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朱い一団

 熱気が肌についた。戦特有の空気だ。戦が動くとき、特に触れることが多い感覚だった。イザーギは大きなあくびをみせ、気だるげに諸将の様子を伺った。机を囲む部下たちに気の緩みは見られない。だが、陣営全体を通してみればどうか。

 長時間の攻城戦、とは名ばかりの滞陣は、確実に兵の士気を下げさせていた。それを理解した上で、戦をしているのだ。ただ、あまり悠長なことは言ってられない状況だった。この一月包囲して弱めたはずの敵の勢いが、あの男によって盛り返す可能性があるからだ。


「将軍、伝令が」


 円卓を囲む一人の将が、膝をつく兵を呼びかける。イザーギは頷き、発言を待つ。

 伝令の言葉に、諸将が色めきだった。動揺と歓喜が混じりあったようだった。

 一ヶ月の努力が報われた、という安堵が蔓延する。既にウェポ城主が捕まった、という情報は伝達されていた。捉えた脱走兵の言だ。忍ばせてある諜報兵も、同様の報告を上げてきていた。その上で、降伏であるならば、この上ない成果だった。罠だとしても、物量で迫ればどうとでもなる。


「出てきたのは兵か、女王か」


 はやるように一人の将が告げた。幕を囲い、軍議をしているが参加している将は全員がセードルフの者たちだ。目的達成を確信し、どこか笑顔を見せていた。


「そ、それが」


 伝令の男が言い淀む。ためらいがちにイザーギを見上げると、他の将と同じように卓を囲んでいたフェルンが声を通し、促した。


「どうした。何事か起きたか」


「は。門は開いたのですが、出てきたのは10人ほどの騎兵のみでして。女王らしき姿はありません。今は城の前で馬を走らせています」


「なんだ。どういうことだ」


「私にもわかりません。ただ騎兵が城の前で何度も駆けては戻っています。まるで調練しているようなのですが」


「調練? 篭城中の城から出てきて、今更何をしようというのだ」


 伝令の知らせに失望したように将の1人が腰を落とす。木で作られた簡易な椅子が、悲鳴を上げて揺れた。フェルンは眉間に皺を寄せたまま、伝令に再度訪ねる。

 イザーギはその様子を眺めながら、机に肘を立て、口の前で指を組んだ。


「出てきたのは10人のみか?」


「はっ、あえて言えば、大男が1人混じっております。どうやら兵を束ねているようでした」


「黒髪のか」


 小さく、最高司令の声が響くと、伝令がビクリと肩を震わせる。そして、ゆっくりと顎を動かした。


「昨日出たっていう男ですか。レヴァンドロを一騎打ちした、あの」


「それだな。まさか10人で挑むほど阿呆だとも思えんが」


 イザーギは顎に手を当て、考え込む。フェルンが声と共に右手を振った。


「父上、囮かもしれません。隠し通路に増員を送りましょう」


「囮か、そういう玉には見えなかったがね。ま、出てきたもんはしょうがないわな。ブレダ、重歩兵を前にして陣を組め。ファルコはその右を砲兵で固めろ。魔法部隊は俺と一緒に中央で待機な。隠し通路はフォグリオで行こう。レヴァンドロ兵はブレダ麾下に入れる」


「私は」


「フェルンは俺と一緒に中央で待機だ。……そう睨むなよ、突破されたら出番でもあるって」


「では、出番はありませんな。若旦那、敵の首は私が頂きますぞ」


「ブレダ殿。敵将、呂布は強いです。油断なさらぬよう」


「わかっておりますよ。レヴァンドロを殺った奴だ。私一人で打ち勝つ気なんてありませんよ」


 ブレダはレヴァンドロよりも力はないが、聡い将だ。歴戦の将軍として、イエロ軍を父と共にひっぱてきた男でもある。10人程度の烏合の衆など、問題にもならないだろう。

 だが、フェルンは胸騒ぎを覚えた。通常の戦ならば、敵はない。ならば、通常の的でないのなら?

