Sight(サイト)
「すみません。皮か何かで、こう腕に巻けるようなものはありませんか?」
地下シェルターの倉庫には女性の真柴さんが居た。何に使うの? とでも言いたげに小首を傾げたものの「これでどう?」とバッグの肩紐の部分の様なものを渡してくれた。幅は狭いが長さがある。これならイケる。
「ありがとうございます」
礼を言って屋外に出る僕に彼女はついてきた。この青年はまた何をやらかすつもりだろう、と興味津々の顔になっている。とんと娯楽の減ってしまったこの世の中である。僕のやらかすあれこれがコミュニティ住民の興味の的となっていた。そして期待されればそれに応えない訳には行かない、こう見えて僕はサービス精神旺盛な男なのだ。小柄な彼女は出入口昇り降りにいつも苦労されているようだが、それでも僕が原田兄弟の許に戻った一分後にはちゃんと僕の後ろに立っていた。短く鋭く吹く指笛にイヌワシは氷塊のてっぺんを飛び立ち僕の腕へと舞い降りてきた。野生児風真の目でも追えないイヌワシの降下速度だ。常人である女性の真柴さん(長いな)は僕の腕にとまっているものがどこから来た何なのか理解出来ないようだった。そして大きな瞳を更に大きく見開いた。
「すっごーい。ねえ、みんなちょっと来て!」
女性の真柴さんの呼ぶ声にめいめいに昼食をとっていた人々が近づいてきて口々に感想を述べる。
「タカか?」「いや、ワシじゃないのか? よく生き残ってたもんだな」
「イヌワシだよ、ゴールデン・イーグルだ」
僕から仕入れたばっかりの知識を自慢気に披露したのは風真だった。
「凄いな、君達は。次から次へと驚かされることばかりだ。野生の猛禽まで飼い慣らしてしまったのか」
男性の真柴さん――ややこしいので今後女性のほうは〝成美さん〟とファーストネームで呼ぶことにする――が感嘆の声を上げる。
「上空から捜索が出来れば効率もいいのではないかと思って仲間に加わってもらいました」
「それはそうだろうが、願望がそう簡単に現実になれば誰も苦労などしないものだよ。東北のカリスマが君を選んだ理由がよくわかる」
褒められて悪い気などしようはずはないが、この力が真柴さんにあれば……といった感のある僕は手放しで喜ぶ気にはなれない。伊都淵さんの言う通り我々に残された時間は未知数で、それが僕の成長を待っていてくれる保証などないのだから。そんな憂慮など知るはずもない海地が能天気に言った。
「名前をつけてやんないとな」
「ゴールデン・イーグルだからゴルちゃんとか、イヌワシでワッシーとかはどうかな?」
風真の貧困な発想を僕は即座に却下した。
「如何にも安直過ぎるだろう。それに彼女は女性なんだ」
「サイトはどう?」
早速ファーストネームで呼ばせていただく。成美さんの声が僕の耳に美しく響いた。
「呼んだ?」
斎藤さんがお約束のボケをかます。成美さんはそれをスルーして僕に言った。
「あなた達の目となってもらうんでしょう? Sight――視覚を意味する言葉よ。逞しい女性である彼女に似合ってると思わない?」
いい名前だと思ったが一応、本人に確かめてみる。
《君の呼び名は〝サイト〟でいいかな? 気にいらないなら正直に言ってくれ》
《ベツニ》
彼女の名誉のために言っておくが、サイトは決して高慢ちきな女優ではない。ただ人間との意思疎通に慣れていないだけだ。
「ホンニンも……いえ、彼女もたいへん気にいったそうです」
幾らかお歳は召していらしたが、それでも充分キュートな成美さんだった。僕の欠点はこういった女性を前にすると無意識におべっかを使ってしまうところだ。成美さんは嬉しそうに微笑んでくれた。僕の脳細胞もピンク色に染まった。
「決まりだな。さあ、仕事に戻ろう」
真柴さんの号令でコミュニティの住民達は作業に戻って行った。
その晩、衛星電話ミーティングに雄さんが参加してなかったことが少々気掛かりではあったが、カジさんをまんま若くしたような冷静沈着な雄さんだ。僕などが心配するようなことが彼の身に起きるはずがない。そう思っていた。
ドームの支柱が立ち、外壁の積み上げにかかる頃には僕達は再び旅立つことになる。次なる生存者を求めて。