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機密なんてなかった



 意思とは関係なく、体が剣戟の嵐を抜けてゆく。

 天地が逆になったように、頬に馬の肌が当たる。窮屈な体勢は、荒波に揉まれる船のように、酷く酔いやすく、意識が何度か飛びそうになる。そして、それらを感じる間もないほど激しい動きが重心を揺さぶる。

 速度は疾風のようで、視界が追いつくのすらかなわない。あらゆるものがあられのような粒となって、目の端へと飛んでゆく。

 ティアは馬体に任せて崩れそうになるバランスを、なけなしの気力で懸命にこらえる。一歩落ちれば衝撃で死ぬかもしれないし、落ちた場所がどこであれ捕縛されるか殺されることは目に見えていたからだ。

 そんなことは知らぬように、右、左と大きく揺さぶる動きは、まるでティアを乗せることを嫌がっているようだった。


「こらえるな、委ねろといっただろう」


 英雄の声が冷たく、ティアに降りかかる。

 ふざけるな、とごちりたい気分だった。

 それでも、愚痴ることすらできはしない。

 つい先刻、不意の衝撃で舌を噛み切りそうになったことをあえて忘れ、同じことを繰り返せば、それこそ馬鹿の所業であろう。つまるところ、実に楽しそうに馬を走らせる、破格の豪傑の横顔を睨みつけるぐらいが、せめてもの抵抗だった。




―――事を、遡ること2日前。

 それは、昼の草原だった。

 日が昇り、頭上へとその位置を変えていた。

 草の海の青さが、陽光のおかげか新緑の色に染まっている。

 呂布はレノンとガノンと相対するように、草原の中の岩に腰掛ける。座った呂布と、レノンとガノンの目線がちょうどよく重なっている。和気あいあいとした雰囲気をティアが少し下がって眺めていた。

 ひとしきり盛り上がった後、ガノンが名残惜しそうに、言った。


「でもリョフ、もう行っちまうんだな」


 呂布は、旅に出ることは既に伝え終えていた。

 呂布としてはもう少し座すつもりであったが、ティアが譲らず、足早な出発となった。呂布としても、何か今この場に目的があるわけでもなかったので、特段問題はなかったとも言えるが。


「なに、すぐまた会える。少し人に会ってくるだけだからな」


「へぇ、仕官でもするのか?」


「いや、そこまではせん。会うのはこの国の女王らしいが」


 ぴしり、と空気が固まる。

 鳥の囀りが、のんきに響いた。遠くで鳶が長い声を出している。

 数分とも思える静寂の後、口火を切ったのはティアだった。


「り、りょ、呂布さん! ナニ言ってるんですか!」


「おぉ、言ってはダメか」


「当たり前ですよ! 最重要機密をサラッと打ち明けちゃダメです!」


 慌てふためくティアをよそに、ガノンは感心したように言った。


「まぁまぁ、俺達は絶対公言しねぇから安心しろよ。しかし、すげぇなリョフ。王都に行くってことだろう? キノンが聞いたら羨ましがるぜ」


「そうでもない。どうやらあの城にいるみたいだからな。意外と時間はかからず行けるようだ」


 視線を変えず、呂布が背中にそびえる燃える城を親指で指し示す。

 その指をへし折る勢いでティアが呂布の手を取り、叫ぶ。


「だから、ダメですって! ガノンさん、あのですね、これは・・・・・・」


「居場所くらい構わんだろう」


 なんでもないことのようにつぶやく呂布に、ティアは半泣きで迫った。


「呂布さ―――ん!!」


「リョフさん、その情報は流石に拙いと思うぞ・・・・・・」


 絶叫するティアと苦笑いで諭すレノン。

 

「む、これもか」


「当たり前ですッ、わざとですか? わざとですね?」


「すまん。皇帝の居場所なんぞ前の国では周知の事実だったのでな。まさか機密とは思わなかった」


「まぁまぁ、俺もさすがにビビっちまったが・・・・・・、神に誓って人に話すようなことはしねぇから安心しろよ。なぁ、レノン」


「それは勿論だ。恩を仇で返すような真似はできんからなぁ」

 

