激戦連合軍(修正)
7月末、相馬親子が大森城へと入城。相馬勢に遅れること3日、田村勢も大森城へと入城した。田村勢が大森城に入城する際には、相馬盛胤、義胤親子は城の外まで迎えに赴くほどの喜びを表し、田村清顕を城へと迎え入れたのだった。
清顕が城の前に馬を進めてくると、盛胤は笑顔で清顕に声をかける。
「清顕殿、此度の援軍いたみいる。よー。来て下さった」
清顕は城の前に盛胤、義胤親子をみとめると馬を降り義兄の盛胤に満面の笑顔を向ける。
「いやいや、義兄殿の頼みならば聞かないわけにはいけません。妻も元気にしており義兄殿に会いたがっておりましたぞ」
清顕から妹のことを聞くと盛胤は、妹のことを思い出し感慨にふける。目の前の人物に妹を嫁がせて正解だったと思ったのだった。
「妹が元気でなによりです。清顕殿のもとに妹も嫁げて幸せ者でございます。それで、清顕殿の援軍の中に大内殿の旗も見えまするが、大内殿も援軍に来ていただいたのでしょうか」
この時、盛胤は田村勢にのみ援軍を頼んでいた。大内勢は田村勢の支配下になっていたため、清顕からの出陣要請は大内勢に出来たとしても、盛胤から援軍を大内勢に頼むことが出来なかったため、大内勢が此度の戦に援軍として来ることは五分五分であったのだ。
「義兄殿、兵は多い方がいいと思い大内勢に出陣を要請いたしたのです。大内殿は始めは、戦に出ることを渋っていたのですが。何とか腰を上げてくれましてな。渋る大内勢を待っている間に、時間がかかってしまい予定より遅れてしまいました。面目ない。しかし兵力では二千の兵を連れてまいりましたぞ」
大内定綱の人となりを知る盛胤は、『やはり』とため息をつきそうになったが、その表情をおくびにも出さなかった。
「清顕殿、かたじけない。確かに着陣が遅れたかも、しれませぬが。大内殿が援軍に来ていただけるだけ、ありがたいことです。清顕殿、骨を折らせてしまい申し訳ない」
こうして盛胤と清顕が話していると件の大内定綱が二人へと近づいてきた。定綱が近づいてくることに気がついた盛胤は定綱へと目を向ける。
「これは、大内殿。一瞥いらいですな。此度は援軍いたみいります」
盛胤に声をかけられた定綱は、その下品な顔を曇らせると盛胤、清顕の前で馬を下馬し迎えた二人を見つめる。
「いえいえ。我らは清顕殿の頼みであれば断ろうとは思ってござらん。此度は兵を集めるのに時間がかかってしまい。援軍を遅参させてしまい申し訳ない」
そういって定綱は頭を二人に下げる。この時、大内定綱は顔にだすことはなかったが、今回の戦には興味がなかった。なぜならば、伊達軍の力を独自に調べていたからである。この戦は、必ず負けると思っていた。しかし田村家からの要請もあり、渋々ついてきたのである。
「大内殿、頭を上げてくだされ。行軍でお疲れでしょう。ささ、城の中へと入り寛がれよ。あないは、息子の義胤にさせよう。そこにおる義胤に着いて行ってくだされ。義胤、大内殿を頼んだぞ」
盛胤は義胤を呼ぶと定綱を見晴らせる意味合いを込めて義胤へと目配せを送った。
「父上、お任せを。大内殿、某は相馬義胤と申します。これよりは、某に付いて来てくだされ案内致します」
義胤は定綱前に出て名を名乗ると、大内勢を率いて城内へと入っていった。盛胤と清顕は二人が城内に入っていくのを見送ると続いて城内へと消えて行った。その晩は、田村勢、大内勢の労を労い宴を開いたのであった。
全軍が入城した翌日早朝、別の軍が丸森城に向かっているのを、哨戒していた兵が見つけ盛胤に知らせた。
