息子は一生父と戦う
1580年1月1日、今日は輝宗の元に政宗、小次郎、3男である弟の小松丸、政宗の妻亀姫、松姫、愛姫、政宗の妹千子姫、が集い新年の挨拶に訪れた。輝宗の横には、母である義姫、側室になった3人の姫が座っている。政宗が皆を代表して、新年の挨拶を述べた。
「父上、母上、新年明けましておめでとうございます」
政宗が挨拶をした後、頭を下げた。政宗にならい、周りの者も一緒に頭を下げる。輝宗は挨拶を聞くと、政宗達を見まわして声をかけた。
「おめでとう、今年もいい年になるといいな。今、家族がそろっているので、わしから皆に発表がある。7日後に行われる伊達家の新年の集まりのおりに、次に家督を継ぐのは藤次郎にすることを発表しようと思う」
それを聞いた、小次郎や弟、妹、妻達が同じ様に喜びの声を上げる。
「「「「「おめでとうございます」」」」」
皆が喜んでいたが、一人異議を唱え者が居た。義姫である。
「輝宗様、なぜ政宗殿に継がせるのですか。政宗殿を、次の家督に指名するには早すぎます。伊達家を政宗殿には、まだ任せる事はできません」
政宗の頭は、真っ白になっていた。母にそこまで嫌われているのかと。また、母に対して怒りが湧いてきた。その時、義姫の話を聞いた、輝宗は義姫を宥めながら言葉を続ける。
「藤次郎に、家督を譲り渡すという意味ではない、わしの次は政宗にするということを、発表するだけじゃ。わしに何があるか分からん、もしものために、次の代をはっきりとしたかったのじゃ。それに、内政、外交、戦の面において藤次郎は結果を残しておる。藤次郎が開発した農具や武器も好評じゃ、何が嫌なのじゃ」
義姫は、それでもくってかかる。
「それは認めますけど。弟の小次郎も内政面で今、活躍しているじゃありませんか」
輝宗は、政宗を見る。政宗の体は震え上がっていた。それを見た輝宗は、義姫に厳しく言う。
「そなたは、どうして小次郎の方をもつのじゃ。同じそなたの息子ではないか。小次郎が内政面で活躍できておるのも、藤次郎のおかげじゃ。藤次郎が、小次郎に内政を教えているからできるのじゃ。そんなことも知らんのか。そなたの目は、節穴か!!」
とうとう、輝宗も怒り出した。それを見た、小次郎が輝宗と義姫の話に割って入る。
「母上、なぜ兄上を認めてくれないのですか。私は、兄上のために力を合わせ、一緒に伊達家の発展に力を注ぎたい。それに、私は兄上に遠く及びません。家臣達も兄上を認めておりまする。何をそんなに、兄上に家督を譲ることを否定するのですか。私は、家督相続は兄上がすることが伊達家のためであると思っております」
それを聞いた輝宗は、冷静になり言葉をつないだ。
「義姫、藤次郎が伊達家を継ぐことは決まっておる。もし、それに反対するのであれば、そなたには最上に帰ってもらわねばならん。藤次郎と小次郎の間で、家督相続により家中が割れる事はあいならん」
輝宗に最上に帰らせると言われた義姫は、震えながら声を出した。
「分かりました。小次郎がそう言うのであれば、政宗殿の家督は認めます」
そう言った瞬間に、政宗の中の母に対する気持ちが冷え切った。自分を弁護してくれた、小次郎には感謝している。しかし、母は許す事ができない。輝宗は、政宗の気持ちを思いやり一言、釘を刺した。
「7日後の藤次郎の家督相続における顔見せの折、家臣達の前で何か言うことはあいならん。家臣達も全て納得しておる。わしに、もしものことがあれば、藤次郎が家督を継ぐ。小次郎これだけは言っておく、兄を助け兄弟仲良くするのだぞ」
それを聞いた小次郎は、頭を下げた。
「はい、父上。兄上をお助けします」
そこで、話は終わり皆、自分の部屋へと帰って行った。部屋に戻り、妻たち三人が部屋に座った時、政宗は、怒りにまかせて母から貰った数珠を叩きつけて壊した。それを見た、姫達三人が、数珠を集める。
