政宗の選択
1580年7月、佐竹家はいまだに動く気配はなかった。伊達家は、4月の敗戦が引きずっており、佐竹家に対していらぬ刺激をしないようにするということで、内応の書状に対しては静観することとなっていたが、その急報は、早朝に米沢へと届いたのである。政宗が寝ていると、殿居が政宗を起こしに来た。
「殿、小梁川殿より急報でございます」
それを聞いた、政宗は驚いて起きた。まさか、佐竹が攻めて来たのかと…。寝間着姿で、政宗は広間で待つ、使者に会うことにした。
「急報とは、どうしたのだ。佐竹が攻めて来たのか」
急いで入ってきた、政宗に聞かれ使者は説明を始めた。
「佐竹が攻めて来たのではございません。困ったことが、起こったのでございます。下野国皆川広秀殿をご存知でしょうか」
使者の質問に広秀を政宗は思い浮かべた。たしか、皆川広照の弟で下野宇都宮城を攻略した時に、伊達家に降った武将だった者だと思い。使者に尋ねると。
「正にその広秀殿でございます。広秀殿には、兄がおりまして兄は皆川広照といい、今は佐竹家の家臣になって御座います。実は、広照殿に嫡男が生まれたそうで、それを知った広秀殿が祝いに、伊達家の珍しい菓子を贈ったそうにございまする」
使者が、政宗を確認してきたので、政宗は話の続きを使者に促した。
「広秀殿が贈った菓子を、広照殿は喜んで受け取ったそうにございます。そして、祝いの席で皆に配って食べさせたところ、食べた者達が全て死んでしまったのでございます。いつのまにか、菓子に毒が混ざっていたのでございます」
政宗の血の気が引いた。これは、外交問題になるからである。
「何!!それで、誰が亡くなったのじゃ」
「祝いに訪れていた。広照殿の弟広長殿、広忠殿、その家臣でございます。広照殿は、食事をされていたため、弟達に菓子を進めたそうにございます」
「それで、広秀の家臣はその場に居たのか」
「はい、おりましたが。食しておりません」
「その菓子は、移動中にすり替えられたか、皆に振る舞われた時に、毒が何者かによって混入された可能性はないのか」
「それが、その場に居やわせた家臣が言うには、誰にも触られておりませんし、移動中も箱からは出していなかったそうです。広照殿に菓子をお渡しした日に、その場で箱から出して食べられたそうなのでございます」
「そうなると、広秀が毒を持ったとしか、考えられんではないか。広秀は、どうしておる」
「今、元宗殿、小梁川殿と一緒に、米沢城へと向かっておりまする。今日の昼には、米沢城に着くと思われまする」
「わかった。その方は休め」
政宗は、対応をどうするか考えることにし、家臣達に集まるように遣いを送った。昼前には、遣いを送った武将全員が集まった。集まった武将は、実元、政景、遠藤、晴氏、小次郎、小十郎、綱元、忠康である。この時、まだ元宗等は米沢に着いていなかった。全員がそろった所で、皆に政宗からことの事情を説明した。
「殿、これはどう見ても、広秀殿が仕組んだこととは考えられません。誰かの差し金としか考えられませぬ」
実元が発言すると、政景も頷きながら言葉を発する。
「某も、同じでございます。皆川広照殿を、伊達家が狙う理由がありませぬ。同盟相手の佐竹家の家臣であれば、こちらとしては今、佐竹と揉めるような事態を起こす利点が、ありませんからな」
政景の意見に全員が頷く。晴氏がその場に居る全員を見回すと政宗に進言した。
「これは、どう考えても佐竹殿の陰謀としか、考えられますまい。しかし、証拠がありません。広秀殿が、毒を仕込んだということを調べても、下手人は見つからないでしょう。なれば、佐竹から使者が来た時、どう対応するかが大事でございましょう」
小十郎も晴氏の意見に賛同する。
「佐竹が使者を送ってきた場合、広秀殿を渡すように迫ってきましょう。伊達家としては、広秀殿を渡すかを考える必要があるかと」
政宗は、小十郎の意見を聞くと自分の意見を述べる。
「広秀を佐竹に渡せば、何の罪もない家臣を佐竹に攻め込まれるからと言って、伊達家を守るために、切り捨てたと皆考えよう。それでは、家中の結束に乱れが生じる。伊達家はすでに240万石はある大大名である。ここで、100万石近くしかない佐竹を恐れ、広秀を渡したとなれば、他国が政宗をその程度の武将かと侮るであろう」