「盛胤様、ただいま未確認でありますが、この丸森城に軍勢が近づいております」
「何、伊達兵の可能性もある。敵が何者かを確認してからでは遅い。すぐに城の門を閉じ防御を固めるのだ。田村勢、大内勢にもこのこと知らせよ。」
盛胤が、周囲の伝令兵に指示を出すと伝令兵達は大急ぎで、それぞれの持ち場へと飛んでいくのであった。
すぐさま盛胤の指示が丸森城を、駆け巡るとそれぞれの兵達は急いで戦の準備にとりかかった。城内では、伝令兵より敵が接近中と聞いた義胤、清顕、定綱等の武将たちが鎧も付けず盛胤のもとへと集まってきた。
「盛胤殿、敵がこの城に接近中とのことだったが。伊達勢がもう攻めて来たのか。ことの詳細を教えて頂きたい」
清顕が息も絶え絶えとなりながら盛胤に状況を確認する。
「清顕殿、この大森城に接近してくる軍勢が、どこの軍勢かは確認しておりませなんだ。戦の準備も出来ておらず、伊達勢に攻め寄せられれば多大な被害がでると考え。戦の準備をさせた次第。ここからでは軍旗も、どこの軍勢かはもう少し近くまで進軍してくれば分かると思いまする」
盛胤が清顕に話していると、盛胤の話を聞いていた定綱が話の途中で二人の会話に割って入った。
「なんと。戦上手といわれる盛胤殿が、どこの軍勢かも分からないのに戦の準備を我らに急がせたと申されるか。これは、これは…」
定綱は下品な顔を厭味ったらしく変えながら盛胤の顔をねめつける。これを見ていた義胤は、父を侮辱されたことに我慢の限界が来たのか、定綱に対して精悍な顔を歪ませながら詰め寄ろうとすると、清顕が義胤と定綱の間に割って入った。
「定綱殿。それがしは、定綱殿の考えようとは異なるな。どこの軍勢か分からぬのであれば、戦の準備を行うのは必定。戦の準備をせずにおるのは愚の骨頂。そうは思わないかね定綱殿」
「そうでござるな…。田村殿の言うことも一理ありまする。盛胤殿、先ほどの言いよう。申し訳ござらん」
定綱は清顕に指摘されるとすぐさま盛胤に頭を下げる。大森城内でこうした騒動が起こっている間に城に近づいてきた軍勢から、一騎の騎馬武者が現れこちらに近寄ってくることが見てとれた。城内では、戦の準備が進んでいる。その騎馬武者を射止めようと、櫓から弓兵が狙いをつけてきた。
騎馬武者は、自分が狙われていることが分かっているのか大きく手を振りながら敵ではないとジェスチャーを繰り返す。弓兵達は狙いを定めたまま、その騎馬武者が近くに寄ってくるまで攻撃を控えた。声が届くまでに近づいた騎馬武者は、城の上門近くで下馬し大きな声で城内に呼びかける。
「我々は、畠山家の軍勢である。田村殿の要請によってお味方仕る。城内にいれていただけないだろうか」
上門の上に居た伝令兵士は、その物言いを聞いて急いで主君に報告に向かう。
「どこの軍勢じゃ」との盛胤の問いかけに先程の伝令兵は、片膝をつきながら答える。
「畠山様の軍勢でございます。畠山様が援軍に来てくれたのでございます」
「何、畠山殿が援軍にきただと…」
盛胤は援軍を頼んでいないのに。なぜ、援軍に来たのか疑問に感じた。
その時、近くに居た清顕が盛胤に声をかけた。
「実は、某が頼みました。援軍は多い方がいいと思いまして。去年、畠山殿は伊達軍に負けておりますが。思うところがあったようで…。援軍の要請を行ったら考えておくということでしたが…。来ていただけたようですね」
それを聞いた盛胤が清顕に向かって頭を下げた。
「清顕殿ありがとうございます。これで、伊達との戦人数の上でも、ほぼ同じ人数になって戦うことができまする」