 腕を組み、何度も頷く二人にティアが深々と頭を下げた。

 人の耳はどこにあるかわからない。女王の居場所という機密を手にすれば、セードルフ軍がどのような行動に出るかは、目に見えていた。

 そして、当然のことながら、女王を失った瞬間、トッテムの運命は決まるのだ。


「すいません。本当に感謝します」


「恩人に頭下げられる覚えはねぇよ。気にすんな」


 呂布が横に目を向けると、見知ったはずの少女が不機嫌な色を見せていた。


「まだ怒っているのか」


「当たり前です。いいですか? 今ユミルリ女王があの城にいるとわかれば、セードルフ軍はさらに攻撃の手を強めます。落城したら一巻の終わりなんですよ!?」


「しかし王が城に来て、周辺の者が知らんとはな。嫌でも目立つと思うが」


「内密な来訪だったんです! 戦火に巻き込まれてしまったんですよ! だから、こういった軽はずみな発言は控えてくださいね」


「善処する」


「あと、ついでに言わせていただきますが・・・・・・ユミルリ女王様に会うときは、お願いですから絶対に、今朝のような発言は謹んでください」


明らかに鋭く、不機嫌さを滲ませる声色が、ティアの横顔から漏れる。

ティアはどうやら目を閉じ、口だけで会話しているようだった。


「わかった。・・・・・・しかし、まだ、すねているのか」


「すねていません!」


 つっけんどんな応対から、感情を爆発させて、ティアが呂布に牙をむける。

 小動物が威嚇したような風貌に、レノンとガノンは目を丸めた。


「なんか昨晩のイメージと違うなぁ」


「あんときは女神とすら思ったが、こういう嬢さんなら隣村にもいるぜ」


 なかなかに失礼な物言いではあったが、気にすることもなく、呂布は話を切り替える。再度説教されるのはたまったものではなかったからだ。隣で唸っている少女をさておいて、呂布はガノンを見やった。


「キノンは大丈夫そうか?」


「ああ、心配いらねぇよ。ぐっすり寝てらぁ」


 振り向かず、親指でガノンがキノンをさす。

 草原の中の枯れ木を枕にして、キノンが穏やかに寝息を立てていた。

 傷の状態がいいのだろう。穏やかな寝顔だった。


「ティアさんの忠告通り絶対安静にしておくわい」


「それと、レノンさんとガノンさんも2日程は無理に動いちゃダメですよ。生気を抜いたので、しばらく体が重いと思いますから」


「わかってらぁ。どっちみち、家がこんな状態だ。しばらく別の場所に移り住むしかねぇしな」


「アテはあるんですか?」


「こう見えても俺らは森暮らしが長いのさ。いくつか居心地良さそうな洞穴やら廃屋があるんでな。そこに住む。それにもし体がしんどくなったら、ちょっと遠いが隣町に行くわい」


 レノンが笑い飛ばすようにして応える。

 兄弟が助かった開放感からか、レノンとガノンは家がなくなった状況も悲観的にはなっていないようだった。

 深く、お辞儀をしたあと、レノンが腕を呂布に差し出す。


「リョフも元気でな。助けてもらっちまった。また何か、力になれることがあればいってくれ」


「気にするな。やるべきことをやったまでだ」


 ガノンが固く結ばれた手が解かれるのを待ち、歯を見せた。

 

