切り捨てられた少女。
この世界は数多の神々によって創られた。
はじめは始まりの神と呼ばれるアイオスとミーリオンしかいなかったと言われている世界にはすっかり沢山の生物が溢れている。
そしてこの国、神聖国アースライトは始まりの国と呼ばれている大国だった。それを裏付けるかのようにこの国には加護持ちと呼ばれる神々や精霊に祝福される存在が多い。
神聖国アースライトの王家には、代々始まりの神である二神の加護が授けられているという。
そんな神聖国アースライトの若き王、ディルグンエ・アースライトは今は亡き前国王の勇ましさと、前王妃の美しさを引き継いでいた。
髪は黄金に光り輝き、光を浴びるたびに美しく煌く。そしてその瞳は力強く数多くの異性を魅了している。
そんな王は、妃を一人も持っていなかった。彼は異性に興味のない冷淡な男として知られていた。
しかし、ある時王はであった。貧乏貴族、男爵家の一人娘であるユイ・アスベルに。
彼女は美しくも、優しい女性だった。
隠れた会合を続ける中で、二人は互いの愛を深めあっていき、ユイは正妃として王宮に嫁ぐことになる。心優しい少女ユイを疎むものは元々少なかった。中にはユイの事を妬む者もいたが、それはユイの力によって押しのけられることとなる。そうして、王妃は誰もに認められ、王妃となった。
そうして、王と王妃は誰もに祝福されて幸せになったのでした。
めでたし、めでたし。
と、美しき物語として語られるのがこの国で有名な王と王妃の物語である。
そう、王と王妃の幸せしか見ない人々は知らない。
その幸せの裏側で、切り捨てられた一人の少女がいた事を。
そばかすの顔に、茶色の髪を持つ地味な、食堂で働く少女。それが、ナイアという平民だった。朝から働きに出ている父親に、内職をしている母親。そしてまだ小さな妹がいる。そんな普通の平民だった。
少しでも家計を楽にしようとナイアは食堂のお手伝いをしながらずっと過ごしていた。
「ユイ様は本当にお綺麗な事…」
「王妃様は優しい方ですよね」
食堂の客達が、王妃の事をほめたたえる言葉を言い放つ中でナイアはそれを聞いて微笑んだ。
先日王に見初められて王妃となった少女、ユイ・アスベルはナイアとは幼い頃からの親友だった。ナイアにとってユイは自慢の親友であり、王妃になった今でもユイは本当に時々だがナイアに手紙をよこしてくれる。王宮での暮らしは大変だけど幸せだと手紙に書かれていて、安心した。
ナイアはユイが幸せな事が嬉しかった。大事な大事な親友。身分が違っても、関係は少しは変わるかもしれないけれどもこの絆は変わらないと信じていた。
その日、ナイアは食堂での仕事を終えると急ぎ足で家に向かっていた。
今日は幼い妹の4歳の誕生日。丁度、食堂で働く賃金も受け取り、少し奮発して誕生日プレゼントをかった。それは髪留めだ。
幼い妹の誕生日だからと、母も奮発して料理を作るといっていた。父親もはやく帰るといっていた。もしかしたら私が一番最後かもしれない、と思いながらも急いで家に向かう。
ナイアの家は王都の郊外付近に位置している。王宮付近の住居は、ナイアの家の稼ぎ程度では借りることさえもままならないのだ。
生き生きとした表情を見せながら、ナイアは家の前にたどり着き扉をあける。
だが、そこで待っていたのは彼女が想像してもいない光景だった。
(…?)
