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雄一郎のパーティー

 丈のように特異な能力がなければ捜索の方法は限られる。ホログラムマップと地形を照らし合わせながら、地下シェルターのありそうな場所、建造物の被害が少なかった場所をひとつひとつ当たるしかない。こうなってしまった世界では柔軟な思考の持ち主でなければ生き残れてはいないだろう、とホモローチの死骸が多く残る場所の捜索から切り替えたのは、丈より経験値が高く冷静な雄一郎ならではの判断だった。伊都淵が何度も言ったように残された時間がどれだけあるのかはわからない。足を止め、大雑把に捜索をする。反応も痕跡もなければ諦め、さっさと次へ向かわざるを得ない。〝先ずは南下して東に〟そうやって行進を進めてきた雄一郎のパーティーは、かつて海だった場所に出ていた。時折顔をのぞかせる陽光が氷を溶かしかけている。この分なら次世代のホモローチが居たとしても海を渡ってはこられまい。雄一郎はそう考えていた。

 ――丈が見つけたように山間部にも生存者が居るのではないでしょうか?

 ――勿論、居るだろう、居て欲しいとも願う。だが次の衝撃波に襲われた時、氷雪崩の危険がある山間部にドームの建造を進めることは出来ない。橇とローラーブレードが移動手段であるといった物理的な問題もある。全てを救うのが無理なら確実な方を優先すべきだ。残念ながら現状では〝日本を隈なく〟といった訳には行かないんだ。

 雄一郎の疑問に、伊都淵はそう答えた。それ故の平坦地捜索だった。もどかしさはあったが、致し方ないことのようにも思えていた。

「誰も居ませんね」

 ローラーブレードの速度に合わせ、井上と榊の乗せた橇を引かせるには六頭の犬では負担が大きい。気温に大きな変化はないが凍土が顔を出している所もある。行程の半分を自らの脚力に頼っていた榊と井上の声には疲労の色が滲んでいた。

「少し、休もう」

 雄一郎の右腕にも、丈のような食料の現地調達能力はある。ただ、それを解放することを躊躇していた。万が一、右腕が勝手にクロスボウを掴んで発射したら――雄一郎はそれを恐れていた。

 氷塊をハンドトーチで溶かして犬達に与えると、残りをペットボトルに注ぎ込む。三人で回し飲みをすれば水はすぐに空になる。それでも道中で発見した防災グッズの詰められたバッグには手をつけなかった。ドームでの暮らしぶりからすれば犬達にも、榊と井上にも我慢を強いらせていることはよくわかっている。不平を言わない彼等に雄一郎は感謝していた。

「丈君の方はどうなんでしょうね。例え数人でも見つけているのでしょうか」

 同じ思いだったのだろう。榊の問い掛けに井上も顔を上げて雄一郎を見つめる。

「伊都淵さんに定時連絡は入るはずだ。その時に訊いてみるよ」

「そうですね……」

 腰を上げた榊が犬達にビスケットを配って回る。よく咀嚼もせずに呑み込む犬達の空腹が雄一郎にも伝わり、スモークした猪の肉をコートのポケットから取り出してかぶりついた。それを見ていたパーティーのメンバーも雄一郎を真似る。

「チップには何を使ったんでしょうね」

 井上が顔をしかめた。肉の臭みは全く抜けておらず塩味のみが強調されていた。

「廃材だよ。下手するとベニヤ板かも知れない」

「だから、この味なんですか……八歩のビスケットと交換してもらうかな」

 名前を呼ばれたアラスカンマラミュートが伏せていた顔を上げて井上を見る。

「じゃあ、俺は二歩と交渉しよう」

 榊の声に反応したのはシベリアンハスキーだった。野犬同様だった彼等の名前は伊都淵がつけたもので、元々そう呼ばれていたのではないはずだ。それでもすっかりその名前に馴染んで反応してくる。従順で献身的な彼等が〝人類最良の友〟と呼ばれるのがわかる気がしていた。

「よし、出掛けよう。海岸線を進むことになるから犬はパラレルに繋ぎ直すんだ。川の手前は慎重に進むんだぞ」

 扇形に犬を配列する繋ぎ方はファン・タイプとも呼ばれる。速度は落ちるが、氷河やクレバスに数珠繋ぎで落ち込んでしまうのを避けるには適している。橇に乗らない榊か井上のどちらかが小走りとなるため、速度を優先する必要はない。氷塊が多く進路が狭い場合にのみタンデムに繋ぎ変えていた。

