣がいない時などは少女のそばにいてくれるようになった。

「さわっていいですか」

 と、尋ねて手を伸ばすと、気にした様子もなく触らせてくれた。

 野獣と狼と一緒に森の中で山菜をとり、果物でおなかを満たす。

 夜になると家に戻り、採った山菜を煮たり、つけ込んだりして保存できるように作業する。そして残しておいたキノコや山菜と一緒に穀物を煮てかゆにして食べた。

 森には見たことのない花もあった。冬も近いのに、ゆらゆらと風に吹かれて咲いている色とりどりの綺麗な花を、水辺や木の根元に見つける。それを摘むと、子供の頃、母親と花を摘んで遊んだ記憶がよみがえった。

 懐かしんで冠を作ると、花が大きすぎて少女には首飾りのようになった。おそろいで作った冠は野獣の頭にのせてみた。

 のせられた花の冠を、どうしたら良いのか分からなかったのだろう。とても困った様子で動けなくなった野獣を見て、少女は笑った。

 楽しかった。

 野獣と過ごすゆったりとした時間は、とても楽しかった。

 摘んだ花を家に持ち帰り活けた。花を見れば、家の中でも森にいるような安心感を覚えた。

 寝床で身を抱えて眠れば、見る夢は森の泉の夢だった。そこへ行けば、野獣に会える。

 きらきら光る水面と、そこにたたずむ野獣の夢を見る。

 野獣さん、と声をかけると、野獣の目が優しく細まる。人のような表情はうかがえないが、その時の様子はいつもほほえんでいるように見えて、少女は好きだった。

 鋭いと評するにふさわしい眼光が少女を見ると、とても優しそうに見えるのだ。

 野獣の目は不思議な色をしている。玉虫色というのだろうか。くすんだ色に見えた瞳は、間近で見ると緑や青、赤みがかった紫、金色めいた色、いろんな色が虹のように差し込まれている。のぞき込む角度によって、それはまた違った色に見えたりもした。

「あなたの目、とても綺麗な色をしているのね」

 初めて気付いた時、少女はそう言った。やはり、その時も野獣はうれしそうにほほえんでいるように見えたものだ。

 夢の中でも少女は野獣の瞳をのぞき込んだ。そして、やっぱり綺麗だと思うのだ。

 野獣さんの目は素敵ねというと、夢の中の野獣もやはりうれしそうに笑う。

 少女は、野獣がとてもとても好きだった。


 昼間は森の中で過ごし、夢の中でも森の夢を見る。

 村は少女にとって寝床があるだけの場所となっていて、辺りの様子を気にすることすらなくなっていた。

 気にしなかったというよりも、気にしたくなかった、考えたくなかった、といった方が正しかったのかもしれない。

 だから気がつかなかった。村で何が起こっているかなど。人々が、早朝にでかけ日が暮れてから帰ってくる少女を、どのように見ていたかなど。

 早朝と、日が暮れてからの山道の行き帰りは大変だ。獣道があるとはいえ、道なき道も多い。

 いっそのこと荷物を持ち運び、森で暮らせないかと考えたりもした。冬を越せばその準備もできるかもしれない。そんなことをのんきに考えていた。

 けれど、それが叶うことはなかった。


 ある日、夜明け前に村人達が少女の家に押しかけてきた。

 驚いて何が何だか分からない少女に、村人達が恐ろしい形相で少女を責め立てた。

「おまえが村にはやり病を起こしたのだろう」と。

 意味が分からなかった。流行病など、起こそうと思って起こせる物ではない。それに少女は森の中で日がな一日過ごしているのだ。村の様子など知りもしない。

 戸惑う少女に、村人がくってかかった。

「母親が死んでから男をたらし込んだあばずれが!」

「貧乏なのを恨んで呪いをかけたのだろう!」

「男をたらし込んだように森の魔物と通じて、村を詛ったのだろう!」

 口々に投げつけられる言葉は、少女には分からないことばかりだった。どれ一つをとっても身に覚えなどなく、驚きと村人達の様子におびえてしまい、震えるばかりでなんの言葉を返すこともできなかった。

 村人達が少女の体を取り押さえた。引き立てられながら、訳も分からずに歩く。

 呆然として歩む少女の目に、いつか自分を襲ってきた男達が、村人達の後ろでにやにやと笑っているのが見えた。



 少女が来ない。

 野獣は泉の前でいつものように少女が笑顔でやってくるのを待っていた。

「また明日」

 昨日少女は、そう言って帰って行ったのに。

 毎日毎日来ていた少女は、その日、結局日が暮れても森に来ることはなかった。

 明日は来るだろうか、野獣は少女のことを思って眠りについた。

 けれど次の日になっても少女は来ない。

 次の日も、その次の日も。

 待っても待っても少女は来なかった。

 野獣は少女のことがとても好きだった。

 優しく笑いかけてくれるその笑顔も、小さくてすぐに壊れてしまいそうな体も、持ち上げると身を寄せてくる様も、楽しげに隣を歩く姿も、かわいらしい音を立てて喋る声も、全部が好きだった。

 特に好きなのが、野獣の目をのぞき込んでくる時だ。いつもきらきらと目を輝かせて「野獣さんの目は、本当にきれいね」といってくれるのだ。野獣はそう言ってのぞき込んでくる少女の目がよっぽどきれいだと思っていた。けれど、それを伝える言葉を野獣は持たない。代わりに野獣はうめくような声を漏らして答えるばかりだ。

 少女がきれいといってくれるから、野獣は自分の目を好きになった。

 思い出す少女の姿は、どれもかわいらしくて、優しげで、楽しそうだった。

 だから、分からなかった。

 なぜ少女は来なくなったのだろう。

 野獣は少女を待ち続けた。

 待って、待って、何日もの日が過ぎた。

 少女と出会ったときは秋だった季節は、もう冬の気配が強くなって、森は葉を落とし冬の装いとなっていた。まもなく雪も降りてくるようになるかもしれない、そんな時期にさしかかっていた。

 野獣はこらえきれなくなって、森のふもとまで足を運ぶようになった。

 野獣は人など敵わぬほどに強い。体も大きければ、力もある。人の体など、簡単に引きちぎれるほどの力がある。

 けれど、人は恐ろしい。臆病な人は群れて動く。そして道具を使う。知恵を使う。野獣はそれを知っていた。

 人の住む集落などへ行っては、たとえ野獣といえども危険な事であった。

 それでも野獣は少女に会いたくて、森の入り口近くのふもとまで毎日足を運ぶようになった。

 少女がどこにいるかは分からない。けれど、今日は来るか、明日は来るかと、毎日村の近くまで息、日がな一日をそこで過ごすようになった。

 けれど、少女は来なかった。


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