政宗は、自分の意思を認めてもらおうと、力を入れて発言を続けた。
「これから先、伊達家の家臣において過ちを犯し、こちらに非があることが調べた上で認められれば、その場合家臣を罪には問うが、敵を恐れて家臣を渡す事はない。佐竹が、攻めて来るのであれば、来ればいい。相手になろうぞ」
全員が、政宗の意見を聞き頷いた。ここで、実元が発言を求める。
「殿のお気持ち、家臣を代表して礼を述べまする。今は、一先ず小梁川殿が付くことを待ち、話を聞きましょう」
小梁川達は、昼に米沢城へと入城した。
集まっていた武将たちの前で、広秀は小梁川の使者が話した内容と寸分変わらないことを、皆に説明した。政宗は、小梁川達が来る前に、話し合った内容を伝えると、広秀は涙を流して喜んだ。
「それで、小梁川殿、菓子の購入について調べはついているのか」
小梁川は、政宗に質問されると質問にこたえた。
「殿、購入先は我が伊達家お抱えの、鈴木殿の所から買っております。毒を入れる事は考えられません」
「やはりな。佐竹が行動を起こした可能性が高い」
政宗が結論を出すと。元宗が発言を求めた。
「殿、北条家や武田家の者達から連絡が入り、この件同盟国や他国に伝わっております」
「何!!こんなに早くか」
「どう考えても、佐竹が流したとしか考えられません。近近、佐竹から使者が来るかと思います。それからでも、対応を考えたらどうかと。それまで、出来る限りどこで毒が混入されたか、調べればいいかと思います」
それから三日後、佐竹の使者が米沢城を訪れた。佐竹の使者は大塚政成であった。
政成が、大広間に通されるとそこには、元宗、実元、政景、遠藤、晴氏、小次郎、小十郎、綱元、忠康、小梁川、広秀が集まっていた。
政成は、政宗に挨拶をすると、今回の事件を説明し広秀を受け渡すように求めた。政宗は、この事件に対して説明した。
「今回の出来事においては、伊達家においてはこちらで、毒が混入されたことがないと分かった。どこかで、伊達家と佐竹家との間を悪くしようと画策する者によって、この事件が起こったとしか考えられん」
それを聞いた、成政は佐竹家の考えを述べた。
「伊達様、そうは言われますがそれでは、こちらの義重様や広照殿が納得いたしません。下手人が、見つかればいいですが、下手人が分からないのであれば、こちらとしても広秀殿を預かり尋問させてもらわないと納得いきません」
「広秀が、なぜ広照殿の命を狙う理由があると言うのか。伊達家と佐竹家は同盟相手、毒を盛って何の利益もなかろう」
政宗は、納得できない理由を政成に聞いた。
「伊達様は知らないのからも知れませんが、広照殿の兄である広勝殿が亡くなるときに、自分が家督を継ぐべきだと、皆川家において広秀殿が広照殿ともめられたこと、ご存じでないのですか」
政宗は、このことを知らなかった。
「広秀、今の話は誠か」
広秀は、あまりの緊張状態におかれ顔中に汗が滲み出ている。
「誠でございます。しかし、兄と私は佐竹家と伊達家に別れ、一家をなしてございます。なぜ、今になって兄を殺そうと画策いたしましょうか」
政宗は、広秀の言っていることは、間違いではないと思った。一緒の大名に仕えているのであれば、命を狙って自分が当主に立とうとすることは、理解できる。今回のように、他国に居る者を殺したとしても、兄の家督を継ぐことは出来ないからだ。
「それは、もっともだ。大塚殿、佐竹殿の方で皆川殿達が食される時に、毒を誰かが混入させたか調べられたのか」
「もちろん調べてございます。城に運び込まれた日に、箱から出し菓子をその場で食べてございます。それまで、菓子に触れたのは広秀殿の家臣以外おりません。広秀殿をお渡しいただけませんか。広秀殿を取り調べさせていただきたく」
「広秀を渡したとして、佐竹殿の城で取り調べをさせれば、いくらでも広秀が毒を混入したと白状させるのは簡単ではないか。当、米沢城にて伊達家の立会いの元、取り調べを行うのであれば認めよう」
それを聞いた成政は、急に怒り出した。
「伊達様は我ら佐竹家を疑ってござるか。佐竹家と伊達家には、領土の差はありまするが、同盟国でござる。我が佐竹家を、侮られておるのではござらんのか」