「母上から貰った、大切な数珠ではありませぬか。どういたしました」
政宗は、亀姫に声をかけられ。ついに、涙ながらに妻達に話し始めた。妻達は、初めて政宗の泣いている姿を見た。
「母は、わしが嫌いなのか。これほど、伊達家のためにわしは、頑張っておるのに。そのような、数珠などいらん。母は敵じゃ」
三人の姫達は、声を出す事がなかなか出来なかった。政宗の気持ちが、分かったからである。政宗が泣き止むまで、三人は政宗のそばについていると。ようやく亀姫が声をかけた。
「政宗様、私達を信用してください。私達は、政宗様に何があろうとも、何時までもお味方です。もし、実家と戦うことになろうとも、私達は政宗様について行きます」
亀姫の気持ちを聞いた政宗は、三人を抱きしめ。彼女達を幸せにすると誓うのであった。
7日後、伊達家大広間では家臣や家臣の世継ぎ、だけでなく家臣の妻も集まった。輝宗の横には政宗が座り、義姫、政宗の妻達の姿も見える。全員がそろって、代表するように元宗が輝宗に声をかけた。
「明けまして、おめでとうございます」
その瞬間、全員が頭を下げ挨拶した。毎年の新年の挨拶では、武将達だけであるのに今年は、自分の息子や妻も参加するようにとの輝宗からさたがあった。事情を知らない武将達は、何があるのかと思っていた。その時、輝宗から声がかかる。全員が頭を上げると、輝宗が話し始めた。
「今回、皆に集まってもらったのは、次の代に伊達家を継ぐ者を発表するためである。次に伊達を継ぐのは、政宗をわしは指名する。何か、意義があれば聞こう」
しばらく沈黙が続き。何も意見が出ないことを、見計らった元宗が発言した。
「誠に喜ばしいことでございます。我ら、輝宗様の意見に賛同いたしまする。政宗様が次の代を継ぎますこと。反対など、あろうはずがありません。我ら、一丸となり政宗様に付いて行きまする」
元宗の発言を聞いた輝宗は、満面の笑みになり、元宗の言葉に返答した。
「皆が、政宗を認めてくれて嬉しい。政宗のことを頼む」
そう言って、輝宗は頭を下げた。そして頭をおこし次に言葉を継ぐ。
「これより。もし、わしに何かあれば政宗が伊達家の当主じゃ。尚、わしが死んでも追い腹を切ることは許さん。政宗のために尽くしてくれ。皆わかったな」
この時代、主君が死ぬと追い腹を切って、主君について行くことが美学という考えがあった。輝宗の話を聞いた瞬間、元宗が返事をする。
「分かりました。政宗様の力になりまする」
その後、政宗は緊張した面持ちで、家臣達に声をかけた。
「皆、ありがとう。政宗に至らぬところがあれば、言って欲しい。わしの力になって欲しい。皆、頼む」
政宗が頭を下げると、元宗が全員を代表して政宗に声をかけた。
「「「「「おまかせください」」」」」
この後、大広間は盛り上がり食事と酒が出された。
3月になり、輝宗の執務室には輝宗、元宗、実元、政景、遠藤、黒川、政宗が集まっていた。
元宗が、輝宗に声をかける。
「この度、政宗様の家督相続が決まりましたこと、おめでとうございます」
「ありがとう」
輝宗は、本当に嬉しいようだ。一つ間を置き、遠藤は伊達家の今年の戦力を説明し始めた。
「殿、今年の伊達家の戦力ですが、鉄砲6000丁、新型鉄砲2000丁、手筒包200丁、馬36000頭、兵70000、投石器5器、南蛮船2隻、安宅船12隻、商業船3隻、中型商業船2隻、関船2隻、小早4隻となっております。内政に関してですが、会津の開墾も、もうすぐ終わります。旧葛西領、大崎領は持ち直しました。安東領の開発は、時間がかかりそうです。今は、工業や産業の技術指導におわれております」
輝宗はこれを聞いて頷く。
「それでは、今年の戦略であるが、北信愛より晴政陣営の切り崩しが終わった連絡が入った。4月に、南部家を攻める皆それでよいな」
「はっ」