「俺もだ。感謝しているぜ。達者でやれよ」


「ああ」


「ウィッシュトティア様もお元気でなぁ」


「ありがとうございます」


「ああ、忘れてた。ちょいと待ってくれ」


 そういってレノンが自分の腰の後ろから物を引っ張り出した。

 昨晩、呂布が借りていた弓だ。いくらか手入れされたようで、光沢と艶が取り戻されている。

 レノンはずい、と押し付けるように呂布を見やり、告げる。


「使ってくれ」


「いや、これはレノンのものだろう。昨晩は借りただけだ。とても貰えん」


「いいんだ。俺はほかにも予備がある。リョフさんの弓の腕も凄かったし、ぜひ使って欲しいんだ」


 呂布に弓を押しける力は、緩むことはなかった。

 強い意志に、呂布が降参したように、頭を軽く下げ、弓を握った。

 しっとりとした感触が掌に馴染む。


「わかった。すまぬ。大切に使わせてもらう」


「ああ、リョフさんなら弓も喜ぶよ」


 呂布は、鎧の腰の帯に弓を結び、矢束の入った革袋を腰に下げた。

 重さは感じられるが、前世での武装とそれほど変化はなく、違和感はなかった。


 さて、と短く言葉を紡ぎ。呂布が告げる。


「ではな」


「あいよ、気をつけてな」


 別れの言葉に、レノンが小さく手を振って応える。

 ティアは頭を下げ、歩みをすすめる呂布に続いた。







 ――――事を、遡ること1時間前。

 鬱蒼とした森を抜け、呂布とティアは目的地に近づいていた。

 呂布が先導し、重くなった足を懸命に動かしながらティアがそれについていく形だ。


「城がだいぶ近づいてきたな」


 ぼそりと呂布がつぶやく。

 ティアは下向きになった視野を上に向け、赤く高い火柱を目に焼き付けた。

 目的地であるウェポ城がはっきりと木々の隙間から見えている。平時に比べ、炎のおかげか道に迷うこともなく早くたどり着けた。


「しかし、もう落城していると思うが」


 炎の勢いは凄まじく、じんわりとした熱気すら想像してしまうほどだ。とても中に人間が生存しているとは思えない光景だった。


「してませんよ。あれは幻影です」


 ティアが城に見入る呂布を制する。荒い息を大きな深呼吸一つで落ち着かせ、呂布の言葉を待った。


「幻影? 白昼夢か」


 呂布は再度城を見つめ、ティアに振り向いた。

 信じられない、といった心持ちのようだ。


「魔法です。もっとも、城に残った全神官が交代制で担当しているので、あと数日維持できるかどうかですけど」


「しかし、落城している様子を魔法とやらで作って何か意味があるのか」


「勿論です。あれは『対象物が燃えている』という幻影を作る魔法です。魔法ですので、実際に燃えている状態を体感させることができます。近づけば熱いですし、火傷したような感覚を体感します」


「幻なのにか」


「はい。幻でも何でも、実際に燃えていると感覚が誤解すれば、火傷を負った感覚になるんです。だから、あの城に例えば飛び込むと現実では燃えていないけれども、燃えたと誤解して―――」


「人が火傷を負う、と?」


 ティアは少し困ったように、思案する。


「いえ。肌に火傷は負いません。あくまで人間の感覚が誤解するだけなので、外傷もないんです。その代わり、痛みを味わうために城壁を登る人以外は、攻城戦がほぼできなくなります」


「何だ。思ったよりも地味だな。それだったら敵に同じ魔法を使えば全員撤退するんじゃないのか」


「残念ですが、あの魔法は固定式なんです。動かないモノに対してしか魔法がかけられません。あと、常に莫大な魔力を注ぎ込み続けなければならないので、とても複数の敵にかけることは出来ません」


