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国ということ

 日が落ちて、虫の声が響いている。


 呂布は甘美な虫の歌を聞きながら、盃を傾ける。

 室内では慎ましやかではあるが宴会が始まっていた。

 食べられるだけマシ、という生活を籠城中していた呂布としては、慎まやかでもご馳走だった。

 豆のシチューとパンをきっちりと平らげた後、ワインを盃に注ぎ宴会を続けている。

 座っている小ぶりな椅子は呂布の体格には激しく合わなかったが、腰を限界までおとし、軽やかな気持ちで談笑を続けた。


「じゃあセードルフとトッテムは犬猿の仲なのか」


「犬猿なんてもんじゃねぇよ。ここらへんの歴史は、2つの国の戦争の歴史さ。国史がそのまま歴史書になっちまうくらいにな」


 机を挟み、呂布の対面に座るレノンが笑った。


「でもよぉ、こういっちゃなんだが。今回の行政府はヘマやったよな。せっかく均衡してたってのに、レイス鉱山の利権を手放したわけだろ。そんなもん、唯一の金鉱山だったのに、じりせんになるしかねぇじゃねぇか」


 そう言って、ガノンが呂布の右手で机を打楽器のように叩いている。


「馬鹿だなぁ、ガノン。困ったら輸入すればいいんだ」


「バカはおめぇだ。キノン、いいか? 金ってのは貴重なんだ。金を売ってくれるとこってのは、あんまりねぇし。あったとても法外だ。金がねぇと貨幣もつくれねぇ。貨幣が不足したら経済が回んなくなる。そーすると・・・まぁいろいろあって国が潰れるんだよ」


「いろいろって?」


「たくさん。多種多様って意味だ。覚えとけ」


 鼻を鳴らすガノンに、キノンは笑顔のまま呟く。


「はいよ、で。いいの、レノン? あってる?」


「だいたいな」


「おい、なんでレノンに聞くんだよ」


「まぁまぁ落ち着け。リョフさん、大体はわかったかぃ?」


 ビーフジャーキーを咥えつつ、呂布が頷いた。

 机の上には軽食が盛られていた平皿と4つの盃、そして下敷きのような地図があった。

 地図は古ぼけたものではあり、かろうじて城や砦、国の境界線がみてとれるものだ。

 呂布は古地図のうちのひとつの赤い点を指差した。


「なぜこの金鉱山を手放したんだ」


「噂の域を出んが、鉱山一帯を収めていたレイス公爵が、金鉱山の独占を口実に裏切ったらしい。まぁ、レイス鉱山はセードルフと近い場所にあったし、外圧も激しかったんだろう。それに、こういっちゃなんだが女王に抑える政治力がなかったんだろうよ」


 地図を見ると、レイス鉱山はセードルフ国のほぼ真隣に位置している。かろうじて山をはさんではいるが、騎馬であれば1日かからず移動できる距離だろう。

 レノンが言うには、セードルフの将軍に非常に有能な男がいるらしく、鉱山攻略についてもおそらくその男の手柄らしい、とのことだった。


「あー、あのお嬢様はなぁ」


「この国の王は女性なのか?」


 驚いて、思わず呂布が声を上げた。


「そうだぞ! ユミルリ女王さ。そりゃもう美人でね。花も羨む良い女性だよ」


 キノンは嬉しそうに呟き、顔の前で掌を組み、躍らせてみせる。よっぽど女王が気に入っているようだ。


 呂布からすれば、君主が女性、というのがひどく新鮮であった。自分のいた時代にはありえないことだと思えた。


「驚いたな、皇帝位とは男が継ぐのではないのか?」


「皇帝・・・・・・ってそんな大層なもんじゃねぇわな。先祖代々受け継いだ王様の資格ってだけだ。なんでも他に跡を継げる奴がいなかったらしいぜ。まぁ直系では、ってことらしいけどよ」


