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看過


 何度も聞いたはずの扉の音が、重く響いた。

 近衛兵に急かされるようにして、ウェポ子爵が部屋に入る。その表情は、どこか自信を漲ぎらせていた。恨みがましく後ろを固める兵を睨む。一瞬だけ表情を変化させるが、すぐに別の相手を見定め、跪いてみせた。

 対峙するのは、ベッドに腰をかけ、足を組む女王だ。両脇をハリルとティアが固め、少し離れた位置――壁にもたれかかるように呂布が構えている。

 女王はウェポ子爵に目線を向けると、首を傾げ、笑みを浮かべた。


「いきなり呼びつけてすまぬな。先ほど言われた脱出策を是非聞きたくての」


「ええ、お呼びとなられればいくらでも参りますとも。私の脱出策ならば、必ず女王様にお力添えできます」


 手を上げ、女王が促す。肩にかけた朱色の外套が、煽るように揺れた。

 ハリルは無表情を作り、状況を見つめていた。ティアだけがどこか不安げに目を泳がせている。呂布は、心底無関心なようだった。


「説明してくれ」


「はっ、我が策はこうです。まず兵を女王様を護衛する班と城を守る班の二つを分けます。

 そして、女王様が地下の秘密通路を経由し、脱出。私を含めた城兵が城を防備し、脱出を悟られぬよう時間を稼ぐのです」


 指を2本立て、ウェポ子爵が言葉に熱を入れる。

 女王は子爵の声に眉根を寄せた。


「残らずとも全員で脱出すればよいではないか」


「いえ、城の反撃が緩むと脱出を疑われます。それに、多数での脱出となると、兵達から女王様の情報が露呈する可能性があります。女王様の身柄がなによりも優先事項であるからこそ、数をわけ、目立たぬようにするべきなわけです。

 またそのためには私含め、城の防備に長けた者が時間を稼ぐことは必要です」


 長々と講釈のように子爵の口が動く。呂布は肩を鳴らし、気を紛らわせていた。


「うむ。そうか。しかし、その秘密通路とやらは本当に安全なのか」


「女王様はあのときいらっしゃらなかったのでご存知ないかもしれませんが、一度聖女様が脱出に使ってらっしゃいます。起死回生の策、とやらのためだったと記憶しておりますが……」


 子爵がティアを見つめる。

 ティアはウェポ子爵に目的を伝えていなかったことを思い出し、突然話を振られたことに動揺した。しかし、すぐに抗議するように口を挟んだ。


「ですが、私は敵に攻撃を受けていて、決して安全とは思えません」


「良い。策をまず聞こう。多少の損害ならば覚悟するべき状況じゃ」


 女王の英断に満足したのか、子爵が口の端を大きく歪めた。


「ははっ。そうですな、確かに脱出兵に数を割けば目立ちましょう。それに地下道は道が狭く、大軍の移動はできません。危険ですが、女王様の近衛兵数名と、案内役の我が城兵を合わせた編成で10名程度であれば、脱出も可能です」


「近衛兵数名ですか。いざというときに守りきれるとは思えませぬが」


 今度はハリルの声が飛んだ。女王の身の安全を考えるなら、当然の異論だった。この場で最優先すべきは、あくまで女王の命そのものだ。兵をカモフラージュに割く余裕はなかった。


「近衛兵は我が城の防備にも役立ちまする。人数が減った状態が露呈しないように防備するためには、強靭な兵が守りにも必須でありまする。我が兵は練度では女王様の兵には全く及びませぬが、地元ゆえ土地勘には優れた兵は多数おります。斥候の意味を含め、この人数比が的確かと」


「しかし、私としてはやはり地下道は聖女様が脱出の際使用している点が気になりますな。一度突破された以上、敵に警戒されている可能性は高いと思われますが」


「確かに今までならそうでございますが、そちらの御仁――豪傑が道を開いてくれました。なんと敵を一気に蹴散らしてきたそうですな。私が敵将ならば、地下道を考慮せず、突破された前例のある将軍の突撃を備えます。

