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人間重機

15 人間重機


「決して荒唐無稽な話ではないと思うんだが、どうだろう」

 話し終えた僕の後を引き取って真柴さんが言った。

「でも、本当に東北のカリスマがそう言ったのかなあ。その中ノ原市のドームだって実際に見た訳じゃないんだろう? だいたい南極に引っ越すほど地軸がずれて、これで済むものかねえ」

 手を挙げて発言した男性は見たところ僕と同年輩だった。やはり僕や原田兄弟の外見は頼りなく感じられ反感も買うようだ。ムッとした顔で身を乗り出そうとする風真を押しとどめる。頭のいい人間によくある間違いだ。自分が受け入れ難い現実は信じようとしない。

「どうでしょう、未だかつてこんな規模で地軸がずれた試しはないんです。おそらくあなたの言う疑問は自分自身の常識に照らし合わせて生み出されたものでしょう。ですが現実はこうなっている。1プラス1が2であるといった常識は捨て去るべきではないでしょうか。衝撃波が襲った直後、僕はオーロラも見ました。あなたに納得のゆく説明をしていただけるなら東北のカリスマに進言してみますが」

 自説はないが、とりあえず反対しておけといったところだったのだろう。言い負かすつもりなどなかったが、若い男は気まずそうに押し黙った。この世界に野党の役割など要らない

「ドームと培養槽の設計図はしっかりしたものだったわ。彼の言う通り、いつまでも地下で暮らしている訳には行かないでしょう」

 小柄で瞳の大きな女性が発言する。真柴さんは、他に意見はないかといった様子で会議の参加者を見回した。お年寄りの姿はないが二十一名がこの会議室に揃っている。つまりは住民全員が参加していることになる。

「イグルーの巨大版だと考えて下さい。材料は氷とバイオ流体緩衝材のみ。中ノ原市のドームはそうやって立てました。チェーンソーでもあれば氷の切断は容易になります。幸い、座標がどうなろうとここは日本です。氷を掘り返せば大抵の物は見つかります」

「建設機械もなしで出来るものなんですか? その氷のドームというのは」

 片方のレンズにヒビの入った眼鏡の男性が言った。僕は真柴さんに訊ねる。

「真柴さんが被災した時に居られた建機リースの会社は近くなんですか?」

「2kmくらいかな、どうしてそんなことを?」

「ドームの高さはせいぜい16m程度です。手作業でも不可能ではありませんが、油圧ショベルかホイールローダでもあれば作業の効率は上がります。中ノ原市でもそうしていました」

 それは真柴さんに答えたつもりだったが、集まった人々にも聞こえてしまったようだ。最前列に座った男性が挙手もせずに皮肉っぽく言った。

「燃料はどうするんだよ、ガソリンスタンドは営業してないんだぜ」

 まばらな無精髭を生やした三十歳には届いてないだろうその男性もドーム建造に反対のようだ。積極的なのは真柴さんと先ほどの女性と湖跡で逢った5名。それ以外は反対か、静観しているといった感じだった。反対派の思惑はシェルターで身を縮こめて災禍が去るのを待とうとでもいうのか。行動を起こさねば何も始まらないということが彼等にはわかってなかった。十五年ほど前、何事にも消極的な人々を称して〝草食系〟と呼んでいた。乱暴を承知で言うなら、この世界で真っ先に死んでいったのはそんな人々ではないのだろうか。

「ガソリンスタンド跡からタンクを掘り返します」

 僕としては大真面目に答えたつもりなのだが、聴衆の中から笑いが起こる。「バカバカしい」「重機を動かす燃料がないのにどうやって掘り起こすつもりだ」

 地下タンクが埋められているのはせいぜい5m程度の深さだ。蛮刀で氷とコンクリートを割れば掘り出すことは可能だ。建機屋に砕岩用のアタッチメントがあれば尚良い。現に中ノ原市でもそうやって燃料を調達していたのだ。

「そんな夢みたいなことが出来るなら、俺もドーム建造に賛成するよ。いや、参加させて下さいとお願いしちゃおうかな」

 最初に発言した男性がふざけた調子でそう言うと、まばら髭もヒビ眼鏡も賛同した。真柴さんは困惑するような目で僕を見る。僕は赤壁で十万本の矢をまかなってくる諸葛亮の気分になっていた。ただ残念なことに、対立していた人々に周瑜の才覚はなさそうだった。

「建機屋の場所を教えて下さい。真柴さんはバイオ流体緩衝材の培養を始めていて下さい。シェルター壁面の補強にも使える訳ですし、それに反対する人は居ませんよね?」

 僕は会議室の面々を見回す。「このおおぼら吹きめ」と言った顔が過半数を占めていた。


「大丈夫なん? あんな大見得きっちゃって」

「ボードと重機では比べ物になんないじゃん」

「任せとけって」

 僕と原田兄弟は真柴さんに聞いた重機屋へと向かっていた。二人が心配げな顔で問い掛けてくる。氷のドームに合流してすぐにこの旅に連れ出した彼等は、惜しいかな僕の大活躍を見ていない。雄さんと二人で重機を引きずり上げた現場を見ていれば聞けなかった言葉だ。