全員が頭を下げると、輝宗が言葉を発した。
「今回の戦は、久しぶりにわしが率いる。皆、よいか」
元宗が、意見を述べる。
「政宗殿に任せては、いかがでしょうか」
「元宗の意見は、最もである。しかし、最近わしは戦に出ていない。政宗に任せきりじゃ。それに、北信愛より援軍にわしが出ることが条件で、晴政陣営の切り崩しに成功したそうじゃ。わしが、戦に出なければなるまいて…」
それを聞いた実元が、輝宗に発言を求める。
「それならば。しかたないとして、誰を戦に連れていきまするか」
輝宗は、実元が問い質すと直ぐに出陣する者を発表した。
「先鋒は鬼庭良直2500、孫一鉄砲隊2500、第二陣、南条隆信2500、第三陣伊達実元3000、本陣わしが5000、右陣田村清顕2500、右後陣相馬義胤2500、左陣黒川晴氏2500、左後陣石川昭光2500、後詰政宗2000、大内定綱1000、戸沢盛安1500とする」
それを聞いた、実元が返事をした。
「分かりました。準備をいたします」
輝宗が最後に、実元に指示をだした。
「実元殿、津軽殿に4月に伊達家が出兵することを連絡お願いいたします。挟撃する盟約に、なってござれば…」
「津軽家には、連絡しておきまする」
この日は、これで評定は終わった。
4月になり、伊達軍は南部勢へと出陣することになった。
目指すは、北信愛の居城花巻城である。花巻城に一番近い城は、和賀氏が納める二子城である。まず、伊達軍は二子城に着陣することとなり、城には医療部隊を配置することとなった。
翌日、花巻城へと入城した。城では南部信直、北信愛が待っており、その晩は北信愛と南部家との戦評定が行われた。輝宗が上座へと座り、戦に参加した武将たちが顔を合わせる。
南部信直が伊達家の武将たちに挨拶を行った。
「初めまして、それがしは南部信直と申します。この度は、援軍に来ていただき、ありがとうございます」
頭を下げた信直に、輝宗が声をかける。
「信直殿、伊達家は貴殿の味方である。戦に勝ち、晴政を倒しましょうぞ」
「ありがたき幸せ」
信直がお礼を言うと、北信愛が言葉をつないだ。
「輝宗様、出兵の延期申し訳ございませぬ。ようやく、晴政側の武将たちを内応させることができました。戦も楽に進みましょう。内応した者達は、合戦のおりに反旗を翻すことになっております」
それを聞いた輝宗が質問する。
「それで、どなたが南部家を裏切る手はずになっておるのですかな」
「石亀信房、八戸政栄、泉山古康、高田康真でございます。敵は晴政、九戸政実・実親兄弟のみであります」
輝宗は、頷きこの戦は楽に勝てると思った。
「なれば、戦は楽に進みましょう。戦の場所は、何処で起こると考えておるか」
「晴政が出陣した報告を、受けております。八戸殿が戦の地を、花巻城へ攻めた方がいいと進言し、それが通ったと報告が来ました」
「なれば、この城の近くとなるか」
「はい」
北信愛が報告を行った翌日、南部晴政軍が花巻城近くの平地に陣を構えたと、斥候が知らせてきた。伊達軍は、花巻城を出陣、城には信直が500の兵で詰める事が決まった。
「敵は、鶴翼の陣を引いておるな。こちらは、魚鱗で対応しよう」
敵の総兵力は19000であり。中央に晴政4000、左右に九戸政実2500・実親2500、そこから右に石亀信房2500、泉山古康2500、左に高田康真2500、八戸政栄2500であった。
輝宗の指揮の元、魚鱗の陣を敷いた。
「孫一に伝令を出せ、鉄砲で一斉、斉射せよ」
伝令が走ると、孫一は前進を開始した。発砲するために前進し、鉄砲を構えたとたん。北信愛が、突然、田村勢を攻め立て、相馬勢にも攻撃を開始したのである。それを合図に、南部勢が突撃を開始、虚を突かれた伊達勢には動揺が走った。
孫一はこの時、南部家の先鋒である騎馬隊が、走りよせて来ていることを確認し、鉄砲隊に一斉斉射を命じた。