「ガノンはユミルリ様嫌いなの? 美人なのに」


「お前のタイプってだけだろ。でも、政治力っていうのか? とにかくそういったのが全然抜けてんだ。ユミルリが行政府のトップになってから、離反やら造反が相次いだしな」


「まだ17歳だし、無理な話さ。要はこの国を貴族は捨てたんだよ。残ったのは国王の血脈に忠誠を誓っていた近衛兵だけ。ひどい話だ」


「貴族が兵を持っているのか」


「そりゃそうだ。ほかに兵隊なんてもってるのは自警団とか山賊とかだな」


 やはり自分のいた世界とは違う、と呂布は盃を煽る。

 兵を持つ、ということにまた興味を持ったわけではないが、長年の習慣か兵と戦の話には花を咲かせることができた。


「リョフもさ、将軍だったんなら兵隊持ちだったんじゃないの?」


「まぁな。しかし、俺はあまり多いのは好かん」


「多い方が強いよ?」


「そうとは限らん。騎馬の動きが迅速で、命令が行き届くぐらいの数がちょうどいい。俺としては多くて3千、できれば5百くらいがいいな」


「500!? そりゃ少ねぇなぁ、そこらのへっぽこ貴族でも持てるぜ」


「そうでもないさ。リョフさんが言っているのは、動きの自由が効く数の話だ。そのためには、結構厳しい訓練が必要だと思うぜ。ヘタレ貴族の油売ってる兵卒じゃ満足に動くこともできないわなぁ」


「あー確かにな。馬車の護衛兵とか、俺らよりも未だに動き悪いもんな」

 豪快にガノンが笑う。


「貴様らは兵卒なのか?」


「元な。所属していた部隊の長が、あんまりにもひでぇ指揮官だったもんでな。責任もとらねぇ。兵卒風情と諫言はきかねぇ。貴族が幅聞かせてて、統率もままならねぇ。しまいには決死兵として、無駄死にさせようとしたんで、代わりに指揮官をボコボコにしてやったんだ。」


「はっはっはっ、なかなか小気味いい話だ」


「そんときほどスカッとしたことはなかったね。でもさすがにそのままじゃいられないのでな。俺らは逃げ出した。もともと馬飼いだったもんでな、その後は野生の馬を飼い慣らして出荷して生計を立てていただが」


「戦争で全部持って行かれたっちゃわけだよ」


「腸煮えくり返ったね、俺らの命だけでなく、生活も奪うなんてよ」


「ガノンはいっつも怒っているじゃないか」


「うっさい、黙れ」


 ガノンがキノンにジャーキーを投げつける。キノンは器用に口で受け止め、嬉しそうに咀嚼していた・

 レノンはその様子を横目で見つつ、恥ずかしいことだがね、と前置きした上で話を締めた。


「そんなわけで、お返しとばかりに、トッテムの輸送馬車を狙うようにしたのさ」


「別に悪いことではあるまい。ヤられたからヤったのだ。正当かどうかは知らんが、順当だとは思う」


 呂布を元将軍と思っているからか、バツの悪そうなレノンに呂布は平然と言い返した。

 レノンは会釈の後、ため息をつき続けた。


「もっとも、最近はとんとしていないがね」


「なぜだ?」


 呂布の声にガノンが声を荒げ、レノンとキノンが続ける。


「俺らはトッテム自体を嫌っているわけじゃない。糞貴族と糞な戦争を嫌っているだけだ。国のために命を捨てる、という気もないが、国のために協力しないわけでもないだ。だからって馬を根こそぎ奪う理不尽は勘弁ならねぇが」


「貴族が離反したあとに郡に残ったのは敬虔じみた忠誠者だけだ。そこに加わる気もないが、だからって善戦を邪魔する気もない。そんな中、どういった不義理でトッテムの馬車を襲える?」


「まぁ今は戦争中だから貴族の馬車も警備厳しいし。少し中断中なんだよ」


 3者の意見は視点が違うだけで結論は同じだ。この国が、好きだということだ。

 呂布にはまたもない考えだった。国とは君主であり、兵を行使できるものが作るものであり、洛陽では血筋そのものと中原という地域が世界であり国だった。

 呂布個人としても、君主になったとき場所に拘って統治するような気持ちはさらさらなかった。そうでなければ故郷の并州をあっさりと捨てることなどできなかっただろう。


「国・・・とは権力者そのものではない、ということか。」 


「そうだな、国とは血統とこの大地だ。トッテムの血統はこの地を治める正当性そのもの。それが今はユミルリ女王なだけだ。確かに戦ベタで外交馬鹿で、政治音痴だが、そこには一定の忠誠心、というか敬愛はあると思う」