「了解です」

 たった十分の休息だが、彼等の表情に覇気が戻っていた。吹雪の止んだ空には輪郭のはっきりしない太陽が顔をのぞかせている。ハーネスを繋ぎながら犬達の足を調べる所作も、繰り返す毎に手馴れてきていた。

「ハイクッ!」

 井上の号令で橇は走り出した。


「この先50メートル程で運河のあった場所になる。速度を落として左旋回だ」

 ホログラムマップに映し出される地形を見て、雄一郎は注意を与えた。

「了解っ、ハーッ!」

 マッシャー(橇の操縦士)は榊に代わっていた。数十メートル先に見える大きな氷塊が障害物となっており、海岸側へ迂回する危険を避ける。速度はトロットまで落していた。

 何故こんなところに? 雄一郎の疑問は氷塊をグルリと囲むホモローチの死骸に向けられる。お馴染みとなった頭部が破裂したものだけでなく、腹部を撃ち抜かれたようなもの、腕を切り落とされたものもあった。目の端に何かの動きを捉えた。

「待てっ、止まれっ!」

 雄一郎が声を上げたのに続き、扇の右端に居た八歩が吼える。

「何か見つけたんですか? もしかして生存者ですか?」

「まだわからない、だが見てみろ」

 雄一郎の指差す先に目を凝らすと、粉塵でグレイになった氷塊の奥の層に赤い煌めきが見える。あっ、と井上は小さく声を洩らした。

 先入観から地下への通路ばかり探していたことが愚かしく思えた。あいつなら今までの行程で何かを発見していたのかも知れないな。雄一郎は農園で暮らしていた頃から常識人ではとても思いつかない柔軟な発想を見せる丈を羨ましく思っていた。

「これは自然に固まったものじゃない。あそこで光っているのはバイオ流体緩衝材だ」

 衝撃波で亀裂の生じたコンクリートからにじみ出たそれが氷の一部を赤く染め上げていた。橇を降りてきた榊も二人に肩を並べてくる。

「すると、ここは……」

 榊が手を置こうとした氷壁がスルスルと奥に開いて行く。ここが入り口だったのか――三人は息を呑んで次なる展開を待った。半分程開いた扉からぐいっと突き出された物の正体がわかると雄一郎は腰に差したクロスボウに手を伸ばす。黒光りする銃身は三人を舐めまわした後、一番体格のいい榊に固定された。

「誰だ、お前等は」

 幾重にも顔を覆う布の奥からくぐもった声が発せられた。

「待ってください。我々は怪しい者ではありません。生存者を探してトコログリアや防災グッズを届けるのが目的なんです」

 雄一郎がそう言うと銃身は彼に向く。目深に被った帽子と布から覗く目に警戒の色は消えない。男の指はトリガーにかかっている。まずいな、このまま発泡されると誰かに当たってしまう。後ろ手に回した手を戻すと、本来のオーソドックススタイル――スピードに勝る左手を前に――足を踏み変え、マスクとゴーグルを外した。

「お前、どこかで見た顔……あっ!」

 暫くあって男が銃身を下ろす。

「鈴木雄一郎かっ!」

「そうですけど……あなたは?」

 男は手間取りながら幾重にも巻かれた布を外し出す。まどろっこしくなったのか、銃を扉にもたせかけ両手で乱暴に引き剥がして行く。

「俺だよ、足立だ」

 ようやく布を取り去ると帽子を脱いで全身を扉からぬうと出してくる。眉も髪もかなり白くなってしまった男の顔があらわれる。記憶の引き出しを探っていた雄一郎の顔が懐かしさに綻んだ。

「足立さんでしたか。ご無事だったんですね。何よりです」

 ボクシングの師である鍛冶が現役時代に所属していたジム、そして赤字のジム運営のため経営する自動車の整備工場の売上げを注ぎ込んでいた足立忍、その人であった。七十代も後半に入っていたはずだが身のこなしに老人を感じさせるものはない。高校時代に関東のジムにスカウトされた雄一郎の試合を何度か観戦にもきてくれており、その際、鍛冶に紹介されて親交のあった足立との再会は六年振りのことだった。