その後、城内に招き入れた畠山勢1000人を加え、相馬勢2000、田村勢1500、大内勢城内は5000の軍勢になった。
盛胤は、畠山義継を出迎え。その日の晩は昨晩と同じように、相馬、田村、大内、畠山の諸氏を交えて歓迎の宴が開かれたのである。
全ての武将が、大森城の一室に集まった。歓迎の宴であるので、武将達の周りには美味しそうな夜食が用意されていると思うが、その日に用意された物は粗末な物であった。戦であるために、豪華な食べ物は用意できなかったのである。
盛胤の前には清顕、定綱が並び、盛胤の横には畠山、その横に義胤が座って居た。盛胤は、宴が始まる前に並んだ全ての武将に挨拶を行う。
「此度は、我が相馬家への援軍いたみいります。伊達軍は、まだ大森城付近にも表れておらんが、これからの戦よろしく頼み申す」
その一言を義胤が発した後、全員が持っていた酒を飲みほした。
全員が酒を飲み気分がよくなってきた頃、定綱が酔った勢いで盛胤に疑問をなげかけた。
「相馬殿、今回の戦に勝ったら伊達領の領土は、ここに居るもの達で分けると考えていていいのですかな」
盛胤も突然の戦後の恩賞の話になったので驚いた。今回の戦では伊達家を破った後の領土の分配は領土を取ってからと考えていたからである。しかし、定綱は戦の前から領土を欲しがっていた。
強欲な者よと、盛胤は冷笑を浮かべたがそれを顔には見せないようにする。
「大内殿、よいことに気付いて下された。某も、みなに恩賞の話をしなければ、ならないと考えていたところよ」
定綱は、頷き「恩賞がなければ、戦えませんからな。やはり、はっきりしてもらわねば。空弁当では、今回連れてきた兵に恩賞をだせませんからな。もし、領土を取れなかった場合は、いくらか相馬殿よりいただけるのでござるか」
他に同席していた、清顕や畠山も二人の話に聞き入っている。田村には、兵糧と金を戦後に与えるとは約束をしていたが大内や畠山に恩賞の話をしたわけではない。盛胤は、清顕を見た時に目があったので頷き恩賞の話をすることにした。
「大内殿、畠山殿には、まだ伝えてござらんかったが。今回の戦で領土を得られなかった場合は、兵糧と金をお渡しいたしいたそう」
それを聞いた大内は、下品な顔に喜色を浮かべる。
「おおー。畠山殿、良かったでございますな。これで、戦にもやる気がでるというもの」
その定綱の言い分を聞いた。盛胤は、二度と定綱に援軍を頼むまいと誓うのであった。
その後、夜遅くまで宴は続いていくのだった。
その頃、伊達軍は大森城付近まで差し掛かって野営をしていた。輝宗は畳床机に座って相馬戦の軍議を行っていた時、黒脛巾組の忍が現れ輝宗に報告を行った。それを聞いた輝宗が皆に声をかける。
「皆に報告したいことがある。畠山勢1000が戦に参戦したようである」
「何あやつら去年講和しておいてもう裏切ったというびか。馬鹿にしている。殿、某に先陣をお任せ下さい。畠山勢などわしが叩き崩してくれましょうぞ」
良直は、右手で胸をたたいて見せる。
「おお!!頼むぞ良直」
輝宗のその言いようを聞いた武将たちが笑いだし、軍議の場に笑い声がこだました。笑い声がしばらく続いたが、輝宗が右手を上げると次第に笑いが収まった。笑いが収まると俺は、自然と父上に声をかける。
「父上」
「どうした藤次郎」
その場に居た全員が、政宗に目を向ける。
