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野獣と娘の物語  作者: 真麻一花
こぼればなし

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2/6

本編と全く同じ話です。が、蛇足を多分に含んだ仕様となっています。


本編:童話風味

こぼればなし:本編では描かなかった部分を含む物語(暴力要素でPG12ぐらい)


 その森は、近隣の村から魔の森と呼ばれていた。ほかの森では見られない不思議な生き物がいて、人の知る理とは違う理を持って存在している。

 野獣は気がついた時にはその森にいた。

 魔の森には、時折変わった物が生まれ出る。野獣もその一つだった。

 人のように二本で立つ足、器用に動く指、その姿は、人の形によく似ていた。けれど、毛むくじゃらの肌も、大きなその体も、不思議な色をしたまなこも、人とは全く違った物だった。

 突然その森に生まれ出でた野獣は、人の入ることのほとんどないその森で、静かに暮らしていた。




 魔の森に絹を裂くような悲鳴が響いた。

「いやぁぁぁぁ!!」

 少女は必死に走っていた。

 なぜ、こんなことになったのだろうと、詮ないことを今更ながらに頭の片隅で思う。

 今、少女は三人の男に追いかけられていた。最近変に寄ってきて声をかけたり触ってきたりしていた男達だ。嫌な笑い方をすると、できる限り避けるようにしていた。

 けれどとうとう躱すだけではすまない状況に陥ったのだ。

 数ヶ月前に母が死んだ。

 元々余裕のある暮らしではなかったのだが、少女一人で暮らすようになってから、蓄えのほとんどない彼女の暮らしは一気にひどく惨めな物となってしまった。

 一人で小さな畑を耕したところで手が回らず、また、母のように上手くもいかない。

 少女はまず畑の半分をあきらめた。作物の収穫はまだまだ先で、今の収入は内職ばかりだが、それも上手くお金にならない。蓄えを少しずつ崩しながら、やっと食いつないでいくだけの毎日だった。

 その時、手をさしのべてきたのがこの男達だ。けれど優しそうに声をかけてくるが、どこか気持ち悪い。

 そしてその頃から近所の親しくしている人たちも遠巻きに少女を見るようになった。理由は分からない。母が死んだ頃は優しく気を遣ってくれていた人たちだったが、離れていくのはあっという間だった。

 この日、男達が少女の所にやってきたのは、昼過ぎのことだ。

 最初はいつものように「困ったことはないか」だとか「何とかしようか」といった内容の話だった。それをごまかすうちに、男達はいらだった様子で「人の好意をなんだと思っている」などと言って少女につかみかかろうとしたのだ。

 とっさに振り切って逃げてしまった時、失礼なことをしてしまっただろうかと罪悪感を抱いたが、それも一瞬だった。振り返ると、男達が追いかけてきていた。

 その様子が尋常ではないように感じて、少女はそのままかけだした。森に向かったのは、「魔の森」と呼ばれているそこに、村人達が足を踏み入れることが滅多にないからだ。村ではそこに足を踏み入れると呪われると信じられている。

 少女とてためらいがなかったわけではない。けれど、男達に捕まる方が、よほど恐ろしいことに思えた。

 けれど森に逃げ込んでも、まだ男達は追いかけてくる。それどころか、森に入ってから、振り返ると、怒りの形相から嫌な笑いをにじませる物となっていた。

 森の中で捕まれば、何をされても助ける人はいないのだと、その時になって初めて気付いた。

 ぞっと背筋に寒気が走った。

 捕まりたくない、捕まりたくない……!!

 ひたすらに追いかけてくる男達が怖くて草をかき分けながら進んだ。木の枝をくぐって走った。木々が入り組んだ森の中は体の小さな少女にとって、男達に比べるといくらか有利であった。

 しかし、それでも体力に差がある。次第に少女の息が上がり、距離が縮まってゆく。

 だれか、だれか……!!

