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反乱

21反乱


 湿った様な咳が続くヤスミだった。ひどく咳き込んだ後は死人の様な顔色になっている。『作用には個体差がある』所教授の言葉を雄一郎は思い出していた。

「ここいらのはずだぜ」

 ホログラムマップを掲げて言うヤスミの声は少しかすれていた。

「何がですか?」

「光のなんとかって言う宗教団体の本部があったはずだ。茶畑の中に突然でっかい建物を作り出したかと思ったら変な洋服を身に纏った連中が集まり出したのをテレビでやっていたじゃねえか」

 あの教団のことか――雄一郎はそのニュースを思い出した。

「へえ、ヤスミさんヤクザなのにニュースなんか見るんだ」

 井上が混ぜ返す。見渡す限り氷の世界に四人だけといった状況が彼等の結束を固め、わだかまりを取り払っていた。

「あったりめえよ。商売敵がとっ捕まったりしてたらいい気味じゃねえか」

「商売敵? 対立組織とか言わないんですか?」

「隠語だよ、隠語。スラングってヤツさ」

「あらら、英語までお使いになるんだ」

 榊も加わって会話に弾みがつく。

「こう見えても俺は大卒だぜ。御神体だか何だか知らねえが、でっかい金色の球体が飾ってあっただろう? 俺達は●ンタマ教団って呼んでいたもんさ」

 井上と榊が大声で笑い、その声が氷原に木霊する。

「下品な大卒だなあ」

「違いねえ。だがあの教祖、白川とか言ったっけ? あいつの素行の方がよっぽど下品だぜ。信者からは御布施の名目で財産を――それこそケツの毛まで毟り取っていたそうだし、女の信者は全て自分のお手つきにしちまったそうだからな。俺達でもさすがにあそこまではしねえやな」

 週刊誌にそんな記事が載っていたことも雄一郎は覚えていた。

「地下工場じゃあ銃器や怪しげな薬品も作っていたって聞いたぜ。そんな連中でも助けてやるつもりなのか?」

「勿論です」

 間髪いれずに雄一郎は答える。ヤスミは考える表情になった。陽が翳り、風が吹き始めていた。この三日間生存者は見つからず、橇のシートをヤスミに譲った榊と井上は毎日フルマラソンをしているようなものだった。生存者が見つかれば少しは彼等を休ませることが出来る。雄一郎の願いは切迫したものとなっていた。

 そうこうしているうちに崩れ落ちた門柱の様なものがパーティーの目に入ってきた。ニュースでは目にしていたが間近で見る広大な敷地面積に目を奪われる。小さな山脈を思わせる氷塊は建造物にしっかりした基礎工事が行われた証なのだろう。多くの建物が跡形もなく吹き飛ばされていたこの世界で、幾らかでも残骸が残っているのは頑丈な建物であったからに他ならない。だがそれが別の感慨を与える場合もある。

「ひどい……な」

 建物のあった状況とそこで生活していた人々の様子が想像されてしまうのだ。残骸を眺めた井上が呻くように言った。引きちぎれ捻じれたまま凍りついた門扉は洒落た装飾が施されており、形を成していた頃は洒落た結婚式場にも見えていたのかも知れない。3m近い高さは外部からの侵入者を防ぐ目的だったのだろう。しかし敷地を囲う石壁ごと吹き飛ばされた揃い柄のフェンスも既に用を成さなくなっていた。パーティーはすんなりと敷地内に入ることが出来た。

 雄一郎には宗教に救いを求める人間が理解出来なかった。〝怖い程当たる教祖の予言〟そんな評判のこの宗教団体が下部組織に優秀な興信所を持っており、信者以外からも多額の金を騙し取っていたことを9.02の前に伊都淵から聞かされていた。教祖や教義を盲信した人々もあの衝撃波で目が覚めたに違いない。尤も覚めた途端、また目を閉じることになっていたのかもしれないが。

「信者の血肉で出来たご立派な神殿も呆気なく吹き飛ばされちまったって訳か、偽りの神が本物の逆鱗に触れたのかも知れねえな。気は変わらねえのか?」

「変わらないとは?」

 雄一郎がヤスミに聞き返す。

「ここの連中の悪行は聞いているんだろう? それでも助けてやるってえのか?」

「その返事は既にしています。我々の助けが必要とされるなら、生存者が誰であろうと手を差し伸べるべきです」

 雄一郎は榊と井上に顔を振った。

「地下への通路を探そう。生存者が居るかも知れない」

 多くは期待出来まい、そう思いながらも捜索の手を緩めることのない雄一郎だった。折からの吹雪が氷の裂け目から上がる煙をパーティーの視界からカムフラージュしていた。それに気づいていたのはひとりだけ、そのヤスミが橇から飛び降りて言った。

「奇特なこったな。俺は抜けるぜ」

 唖然として見つめる雄一郎達に薄ら笑いのヤスミが続ける。

「俺はカリスマに感銘を受けた訳でもなんでもねえ。命を救ってもらった義理は果たすつもりだったが気が変わっちまったんだ。悪く思うなよ」

「なんだよ、それ」

 憤然として井上が詰め寄ろうとするとヤスミは日本刀を抜いた。雄一郎が左手を背中に回す。

「おっと、動くなよ。背中に何か隠し持っているのは知ってんだ。だがそいつで俺を仕留める前に、このあんちゃんはなます切りになってるぜ」

「所詮、ヤクザはヤクザか。とんだ汚れ仕事だな」

 鼻面に日本刀の切っ先を突きつけられてない榊は威勢がいい。

「そうゆうこった。ここいらに兄弟分の組があったから様子を見に来るつもりだったんだよ。だがな、徒歩で150kmも移動するのはかったるくていけねえ。楽ちんだったぜ犬橇は。心配するな、俺はそのなんとかグリアも食料も奪いやしねえ。追い剥ぎよりかはマシだろう? じゃあな」

 駆け出したヤスミの後ろ姿はあっという間に吹雪に紛れて見えなくなった。


「あれが鈴木さんの言ったヤスミの考えってヤツですか」

「言葉が過ぎるぞ」

 井上の言葉を榊が嗜める。

「すまん、俺が間違っていたようだ」

「いえ、申し訳ありませんでした。つい……」

 頭を下げる井上に雄一郎は軽く手を上げて気にするな、の意をあらわす。あの目にあった決意は本物だったはずだ。それが何故急に……雄一郎にはそれが気になっていた。


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