「なるほどな」


 森をかき分け、呂布は理解する。

 城を落とすために火をかけたことはままあるが、城を守るために火に見せかけるとは。面白い発想だと思った。


「む、では城兵はどうなる? まさか見殺しか」


「ご安心を。あくまで魔法をかけたのは城壁の下付近だけですので、籠城している兵たちには影響ありません。あくまで防衛魔法、されど防衛魔法です」


 城をよく見ようと草木を分けて、身を乗り出す。

 眼前に赤い灯篭のような城が見え、そして―――大群というべき人の群れがそこにいた。

 平原に浮かぶ城を囲むように、様々な色の兵が蠢いている。人が点画のようにひしめき合っていた。

 呂布は、腸からこみ上げる笑いを噛み殺しながら、つぶやく。


「3万はいるな」


「あれがセードルフ軍です。でも、こんなに増えているなんて」


 呂布の隣に身を隠し、ティアが小さく震えた。


「元々は違うのか。しかし、あまりに各々の兵装が違いすぎる。あいつら混合軍か」


「私が城を抜け出したときは、人数もこの半分位でしたし、ここまでの威圧感はありませんでした。おそらく、トッテムを離反した貴族が参戦しているのでしょう」


「そうか、で。一応聞くが、どうする気だ?」


「それは・・・・・」


 呂布の問にティアは押し黙った。明確な回答がないためだ。ティアの使命は呂布を連れて行くことそのものにある。しかし、もどる手段がない。

 呂布は、この状況をどうするか? という至極真っ当な問いをティアに向けていた。そして、その答えがない以上、状況としては動かしようがなかった。

 大きく嘆息をつき、野太い声が場を支配する。


「あれを突破すればいいのか」


 何故わからない、とでも言うように、呂布が告げる。

 思わずティアが思惑を放り出し、呂布を見つめる。純粋に、何も疑いを持っていないような表情だった。


「相変わらず破天荒ですね、呂布さんは」


「ほかに方法があるか?」


「本当は、あそこに」


 ティアが指さす方向は、城とは別方向だった。森と城をつなぐ草原の間は人の背丈ほどの高低差があり、その一角を指している。ごつごつとした岩肌と、いくつかの原石が転がっている場所だった。

 その近くを、巡回と思われる騎兵が線を描くように移動しているのが見えた。


「あそこが抜け穴の入口だったんです。私もその抜け穴から城を脱出しました。でも、ここまで敵の軍勢が広範囲だと、見つかる可能性が高すぎます」


 入口は小さな洞穴となっており、地下道で城と繋がっているものだ。まさしく緊急避難用の通路だった。

 ティアの説明を黙って聞いていた呂布が、何事か思案したあと、口を開く。


「そうか。では、女王がその抜け穴から逃げ出さなかったのはなぜだ」


「側近や領主が止めた為です。逃げきれる確実性もありませんでしたから、無理も無いと思います」


「・・・・・・ティア、一応聞くが貴様は止められたのか?」


「勿論です。でも、私は呂布さんに会える可能性にかけました。味方の人たちが傷ついたり亡くなったりするのを治療するだけじゃ、何も変わりませんから」


「そうか」


 呂布は短い言葉を交わし、慣れない思考回路を必死で回した。

 ティアから抜け穴の話を聞いたときから、違和感が頭の隅から離れない。

 しかし、ひとしきり悩んだ後、呂布は考えるのをやめた。


 向いとらん。

 その一言で、きっぱりと思考を断ち切る。

 どのみち、できることはそれほどないのだ。

 そして、自分だけができることも、ひとつしかない。


「ティア、抜け穴とやらが使えないのなら俺の考えに従え」


「一応私も聞きますが、どんな案ですか?」


「うむ、要はここから―――あの城門にたどり着けば良いのだろう?」


 指差す先、軍勢のためにまったく視界に入らないが、門があるはずの場所を指差す。


「え、いや。それはそうですが。逃げずにどうやって」


「―――敵は俺に背を見せている。当然だ。城攻め中だからな。敵陣形は城を包囲するように間延びした横長の陣が連なっているし、ひとつひとつの陣が独立して、楔が甘い。間隙をぬえば、俊馬ならば突破できる」


 呂布の言葉が軽快にティアに伝わる。

 ティアは幻想を振り払うように、頭を何度も振り、即座に否定した。


「いやいやいや! 3万の軍勢を抜ける気ですかッ。いくら呂布さんでもそんなことできるわけないでしょう。それに、馬なんてどこにいるんですか」


「あそこだ」


 呂布は先ほど見た抜け穴周辺を警戒する騎兵を指差した。

 人の馬ではあるが、馬は馬に相違ない。


「敵は城を落とそうともせず、ただ囲っているだけなのだろう? 戦場の空気が弛緩しているし、陣の組立は稚拙だ。みたところ、軍師や将軍を抱えているものも少なそうだし、ただの烏合の衆であれば楔の一撃を食らわせれば瓦解する」


 ずらずらと肯定的な意見を言う呂布に、ティアは無理やりつばを飲み込んだ。

 どうしよう。

 それだけが頭の中をぐるぐると回っている。

 英雄である呂布の強さを、目の当たりにしていないティアにとって、呂布の言葉はあくまで理想であるようにしか感じられない。必死に思考を回すのは、どのように説得するか、という一点だけだ。ただ、ほかに何か妙案があるわけでもなかったし、自信満々な英雄の言葉を遮る術も思いつかなかった。