「各隊、騎馬隊へと発砲せよ。撃てー」
バーン
バーン
バーン
鉄砲隊が発砲すると、敵騎馬隊の殆どを討ち取ったが、全てが倒れた訳ではない。今回は、敵が寝返るという事になっていたため、手筒包を持ってきていない。投石器も用意していなかった。鬼庭良直は、すぐさま鉄砲隊がこのままでは、討たれると感じ、鉄砲隊の前に前進し孫一達鉄砲隊を退却させた。
「全軍前進、鉄砲隊は後ろに退却せよ」
これを聞くと孫一はすぐさま、鉄砲隊に退却を命ずる。
「各隊退却、良直殿、後は頼みまする」
戦の流れは、南部へと傾きつつあったが兵力では、伊達家が上である暫く戦をすれば持ち直すと輝宗は考えていた。この時、大内勢で定綱と弟の片平親綱が話し合っていた。
「兄上、北殿が裏切りました」
厳しい顔になった。親綱に定綱が顔を向ける。
「これは、まずいな。親綱、俺はいいことを思いついたぞ。意見の具申に、輝宗様に会ってくる。そなたに、この部隊を任せる。頼んだぞ」
親綱は、兄がおかしいと感じたが、何か策があるのかと思い。兵を預かることとなった。
定綱は供回り50人を連れて輝宗の所に向かった。
「輝宗様、大内定綱殿が面会を求めております。何でもいい策が浮かんだと。その具申とのこと」
輝宗は、北信愛に対して非常に怒っていたため、冷静な判断を損なっていた。
「よかろう。定綱を通せ」
定綱が、輝宗の前に座ると輝宗は定綱に意見を求めた。
「定綱、それで策とはどういったものじゃ。言うてみよ」
輝宗に質問された瞬間、定綱は輝宗の近くへと体を起こし迫ってきた。この瞬間、輝宗は驚き床机椅子から転がり落ちた。周りを固めていた、輝宗の供回りが驚き輝宗に詰め寄った。しかし、詰め寄るよりも早く、輝宗の首に刀が向けられたのである。
「何をする定綱。気は確かか」
薄気味悪い笑みを浮かべ定綱が答えた。
「輝宗様に策を授けます。これから輝宗様は、南部へと来ていただきまする。伊達家の人質として」
「何、貴様まさか北信愛に通じていたのか」
「はい。そうでございます。この戦も北殿とわしの策によるもの。さあ、輝宗様。わしと南部へと行きましょうぞ」
そう言った後、大内は供回りに指示を出し輝宗を縄で拘束させた。北信愛の部隊に向け移動を開始したのである。しかし、輝宗が抵抗するために、連れだす事に手間がかかっていた。
政宗は、輝宗の陣後方で待機していたのであるが、輝宗の陣より伝令が来たので何かあったのかと、伝令に聞いた。伝令の言葉に、近くにいた武将たちは驚くのである。
「なにーー!!父上が定綱に捕えられたと…。直ぐに本陣に向かう。この場は綱元に任せる。小十郎と忠康はそれがしに付いて来い」
「はっ」
二人は、尋常ならざると事が起こったと思い。政宗と供に本陣に向かった。この時、各軍にも輝宗が捕えられたことが伝わっており、南部の勢いに伊達軍は押され始めた。政宗は、輝宗の元に赴くと、後ろ手を掴まれ身動きが取れない輝宗の姿があった。周りには、実元が来ており輝宗を追っている状態であった。
「父上ーー!!」
政宗が叫ぶと輝宗が顔を向け、政宗に話し出す。
「政宗!!このままでは、わしは捕えられ南部の人質になろう。そうなれば、そなたの天下統一の夢が叶えられん。そればかりではない。後方を気にして、戦にでなくてはならなくなる。わしを殺せ政宗!!」
政宗は、涙が止まらなくなった。
「父上!!それはできません」
「馬鹿者!!そなたは伊達の頭領になる男ぞ!!わしを超える者じゃ!!そんな弱気でどうする!!天下を取るのであろう!!」
そう言って輝宗は暴れ出した。甲胄を着ているためその動きは激しく、後ろ手を握っている定綱の縄が緩み、定綱の手が縄から離れたのである。その瞬間、輝宗は逃げ出した。慌てた定綱は、この時、刀に手をかけたのである。定綱も慌て、動揺していた。