 フェルンは頭を振るい、考えを追いやった。陰気に構えるほど、自分に余裕はないのだ。余計な思索は避けたかった。

 頼むようにブレダを見やると、フェルンは軍議場を囲う幕の先に違和感を覚えた。

 あるべきはずのものがない。もっと具体的に言えば――。


「火が、ない」


 こぼれ落ちた言葉に、全員が城を見やる。燃え上がっていたはずの城が、その影を失っていた。苦戦を強いてきた、赤い炎が一切なくなり、煙を上げる石壁が自信なさげに佇んでいる。その中にあるのは古ぼけた、塔のような館のみだ。

 敵方にとって、炎は防衛の意思の現れだったし、唯一の頼みだったはずだ。それが消えた、ということの意味が、フェルンには察しきれなかった。慌てて父の顔色を伺うと、顔色を変えず、ただ前だけを見据えている。

 諸将は炎の欠落に、声を荒くする。敵の魔法使いが倒れたのか、降伏か、はたまた決戦か。状況の急変に、意味を探ろうと議論が始まった。


「防衛魔法が切れた!?」


「やはり降伏では。急ぎ確認を」


「囮かもしれませんぞ。中に罠が仕掛けてあるやもしれませぬ」


「使者はいないのか? 先程から城門を出た兵はもしやそのための兵では……」


 慌ただしくなった場に、手を叩く音が響いた。突然のことに諸将が音の主を見やる。

 イザーギはあえて笑顔を見せ、両掌を諸将に向けた。


「落ち着けって。こういうときは冷静に行こう。こっちのほうが数で圧倒してんだ。うちらがビビってどうするよ?」


 幕が再度揺れ、慌ただしく伝令兵が膝をつく。全力で駆けてきたのか、息も絶え絶えに言葉を絞り出した。


「……で、伝令です! 内部の諜報兵より、女王が脱出のために兵を鼓舞しているとの報告が!」


「はいさ。これで決まったな。決起集会までしたんだろ? なのに防衛魔法を解いたってことは……」


「脱出ですか。往生際の悪い奴らだ」


「やはり地下道に兵を裂きましょう。私が後詰に……」


 ブレダが進言する。イザーギは北の諸将のことを考え、それの言葉を退けた。

 北に構えるのはトッテム側からの離反兵だった。しかし、離反兵に敵影の動きを全て伝えるわけには行かない。事情を伝えない以上、トッテムの反乱兵はただの抑えにしかならない。能動的に動くわけではないからだ。

 敵が脱出を試みているのなら、城の全周囲を動きが取れるセードルフ側の兵で固め、万全を期したかった。ここまで来て、女王を取り逃がすなど笑い話にもなりはしない。


 思案の最中、城の上に何かが見えた。空を飛んでいる、とはじめは思ったがそれは違うもののようだった。

 イザーギは城を指差し、諸将の視線を集めた。釣られて城を見る将が、驚嘆の声を上げる。

 続いて届いてきた何かの声に、イザーギは咄嗟に目を開いた。


「これは、声ですか?」


 耳に手を当て、将が中空に視線を移す。鈴のような声が、拡散するように平原全体に響いているようだった。

 状況の読めない諸将の中、イザーギ一人だけが歯を噛み、机を叩いた。


「―――やられた」


 見くびっていた、と雷神が呟く。

 イザーギは気勢と共に、諸将に配備を命じた。向かう先は、北だった。







 敵影が揺れ、澄んで見える。

 呂布は敵の混乱を感じながら、横目で馬の流れを見ていた。

 指揮下の近衛兵たちが一心不乱に馬を駆けさせている。縮こまっていた馬の体躯が、徐々に伸びていくのが見えるようだった。

 城を囲っていた炎が消え、空気がどこか冷めて感じられた。


「りょ、呂布将軍。これは一体なんなんですか」


「調練だ。やっていてわからんか」


 アンデルの言葉に呂布は気怠そうに答えた。


「いえ、そちらではなく。この声ですよ」


「さぁな。調練に関係ないことは口走るな」


「は、ははっ。しかし、この調練も今この場所でやることですか? 女王の指示は城外で待機だったはずでは」


「待機中の行動まで指定された覚えはない。それに馬が縮こまってしまっているだろう。この状態では、満足にかけさせることもできんからな」


「はぁ」


 徐々に馬の目から苛立ちが消えていく。周りの兵が奇異な目で、しかし攻撃指示はないのか何もできずに呂布を見守っている。攻城戦を無為に続けてきたためか、どこか弛緩している。激戦最中であるならば、弓兵の矢の雨を喰らい、あっという間に戦場に没しているはずだ。


「でも信じられないですね。昨日まで必死に戦っていた相手が、俺たちをただ見ているだけなんて」

 