 あふれる涙で視界がにじむ。

 ぬぐう余裕すらなく今にも膝から崩れ落ちそうになりながら前へと進む。男達がすぐ後ろに来ていた。

 絶望しかけたその時だった。

 さらなる恐怖が目の前に表れた。

 ガサリと音がして、木の陰からのそりと大きな影がうごめいた。

 熊かと、最初は思ったのだ。

 ヒッと息をのんだその時、見上げたその姿が、人の形をしていると気付くまで。

 それが、なにものなのかは分からなかった。ただ、恐怖で少女の体は動かなくなった。

 人の形をしている、しかし人を遙かに超える大きな生き物だった。大の大人の男がその隣にあれば、子供に見えそうなほどの大きさだ。

 後ろで叫び声が聞こえた。がさがさという音が遠ざかるのも。けれどそれの意味するとこを、少女は理解することができなかった。

 少女は目の前の毛むくじゃらの生き物を前に、自分を追いかけてきていた男達の存在など意識することすらできなくなっていた。

 なにも考えられなくなるほど、目の前にある恐怖に心が縛られていたのだ。

「い、や……こな……来ない……っ」

 声が震えて言葉にならない。

 恐怖で震えた体は、疲れと共に崩れ落ちた。尻餅をつくように座り込み、その生き物を見つめたまま、後ずさろうと後ろ手に体を引きずって逃げようともがいた。

 けれど、腕にも体にも力が入らない。上半身を反らしたまま動けない。がくりと、突っ張っていた肘が崩れた。

 のそりと毛むくじゃらの生き物が少女に向かって動いた。

 獣だ。人の形をした獣だと思った。大きな体も、その鋭い眼光も、人と同じ形をしているのに毛むくじゃらなその顔も、自分とは違う野獣なのだと、そう思った。

 のそり、のそりと動いた野獣は、少女の前まで来ると、ゆっくりとひざまずいた。

 食べられるのだろうか、と真っ白になった頭の片隅が変に冷静に考える。

 恐ろしすぎると、心が麻痺してしまうのだと、少女は知った。覚悟したわけではない。ただ、全てを受け入れるしかないのだと、本能的に感じていた。恐怖する余裕も、半狂乱に泣きわめくだけの余裕もなかったのだ。

 恐怖で体が動かない。がちがちと体が震えるばかりだ。逃げようと思えるだけの思考も働かない。ただ、野獣の動きを見つめるしか出来なかった。

 膝を突いた野獣の手が、ゆっくりと少女に向けて動いた。

 ふさふさとした茶色い毛並みの指先が、少女の頬をなでた。

 ふわっとした感触が伝わってきて、意外に柔らかいな、などと、なぜか冷静に感じる。

 手のひらには毛がないようで、まるで人の手のような温かさを伝えてきた。

 頬をなで、頭をなでる。まるで子供をなだめるような仕草だ。不思議なくらい優しい仕草で、野獣は倒れかけている少女を起こした。

 大きな手が少女の手を取った。少女の目に、こわばった自分の手がぶるぶると震えているのが見える。野獣の手の中にあると、それはまるで赤子の手のようであった。

 土に汚れた少女の手を、野獣がそっとぬぐった。

 逃げようと力が入っていたのだろう、知らぬうちに地面をひっかいていたらしい指先から血が出ていた。

 土が入り込んでいる指先の傷口を野獣が舐めた。

 ざらり、ざらりと傷口の土を舐めとる仕草は、やはり、怪我した子供の傷口を舐める動物の親のような様子だ。

 癒やそうとしているのだ。

 少女はそれが分かった。この野獣は自分を食べようとしているわけではないようだ、少女は唐突にその事に気付いた。

 ふふっと、少女は笑った。

 自分でも無意識のうちに笑いがこぼれていた。

 おかしかった。

 こわばっていた心に、惨めさにも似た悲しさがこみ上げる。

 久しぶりに触れた、優しさだった。あろう事か、久しぶりに優しさをくれたのは、人ですらなかった。相手は化け物のようなけだものだ。

 毛むくじゃらの野獣だった。

 それが惨めで、おかしかった。

 人は、思ったよりも厳しかった。なのに、今にも人を害しそうなこの野獣は、信じられないほどに優しくて、なぜか、その事がたまらなくおかしくて、苦しくて、けれど、うれしかった。

 少女はうれしかったのだ。

 そして野獣を相手にうれしいと思ったことが惨めに思えた。人より、野獣の方が優しかったことが、どうしようもなく切なくて、どうしようもなく惨めで、勝手に笑いがこぼれた。けれど、それでも、どうしようもなくうれしくて、うれしくて、涙があふれた。



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