次の瞬間、定綱は輝宗を後ろから切ったのである。輝宗の断末魔の声があたりに響く。
「うぉーーー」
定綱によって切られ、倒れた輝宗に周りを囲んでいた、伊達の兵たちが殺到する。大内は、慌ててその場から逃げ出した。実元と政宗は、輝宗に駆け寄った。輝宗の刀傷は深く、荒々しい息を吐く。
「父上!!」
輝宗を抱き起すと、輝宗の血が政宗の手に付く。
「藤次郎、わしは大丈夫じゃ。実元殿、わしの今からの話、証人になってくだされ。この戦、そちに任せる。もし、わしがこのまま死ねば、藤次郎そなたが当主じゃ。藤次郎それと、母は最上に返せそうしなければ、伊達は小次郎とそなたとで割れる。分かったな!!」
輝宗は、政宗に話し終えると意識をなくした。近くにいた兵士に戸板を持ってこさせ、輝宗を政宗は寝かせる。政宗は、混乱した軍を立て直さなければならない。今の頭では、考えが浮かばない政宗は、自分の顔を両手で叩いた。痛い刺激によって、とんでいた意識が引き戻される。
まず政宗は、近くにいる実元に声をかける。
「実元殿」
「はっ」
実元は、その気迫に頭を下げた。
「これより、実元殿は退却し二子城へと向かってくだされ。豊沢川にかかっている橋がもしかすると落とされているかも知れません。その場合は、歩いて渡れる場所を先に行って調べて貰えませんか」
「分かった。輝宗殿を連れてこれより退却する」
実元は、輝宗をつれて退却を始めた。次に政宗は、残った武将たちに伝令を飛ばす。
「本陣はわしが率いる。後詰は綱元に指揮を取らせる。先ず、盛安殿と綱元で豊沢川までに敵を止めるための柵を設置させよ。柵が出来上がれば、殿がそこに入り敵をくい止める。次に、片平親綱に伝令を走らせよ。伊達家に仕え続けるのであれば、第一の殿は親綱とする。直ぐに、自ら後退し柵を設置し陣を構えよ」
それを言われた。伝令はそれぞれに向かっていく。
「次に前野忠康、そのたに本陣の1500の兵を与える。花巻城からの兵が出てこぬよう、城の入り口を固めよ」
「はっ」
返事をして、忠康は花巻城へと向かった。
「小平太はおるか」
「これに…」
突然、小平太が姿を現した。
「各大名に父が討たれたことを知られぬよう。国境の警備を厳重にし、各城に今回の戦の状況を知らせよ。豊沢川の橋が落ちていれば、渡やすい場所や、父を対岸に渡らせられるように船を用意せよ。米沢城に居る、杉目殿に田村勢を率い、大内の居城小浜城を囲いそこから誰一人逃げぬようにいたせと伝えてくれ」
全てを聞くと小平太は頷き、何処かに消えた。
この時、花巻城では、知らされていなかった、信直の顔が蒼くなっていた。北信愛から裏切る話を、聞いていなかったのである。輝宗が討たれたということは、まだこの時、花巻城へは届いていない。
「信愛、何という事をしたのだ!!」
次第に信愛に対する怒りが込み上げて来た時、城を忠康に囲まれたことが分かった。
直ぐに、忠康に面会の使者を出す。この時、忠康は何事かと思った。信直がもしかしたらだまし討ちを狙っているのかと…。信直の使者には、面会に応じる約束をとり、一人で来させた。信直は頭を下げ、丸腰で忠康に話しかける。
「某は、今回の裏切り。全く見覚えがございません。北信愛が勝手にやったこと。城を伊達殿に明け渡します」
「わかった。政宗様に知らせよう。信直殿も我らと一緒に移動して欲しい」
忠康は、信直が今回の裏切りに関係していないと分かったため、信直を保護することにしたのである。
その頃、伊達の軍勢は劣性に立たされていた。田村勢は、高田、八戸勢に取り囲まれ、前戦の武将たちは押され気味となっていた。この時、政宗に田村勢よりボロボロになった伝令が飛び込んできた。
「政宗様、田村勢を残しそのまま退却をと、清顕様は申されております」
「何!!義父殿はまさか死ぬおつもりか!!」
「はい。最後に清顕様は愛姫様を、よろしくと申しておりました」