 アンデルは興奮を吐き出す。呂布がじろりと睨んでみせるが、まったく意に介さないようだった。殴りつけるように呂布が言葉をぶつける。


「ふん、本番前にいい気になるな」


「もちろんです。ですが、正直な気持ちです」


「覚えておけ、戦場では敵を見ていない者がまず死ぬ。身の程を弁えない者もだ」


 ちくりとした。自分のことを言ったつもりはないが、どこか痛々しさが心に残った。この世界に来てから、今までの自分とは違う心になったような気がしていた。こうした発露が度々あるのだ。


「はい、ありがとうございます」


「そろそろ時間です。ご指示を」


 壮年の近衛兵が、横から指示を仰ぐ。アンデルと違い、落ち着きを崩していない。呂布は、敵兵から視線を切り、近衛兵に目を向けた。


「並べ」


 それだけだった。長年連れ添ったように、全員が呂布を頂点とした矢印のような陣を創りだす。

 敵から緊張が漏れているのがわかった。同時に、自分の近衛兵たちの緊張も伝わる。


「固くなるな。死ぬぞ」


 呂布の後ろに構えるアンデルが、突然身を震わせた。

 震えの混じった声で、アンデルが言った。


「呂布将軍、お聞きしたのですが。将軍は怖くないのですか」


「何がだ」


「もちろん、敵をです」


「言い忘れた。戦場では口ばかり開くものも死ぬ。一つ特をしたな」


 声が続かず、アンデルは押し黙った。他の近衛兵から小さく笑いが漏れている。


「……俺は、怖いと思ったことはない。死ぬときは死ぬ。だが、死なねば生きている。ただそれだけだろう。初めから二つに一つなのだ。考えるだけ無駄だ」


「呂布将軍」


「なんだ」


「それ、どうしたんですか?」


 突然の話題の舵きりに、呂布は目を丸くした。予想していた返事とは違う言葉に、一瞬皆が黙り込み、兵たちが声を出して笑う。

 度胸があるのは認めるが、自由すぎる物言いに呂布も黙るしかなかった。

 アンデル一人だけが、周りの様子を頭を激しく動かし伺っている。

 近衛兵のが、涙声で口を開く。


「アンデル、お前いい根性しているよ」


「えっ?」


「将軍、こいつはこういう奴ですよ。だから女にも振られるんだ」


「それはいま関係ないでしょう!」


「もっと場所を弁えろよ、ってことだよ。これでまた女に惚れられるんだよ。天然だからな」


「勝手に納得しないでくださいよ!」


 アンデルは顔を真っ赤にして、歯を噛んだ。本人としては悪気のない発言だったのだろう。


「で? お前、何が気になっていたんだよ」


「もう、イイですよ」


「気になるじゃないか。言えよ」


 はやし立てる兵に背中を押され、アンデルは渋々口を開いた。


「いや、将軍の得物に巻いてある、朱色の布。……昨日までなかったから、どうしたのかな。と」


 確かに、呂布の構えるハルバートの刃と柄の間を覆うように、朱色の布が乱雑に巻かれている。刃を隠さぬよう、ほとんどが柄にくくりつけられており、鉄色の刃と木色の柄との三色となっていた。