「話は変わるけど、これ楽ちんだな」

 二人は僕が引くホバーに乗っかっていた。当初の予定ではボードに修理が必要な海地だけ乗せ、風真は走らせるはずだったのだが「不公平だ」との申し立てにより僕は再び橇犬となっていたのだ。

 800m向こうに転倒して凍りついた重機らしきシルエットを見つけると、僕は速度を上げた。「おおっと……」ホバーに立っていた風真がよろける。


 建機屋の建物はどこまで吹き飛んでしまったのか、油圧ショベルにディーゼル発電機にフォークリフト、後はコンプレッサーだろうか、それらがひと塊になって凍りついていた以外何も見当たらない。

目的のアタッチメントは見つからなかったが硬ければ何でも構わない。蛮刀で氷を割って油圧ショベルからエクステンションを取り外すと、そいつを振りかぶっては地面の氷を割り始める。薪割りの要領だ。呆気にとられる原田兄弟を尻目に、二十分程でコンクリートのドライブウェイが露出した。家屋の解体現場を思い浮かべてもらうといい。エクステンションを振り回しているのがバイオ重機(僕)なだけで、コンクリートなど木っ端微塵に砕けてゆく。一時間程で上部スラブという鉄筋の枠組みが露出していた。ここからはタンクを傷つけないよう、慎重に作業を進めねばならない。前にも言ったが、僕は不器用この上ない。7歳の誕生日に父さんに買ってもらったトランスフォーマーのプラモデルさえまともに組み立てられないほどに。我ながらお恥ずかしい話ではあるが僕には堪え性といったものが全くないようで接着剤を乾かす数秒が待てないのだ。「もう出来たのか?」と覗きにきた父さんは、接着剤だらけ指紋だらけの完成品を見て「まあ人には向き不向きといったものがあるからな」と寂しげな表情を浮かべたものだった。そして父さんも不器用この上ない、そう母さんは言っていた。

 話を戻そう。油圧ショベルの脇で氷漬けになっていた素線の太いワイヤをかけスラブを綱引きの要領で引っ張る。分厚い手袋が引き裂けそうになった瞬間、バリバリという音と共にひん曲がった鉄筋が剥がれてきて僕はもんどりうって後方に倒れ込む。すぐさま起き上がると、みっつ並んだタンクの匂いを嗅いで回る。 これだっ! 軽油のタンクを掴んで引きずり出した。なんと、ここまでの所要時間たったの三時間。ついでに横倒しになったままの油圧ショベルを起こす。原田兄弟の顎は落ちたまま開いた口が閉じられることはなかった。乾いた口の中を何度か唾で湿すと風真が言った。

「タケぼ……丈さん、ひょっとしてガンダム?」

「いいよ、今更〝さん〟なんて言わなくったって」

「良かったあ、俺達、本当は鈴木さんのグループに入った方が安心じゃないかと思ってたんだよ。だってボクシングのチャンピオンだもんな。でも、タケ……坊はプロレスのチャンピオンぐらい力持ちなんだな」

 若者は正直だ。しかし、いくらプロレスラーと言えどもここまでは出来ないだろう。とにもかくにも僕は原田兄弟からいくばくかの尊敬を勝ち取っていた。そして大きな問題に気づく。

「……これ、どうやって運ぶんだ? 転がして行く訳にはいかないよな、中身がこぼれ出ちゃうもん」

「バケットに積めばいいだろう。燃料だって空っケツってこともないだろうさ」

「動くのか? それ」

 僕は急いで油圧ショベルの操縦席に飛び乗った。シュンシュンシュンカチカチカチ……

 バッテリーが上がっているようだった。最後にカチッと言ったきり鳴りを潜めたセルモーター同様、僕は意気消沈していた。


 バッテリーパックを借りに戻った僕を冷ややかに見ていた人々は、その一時間後、油圧ショベルに軽油タンクを積んで凱旋した僕達に驚愕の視線を送ることとなる。真柴さんですら「どんな魔法を使ったんだい」と訊いてきたほどだった。そして僕は得意気に答えた。

「世の中に魔法などという便利なものはありませんよ」

 アイデア(僕の発案ではなかったが)は実行に移してこそ、評価の対象となる。「出来るもんか」「夢物語だ」と能書きだけ垂れて体を動かさない連中に、人のアイデアをけなす資格などない。僕は身をもってそれを知らしめ、ドーム建造に反対の声を封じ込めたのだった。

「建機屋の跡にはディーゼル発電機とフォークリフトもありました。どなたか一緒に行ってもらえませんか。ついでにホームセンターか電動工具屋のあった場所を教えて下さい。切断工具を探してきます」

「手伝おう、おいっ!」

 真柴さんの声に、全員が支度を始めた。あるはずのない魔法の正体を見極めたかったのだろう


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