それを聞き、政宗は清顕を残すことを決断する。この時、別の伝令が政宗の所に来た。それは、鬼庭家家老の溝部良秋であった。政宗の前で頭を下げると、溝部は話し始めた。
「このままでは、伊達軍全てが討ち果たされまする。我ら、鬼庭勢が殿を務めますので、全軍退却をお願いします」
「良直がそう申したのか」
使者が必死で声を出す。
「はい。最後に、私のみを逃がし綱元様に仕えるようにと、鬼庭の家督を綱元様に譲ることを認めて頂きたいと申しておりました」
「わかった。綱元に家督を継がせることを認めよう。伝令!!なればこれより全軍退却と致す。孫一は先に、豊沢川へと迎え」
鬼庭勢、田村勢を残し伊達軍は撤退していく。鬼庭勢には、晴政、九戸政実・実親が襲い。右の陣である、石亀、泉山勢が黒川勢に追いすがってきた。左の陣は、北勢が相馬勢へと追いすがる。
政宗が花巻城へと来た時、忠康より南部信直の話を聞いた。このまま、残せば信直は晴政に殺されるであろう。そう思った政宗は、信直の身を預かることとした。花巻城をすぎ、街道にそって逃げていくと、第一の柵がありそこには片平親綱の姿があった。
政宗は親綱に声をかける。
「今回のこと、そなたは知らなかったのじゃな」
政宗は厳しい怒り狂った目で、親綱を見た。親綱はその場で土下座し、震える声をだす。
「それがしは、何も知りませんでした。兄が勝手にやったことでございます」
それを聞き、政宗は決断する。
「殿の第一の柵は、そなたに任せる。全軍が通過次第、敵を食い止めよ」
「ははっ」
親綱はこの時、死を覚悟した。しかし、ここで自分が踏みとどまらなければ、一族全員が裏切りの代償に殺されるであろう。それを少しでも阻止したかったのである。政宗達が通り過ぎると、次に石川勢が通り過ぎ、南条勢が通り過ぎた後、ぼろぼろの黒川勢と相馬勢がやってきた。
黒川勢と相馬勢は、柵の横を通り過ぎる時、晴氏より親綱に声がかかった。
「親綱殿、後は頼みます。第二陣はそれがしが、守りましょう交互にそれぞれの部隊が守れば、兵達の疲れも少しは和らぐかと」
「わかりました。今回は、兄が申し訳ございませぬ」
そう言って会話をしていると、石亀、泉山、北勢が攻撃を開始したため、黒川勢は素早く退却していった。
その頃、実元勢は豊沢川にまで逃げて来ていたが、橋が壊されていたため退却できる渡りやすい、浅い場所を探していた。南部勢が迫って来ている。気を失っている輝宗を何とか対岸に渡したい。
冷たい水に、輝宗を浸からせることは出来ないのだ。探していると、黒脛巾組の忍びが現れ、実元に3艘の船と足軽が膝まで浸かれば歩ける場所を教えて来たので、船に輝宗を乗せその場所を渡ることにした。また、伝令に渡れる場所を、他の部隊に知らせる様に伝えた。
実元勢が川を渡っている間に、戸沢勢と鬼庭勢が来たので、その場所に柵を設置し敵の攻撃を受け止めるために陣を敷いた。実元勢が渡り切った時、孫一、政宗達が訪れ、孫一、政宗、石川、戸沢、鬼庭、の順にわたることとなった。
対岸では、渡切った実元勢が二子城を目指す。この時には、昼も過ぎた時間になっていた。政宗は、川を渡る前に綱元を見つけたので、綱元に良直の事を話した。綱元は、父を思い泣いた。
「大内定綱、許さん!!わしが必ずや仇をうちましょうぞ」
綱元は鬼の形相で政宗に誓うのであった。
政宗は、対岸に渡ると小十郎に3000の兵を預け、陣を敷き昼飯を用意するように指示をだした。昼を食べずに兵達は戦っていたのである。孫一には、対岸から敵を討つ準備をさせ鉄砲隊を待機させた。また、伝令を走らせ、二子城に居る医療部隊の数名を連れてくるように指示をだした。
戸沢勢が渡っている時に、黒川勢、相馬勢がやってきたので、綱元は戸沢勢の次に、相馬勢、黒川勢が渡る事にした。殿を買って出たのである。相馬勢が渡り終え黒川勢が渡っていると、敵を引き連れた片平勢が向かってきた。