何かのにおいが鼻についてナイアは顔をしかめる。何だ、と思いながらも足を進める中で聞こえてきたのは知らない男達の声。
「ぎゃははははっ」
醜い、男達の声――…、何かを楽しむような声に思わずナイアの表情は固まる。
そして、時折響くのは、
「……あぁあんっ」
自分の母親の、喘ぎ声だった。
「え…?」
思わず漏れた声。震える手で、母親が、父親が、妹が待っているはずの部屋の扉をあける。
「ひっ――っ」
視界に入ってきたのは、赤。真っ赤な液体が、床を濡らしていた。そして動かない二つの、物体。
部屋の中に居る見知らぬ男達が押さえつけて喘いでいるのは、彼女の―――、母親。
机の上に置かれていた料理はすっかり散乱している。何かが暴れたような跡が、家族の抵抗がうかがえた。動かない二つの、それは確かに彼女の父親と妹だった。
父親の腹部から溢れだした血と動かない父親。そして妹の首はありえない方向に曲がっていた。
男達が、悲鳴にも似た声にナイアの存在に気付く。その瞳は楽しそうに歪んだ。
「お、お目当てが帰ってきたか」
「い、いや――」
叫ぼうとした口は、男の一人に一瞬で押さえつけられてしまう。
何が起こっているか、わからない。母親にのしかかっていた男が、どける。ぐったりとした母親はナイアを空ろな瞳で見据えていた。
母親の体に飛び散る液体が、そのあらわになった裸体が母に何があったかをすぐにナイアに理解させる。空ろな目を浮かべた母親はその場で用無しとばかりに首をかっ切られた。
自分も殺されてしまうのか、という恐怖心に押さえつけられた体が固まる。
「そいつだろ、依頼主が欲しがってるのは。殺さず、汚さず連れ出せ」
トップらしき男の、命令が下る。そうしてナイアは体を抱きかかえられ、惨劇の残ったその場から連れ出された。
王都の郊外であり家の周辺には人はほとんどいない。
――――少女を助けるものなど、いなかった。
ナイアが連れられた先は、豪邸だった。貴族の住まう館の一室。そして、そこにはナイアに何処までも冷たい瞳を向ける一人の少女がいた。
黄金に輝く髪に、美しい顔立ちをした少女。その少女の事をナイアは知っていた。
神聖国アースライトの有力貴族、ラマスアネ公爵家長女、カリン・ラマスアネ。国王であるディルグンエ・アースライトの王妃の有力候補として挙げられていた少女だった。
「あなたあの女の親友なんでしょう?」
両手両足を縛られた状態のナイアに向かって、カリンは口を開く。
上品なドレスを身にまとい、その体には高級そうな宝石が散らばっている。その装飾品の全てを売り払えば、平民が悠に何十年も暮らせるであろう高級さに満ちた外観である。
「あの女さえいなければ、私がディルグンエ様の正妃になれたはずなのにっ!!」
憎悪に満ちた声など、ナイアには届いていない。
(お母さん、お父さん…、ミナ)
家族の名をただ呼ぶ。わけがわからない。先ほど見た惨劇は夢だと思いたかった。眠って目が覚めたら、家族が笑っててくれるんじゃないかとでも思った。
耳に入ってくる情報をきちんと、整理などもちろん出来るはずもない。
項垂れたままのナイアにカリンは告げる。
「あなたを、親友だというあなたを人質にとれば、言い様に出来るでしょう? うふふ、あの女さえいなければいいのだもの」
高揚したように、カリンは王の正妃になる事を夢見て言葉を放つ。
カリンは正妃になりたかった。それはただの公爵家の長女としての傲慢で、愚かな行為だ。
ユイさえいなければ自分が王妃になれるはずと信じて彼女は疑わない。だからこそ、彼女は親友を人質にとり、王妃を言い様にするなんていう浅はかな行動にでた。
――そしてナイアは公爵家の地下にある檻にいれられた。
閉じ込められて、どれくらいたったかわからなくなった時、バタバタとした足音と声が響いた。
「何で、どうしてっ!! 人質がいるのに、殺されてもいいっていうの!!」
響くのは、カリンの声。だけどもちろん状況が理解するには至らないナイアには何が何だかわからない。目はうつろに漂っている。
冷たい床の感触を感じながらもナイアは壁に背を向けたまま動かない。
外の声など耳には入ってきていない。
「何で、どうして、私は――」
カリンの声が途切れる。バタバタとした足音と共に、地下に鎧をまとった連中が流れこんでくる。そして彼らは、ナイアを視界にいれる。
「これが、例の…?」
「彼女の家族は『一家で引っ越した』事にしろとの命令だ。この子は、辺境の病院に連れていく」
「それにしても、可哀相に…。貴族のいざこざにまきこまれて――…」
