幕間 片倉小十郎
1574年、梵天丸様の目を切開して以来1年がたった。目を切開する前までの梵天丸様は、心を閉ざすことが多く、梵天丸様に仕えることとなった側近たちが話しかけても、かえってくる言葉は一言、二言であり常日頃の表情も無表情が常であった。
外に出ることは、剣の稽古や虎哉和尚へと勉学を学びに行く時ぐらいで、その殆どを部屋の中で過ごす事が多い。
あれは忘れもしない。その日は突然訪れる。梵天丸様が今までにない深刻な顔で某に頭を下げ頼みこんできたのだ。
「小十郎そちに頼みがある。わしの顔はとても醜い。それが理由で母は弟の竺丸を可愛がり、わしのことは全てそなた達姉弟に任せている。父上以外の一門衆や家臣達がわしを見る目にずっとこれまで悩んでまいった。わしは、なりたくてこの顔になったのではない」
そこまで言い終わると突然、梵天丸様は下げていた顔を上げると続きを話しだす。
「わしは、この醜い顔を変えたいのだ。顔を見られることを気にせず。自分が思うままに外に出て過ごしたいのだ。わしが一番信用するそなただからこそ頼みたい。わしの目を切開して欲しいんだ。頼む」
その場では梵天丸様の気持ちに何と答えていいか分からず。一時、考えさせて欲しいとその日は梵天丸様の下を辞去した。某は悩みに悩んだ。梵天丸様の気持ちを考えると、言われるままに目を切開してあげたいが。もし失敗すれば某だけでなく姉にも迷惑がかかる。
梵天丸様に相談されたその日の晩、姉のもとへと某は向かうことにした。
「姉上、少しよろしいですか。弟の小十郎です。部屋へと入れて頂いてもよろしいですか」
「どうしたのですか。小十郎。このような夜更けに…。ささ、部屋へとお入りなさい」
部屋の中に入ると、まだ寝間着に着替えていない喜多が座っており。進められるがまま、喜多の前に座ると某は梵天丸様のことを姉へと伝えるか逡巡し無言のまま姉を見つめ続けていると喜多が話しかけてきた。
「小十郎どうしたのですか。何かあったのですか。相談があるのでしょう」
喜多が心配して小十郎へと疑問を投げかけるが、小十郎は答えることはなくじっと喜多を見つめ続ける。小十郎が何か自分に言えない事で悩んでいると察した喜多は、小十郎が自分に伝えることができない相手となると考えられる相手として梵天丸様のことかと察した。
「小十郎」
「そなたが悩んでいるのは、梵天丸様のことではないのですか。梵天丸様に何か頼まれごとをされて悩んでいるのではないですか。もしかして、そのことがきっかけで家族になにか罰が降るのではないかと考えてその事を話せないのでしょう」
喜多の言葉で小十郎は全てを喜多に見透かされていると思い。梵天丸様とのことを伝えるか迷った小十郎は、喜多の顔を見ていた目を閉じ暫くだまったまま瞑目する。決心がついた小十郎が目を開け、喜多を見つめると話を始めようとした小十郎を喜多が手で制す。
「貴方が何を頼まれたのかは聞きませぬ。貴方が信じることをおやりなさい。それで家族に迷惑がかかろうともです。わかりましたね」
喜多がそういうと小十郎は決心を固め梵天丸の目を切開することを決意した。次の日、梵天丸に承諾の旨を伝えると医師を呼び寄せ梵天丸の目を切開したのであった。
梵天丸様が意識を無くされた時は、切腹を覚悟したが意識が戻られ輝宗様からもお許しをいただいた。梵天丸様が寝てしまわれ部屋を辞去する時、姉の喜多からは次からは自分にもこのような大事は伝えてほしいとかなりの剣幕で叱られたのだが…。
それから暫くして梵天丸様の傷が治ると、人が変わられてしまった様に行動的になり外に出る事が多くなったばかりか。お館様、一門衆、遠藤殿が集まっての内々の伊達家の評定にも顔を出されるようになり。梵天丸様の考えられた内政がどんどん進んでいる。
特に新たに見つけた鉱山にいたっては、産出量も1年たったことで伊達家の懐を潤すようになってきた。海外や国内の商人とのつながりも増え伊達家には無かった家畜や農作物が領地に入って来たばかりでなく。
土を耕す道具や、刈取りの道具などを発明され領民には農具を与えるかわりに農地の拡大に精を出させ。商人には農具を得る事で、金や人脈を広げておられる。今日も今日とて、新たに出来た村を見分なさると出向いておられる。梵天丸様は、やはり素晴らしいお方だった。民を慈しみ伊達家を大きくなさるお方なのだ。
新たな村の村長へと労いの言葉をかける梵天丸様の姿を見ながら。某は改めて決心する。梵天丸様、某は貴方様にこれからも付いて行きますゆえ。某のこと。これからも頼みましたぞ。そう心で梵天丸様に願いながら…。