鬼庭勢は、片平勢を柵に引き込むと傷ついた者を先に退却させることとし、片平勢にも食事と水を飲んで休むように指示をだした。その時、孫一は石亀、泉山、北勢に鉄砲があたる距離になると、対岸から孫一が一斉斉射を行う指示をだす。
「よーし。やられた仮を返すぞ。全軍、鉄砲を構えよ」
孫一の声に鉄砲を構える。
「撃てー」
その瞬間、伊達鉄砲隊より一斉斉射が行われた。
対岸の南部勢から悲鳴があがる。何人かの兵士たちが骸とかした。これにより、3部隊は柵になかなか近づくことが出来ないようになったため、鬼庭勢が対岸へと退却を開始する。親綱は一番、最後の退却になった。
鬼庭勢が対岸へと渡っている時、良直と田村と戦い残っていた南部勢が姿を見せた。その頃は周りは夕方になり、日も落ち少しずつ山に太陽がかくれる時間となっていた。良直勢、田村勢は、追手が多くならないように、かなりの時間踏みとどまっていたのである。
南部勢も、朝から戦いが続いたためか、対岸に陣を敷き始めた。これによって、片平勢も対岸へと渡ることが出来たのである。
片平勢が渡り終えたのを確認すると、政宗は輝宗のことが心配であったので戦の指揮を石川昭光に任せ、二子城へと向かった。南部勢は、伊達勢と戦おうと思っても、川を渡らなければならず、川を渡ろうとすれば伊達の鉄砲に狙われるため、戦を断念する必要があった。
政宗が二子城へと急いでいた時、南部勢晴政の陣では、本日の褒美の話となっていた。しかし、北信愛と八戸政栄の顔は優れない。彼らは、今回の戦で勝った暁に信直に家督を継がせる様に、晴政と約束していたのである。
定綱との密約で、輝宗を捕える事が条件であった。輝宗を捕え伊達家と同盟を結ぶ。これならば、伊達家に南部領を渡さず、そっくりそのまま信直が継ぐ手はずになっていたがそれが失敗した。
彼らは、次に伊達勢が攻め寄せてくれば、間違いなく南部家を潰すであろうと思った。輝宗が死ななかったとしても、伊達を裏切ったのである。許されることはないであろう。晴政は、この時、後々の事は何も考えておらず戦に勝ったので気分が良かった。自分に敵対していた、北と八戸は軍門に下り、信直は伊達家へと落ち延びたのだ。
輝宗が死に、次に政宗が攻め寄せようが、勝つ自信があったのである。なぜなら、伊達の手筒包や投石器の威力をしらなかったからであった。今回の戦で、晴政は北と八戸の領土は安堵し、寝返った定綱には3万石を与え、他の武将達にも加増した。
定綱は、3万石を与えられ得意満便な顔になっていた。領土のことしか考えていなかったのである。
夜遅くになり、政宗は二子城へと入城した。二子城では、輝宗の怪我の治療は終わっていたが、虫の息で今夜が峠だと政宗には伝えられた。また、実元より二子城へと義姫と小次郎が向かっていることが伝えられた。
政宗はその晩、輝宗の看病を続けていたが、疲れが重なり朝方目を覚ました。目を覚ました政宗が、輝宗の顔を見たが、脂汗があがり息も絶え絶えになっていた。顔を布でふいていると、城の廊下を急ぎ足で歩いてくる音がする。
次の瞬間、障子を開けて義姫、実元、小次郎が入ってきた。義姫は、急ぎ輝宗の顔を見ると、政宗を見て怒涛のごとく問い詰めた。
「政宗殿、これはどういうことでございますか!!なぜ、定綱の謀叛に、気付かなかったのです!!」
「母上、申し訳ありませぬ。見抜けませんでした。父上の元に定綱が向かったことも、知らなかったのです」
「政宗殿、何のために忍びをそなたが束ねているのですか!!このような事が無いようにするために、忍びを使って調べるのでしょう」
義姫は、次から次へと政宗を攻め立てる。その時、実元が助けに入った。
「義姫様、政宗殿を攻めるのは筋違いでございます。そう言うのであれば、わしらにも責があります」