「留守政景の叔父上に連絡をとり。畠山の城である。二本松城を攻略するように要請してもらえませんか。兵士は、1000も居れば十分でしょう。畠山勢1000が出て来たのであれば、ほぼ全軍を投じています。どうせ伊達軍は1万の兵が限界と考えているのでしょう。我らの兵が、1万3000いることを知らないのでしょう。米沢城で留守を任せている、3000の内1000で二本松を攻めれば、畠山勢はあわてますし、落とすことができれば我らが領地は増えまする。これは好機です父上」
輝宗は、頷き政宗の策を採用することにした。
「なるほど、藤次郎が言う事も一理あるな。そうだな、今回の戦に参加させていない小梁川盛宗に攻めさせるように政景に指示をだすとしよう。そうなると、これから伝令が米沢に行き出陣するのは、2日はみたとしても相馬連合軍との戦は、あと5日は遅らせた方がいいように思うが皆はどう思うか」
輝宗の質問に実元が全員を代表して答える。
「遅らせることがいいと思いまする。」
その日からゆっくりと伊達軍は進軍しだした。
伊達軍がゆっくり進軍しているとの物見の報告に、相馬、田村、大内、畠山の軍勢はおかしいと考えたが、理由が分からず伊達との戦にそなえ城の近くの平地に移動し、強固な陣を組むことにした。
この時、連合軍には浜田、白石から書状が届いており、鶴翼の陣を敷いて伊達軍が戦を行うこと。自分達が受け持つ場所は、一番端の右と、左に陣を敷くことになったこと。戦が始まり、連合軍陣地の柵に両武将がたどり着いたら、伊達に対して裏切り中央に反転し、両翼から伊達本陣へと突撃するという旨が書かれていた。この情報に、連合軍の各将とも信頼しており、浜田、白石の裏切りの失敗はないと考えていた。
8月になりもっとも暑い時期になった、伊達軍と相馬、田村、大内、畠山連合軍が対峙して1週間が過ぎた。その頃から連合軍では、伊達軍が戦をしかけてこないことをいぶかしむ声が出始める。
戦のための柵などを準備することもなく、お互いに向き合ったまま時間が過ぎるのを任せている状態が続いているのだ。伊達は、なぜ動かないのか。何か策があるのか。不安になる者達も出だした。
「伊達軍は戦をする気が無いんじゃないのか」
雑兵たちの間にも、そういう声が漏れ出していた。
今日も、連合軍は戦の評定を行っていた。これから、どうするかである。
こちらは、柵をつくって防御を固めているので、自分たちから攻めかかることは愚の骨頂である。伊達軍は何を待っているのであろうか。そればかりが、不安で武将たちにもイライラした気持ちが積み重なっていた。
「伊達軍の、浜田と白石に連絡を取り。なぜ、伊達軍が戦を仕掛けてこないのか。聞いていただく訳にはいきませぬか。兵の気持ちも弛んできている上に、不安な者たちも多数出てきておるのです」
清顕に尋ねられた盛胤は、内応者達との連絡状態を各武将たちに説明する。
「それが伊達勢が対陣して暫くは連絡が取れていたのだが。突然白石と浜田より書状が届き。今、連絡すると内通がばれるために連絡が暫くは出来ないと言ってきたのだ。もうしばらく待って様子をみるが、あと数日待っても連絡がなければこちらから連絡しようと考えておる。宗時殿、浜田、白石の内応、今一度確認するが信頼に値するのか」
側に控えていた宗時は、急に盛胤に尋ねられ冷たい汗を背中に感じつつも、しっかりと盛胤に応じる。
「心配御座いません。某と浜田、白石殿の仲でござれば安心していただきたい」
宗時、盛胤、自身も戦が始まらないことにイライラしていたが、裏切ることになっている白石や浜田が居るために、連絡もせず戦を行えば白石、浜田が裏切ることをためらうかも知れないと考えた。このため、両将に連絡を取れずに戦を起こすことを長引かせることしか出来なかったのである。