 だからこそ、今こそ、好機なのです」


「少人数で逃げ込むか。しかし地下道は王都とは違い、南に伸びておる。セードルフ陣の真後ろだろう。逃げづらくはないかの」


 地下道は呂布とティアが陣を突破した南方から森の入口へとまっすぐ伸びていた。他に脱出経路はないが、南方はセードルフ軍がひしめき合う場所であり、適当な場所とは言いづらかった。

 言葉を待っていたように、ウェポ子爵が頷いてみせる。


「そのためのウェポ城兵です。森は兵の調練で利用しておりますし、庭のようなものです。さきほど説明したように斥候を放つように兵をお使い頂ければ、安全に王都まで進めまする」


「前例があるのは、地下道とて同じではありませんか」


「同じです。同じだからこそ、近い記憶のものが強烈に残ります。先ほど突破した豪傑の手並み、誠に見事でございました」


 手を大きく叩く。破裂したような音が、呂布の耳をざわつかせた。ねっとりとした目線が、どうしようもなく不快だった。

 呂布はティアを横目で見つめる。ティアは眉根を寄せ、たしなめるような目線で呂布を制した。しぶしぶ、といったように呂布が首の後ろを掻いてみせる。

 ハリルは急くように口を開いた。


「しかし、女王様を危険に晒すことには変わりない。地下道を抜け、敵に見つからない保証がないではないか」


「そうまでおっしゃいますか。では、もしよろしければわたくし自ら地下道を進みましょう。この覚悟、是非お察しくださいませ」


 子爵の頭を大きく下がる。厚くなった腹が窮屈そうに折られた。

 ハリルは女王をわざと強く見つめ、言葉を残した。


「しかし、地下道は兄の防衛魔法の範囲外です。迂闊に見つかれば、逃げられませぬぞ。魔法で捕捉でもされればことです。」


「これは異な事をおっしゃいますな。ハリル補佐官。敵に魔法部隊の影はない。これまでの攻城戦や我が斥候の情報のもと、そう結論づけているではありませぬか」


 女王が前のめりになるほど、椅子を揺らした。


「そこだがの。万全を期したいのじゃ。余が例えば触られたりすれば――この国が危ぶまれるからの。敵には魔法の影はないのか?」


「ありませぬ。確約いたします」


 自信を顔に貼り付けたように、ウェポ子爵が微笑んだ。

 呂布が口を出そうとしたのを、女王が手で止める。にこりと呂布に笑いかけ、女王は息を吸い、目を細めた。

 空気が変わり、ティアは肌に一瞬痛みが走ったように感じられた。不相応とも思えたはずの威厳に、本来の凄みが加わるように。

 金色の目が、瞬いた。


「そうか、残念じゃ」


 声が低く、重いものへと変わる。ウェポ子爵は状況を飲み込めず、言った。






「は?」


 女王が指を鳴らす。

 竹の爆ぜるような音とともに、扉傍に控えていた兵がウェポ子爵に猛然と駆け寄り、組み伏せた。

 球体を押しつぶすように、体が大きくたわんで揺れた。

 目を怒らせ、子爵が叫ぶ。女王は目線をそらさない。


「何をするのですっ!」


「王への虚偽の申告は重罪に当たる。知らぬわけではあるまい」


「嘘をいったと? 何をおっしゃいますか。天地に誓い、真実を申し上げておりますぞ」


「そうかの。呂布、魔法使いを見たかや?」


 女王は身をねじらせて、呂布を見た。八重歯が見えるほど、大きく開かれた口がよし、と告げるようだった。

 呂布は鼻から息を吐き、目を細めたまま口を開く。


「ああ、みたな」


「戯言です。部下の報告ではそんなことは」


「ない。とそう聞いておった。じゃが実際に見たものがここにおる。ならば一考の余地があろう。なんせお主が称えた豪傑殿の発言じゃぞ?」


「忠誠を尽くしてきた私より、そのような部外者の言うことを信じるのですか」


 豪傑、という発言をどっかに投げ捨てたように、子爵が恨みがましく言った。組み伏せられたまま、にじり寄るように子爵が体を動かす。つられるように、ハリルが身を女王に一歩近づけた。