実元が義姫に説明すると。義姫は気が狂ったかのようになった。
「それならば、皆で輝宗様に謝って下さい!!」
「母上、それはあんまりでございましょう。私も今回の戦の話を聞きましたが、誰の責任でもありません。定綱が悪いのでございます」
小次郎が義姫に話しかけると、義姫は落ち着いたのか輝宗を見た。その瞬間、輝宗が目を覚ましたのである。
「「父上」」
「「輝宗様」」
全員の声が重なった。輝宗は、政宗達を見て声を絞り出す。これが最後の力とばかりに。
「政宗、すまん。わしはもう無理のようじゃ。そなたに言ったように、次の当主は政宗そなたじゃ。後、義姫はわしの死後、最上へと帰れ。お主がおれば、小次郎を当主にしようと画策するであろう。そうなれば伊達家が割れる」
義姫は、必死に輝宗に訴える。
「その様なことありません」
しかし、輝宗は聞き入れない。
「実元殿、最上への使者となり義姫を最上へと送り返して下され。それと、政宗、わしの側室のこと頼む。良くしてやってくれ。次に小次郎、政宗のこと頼むぞ。兄弟仲良くな」
「「お任せください」」
実元と小次郎は、二人一緒に返事をした。
「政宗、伊達家のこと頼む。そなたを息子に持てて幸せであった。天下を取るのだぞ。父はそなたを、常に天国から見ておるぞ」
そう言って、輝宗は息を引き取った。
「父上ーーー!!」
輝宗を看取った4人は、涙を流し部屋は暗く沈んだ。
この時、南部勢が南部領に退却を、開始したことを伝令が伝えた。
伝令の話を聞き、実元が政宗に指示を促す。
「政宗様が当主でございます。ご指示を出して下さい」
政宗は冷静になり、指示を出した。
「全軍退却する」
政宗の指示により、伊達軍も退却を開始し、4月中頃、輝宗の遺体を持ち伊達勢は米沢城へと帰った。家臣達は、この時、杉目、田村や佐竹、武田、上杉、最上と領土を接している城の城主以外が城に全員集っていた。集まることが出来なかった城主達も、代わりに家老を向かわせていた。政宗が武将達を集めていたのである。全員が集まっていることを確認すると、政宗が声をかける。
「この度、先代の後を継いだ政宗じゃ、前に先代が言っていたように追い腹を切ることは許さん。尚、戦に参加した者達には褒美を与える。鬼庭領は綱元が継ぐことを認め。田村領は、政宗に子供が生まれれば約束に従い継がせるが、それまでの間は弟の氏顕が継ぐこととする」
それを聞いた武将たちは頭を下げた。全員を代表し元宗が声をかける。
「輝宗様の敵討ちの戦は、行いますか」
元宗の質問に、政宗は冷静に答える
「今年は、戦には及ばん。南部との戦で死者7000名、負傷者4000名を出した。今、戦を急ぎ南部を攻めれば、傷が増えよう。無理する必要はない」
元宗は安心した。もし、政宗が南部を攻めれば、止めようと考えていたからである。
「大内の家族は、いかがいたしますか」
聞かれた政宗の顔がひきつる。怒りに飲まれた顔になった。
「大内家の者は全て打ち首とする。親綱の家族は、此度の戦の功績をもって許そう。綱元、田村にその役目は任せる」
「はっ」
綱元は頭を下げた。
「今年は、内政と亡くなった兵達の補充を行う。遠藤、此度亡くなった兵達の家族に、年金を渡す事を伝えよ。また、仙台の町中に父の寺を建てる。葬儀の準備も遠藤、急ぎ行って欲しい」
「わかりました」
伊達の兵士達で亡くなった者の家族には、月々少ないが給料が払われる。これがあるため兵士達は、死んだ場合その後の家族を心配はしていない。安心して兵士たちは、戦うのである。給料は、残った家族を継ぐ男子が現れるまで、払い続ける制度になっていた。
この後、4月末に大内の一族の打ち首、輝宗の葬儀、政宗の家督相続の式、義姫の最上領へと移送がある政宗であった。
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