その頃、伊達軍には小梁川盛宗から伝令が訪れていた。二本松城を攻撃したのだ。
これには、全武将が気色の笑みを浮かべた。敵は、二本松城攻撃を知る者はいないのである。
二本松城から援軍の遣いは、何度も畠山義継宛に出てはいたが届くことはなかった。それは黒脛巾組の活躍により、援軍を求める使いは全て殺されていたのだ。小梁川からの遣いが来て伊達軍は、その重い腰を上げることにした。
連合軍を打ち破るのである。白石と浜田に命じて、相手に翌日戦をしかけること、陣形は鶴翼の陣形をとり右端に白石、左端に浜田がとることに最終決定したことを、敵に伝えるように告げた。
その晩、連合軍に白石、浜田より遣いが訪れ、連合軍は戦の準備に追われることになった。
明くる日も、茹る様な暑い日になった。その中、伊達軍1万が動き始める。陣容は、第1陣鬼庭1500、第二陣原田、1000、第三陣実元1500、右翼白石1000、国分500、左翼浜田1000、杉目500、本陣輝宗2500、後詰に政宗500である。
今回の兵数において国分と杉目の兵力が一門にもかかわらず少ないのは、白石、浜田の嘆願があり、昔の汚名をそそぎたいという彼らの気持ちに、輝宗が答えたということになっている。
対する連合軍は右翼田村勢1000、左翼大内、田村連合1000、中央相馬2000、後詰畠山1000である。これで浜田と白石が裏切れば伊達勢の負けであった。しかし、これは政宗によってつくられた戦である。連合軍は、この時から負けることが目に見えていたのである。
輝宗の采配により、鬼庭軍の進撃がはじまる。この時連合軍の鉄砲の量は100丁であった。これに対する伊達軍の鉄砲は500丁にも達していた。右翼国分150丁、左翼杉目150丁、中央の鬼庭200丁の鉄砲が用意されているのである。
鉄砲の弾が届く距離になると、戸板が並べられ陣を形成したところで、輝宗から各前戦の武将に伝令がとんだ。鉄砲隊が射撃を行うように各鉄砲隊長に指示が行われる。
良直、杉目、国分より鉄砲射撃の合図がでる。
各隊「鉄砲撃てー」
ズダダーン、ズダダーン、ズダーン。
連合側からの射撃は散発的であった。変わって伊達軍は一気に500丁の鉄砲が発砲された。あたりは鉄砲の煙で覆われる。伊達の鉄砲射撃によって、連合軍の鉄砲隊の半ばが討ち果たされてしまったのである。
その後も伊達家の鉄砲隊は続けざまに射撃を行った。
色々な声が敵陣から。聞こえてくる。
「痛い!!足にあたった」「誰か…。誰か助けてくれ」「胸を撃たれた!!うぅぅぅぅ」
等のその声は泣き叫ぶ声であったり、痛みを訴える声であった。
伊達家の鉄砲攻撃によって連合軍は揺れた。雑兵達に怪我人があふれ出したのである。
このままではまずいと考えた連合軍が弓を放ったのであるが、伊達の方が連合軍側よりも早く弓の攻撃を行ったのである。
連合側は劣性に立たされていた。しかし、浜田と白石が裏切ることを知っているため、連合軍の将たちは伊達の攻撃を耐えている。浜田、白石勢が裏切る時を待っていたからだ。連合軍は、浜田、白石の両将が裏切った時に、タイミングを合わせ目の前の柵を避けて突撃を行うことにしていたのであるが、何時までたっても両将が裏切る気配がない。
連合軍は必死で農民兵達を鼓舞していたのだが、農民兵達は各領主によって戦場に駆り立てられた者達である。死にたくないのは道理であった。彼らの死にたくない気持ちが少しずつ軍勢に作用し始めたのか、劣性になった連合軍は少しずつ後ろに退いて行くのであった。