「ですって。将軍、答えてやってくださいよ」


「今聞くことか?」


「俺らもそう思いますがね。こいつが、聞かずには死にきれないと」


「そんなこと言ってませんよ!」


 自分で遊ばれている自覚があるのか、アンデルは必死に話題の火消しを試みている。もっとも、年上ばかりのこの場では功を奏していないようだったが。

 ゆでダコのようなアンデルの様子を見て、呂布は溜息混じりに言った。


「別に、女王に貰っただけだ。さっき城を出る前にな」


「へー。これ、なんなんです?」


「知るか。聖布だか言っていたが、俺もわからん。ただどうしても、と使いの者も言っていたのでな」


 女王と別れた後、後を追うように使いの者が呂布に渡してきた布だった。朱色に金糸の刺繍が施されているが、それが何の役に立つのか、呂布には見当もつかなかった。

 義理で布を巻いてはみたが、邪魔になりそうな気しかしない。と、いうよりは話題のダシにされるのも不快なだけだった。

 とってやろうか、と呂布が布に手をかけると、近衛兵が慌ててそれを止めた。


「ま、待ってください。たぶんですけど、つけといたほうが良いです」


「何故だ」


「え、ほら。布とかあると、将軍って感じがするじゃないですか。それに俺らも敵陣の中にいるとき、将軍の目印があったほうがありがたいですし」


 慌てて口を開く近衛兵に呂布は怪訝な目を向けるも、手を下ろした。自分としては必要ないものだが、つけておいて役立つものであるなら外す道理もなかった。

 事情を察する近衛兵が胸をなでおろす。最も、呂布は体躯がずば抜けて大きい上、黒髪のため戦場では埋没することなく目立ってしまうのだが。

 そんなことなど知らず、呂布は再度敵影を見据えた。

 じっと敵を見ていると、どこかの兵が穴となるか、ぼんやりと見えてくる気がした。

 呂布が口を閉ざすと、近衛兵たちも押し黙った。

 全員が陣を見据える。しかし、出撃はできなかった。

 戦となると、死ぬとわかっていても、敵と対峙し続けるのは難しい。極度の緊張に兵の心が耐えられないからだ。突撃で果てたほうが、よほど気が楽である。

 呂布は緊張を嫌い突撃することはなかった。ただ、まだるっこしい戦が嫌いなだけだ。

 しかし、この場では陣を止め、ただ待った。女王からの依頼でそう頼まれていたのもあったが、どうせならば全力で潰せる相手が出てくるのを待っていたかった。

 そのほうが、よほど楽しい。


「陣が動きます」


 壮年の兵が告げる。見ると敵影がその姿を変えていた。前面に突出してきているのは、銀色の鎧を纏った歩兵部隊だ。

 豪快な音を立て、長い槍を構えた歩兵が陣の先頭まで足を伸ばし、止まる。円形で城を囲いながらも、その狙いは明らかに呂布を見定めていた。

 整列された銀の騎士が、騎兵を蹂躙せんと立ちふさがる。まるで、厚い銀の壁のようだった。


「重装歩兵……!」


「なんだ、それは」


「雷神の十八番ですよ。あの槍で突かれたら、騎兵なんて一発だ」


「いくらでも馬の足で振り回せそうだがな」


「確かに動きは遅いです。でも、あの鎧には強化魔法がかけてある。防御力が通常の歩兵より段違いに高いんですよ」


 そう言われ、呂布は近衛兵の鎧に目を向ける。血と泥に汚れているが、銀色の色合いが色鮮やかではあった。

 視線の意味を悟り、近衛兵が残念そうに言った。


「俺たちのは魔法なんざありませんよ。金属に魔法をつけられるのは亜人ぐらいなもんですし、工賃やら相場の値段やらが高すぎるんでね」


 重装歩兵は動きの遅さが弱点であった。その緩慢さ故、機動性と遠距離攻撃に弱いとされる。

 しかし、魔法により防御力向上させ、弓矢が一切通らないならば、それはひとつの小さな砦となり得る。


「そうか」


 呂布はただ事実だけを聞き、受け入れた。動揺もみせず、戸惑いもない。

 もとより、ここは敵を屠るだけの場所なのだ。敵の数も種類も、圧倒できる自信と経験があった。



 じとり、と掌に汗を感じた。

 息を吸い、呼吸を整える。朝焼け空に吸い込まれるように、吐き出した空気が登っていくのを感じた。

 さぁ、そろそろだろう。と呂布が手に力を込める。

 察したように、頭上から一際大きな声が響いた。

 叫び声が、自信と喜びを持って呂布に届く。

 



「いけっ! 呂布!!」


 

 口火が切られ、戦の火蓋が切られる。


 ハルバートを敵影に突きつけ、呂布が手綱を引いた。

 呼吸は乱れることなく、朱色に守られた一団が、敵影へと突進する。

 呂布は、最前列に構えていた重装歩兵にぶつかると、その首を跳ね上げた。

 一つ刀を振るうごとに、首が中空に跳ね上がっていく。それをみて、近衛兵たちもあとに続く。

 突出していた呂布と近衛兵が再度一団にまとまると、その場にいた重装歩兵を蹂躙していく。

 馬首を切ればそこに血溜りができるように、戦場をまるで削り取るように進んでいく。


「な、なんだ」


 兵の声も聞き届けないまま、呂布は命を狩り続ける。重装歩兵の機動力の無さは、防御力の向上により補われている。しかし、その自慢の硬さは、呂布の一撃により吹き飛ばされるものだった。

 もちろん重装歩兵全員が即座に殺されるわけではなかったが、歪んだ鎧の隙間に刃を通すことは、近衛兵たちでも容易だった。

 金属を押しのける音、曲げる音、砕く音。そして命を狩る音が、乱雑に盛大に響き、戦場を圧倒した。


 朱い一団が、敵影の中に円形の隙間をつくる頃には、地面に落ちた首の数は300を勇に超えていた。










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