 女王は態度を変えず、右手を差し出す。心得ていたように、ハリルはその掌に小瓶をひとつ、置いた。


「どちらがイイか、ということはわからん。じゃから、こいつを使う」


「それは」


「こうしてお忍びでやってくる以上、ある程度のことは想定しとる。その準備じゃ。ハミト、いるかの?」


 女王の声を合図に、扉がゆっくりと開く。

 のっそりと出てきた男は、酷くやつれていた。飢餓、とも言えるような体つきだった。花を逆さにしたような帽子をかぶっているからか、影が多く表情が読み取りづらかった。

 呟くように、男が言った。


「……お久しぶりです。女王様。私は今ここに来る余裕は正直ないのですが……」


「そう言わずに。魔法隊長殿、よろしくお願いします」


 足を上げず、ハミトが部屋を進む。衣擦れの音を引き連れて、ハミトはウェポ子爵の脇で足を止めた。

 思わず子爵がハミトを横から見上げ、すぐに女王に目を向けた。先ほどより、ひどく目が揺れている。


「な、なにを」


「何、この小瓶にある薬にハミトに魔法をかけてもらうのじゃよ。それを飲むと、余の質問に嘘が言えなくなる。そんなお薬じゃ」


 掌から指で上下を支えるように持ち直し、薬を顔の前にかかげる。透明な液体の入っているはずの小瓶が、ウェポ子爵にはどす黒く見えた。同時に、瓶越しに望む女王の目が、黒々と染まっているようだった。

 子爵は声を荒げ、身をよじらせた。抑えつける近衛兵が、葉を食いしばり、堪える。


「女王様とはいえ、爵位を持つ者にそのような愚行を強行する権限はないはずですぞ!」


「虚偽の申告」


「は?」


「形は何であれ、世に虚偽の申告をした可能性がある。それを確かめるのじゃ。しかし、ここには審問出来る者が他にがおらぬ。よって、余の発言を法とする」


「そんな理屈がありますか。おふざけが過ぎますぞ。嘘の可能性がある、というだけでここまでの仕打ちができるとお思いですか……王都にて、必ずこの件は審問委員会にかけさせて頂きますぞ」


 子爵の発言に、ティアが肩を震わせた。

 

 トッテム王国の貴族は、元来中央集権意識が薄い。ここが王としての悩みどころでもあったが、独自に動くことのできる臨機応変さが強みでもあった。

 独自に力を持つ貴族たちを王の元に集わせるため、数々の優遇策を設けていたが、そのうちのひとつが審問委員会だった。

 審問委員会は、王が暴政を働かないようにするための防波堤のような役割を持っていた。王の行いを監視し、その所業を評価もしくは断罪する。

 元々は王に限らず、貴族達のあまりに横暴な行いを抑制し、裁判にかけるためのものであったが――その内情は貴族の貴族による判決しか出さないものであり、王権の対抗勢力となっていた。


 審問委員会、という単語にハリルは眉を思わず尖らせる。殺気じみた気配を察し、女王はハリルを見つめた。幾ばくかの後、肩を落とし、ハリルが息を吐き出した。女王は先ほどと表情を変えず、言葉を続けた。


「白々しいの……魔法使いがいる、という申告がどういった意味を持つか、余が知らぬとでもいうのか」


 予想外の言葉と反応に、ウェポ子爵は声しか出すことができなかった。

 審問委員会、という単語は貴族にとって虎の子であり、王にとって恐怖の対象のはずだった。ましてや、目の前の少女は王位を継承したばかりの――新米である。なぜ、退位を迫ったも同義の言葉を堂々といなすことができるのか、子爵には理解できなかった。