 唸るように頭を抱えるティア。

 我慢できないように呂布が断罪した。


「では、貴様は地下道を行け。俺は突っ切る」


「それなら二人で抜け穴に行くべきです! 騎兵から馬を奪って敵兵を突っ切るなんてことするなら、騎兵を倒して、地下道を抜けたほうがよっぽど効率的でしょう! なんでそんなに危険な目にあいたいんですか」


「抜け穴が敵に把握されている可能性があるからだ。ティア、貴様だって理解しているだろう」


「そ、それは」


「ティア、敵兵にその背中の傷を負わされたのは、どこだ?」


 昨晩レノンに借りた包帯で治療した箇所だ。深い傷の中に、鉛の塊と矢尻が食い込んでいた。気丈に振舞っていたが、相当な激痛であったはずだ。

 ティアは顔をしかめながら、応える。


「・・・・・・ここです。深夜に抜け出そうとしたら、この森と平原の境目あたりで一部隊と鉢合ってしまって」


「敵の気配や篝火はあったか」


「わかりません。私も気が動転してたというか、ひとりで軍の後ろを抜ける恐怖と緊張で身が凍えそうでしたし」


「狙って泳がされたのかもしれんな」


 力強い呂布の声。

 確信を持った声が続く。


「女一人の身であの穴を抜け、一部隊か一軍かしらんが、山狩りのような追っ手をくぐり抜ける。それは非常に困難なことだと思う。その逆に、篝火もなく夜の城攻めを過ごすことはありえん。特に周囲を警戒し、たまたま聖女とかち合う奇跡を起こすような部隊はな」


「―――私は、嵌められたのですか?」


「どうかな。俺はそう思う。確証はないがな。だが、抜け穴を見張るように敵が陣を組み、篝火をたかずに待っていたのだとしたら、奇襲のため夜目に慣らしていたと考える方が自然だと思う」


「でも私を泳がす意味がありません。私が呂布さんを探しに行くなんて、そんなのわかりっこないです」


「それは知らん。だが、もしかしたらティア、貴様を逃がしたのが想定外だったのかもしれん。ここで仕留めるつもりか捕縛するつもりか・・・・・・とにかくもそれを失敗してしまい、調査隊を周囲によこし、それが昨日俺が殺した一団だった。一応筋は通るだろう」


 ティアが押し黙る。

 この推理は、つまり。

 キノンを殺しかけたのが、自分のせいかもしれない。ということにほかならないのだから。


「・・・・・・一応聞きますが、私が離れるのと、一緒にいるの。どちらが生き残る可能性が高いですか」


 覚悟を決め、ティアが告げる。

 キノンへの後悔なら後でいくらでもしてやる、と言外で告げている。

 どちらにしても、というのなら。ティアはなんとしても、あの城へ行かなければならないのだから。



 呂布は精一杯の覚悟に軽く口端を歪める。


「俺なら心配いらん」


「情けないことに私のことです。どうですか? 私一人で正直この軍勢をくぐり抜けられる気がしません」


「俺の近くにいるというのなら、守ってやる。誓おう」


「ありがとうございます。でも、なるべく。あの、安全な方法で進んでいただけると」


「・・・・・・じゃあ決まったな。せいぜい舌を噛まぬようにしておけ」


「答えてくれないんですね、もう良いです・・・・・」


 ティアの頭に自然と手が行き、軽くなでた。

 徐々に暗くなる視界に、遠くで軍勢のかがり火が所々見え始めている。


 ティアは口角を上げた呂布を見て、そこはかとない不安感に駆られる。

 覚悟は既に決めていた。死ぬも生きるも、英雄に委ねることができる。それくらいの覚悟は抱いていた。

 では、この不安は?

 深く、遠い思考の底でティアは気づいていた。

 それは、失うことではなくて。

 自分が死ぬことでもなく。

 呂布自身が変わってしまうことに対する予感じみた焦燥なのだと。




―――事を遡ること、20分前。




 戦が始まる。



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