政宗と小次郎
1577年の夏も過ぎ、10月になり秋になった。政宗は、輝宗より任された仙台の地の開発に、忙しい日々をおくっていた。その傍らには、鬼庭綱元、片倉小十郎、小西行長、伊達成実、前野忠康の姿がある。
彼らも、政宗を支えながら町割りや治水工事の監督を行っていた。その工事現場に伴を連れた一人の武者がやってきた。
政宗は、それに気付きその武者に手を振る。すると、相手の武者も気付いたのか政宗に手を振りかえしてきた。やってきた武将は、政宗の一歳年下の小次郎であった。政宗は以前、輝宗から一度、小次郎が政宗の仕事をみたいと言っていると、言われたことを思い出した。
「兄上、お久しぶりでございます。お元気そうで何よりでございます」
満面の笑みをしながら、政宗に挨拶をしてきた。政宗は、小次郎を嫌っていない。周りは、政宗が小次郎を嫌っていると思っている者が沢山いるが…。
なぜ、周りの者達がそう思うのかというと、母である義姫が小次郎を溺愛しているからであった。輝宗に聞いたところによると、小次郎は政宗を慕っているのだそうだ。兄が内政や戦において力を発揮する、その話を家臣や輝宗に聞いているそうだ。
小次郎は、政宗に久しぶりに会い。自分の兄がどれほど、すごい存在なのか改めて感じた。1歳しか変わらないのに、町割りを行っているのである。自分には、そんな知識がない。先ほども、治水工事において政宗が考案した。一輪車やスコップ、ツルハシなどが使われていた。
どうやったら、あのような道具を思いつくのだろうか。兄は、結婚していることもあり、なかなか会う機会がない。内政に出ているため、日中は城の中で会う事もなかった。小次郎自身も、勉強や刀の稽古などがあるために、日中は政宗に会う機会もなかったからだ。
政宗の前に、小次郎がやってきた。
「兄上、お仕事お疲れ様でございます」
「小次郎、見ない間に大きくなったな。俺に身長が追い付きそうではないか」
そういって、小次郎の身体つきを見る。自分より筋肉は、体についてはないが一般的な10歳の体をしていた。
「兄上こそ、体が大きくなられておりますぞ。毎日、鍛えておいでですか」
「そうだな、内政の合間を見て勉強や、剣の稽古もやってるんだぞ」
「そうなのでございますか。小次郎は、兄上が内政をやられている時に、勉強や稽古をしておりますが。兄上はそれを、内政の合間にやっておられる」
小次郎は、真剣に兄が凄いと思った。そして、自分は兄を少しでも楽に出来る様に、内政を手伝えないかと思った。
「兄上、良かったら某にも内政を行うことを、お手伝いさせていただけませんでしょうか。少しでも兄上の力になりたいのです」
小次郎のこの言葉に、政宗は嬉しくなった。しかし、小次郎に手伝わせれば、父は喜んでくれるだろうが、母は許してくれないだろう。
「俺も、小次郎が手伝ってくれれば嬉しいが、母が許してくれるかな」
「私から、母にお願いします。私が兄上を手伝いたいし内政を覚えたいのです」
「そうか。ならば、小次郎が母に頼んで母の許しがあれば、一緒に内政を手伝ってくれ」
「わかりました。母上に許可をとります」
小次郎は、政宗が手伝うことを承諾してくれたことが嬉しかった。
「兄上、これからの伊達家はどうなっていくのでしょうか」
政宗に、小次郎は聞いてみたかったのである。伊達家の頭領になったら、政宗がどうしたいのかを…。
「俺は、伊達家に天下を取らせたい。そのためには、まず戦に勝ってこの東北の領土を伊達の支配下にし、内政を行って力をつける。そして天下を狙うのだ。」
小次郎も、頷きながら政宗の話を聞いている。
「日の本は、この数年長く戦を続けてまいった。それによって、民は自分たちの暮らしの場を奪われ、自分の家族を売る。そのようなことが起こっている世界をなくしたいのだ。誰もが笑って過ごせる平和な世界を俺は作りたい」
それを聞いた、小次郎は驚いた。天下など想像もしていなかったからだ。父の輝宗が、良く自分に政宗を助けるように言う理由が分かった。兄が戦に出ているときに、誰が伊達の領土を守るのか。それは自分しかいないと…。
いつ裏切られるか分からない時代である。兄弟、特に血を分けた一族の存在は大きい。小次郎は、兄の気持ちを聞くことができたことで、自分は兄を盛り立て伊達家のために力をかしたいと思った。
「兄上の天下統一をお助けします。小次郎は、兄上と供に兄上が作る世界が見てみたい。兄上に、この小次郎ついてまいります」
そう言って頭を下げた小次郎を見て、政宗は嬉しくなった。小次郎を鍛えて、内政が出来るようになれば、自分が戦に出てもその間任せられる。いつまで、遠藤や鈴木が居るかは分からない。自分一人では、何も出来ないのである。
「小次郎、母上から許可がでれば、内政をお前に教える。俺についてきてくれるか」
「はい。兄上についていきまする」
小次郎は、この日を忘れる事はなかった。兄に一生ついていこうと、決意した日になったのである。
その後、治水を行っている状況を政宗が小次郎に説明していた時、川の中にあるものが作られていることに小次郎は気がついた。
「兄上、川の中に竹で作られたものがありますが、あれは何でしょうか」
「あれは、梁と言って川に魚を誘導する仕掛けを設けて、下ってくるアユをとる漁法だ。アユが取れていないか」
「はい。兄上の言われるようにアユがとれています」
「あのアユを、ここで働いている者達に食べさせているんだ。工事の者達は、飯を持っては来ているが、少しでも腹の足しになればと考えて俺が作らせたんだ。評判は結構いいぞ。今の時期は、アユがおいしいからな」
「兄上、私も食べたいのですが…」
政宗は、笑いながら。近くに居た、女性に声をかけ、焼きあがったアユを持ってこらせた。
小次郎は大喜びである。いつも、暖かいご飯は食べたことがなかった。毒見が行わなければ食べられないのである。
二人で、焼きあがったアユを持ちながら、川辺で食べることにした。
「小次郎、こうやってたまに食べるといいだろう」
「はい。兄上。美味しいですねこのアユ」
その日は二人で、楽しい時間を過ごしたのである。この後、小次郎の説得によって義姫が許したことで、小次郎は政宗の仕事を手伝うようになるのである。
義姫の説得には、父の輝宗の口添えもあった。輝宗は、小次郎が政宗を手伝うことを喜ばしく思った。兄弟、仲が良くこれからの伊達家は安泰だと、輝宗は安心するのであった。