「魔法使いがおれば、敵は魔法を使うじゃろう。当然じゃな。そして、敵は雷神じゃ。雷神の魔法ならば、こんな小城、簡単に消滅する。それを使ってこない、何故じゃ?」


「魔法使いなどおりません。仮に1人か2人いたとして、その程度の人数では攻城魔法など使えぬはずです」


 魔法の威力は基本的には人数比に比例する。

 ウェポ子爵は、説くように言葉を重ねながら、女王の真意を探っていた。


「普通ならの。じゃが呂布が見たのは、ティアを追って来た捜索隊であった。呂布、捜索隊に魔法使いが何人いた?」


「……はっきりとは覚えとらんが、3人くらいだと思うが」


「その程度の数では何も出来ませぬ」


「逆じゃ。捜索隊に3人使えるならば、なぜその3人を城攻めに使わぬ。捜索に時間を割くならば、余なら雷霆を使わぬとはいえ攻城に心血を注ぐ」


「それは敵の思惑があったというだけでしょう。理由になどなりませぬ」


「敵の思惑、といえばな。ウェポ子爵、余は思うのじゃが――この城は落ちていなければおかしくないかの」


 思わず子爵の目が見開いた。近衛兵も、女王の発言に動揺したように顔を上げた。

 呂布以外の全員の目線が女王に集まる。女王は驚きもせず、淡々と言葉を続けた。


「現状で元気な兵は50人、敵は3万弱。何故生きていられる? この小城ならば、力押しすれば終わる話じゃろ」


「兵の頑張りを、血の代償を否定されるおつもりですか!」


 ウェポが噛み付くように吠えた。失言を契機に、状況を打破するしかないのだ。


「気合だけでなんとかなる話ではない。防衛魔法があるから防げる? 

 ――ハッ、そんな馬鹿な話があるか」


 総大将らしからぬ発言に、近衛兵も見るからに動揺していた。女王はその一人一人に笑いかけてみせる。近衛兵が、何かを察したように表情を固め直した。


「事実です。今、現に城は落ちていないではありませぬか」


 思うのじゃが、と女王は前置きし、ゆっくりと口を開いた。

 固唾を飲むように、近衛兵も女王に視線を集中させている。


「炎を防げぬのなら門を壊す兵器でも作れば良い。幸い周りは森じゃ。木材は有り余っとる」


「こ、この城の防衛魔法がそんなもので」


「……落ちますよ」


 呪詛のごとく、声をハミトがウェポ子爵に落とす。抗議するように、子爵は歯を食いしばった。


「……防衛魔法は幻術の類なので、物理攻撃で落ちます。木でも実際に燃えることはありません。

 最も、扉には別の魔法もかけていますから、ただの門に比べ時間はかかるととは思いますが」


「女王様、魔法隊長殿も言っているではありませぬか! この城は落ちないようになっているとっ。それに、敵はこの城が炎に巻かれていると思っているはずなのでは」


「あの雷神が、幻術に気づかずいつまでも滞陣するわけなかろう。十中八九気づいておる。

 では聞いてみようかの。呂布、お主ならこの城を何日で落とせる?」


 女王の声に、


「1日だな」


 呂布は思ったまま告げた。


「な、何を言うか」


「打って出る心配のない城など、ただの棺桶だ。

 兵糧が干上がるまで待つという手は確かにあるが、小城に大軍で構えすぎている。あれでは、自陣の兵の食料がしんどい。

 城の炎は幻影なのだろう。ならば、捕虜かそこらの歩兵でもけしかけて踏み台にすれば、とっとと攻略は可能だ」


「だ、そうじゃ」


「でたらめです。それに、今はそんな論戦をしている場合ではないでしょう」


「そして、雷神が雷霆を使えば、3人なら6時間ほどで落ちる」


「な」


「本来15人程度で1時間ほどの準備期間が必要らしいのでな。まぁ、妥当じゃろ」


「魔法は使えぬ、はずでしょう」


「普通ならの。じゃが、無理すれば使えるはずじゃ。現に今この城も魔法部隊8人が代わる代わる防衛魔法をかけておる。お主は知らんかもしれんが、本来はこれも15人前後で行うべき術式じゃぞ?

 程度は違えど、考え方は一緒じゃ」


 ウェポ子爵は思わずハミトを見上げた。ハミトの曇天よりどんよりとした表情が、さらに暗くなっていた。


「……そこまで分かっておいでで、ここに私を連れてきますか」


「そう言うな、ハミト。のぅ、ウェポ子爵、セードルフ軍はまぁお主の理屈で通るとしても、トッテムの裏切り者どもに魔法使いが一人もいないなんていうことがあるかの?