その様子を見ていた輝宗が伝令兵に声をかける。
「良し。今より鉄砲隊の斉射の後、全軍突撃を行う。各々の鉄砲隊長に本陣より太鼓の音聴こえれば斉射を行い、斉射後に後陣におる政宗の部隊がある場所まで退くよう。その旨しらせよ」
「「「「「はっ」」」」」
各伝令が鉄砲隊に向かって駆け出して行った後、暫く時間をおいた輝宗は太鼓を打ち鳴らさせる。全ての陣で鉄砲の音がけたたましく鳴り響いたのを合図に、中央、両翼ともに突撃するための法螺貝の合図を行った。
“ブォーーーー”
全軍突撃の法螺貝が鳴ると同時に鉄砲隊は、後詰めの政宗の陣まで後退していく。
法螺貝の音を聴いた各前戦の将達が配下の兵を指揮する。
「全軍突撃!!」
「おおおおおーーーーーーーー!!!!!!」全ての陣から男たちの雄叫びが響き渡った。
両翼の浜田と白石も同時に柵に向かって突撃をおこなう。この時、盛胤は中央の陣から浜田、白石勢を見ていた。柵に近付けば中央へと反転し突撃をすると密約があったからだ。
柵へと近づいてきた浜田、白石勢を見ていた義胤が盛胤に声をかける。
「父上。我慢した甲斐がありましたな。これで戦況も我が方へと傾きまするな」
義胤の声に頷いが盛胤は不安を払しょくすることができずにいた。浜田、白石勢が『本当に裏切るのか…』と。心配する盛胤をよそに浜田、白石勢が両翼の柵へと取りついた。その時、信じられない出来事が起こる。裏切ると思っている白石、浜田両軍は裏切るどころか連合軍に突撃してきたのだ。連合軍はあわてた。鉄砲が伊達軍にたくさんあったことにも驚いたが…。しかも、ここぞ!!という頃合いで連合軍へと突撃してきたことによって腰砕けになった。
盛胤は戦の流れを見誤ったことに気付いた。浜田、白石を信じすぎたのだ。最初から浜田、白石を信頼せず自らが戦の采配を取っていれば良かったと思ったが。もう遅い。
「何としてでも前線を維持するのじゃ。第一陣の佐藤好信に前線を支えるように伝令をだせ」そう盛胤が言った時、前線より騎馬武者が現れた。
「佐藤様、鉄砲の斉射により討死でございます。前戦は第二陣の江井胤治様が、率いております。ご指示を…」
「何、佐藤が討死だと。それなれば江井に伊達軍の突撃に耐えるように戻って伝えよ」
盛胤は江井が前戦に出たことで安心したがすぐに、江井に伊達軍の突撃に耐えるように指示をだした。指示を出した盛胤は、近くにあった床几を蹴飛ばすと宗時に向かって吠え上げる。
「宗時!!これは、どういうことぞ!!そちは自信があったのではないのか。伊達に謀られたわ!!そちに愚痴を言っても仕方ないが。そちだけでなく牧野の扱いはこの戦が終わってからだと腹を括って待っておれ」
盛胤に一喝された宗時は、顔が真っ青になりその場へと蹲った。
相馬本陣で宗時に盛胤が詰め寄っていた頃、連合側は裏切る予定であった浜田、白石らの部隊に対して警戒していなかったため、両将は無警戒な連合軍の柵の横を抜けるとそこで反転し大内、田村軍の横から突撃していたのである。
突撃してきたのは、浜田と白石が率いる騎馬隊400であった。騎馬隊によって両翼は押され始め、騎馬隊が開けた道に騎馬隊の後に続く半槍隊によって命を落とす雑兵たちが後をたたない。
左翼の大内は、突撃してきた浜田勢の騎馬隊400に襲い掛かられていた。
「盛胤!!何が浜田勢は裏切るだ!!騙されておるではないか!!」