「本人が聞いたら泣いて喜びそうな話だ」


「というか、この国の貴族ほど、一般庶民や俺らみたいな兵卒崩れは腐っちゃいないだけさ。もちろん、生き方は腐りきっているがね」


「いや、国について考えを持っている。それは素晴らしいことだと思う。俺のかつていた国には、かけていたものだ。」


 かつていた世界では皇帝は利用するものだったし、皇帝性の劉氏は権力の象徴で、ホラ吹きの格好のエサになっていた。

 そう、劉備みたいな理想屋の、だ。


「リョフ、おめぇはどこの生まれだ? 見慣れない格好しているしよ」


 言われて、呂布は自分の格好を見直す。破損が夥しかった甲冑は既に脱いでおり、今は臙脂色の着物を一枚羽織っているだけだ。


「そんなに変か」


「そっちもそうだが、あの鎧さ。あんな細かい刺繍のみたことねぇしな。故郷の鎧か?」


「いや、あれは中原の鎧だ。どこの発明品かはしらん。俺の故郷は別にあり、并州という場所だった。ここより寒く、水はなく、生きづらい場所だ。ただし、あそこは国ではなかった」

 

「国じゃない? じゃあなんなの?」


「寄り合い、という言い方が正しいのかもしれん。生きるために生活していた。国、というものを理解したのは、軍人となってからだ。もっとも、最後まで馴染まなかったが」


「国になじまない、なんておかしな話だな。」


「漢、という国だ。俺はその国に形上仕えたが、国の宰相に仕え、武を振るった。その後は・・・」


 丁原に仕官して、董卓に裏切って、放浪軍を持った。

 あの頃の呂布は、今の呂布にとっても異常だった。

 全てが手にできると、天に手が届くと思い上がっていた。それが利用される人が変わっていただけなのだと気づいたのはいつごろだろうか。

 放浪後は今度は曹操を恨んだ。恨んで付け狙い、曹操を殺すことのみを考えた。思えば、恨みばかりの人生だった。

 戦をするたびに恨んで恨まれた。人を殺せば恨まれるなんていう当然の話すら、人と同じように切り捨てられると思っていた。そうして、どうしようもなくなった恨みの蛇のようなものが、徐々に自分の首を真綿のように締め上げのだ。


「いや、やめよう。気持ちのいい場で話すことではない」


 長い沈黙のあと、呂布がつぶやくように伝えた。


「なんだよ、勿体つけんなよ」


「よせ。こんな時代だ。話したくないこともあるわな」


「そうだよ、ガノンだって、地下蔵のワインのこと黙っているでしょ」


「おいっ!」


 ガノンが立ち上がり、慌ててキノンの口を両手で押さえ込んだ。

 恐る恐るガノンがキノンを見やると、そこには。


「そいつはいいことを聞いた。キノン、そのワインをとってきてくれ。みんなで呑もう。異論はないな?ガノン」


 にやりと眉間にしわを寄せたまま口角を上げたレノンがいた。


「あいさー」


 右手を掲げ、キノンがベッドの足元に生えた取っ手を引っ張り、地下道へと身をすべらせた。


「せっかくの楽しみを・・・、キノン・・・あとでなかす」


「恨むな、隠し事はなしだ。俺らの間ではな」


「ったく、あーあ」


 ガノンが不承不承と立ち上がる。


「ガノン、どうした?」


「地下だよ。ワイン樽一人で持ってこれる絵面が想像できねぇ」


 ぶつぶつと何かを呟きながら、ガノンが地下室の階段を下りてゆく。カツカツと威勢のいい音が響いた。


「仲が良いな」


「兄弟だからな、俺たちは」


「そうじゃない。心が通じ合っている」


「同じじゃないか」


「兄弟という理由だけでは、うまくいっていない奴もいるさ」


「なるほど」


 レノンが照れた顔を隠すため、酒を煽った。

 すぐ空になった盃にワインを注ごうと、卓上の瓶にレノンが手を伸ばす。

 そこで、虫の声が止んだ。


「客人だ」


 呂布が呟き、ドアへと体ごと向きなおす。

 眉間にしわを寄せているのは、招かれざる客の気配を感じたからだろうか。


 強烈な破砕音が鳴り響き、木製のドアが脆くも砕け散った。

 

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