 裏切り者が、虎の子を出し惜しむなんていうことがの」


「い、今それを言ってどうするのですか。現に城は落ちていないと――!!」


「主題はそうじゃの、別じゃ。ウェポ子爵。お主は敵に思惑があると言った。で、それはなんであるかを考えてみるとな、とても不自然なのじゃ」


「不自然、と?」


 ウェポ子爵は、喉を鳴らす。まさか、魔法ひとつで、という言葉が思考を占めていく。


「この城を取る、ということならば、力攻めで済む。しかし、余がどれほど考えてみても、この城を無傷で接収する理由がないのじゃ」


 一息。


「お主はこの城を守ってきた身じゃ。余も母の生まれ故郷として愛着もある。大切な場所じゃと、思っていたこと自体が盲点じゃった。だが、この地を含め、周囲の複数の領主は基本的レイス鉱山の恩恵で財政を回しておるはずじゃ。関税、輸送。そういった事業での。逆を言えば、レイス鉱山さえとれば、他の領地は自ずと降伏する」


「今の言葉、あまりに非道ではありませんか。この、私にその言葉を向けますか。多くの諸侯が裏切りながらも、献身的にその御身を支えているこの私に」


「そうじゃの。お主は今、ここにいてくれておる。

 余はお主が協力してくれていることを知っておる。だが、敵からすればどうかの?」


「女王様、それ以上は……」


 ハリルが女王に手を伸ばす。女王は目を細めたまま、ハリルを見つめ、口を歪めた。荒くなりかけた息を整える。


「よい、余の役目じゃ。

 子爵、敵は余がここにいることを知らん。そのはずじゃ。ここにいるのは、ティアとその護衛兵、そしてお主のみと思っておる。

 で、あるならばあまりに敵の動きが大げさすぎる。そして、時間もかかりすぎておる。

 ティア、雷神はここに攻めた理由をなんといっておった?」


「わ、私を抑留しているウェポ子爵を、教会の審問にかけるためだと。弁明はしておきましたが、聞いてくれませんでした」


 ウェポ子爵は驚きのあまり、体を震えさせた。

 そんなこと、聞いていない。


「不自然だとは思わなかったのかの? お主を殺すために、1万5千の精兵と1万近くの造反者を煽り、1ヶ月その戦線を維持する。

 どんだけ大物なのだ。お主は」


 一息。


「そしてティアがいるからといっても、同じことじゃ。そこまですることはない。見せしめにしても、レイス鉱山が落ちたのだから、ここまでする必要はない。精々千ばかりの兵で囲い、放っておけば勝手に開城する。

 その過剰な戦力は何のためにあるのか? 兵站に負担をかけるようなことを雷神が無作為にやるはずがないのだからの」


「う、あ」


 

 冷めた声が響いた。ウェポ子爵の顔から血の気が引いていく。女王の発言を耳朶を受け止めつつも、脳内は全く別のことを考えていた。

 

 ウェポ子爵を攻めるために軍を集める。

 ティアを保護するために軍を集める。

 

 行動は同じだが、意味がずれる。このズレが問題だった。

 ウェポ子爵は内々には女王を保護する名目で篭城している。しかし、対外的にはただ落城を待つ悲劇の城主に他ならない、はずだった。

 それがティアを目的とした軍に囲われたことで話が変わってしまった。ティアはトロワランス教会の第3位である。それを抑留することは、小領主としては死に等しい。社交界の死である。