そんな、声たちはもちろんナイアには理解することなど出来なかった。
(夢だ、これは――…)
ナイアは願う。これが、夢である事を。
事の真相はこうだった。
公爵家の長女カリンは、王に執着していた。そして、王妃となったユイを妬んでいた。
どうにかして殺して、亡き者にしてしまえば自分が王妃になれるはずだと信じて疑わなかった。そして、カリンはユイの親友の存在をしった。
元々、上層貴族とは関わりのない男爵家の娘であるユイは警戒心が少なかった。だからこそ、ナイアのことを人に話していた。カリンに伝わるのは速かった。
カリンは浅はかな考えから、雇った男達にナイアの家を襲わせた。
親友の娘以外は、どうしていいというカリンの言葉の結果、ナイアの家族はあんな風になっていたのである。
そして、国王であるディルグンエ・アースライトはそのことを知っていておよがせた。
それは昔からあくどいことに手を染めていたという、カリンの実家を罰するためだ。ユイには直接的な護衛をつけ、もし刺客が来るようならそこから公爵家を罰しようとしていた。
見張っていた結果、カリンはユイの親友一家に手を下した。
それでディルグンエ・アースライトが騎士団を出さなかったのは一重に、ユイを疎ましく思っている連中に思い知らせるためだった。
―――人質は、意味をなさないというその事実を。
ユイの親しかった平民に手を出そうとも、動かないという事実を広めるための見せしめだった。
そして、人質が意味をなさない事に気付いたカリンは苛立ちから直接的に刺客をよこし、その結果によりカリンは捕えられ公爵家に家宅調査のために乗り込んでた騎士によりナイアは助けられたのであった。
あくまで『王妃の親友を助けるため』ではなく、『家宅調査のため』に乗り込んだ騎士によって助けられたのだ。
要するに言えば、国からすればナイア達の生死などどうでもよかったのである。
ナイア達家族は切り捨てられた。
事情を知る上層部以外には、『一家そろって引っ越した』とされ、事実は隠蔽される。残酷な事実など、一般人も――――、そしてナイアの親友であり、事の原因となった少女ユイも知らないままに。
そう、王妃であるユイにはその事実は知らされていない。周りの人々によって隠されたのだ。ユイにとって、ナイアは突然引っ越してしまった薄情な親友と認識されている。
ユイが思う事といえば、引っ越すことぐらい教えてくれてもいいじゃないという悲しみだけだ。
周りの、ユイ自身に優しくしてくれる面々の言う事を信じて彼女は疑わない。
夫となったその人が自らの親友を切り捨てたことなど知らないままにユイは愛される幸せに満たされて生きていくことになる。
そして、切り捨てられた少女ナイアは辺境の教会にいた。
「ナイアちゃん」
教会は病院の役割を果たしている。ナイアに話しかけるのは、優しそうなシスターだ。
でも、それにナイアは何も答えない。
「………」
死んでいるかのような目。ナイアは何もせずにただぼーっとしている。
それを見て、シスターたちは口々に言う。
「やっぱり、盗賊に家族を殺されたのがショックだったのね…」
「速く元気になってもらわなきゃね」
そう、ナイアは”家族を盗賊に殺され通りすがりの騎士に助けられた少女”とされ此処に事情も説明されないままに押し込められた。
(お母さん、お父さん、ミナ…)
どうして家族が殺されなければならなかったかの説明さえもされなかったナイアの頭はただ虚無にみちている。
幸せだった日々は失われた。
その事実さえも、末梢される。
事情もわからないままに切り捨てられた少女は、焦点の定まらない目を浮かべたままにただそこに存在している。
ナイア。
男爵家の貧乏貴族の娘であるユイの親友だった平民の少女。お世辞にも可愛いとは言えない、平凡な顔立ち。親友が王妃になったこと以外は平凡な人生だった。
ユイ
男爵家の娘。貧乏貴族でどちらかといえば平民よりの子。ナイアとは親友。
王に見初められ、王妃となる。頭はいいはずなのに陰謀と関わらずに生きてきたために楽観的。穢れを知らないような無垢な子。
ディルグンエ
陛下。国のために結構割り切ってる。ナイアを切り捨てるように命じた本人。
ユイに知られなければいいと思って、今後を考えた結果そうした。したたか。
カリン。
下手に権力を持って好き勝手出来たため、全てがうまくいくと信じ込んでいた傲慢な少女。
ナイアの家族を殺し、幸せを奪った本人。公爵家の娘で、王妃暗殺未遂の罪に問われることとなる。
思いつき。矛盾点とかあったらごめんなさい。
感想もらえれば喜びます。