自分の陣が破られる様を見て、定綱は怒り狂っていたが死にたくはない。そのため家臣に退却の準備をするように言い含めた。連合軍は負けると思ったからである。
真正面からは、鬼庭勢1300、原田1000、実元1500、杉目、国分の足軽それぞれ350の兵が真正面から襲いかかってきた。両翼は横から浜田、白石から攻められる。連合軍はいつ陣形が崩壊してもおかしくない状況となっていた。その時、後詰の畠山勢に鎧に弓が刺さった一人の伝令兵が畠山義継に面会を求めた。
「殿!!殿はどこでございますか!!某は、二本松城の者です」
それは二本松城からの救援だったのである。伝令兵は義継の下へと通された。
「殿!!伊達勢が我ら二本松城へと攻め寄せてまいったのです。殿が殆んどの兵を連れて出陣されておりましたので城に残った兵は少なく。何卒、直ぐにお戻りください」
伝令兵は最後には涙を流しながら義継に縋り(すがり)付いた。伝令兵からことの次第を聞いた義継は大慌てになった。
「今から急いで城に戻らなければ二本松城は落ちてしまう。そこの者、盛胤殿の所に行き我らは二本松城へと戻ると伝えて参れ。皆の者、陣を畳むぞ。急いで準備にかかれ!!」
「「「「はっ」」」」
義継はすぐに伝令を盛胤に送った後、陣を畳み始める。
「殿、畠山殿より伝令が来ておりまする」本陣に詰めていた兵によって伝令兵が、盛胤の前に跪いた。
「我が、二本松城が伊達に攻められておりまする。これより、畠山勢は退却し本城へと向かいまする、申し訳なきことながらお許しいただきたい」
そう言って、伝令兵は盛胤の元を離れて行った。
「くそ!!輝宗め!!やってくれたわ。攻め来なんだ理由は、別働隊で二本松城を攻めるためか。畠山勢が退却すれば全軍の指揮にかかわる。左翼と右翼の大内殿、清顕殿に伝令を向かわせるのだ」
そう言った時、後詰の畠山勢が退却しだしたことに、前線には出ていない後の兵士達が気付き始めた。畠山勢がこのままでは戦に負けると判断して退却したと思ったのである。
「ありゃ?畠山勢が退却するぞ。こりゃあ、この戦負けじゃ。直ぐ逃げるべ」
次々に後に控えていた兵から、前線の兵にまでこの情報が伝わりだしたのである。全軍の農民兵が、数人ずつ退却しだした。
それを知った。定綱は、これは自分も逃げる好機とばかりに、盛胤に許可なく勝手に逃げ出した。「よし、畠山勢が逃げたぞ!!ワシらも逃げるぞ!!全軍退却じゃ」
大内勢がごっそり抜けた後には、開戦当時から必死に支えてきた清顕の家臣達が残っていたが浜田勢による攻撃によって次々に槍の錆にされていった。
「殿。大内勢が退却して行きます。大内勢を追いますか」
家臣に尋ねられた浜田は首を振りながら、家臣達全員に聞こえるように指示をだす。
「これよりわしらは、中央の江井勢に攻めかかることとする。大内勢など気にすることは無い。それ!!わしに続けーーーー!!」
家臣に言うや否や浜田は馬の腹を蹴ると一目散に江井勢に突撃して行った。左翼より浜田勢が中央を何とか支えていた江井勢に突撃する。江井勢は浜田勢の突撃によって正面を支えきれなくなり崩れ始めた。
この結果、左翼、中央が崩れた連合軍では、兵たちの退却を止めることだけに、心血をそそいでいる状態となってしまった。あと一押しで連合軍は壊滅である。連合軍の将兵たちは右往左往していた。
連合軍は横と正面より攻められ、武将たちは首をあげられていく。前線を長く維持してきた江井勢は、鬼庭勢に取り囲まれていた。
「そこに居られるのは、名のある武将とお見受けいたす。某、伊達家 家臣鬼庭良直!!