 雷神からは、再三策を急ぐよう要請があった。先程も、雷霆の準備をしているという連絡が入った。

 このままでは死だ。そう思い、今ここにいる。しかし、これでは外に出ても、反逆者の烙印だけでなく非道の烙印を押され、もはや生きていけない。

 どちらにしても、死だ。


 そこでウェポ子爵は気づく。

 つまり、イザーギ伯爵は、もはや自分そのものを必要としていないことに。


 子爵は顔を上げ、見た。

 いつの間にか立ち上がっていた女王が、思いの他大きく見えた。

 目が眩む様で、天地が逆になったように視界が揺れた。頭が真っ白になっていく。


「お主、余がここにいることを敵に流したな。城に閉じこもれるよう都合のいい情報だけを伝え、余を攫うか殺すつもりだったか」


「そんな、ことは、ありません。決して、そのような」


「だから、それをコイツに聞く」


 小瓶が、燈籠の明かりで怪しく揺らめいた。

 女王が近づいてくる。一歩一歩、子爵からすれば処刑人の足音のようだった。

 子爵は思わず顔を伏せ、うわごとのように。否、呪文を呟いた。

 もはや、是非もなし。

 葉を噛み締め、音が鳴った。小さい目が釣り上がり、女王を射抜く。

 命と貴族の死。どちらが優先か、考えるまでもなかった。


「やれっ!」


 叫ぶ。とっさの行動に女王の足が止まった。


 女王の驚きの声と何者かの気配が混濁する。

 呂布は爆ぜるように突進。石床を蹴る音を確認し、刃を振った。

 ハルバートは拮抗する金属音を一瞬を捉え、すぐに力任せに振り抜かれる。何もないハズの場所で血飛沫が上がった。

 女王達は状況を理解し、色めきだった。


「透明化魔法ですな! 女王様、こちらに!」


 ハリルが女王を引き寄せようと右腕を差し出す。捻るように女王がハリルの腕の中で腰を落とした。


 呂布は、ハルバードをウェポ子爵の頭上を通るようになぎ払う。かすったような気配がしたが、それだけだった。

 身を翻し、女王の傍に寄る。みると、近衛兵が首を切られ、うめき声を上げていた。

 弱くなった兵の圧を押しのけ、ウェポ子爵が猪のように突貫してくる。

 魔法を使おうと何事か呟いているのを確認すると、呂布は徐に傍にいる全員を部屋の隅に押し飛ばした。壁に叩きつけられ、呻き声があった。ティアが目を回しているのを横目でみつつ、呂布は武器を持ち直す。

 柄の先を向け、ウェポ子爵を思い切り突いた。めり込んだ柄の先をさらに抉るようにして、子爵の体が浮いた。巨大な肉弾が壁に吹っ飛んでいく。

 柄の衝撃で、息とともに呪文が霧散した。


 ウェポ子爵への攻撃をみて慎重になったのか、周りを飛び回っていた気配が消えていた。

 呂布は気配を探るが、どうにもわからない。そこで、徐に後ろを向き、ベッドに手をかけた。

 ふん、と気合を吐き、それを持ち上げると、振りまわるようにして放り投げる。壁と木が削れる音と共に、壁を走った。


 破砕音に紛れようと気配が一斉に3方向へ散った。

 しかし、目標は女王なのだ。ならば、読むことは容易かった。

 円を描くようにまず一閃。呂布は、ハルバードを振り、肉を断つ感触を確かめる。横に振るわれた刃の軌道上、逃れられるのは空のみである。目標が決まっているのなら、着地点も読みやすかった。