「カジの奴が災害の備えをしろとうるさく言ってきてくれたお陰だよ。この建物――今は氷に覆われてしまっているが、これを立てておいたから生き延びることが出来たようなもんだ。カジはどうしているんだ? おっと、世界チャンピオンをこんな所に立たせておく訳にもいかんな。懐かしさのあまりすっかり昔に戻ったようなつもりでいたらしい。儂としたことが――銃を突きつけたことも謝らないとな。入ってくれ、そっちの二人も」

 灯りもなく、目が慣れるまで少々時間はかかったが、高さ3mに満たない半球型の建物は打ちっぱなしのコンクリートにバイオ流体緩衝材を流し込んだものだった。直径8mほどのそれの内側はかまくらの様な形をしていたが幾度も氷が積み重なって行くうちに倒壊したビルが固められたようなカモフラージュが成されていた。上手く衝撃波は逃れたが、全ての備えが万全ではなかったようで7~8名の生存者が体を寄せ合って冷たいコンクリートの床に板切れを敷いて座っていた。彼等の瞳に精気が感じられないのは、屋内の暗さのせいばかりではないだろう。

 防災グッズのバッグをひとつ開けてろうそくを灯すと数名が雄一郎達の周りにやってきた。訊ねられるままに地球の状況、ホモローチの正体についての意見を述べる。生存者の見込みや日本の置かれた状況の説明が彼等に与えた衝撃は大きく、国の再建に力を合わせて頑張ろうといった言葉も、彼等に希望を与えるまでの効果はない。

「あれが来た時、うちは業務時間だった。工場に居た笑い連中は機材や車の下敷きになったり、建物ごと吹き飛ばされたりして行方がわからない。ジムも見に行ったが跡形もなかったよ」

 工場の事務職だった人々だろう。初老の男性二人は怪我を負っており、それ以外は女性ばかり。さもなければ高齢である足立が銃を構えて外に出てくることなどなかったはずだ。

「知り合いにトコログリアや災害の件も知らせたが、都会の人間は疑り深くってな。もう鍛冶のことを覚えている人も少なくなった。あの時、儂がもう少し強く言い聞かせておれば、これっぽっちの人間しか生き残れない状況にはならなかったろうに。尤も、その気になった連中が居たとしてもあの赤いのは品薄だったようで、儂もカジが届けてくれた胚を知り合いの工務店に培養してもらって間に合わせたからこうしていられる。あいつにはどれだけ感謝してもし切れんよ」

 しみじみと語る足立だった。しかしバイオ流体緩衝材はシェルター建造の図面があれば無償で送り出していたはずだった。高速道路や新幹線の架橋工事も終わっており大量に必要とする工事の報道などなかった気がする。ではあれは一体どこへ出荷されていたのだろう? 専用容器に詰められ毎日大型のトラックで運び出されて行くのを目にしていた雄一郎に、バイオ流体緩衝材の行方が大きな疑問として残った。

「ホモローチの射殺体がありました。足立会長が撃たれたんですか?」

 矍鑠たる振る舞いを見せる足立が銃を杖代わりにしているのが不安で訊ねてみる。暴発でも起こせば病院のないこの世界では命取りになる。

「これか? 安心してくれ、弾は入ってない。あの化物どもを撃ったのはそこの御人だよ」

 床に横たわったひとりを足立は指差した。

「ポン刀とこの猟銃片手にバケモノをなぎ倒しながらここまでたどり着いたようだが怪我をしている。医者に診せてやろうにも、その医者がどこにいるのかもわからん」

「そうでしたか」

 毛布を鼻辺りまで掛けられた男の顔はさほど若くも見えない。どこからやってきたのかはともかく、丈の様にホモローチを追い払う術もない普通の人間がやろうとして出来ることではない。時折、苦痛に顔を歪める男の顔は中南米のボクサーに多くみられた〝修羅場に慣れた〟雰囲気があった。

「社長、私も……」

 目だけは露出しているが布をブルカの様に巻いた女性が足立に声をかける。恥ずかしげに目を伏せる様子から、用足しなのだろうと察して雄一郎は気づかないふりをした。

「ああ、気をつけてな。こんな世界だ、恥ずかしいより生き延びることが大切なんだ。あまり遠くに行くんじゃないぞ」

「……はい」

 ここに気づくことになったのも別の誰かが用足しのために外に出ていたところを雄一郎と八歩が目にとめたのだった。まともな男手もなく、誠のように何でも作ってしまう人間が居なければ当たり前の日常さえ滞ることになる。《生存者を見つけてドームの建造を》それがどれほど難しいことなのかを痛感する雄一郎だった。


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