我にかかってこいやぁーーーー!!」
馬上から右手に持った槍を掲げながら、良直は野太い声で名乗りを上げる。
「某は、相馬家 家臣江井胤治!! 我が首 取ってみよ!!」
お互いに名乗り会った二人は、勢いいさんで対峙すると手に持った槍を相手に向かって突き出す。二人の槍が交錯し、江井が出した槍は良直の首元をかすめたが、良直の槍は江井の首元へと吸い込まれていった。
首に突き刺さった槍により、江井が首を上げられたことによって我慢できなくなった連合軍は退却を決断する。
『退却』する。各将が声を上げると連合軍を伊達軍が追いかけていく。雑兵たちは、逃げる事に必死であった。その時、相馬に仕える一人の武将が声を上げる。
「我に続け。ここで生きざまを見ずして何処でみせるや。我に続けーーー!!」
そう言うや否や、相馬の殿を木幡継清が行い。相馬親子が逃げる時間を作ったが、連合軍の雑兵達は伊達家の兵に命を取られていくのであった。
ここで、逃げていく兵達の中に大森城に逃げ帰る者は皆無であった。これは、大森城に入城しても伊達の勢いに押されてしまうと判断したため、大森城を盛胤が捨てたのである。伊達軍を食い止めていた木幡継清は、殿を務めていたが鬼庭良直によって首を取られることとなった。
木幡継清を打ち取った頃には、夕方近くになっていたため、相馬領に攻め入るにしても今から攻め入るとなると、夜を迎えることから伊達軍はその日の追撃を諦め、空き城になった大森城に入城することに決まった。
その晩、伊達軍は戦勝気分に軍勢全体が包まれたが輝宗より、相馬勢を倒す事が先決であると兵達に告げられると皆が翌日の戦に向けていくのであった。
翌日、日が昇る前に伊達軍は相馬勢の領地に進入していった。
相馬領へと侵入した伊達軍は、相馬領に入り次々と相馬の城を落としていった。その結果、相馬の居城である小高城に付き陣を敷くころには小高城を守る兵は300しか居ない状態にまでなっていた。
小高城を輝宗親子が囲んでいた頃、他の相馬の城は、実元、鬼庭、原田、杉目、国分によって攻略がすすめられていた。また、畠山の二本松城では小梁川盛宗の攻めによって、二本松城が陥落とあいなった。畠山義継は、帰る場所をなくしたのである。
小梁川勢に攻め落とされた後、二本松城に義継が着いた時、義継の兵力は200にまで減じていたため盛宗は義継の子供と妻親族をとらえていただけでなく、義継を捉えることにも成功したのである。
数日間、伊達勢によって城を囲まれた相馬の家臣は、夜になると城から逃げ出す者達が増えていっていた。逃げ出した兵は250にも上り、残りの兵力も50まで減ってしまった。ここで伊達勢は可笑しな行動をとることとなる。守る兵力が無いのに数日たったが、伊達軍は攻めてこない。伊達軍の動きが無く日にちがたつに連れて、盛胤は切腹の覚悟を決めていた。息子や一族を何としても守りたいと考えるようになったのである。
相馬領を攻めていた他の武将達から全ての相馬領の城が落とされた報告が輝宗に伝わると、城に残っている兵が少ないのは知っていたが、これまで伊達家を悩ませてきた相馬家に対して軽んじることができないと思った輝宗は、自身の股肱の信とも言うべき遠藤基信を軍使として相馬の城へと赴かせたのであった。
基信は、正装に着替えると上門前にたつと遠くの者まで聞こえるような大声で、相馬の兵達に声をかける。
「それがし伊達輝宗が家臣、遠藤基信である。相馬盛胤殿に話があって参った。開門願いたい」
遠藤が城へと訪れ声を発すると小高城の門は遠藤を迎え入れたのであった。盛胤の家臣に広間に通された遠藤は、相馬盛胤と向かい合う。
「相馬殿の城は、全て伊達家の手に落ちました。相馬殿、矛を収めてもらえませんか。これからは、伊達家のために力を使ってもらえませんか。親方様(輝宗様)は、あなたを家臣に迎えたいと考えております。何卒、お考えいただけませんでしょうか」
「伊達殿の過分な言葉、いたみいる。しかし、私は伊達家を今まで目のかたきに戦ってきた。それに、伊達殿の家臣達もわしが家臣になっても認めてくれるものは少ないと思う。
わしは、切腹を考えていたが私を許し家臣に迎えてくれるのは嬉しいが、家臣になることは出来ない」
遠藤は、やはり盛胤を口説くことは無理かと諦めかけた。すると盛胤が自身の気持ちを基信へと伝える。
「わしのために死んだ家臣に、申し訳がたたないのだ。そのかわりに、息子義胤を家臣として認めてもらえないだろうか。あやつは、戦もわしとかわらなくこなす、伊達殿にも役に立つと思うが…」
遠藤は、輝宗から言いつかっていた。盛胤が、何れを選ぶかは盛胤に任せよと。死を選ぶのであれば、本人の意思を優先するようにと…。こうして、相馬家が下り畠山家の居城も落ちることとなった。相馬氏と畠山氏は滅びることになったのである。