 勘を頼りに呂布が縦に刃を走らせる。上がる刺客の血飛沫が、最後の一人の輪郭を映し出す。断末魔を上げる間もなく、ハルバードの刃が喉元を貫いた。

 気配がないことを確認すると、呂布はゆっくりと壁から刃先を抜く。次いで、頬をぬぐい、壁付近で蹲る老若男女を見つめた。


「終わったぞ」


「あ、相変わらずすごいです」


「いやはや、ここまでとは。助かりましたな」


「呂布、お主よくあれが斬れるのう。魔眼でも持っとるのか?」


「勘だ」


「……すごい男がいたものですね」


「ハミト、お主いつの間に」


「え? 皆さんと一緒に突き飛ばされたのに、酷いですよ」


 淡々と喋るハミトにティアが愛想笑いを浮かべる。

 呂布としても、ハミトのことは全く見えていなかったが、気にしないことにした。

 見ると、壁際で呆然と項垂れる男がいた。信じられないモノを見るように、ウェポ子爵が呂布を見つめる。


「驚いたかの? まさか仕留め損ねるとは思わんかったじゃろ」


「何をした。こいつは何だ」


 口調がまるで変わっていた。全てを諦めた様に、投げ出しているようだった。

 目が虚ろで、女王に視点があっていない。おそらくは、質問ですらないのだろう。

 自分の現状のどうしようもなさに、唖然としているようだった。


「英雄じゃよ。余が呼んだ」


「召喚魔法、ですか。まさか、あんな秘術をやる度胸があるとは、思いませんでした。どおりで、」


 息を吐く。


「髪が白いわけだ。これでは、姫百合派も改名だ」


 侮蔑の目線を女王に向ける。女王はわけもなく、視線を受け流した。


「うむ、白百合派にでもしようと思っておる。まぁ、この髪も気に入っているから、別に良いがの」


 白い髪を手櫛で滑らかに動かす。生き物のように、女王の長い髪が揺れた。

 その様にウェポ子爵は息を吹き出す。そして嘲るように言った。


「はっ。人形崩れのエセ女王様が、まだ派閥を名乗る気だとは思いませんでしたよ」


「……子爵!」


「よい、ハリル。そのとおりじゃ。余は人形じゃった。じゃが、今は違う」


 ハミトの声を制し、女王は遠くでじっとウェポ子爵を見つめる。目を細め、どこか悲しげに言った。


「余がどれほど無能と思おうが勝手じゃが、余は王じゃ。お主を罰し、誅する。その資格と義務がある」


 呂布がハルバードを僅かに返し、女王を見る。女王は首を横に振った。

 殺すべきではない、という判断だった。


「ティアの話じゃと、此奴がティアを抑留していることになっている。教会に申し立てするためにも、ティアとウェポ子爵は残しておかねばならん」


「面倒だな」


「そういうな。それに、生かしておいてやりたい作戦がある。ハミト、そやつから情報を聞き出せるだけ聞き出してくれぬか」


「……わかりました。命ある限り働きますよ」


 扉の外からやってきた近衛兵とともに、ハミトがウェポ子爵をつれ、退室した。

 もはや自ら立つ力もないのか、子爵は引きずられるように部屋を後にした。女王は、子爵の顔を見ようとせず、ただ子爵のいた場書を見つめていた。



「お疲れ様でした」


 ハリルの声に、女王は肩を落とす。次いで、首を大きく横に揺らしコリを取る仕草をした。


「とりあえず第一関門終了じゃな」


「これでウェポ子爵は折れましたな」


「あの、女王様。これ、落ちてましたけど」


 ティアが恐る恐る女王にモノを差し出した。透明な小瓶が、怪しく煌めいている、ように見えた。

 先ほどウェポ子爵に使おうとした、自白剤だった。

 女王は感慨もなくそれを掴むと、


「ああ、お役目ご苦労じゃったな」


 蓋を開け、中身を床にこぼしてみせた。


「じ、女王様! いいんですか、こんなことして!」


「え」


「これ、魔法薬なんじゃ……」


「嘘ですぞ」


「え」


 今度はティアが声を上げる番だった。


「ですから、嘘っぱちです。これにそんな効力はありません」


「ええっ!?」


「そんな都合の良いものもっておるわけなかろう。あったらとっくに使っておるわ。

 これはあくまで動揺させるための芝居道具じゃよ」


「そ、そこまでしたんですね」


「おい、なんでこんな面倒なことをしたんだ。とっとと捕まえればよかったではないか」


 ホッとしたような表情を浮かべるティアの横で、呂布が今度は声を上げた。

 呂布からすれば、いちいち理由を聞き、人を裁くということがまだるっこしくてたまらなかった。

 女王は諭すように言った。


「それでは意味がなかろう。あ奴には、余の策に付き合ってもらわねばならぬ。それに、先ほど言ったように教会にも一緒に行ってもらう必要があるしの」


「策だと?」


 呂布の問いに、女王は目を輝かせて口を開く。説明したくて堪らない様子だった。呂布は、眉根を寄せ、黙り込む。


「うむ、聞きたいか?」


「いや、よす」


「なぜじゃ」


「どうせ俺が何とかするのだろうからな」


「うむ、そういう側面もあるが、その前段を整える策じゃよ」


 意外な言葉に、目を丸くした。


「前段、だと?」


「お主が気持ちよく雷神と戦えるように、の」


 女王が片目を瞬かせ、呂布に懇親の笑顔を見せる。

 呂布はそれをいなしながらも、戦の気配が近づいていることを心の隅で感じていた。







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