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突入

 現実は時代劇の様には行かないものだ。硬い骨を斬れば刃こぼれもするし、べっとりした血糊が本来の切れ味を失わせてゆく。来るべき戦闘に備え使い親しんだ日本刀は背中に縛り付け、一梃きり破壊しなかった自動小銃を手にする。黒装束にブルカ覆面のヤスミはさながら忍者の様にも見えた。デクの背中を銃口で押して地下への階段を下りて行く。セーフティレバーはセミオートマの位置に固定されていた。

 回廊の向こうから灯りが漏れてくる。「止まれ」デクの耳元に顔を近づけてヤスミは言った。

「インチキ宗教のクセに随分と立派な地下要塞を持ってやがるんだな。鈴木達はどこだ?」

「矯正室……だ。作業場の手前にある」

 ヤスミが暴力に慣れた人間であることはヒマヤーナを一瞬にして片付けてしまったことが証明している。自分も殺されるのだろうか、その不安を抱えるデクだった。声の震えは止まらない。

「ここには何人居る? 銃を使えるのは?」

「大師様と正悟師を含め49名、ヒマヤーナはさっきの四名だが我々は死を恐れない。いざとなれば女性信者でも銃と取って闘う。信仰に殉じたものは大師様が生き返らせてくれるのだ」

「大師って言ったな? あのデブ、生きてやがるのか?」

「大師様は生命を超越しておられるのだ。そうゆう無礼な口をきいていると悪鬼の様に頭を破裂させられるぞ」

 怯えを盲目的な信仰が上回ったのか、デクの声に張りが戻ってきた。

「悪鬼? ああ、ホモローチのことか。アレはお前、サイトなんとかで死んだんだぜ。白川がやった訳じゃねえ。まあ、俺のこれも東北のカリスマの受け売りの又聞きだがな。それに白川が生き返らせてくれるんなら、なんでお前はそう震えてる。目を覚ませ、あいつはただの詐欺師だぞ」

「なっ……」

 〝東北のカリスマ〟そのフレーズに虚を突かれたようにデクの言葉が途切れる。白川は伊都淵を詐欺師と呼んだが、Mマグニチュード9超えの地震にも耐えうる緩衝材を開発し、9.02を予測した先見性は、情報管制の敷かれた教団内でも幾度か話題に上っていた。白川の教えに疑いを持つイコール厳罰という図式が刷り込まれた頭でも、東北のカリスマの偉業に敬意を表する者は多かった。

「お前は仲間を連れ戻せばいいのだろう。さっさと用を済ませて出てってくれ」

 導師デクの語調が変わっていた。

「言われなくてもそうするさ。部屋の鍵は?」

「私が持っている」

 デクは修行着の腰紐に提げられた鍵束に手を触れた。ヤスミはポケットからくしゃくしゃになった紙とペンを取り出した。

「見取り図を書け」

 武闘派ヤクザであってもカチコミで真っ先に命を落とす連中とヤスミは違っていた。すべき調査と準備は怠らない。それが彼を生き残らせていたのだ。尤も人間には通用してもホモローチには当て嵌らない。雄一郎の処置がなければ幾ら用心深いヤスミと言えども、ここには居ることはなかっただろう。

「見張りは?」

「ここ以外に生存者など居ないと思っていた。助かった我々は大師様の御加護で生き延びたのだと……教えてくれ、他にも生存者は居るのか?」

 デクの言葉に残る震えは恐怖と寒さだったものから、困惑へと変容していた。

「聞き齧りだけどよお、地軸が大幅にずれて世界中こんなんなっちまったみてえだぜ。カリスマちゃんの予測じゃあ生存者は総人口の2~3パーセント程度。そのうちのまた何パーセントかがホモローチに食われて死んじまってる。だが確認出来ているだけでこの国には数百名の生存者が居る。白川の保護なんぞなくったってな。お前等が捕まえた鈴木の話は聞いたのか? あいつ等は御布施なんぞ取らずに生存者を探して助けているんだぞ。こんなペラペラなもん一枚でお前等を厳寒の屋外に行かせる白川とどっちがまともだと思う。三歳の子供にだってわかる理屈じゃねえか」

 悪魔は甘美な言葉で信仰を妨げようとする。外部の者の発言に耳を貸してはならぬ、大師様はいつもそうおっしゃられた。しかし…… 

 デクに大いなる迷いが生じていた。カルト集団が出家と称し信者に外部との接触を絶たせる理由はここにある。正常な思考の出来る人間と話すことが、白川の言葉や教義への矛盾を簡単に浮き彫りにしてしまうのだ。言葉では加護を約束するが何ひとつ与えようとしない白川と、見ず知らずの人々を救うために氷の世界を旅し続ける雄一郎達を較べることさえ愚かに思えてきた。

「東北のカリスマは我々でも助けてくれるだろうか……」

「さあな、お前自身が逢って聞いてみればいいじゃねえか。人殺しの俺の命を鈴木は救ってくれた。俺はその義理を果たさなきゃ死んでも死に切れねえんだよ。俺はカリスマちゃんと面識がある訳でもなきゃ全面的に信用している訳でもねえ。」

 ヤスミが続ける。

「お前と話してて気づいたことがある。救われたい一心のお前等は何にでも縋っちまう。ところが鈴木達は違う、人々の強さを信じて、その助けになろうとしているんだ。カリスマちゃんに泣きつこうにも何百キロも離れた地でだぞ。一文の得にもならないことを知った上であいつ等は氷の世界を走り回っているんだ。俺があの黒装束を斬り殺さなかったのは、あいつ等の甘っちょろい正義感に感化されちまったのかもしれねえな」

 そしてヤスミは照れた様に笑った。

「俺はヤクザだぞ、その俺に説教なんかさすんじゃねえよ」

 デクこと石井明宏も笑った。入信して六年になるが自分の意思で笑ったのはいつ以来だろう、その感覚に戸惑いながらもデクは笑っていた。ヤスミが咳き込む。苦しげに身を捩るヤスミの姿は、つい先ほどヒマヤーナを相手にしてみせた超人的な身のこなしだった彼とは別人のように見えていた。


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