ここで、政宗はどうして佐竹家を信頼できないのか、内応の手紙を大塚に見せることにした。
「なぜ、伊達家がここまで懐疑的に、佐竹家に対して考えているのか推測できますかな」
「どうしてで、ございますか」
政宗は、胸元に隠していた佐竹義重の書状を政成に見せた。
「その書状は、先日我が家臣壬生に当てて、佐竹殿が内応を求める書状である。壬生がわしに訴えてきたが、佐竹殿との同盟を考え今回は見逃そうかと思っていたが…。この書状を見れば、佐竹家が伊達家に家臣の切り崩しを図り、揺さぶりをかけてきておるとしか見えぬではないか」
「書状については、主より聞いております。旧主の宇都宮殿より、義重様に壬生殿が今は伊達家に仕えておりまするが、芦名の援軍のおりに伊達家に捕らわれましたが、壬生殿を解放させるように動きませなんだ。それを悔いて、義重様に願い出、家臣に戻って来てもらえないかと書いたものでございます。内容も、内応するようにとは、書いてはございません。家臣に戻って来てくれないかと書いてあるではありませんか」
政成は、佐竹の書状を政宗に見せる。確かに内容は、内応を願い出ているのではなく、家臣に戻ってこないかという内容であった。
「それは、そちらの当て擦りではござらんか。家臣に戻ると言えば、壬生に対して内応を進められるであろう。もし、壬生を宇都宮家の家臣に戻したかったのであれば、政宗に書状を届けるのが、筋であろう」
「ちょうど、輝宗様の葬儀等で重なっておいででしたから、壬生殿に直接書状を送った次第でございます」
政宗は、政成のこの話に嫌気が指してきた。そこまでして、伊達と戦いたいのかと…。
「それならば、葬儀や家督相続の式が終わって落ち着いた、今頃に書状を届ければよいではないか。佐竹家の行動は、伊達家に対して疑いをもたれてもしかたないと思うが」
「伊達様は、佐竹家をそこまで疑われておられるのか。今までの話を聞けば、佐竹を信じられないとしか、取ることは出来もうさん。話は平行線で、広秀殿をお渡しできるように、決まる見込みはなく。下手人を佐竹家にお渡しして、いただけないのであれば、こうなっては、佐竹家の意地を伊達殿に見せるのみ。そして、広照殿の弟の仇を討つのみでござる。それでも、よろしいか」
「伊達家は、此度の広秀のこと誰かの差し金としか考えられん。無実の広秀を、佐竹家に渡すことかなわん」
「分かり申した。もう、ようございます。広秀殿を渡していただけないのであれば、我ら佐竹家は、広照殿の亡くなった弟や家臣の敵討ちのため、伊達家に挑みまする。伊達殿に佐竹家の、武士の矜持お見せいたそう。これにてごめん」
佐竹家、伊達家の同盟はここに崩れ去ったのである。
政宗は、政成が退室すると家臣達に佐竹の出方を聞くことにした。
「佐竹家が、伊達家に難癖をこれだけ付けてくるのであれば、同盟破棄を始めからそのつもりであったとしか、考えられん元宗殿どうみる」
「まさしく、伊達家との同盟を破棄するためにやったとしか考えられませんな。皆川殿の弟たちは、伊達家に攻め入るための人柱としか考えられません。仇討のために伊達家に戦を挑むとなれば、佐竹家の家臣も戦の理由に納得して戦に参加しましょう」
「なれば、出来るだけ手は打っておくに限るな。遠藤、そちは北条にこれから向かい。ことの次第を話、戦のおりには佐竹家に出陣出来ないか話に行ってくれ。鈴木元信には、最上に援軍の依頼に行ってもらう。続いて、桑折に今回の佐竹とのこと、津軽家に伝えてもらおう。武田家は、織田、徳川との戦に出ておるから援軍は頼めないだろうが、今回の事の次第を書状にまとめ送る事にしよう」
「わかりました」
指示を受けた遠藤が、頭を下げる。
「これより、わしは会津若松城へと移る。下野で戦があった場合、米沢城より出陣し、下野に着くまでに時間がかかるからな。米沢城は、留守居を実元殿にまかせる。実元殿が出陣した場合は、小次郎が留守居をせよ」
「「はっ」」
二人が頭を下げた。
こうして、政宗は佐竹との戦を選択することとなったのであった。
これから先、登場させて欲しい武将がありましたら、感想欄に書いていただければ、検討致しますのでよろしくお願いします。




