私から婚約者も家も奪った義妹を今こそ断罪します〜果たしてどちらが断罪されるのかしらぁ?〜
ようやく、この日が来た。
「リリア・レーヴェン公爵令嬢。貴女がエレノア嬢に行ってきた数々の非道、もはや言い逃れはできない!」
王立学園の卒業記念舞踏会。
煌びやかな大広間の中央で、第三王子ユリウス様の声が響き渡った。
楽団の演奏が止まり、談笑していた貴族たちが一斉にこちらを振り返る。
けれど私は、もう俯かなかった。
ユリウス様に支えられながらもしっかりと顔を上げた。
前を向く権利が私にはあるのだ。
今まで、何度この日を夢見ただろう。
私から何もかも奪ったあの女が、皆の前でその罪を暴かれる日を。
「……何のお話でしょうか、ユリウス様?」
名指しされたリリアは長い金色の睫毛を瞬かせた。
腰まで流れる美しい金色の髪。
白磁のような肌に、春の空を思わせる青い瞳。
愛らしく小首を傾げる仕草まで、いつもと何ひとつ変わらない。
この状況でも、まだ無垢な令嬢を演じるつもりなのだ。
その可憐な外見に、これまでどれだけの人間が騙されてきたことか。
父も。
使用人たちも。
そして、本来なら私の隣に立つはずだった第二王子アレクシス様さえも。
「とぼけるな!」
ユリウス様は私を庇うように一歩前へ出た。
「貴女は本来ならば公爵家次期当主になるべきエレノア嬢を虐げた。彼女から次期当主の座を奪い、使用人たちを唆して孤立させ、さらには婚約者まで奪ったのだ!」
ざわめきが広がる。
私は込み上げてきた涙を堪え、そっと目を伏せた。
ユリウス様の仰ったことに嘘はない。
使用人たちはいつだって私よりもリリアを優先した。
彼女が廊下を歩けば、皆が足を止めて笑顔で頭を下げる。けれど私が呼び止めても急ぎの仕事があると言って立ち去ってしまう。
自室は掃除されずに荒れ果て、食事に冷えたスープが置かれる日もあった。
一度、主人に対する礼儀を教えようとしただけなのに父から厳しく叱責されたこともあった。
『リリアに仕える者へ、二度とあのような真似をするな』
父はそう言った。私の訴えを聞こうともせずに。
きっとリリアが先に都合のよい話を吹き込んでいたのだろう。
私にはわかる。いつだってそう。
父と同じ濃い黒の髪を持つ私よりも、後妻である母と同じ華やかな金髪を持つリリアを父は昔から溺愛していた。
誰が本当の娘なのかなど、見れば分かるはずなのに。
それでも父はリリアを次期当主に指名し、私には分不相応な望みを捨てろと言った。
本当に父はリリアに公爵家当主が務まると思っているのだろうか?
あの子が笑えば誰もが彼女を信奉し、膝をつく。
だけどそれだけで当主ができると?
領地経営の勉強よりも、歴史や法を学ぶことよりも、自分の身を着飾ることだけが生きがいのあの子に?
それだけなら我慢できた。
落ちていく公爵家のことに心を痛めることはあっても、最愛の父が言うのならば……と。
けれどほんの半年前。
私は見てしまったのだ。
私の婚約者であるはずのアレクシス様とリリアが中庭で手を取り合い、口付けをしているところを……!
『リリア!』
カッとなった私は飛び出し、義妹の頬を叩いた。
リリアは衝撃で膝をつき、大げさにも涙を流しながら私をキッと睨んだ。
まるでさも、自分が被害者かのように。
『あなたは……あなたは……!!』
『なんてことを!! リリア! 大丈夫か!?』
どん、と私を突き飛ばしアレクシス様はリリアを抱きかかえる。
『アレクシス様……』
と、リリアがいつものようにふわふわと間延びした甘い声でアレクシス様にすがりついた。
アレクシス様は私を一瞥し、ため息をひとつ吐くとリリアを抱きかかえたまま去って行く。
残されたのはアレクシス様に突き飛ばされて座り込んだままの私だけ。
やってしまった。
でも、でもでも! アレクシス様は私の初恋。
私だってずっと彼のために……!
ああ、私はなんて惨めなんだろう。
いつも思っていた。
いつか絶対に何もかもうまくいくって。
「本当の」お父様なのだからいつか父も私を愛してくれるって。
けれどリリアにはプレゼントを渡し、私には何もくれない父。
いい加減にしなさい、とヒステリックに怒る母だっていつかリリアの愚かさに気づいてくれるって。
けれど母が褒めるのはいつもリリアのことばかり。私のことは見て見ぬ振りをする。
公爵家次期当主の座だって私のものにはならない。
使用人たちからの忠誠も。
私の初恋、私だけの王子様であるはずのアレクシス様の婚約すらも……!
それでも学校に行けば変わると思った。
最初こそ家名を知って声をかけてくれる人もいたけれど、いつしか距離ができる。
『ほらあの……義妹を虐めているっていう……』
『リリア様を怒鳴りつけているのを見たわ……なんて酷い人なのかしら……』
ここでもリリアが悪口を言って回っているのだろう。
現にあの子とアレクシス様が王族や生徒会のメンバーしか入れないカフェエリアで談笑しているのを何度も何度も見かけた。
美しい笑顔。
リリアを見る愛しげな眼差し……
私を見かけると話を止め、アレクシス様はリリアを守るように後ろにやってキッと私を睨む。
生徒会の人も、クラスメイトもそう。
どこにも私の居場所はない。
それでも勉強だけは、と思ってもリリアは教師にまで私の悪評を垂れ流しているみたいで成績すらも落とされた。
何もかも……
何もかも私は、あの子に奪われたのだ。
誰もいない教室の片隅で私はそっと泣いていた。
このまま死んでしまおうか、なんて思っていたあの日。
ユリウス様が私に声をかけてくれたのだ。
そしてリリアは、今も被害者のような顔で私を見ている。
「エレノア嬢は、すべてを私に打ち明けてくれた」
ユリウス様は力強く宣言した。
「私が外国より戻らなければ、彼女は今も一人で苦しみ続けていたことだろう。兄上も公爵も、貴女の甘言に惑わされている。だが、私は騙されない!」
彼だけが、私を信じてくださった。
留学先から帰国されたばかりで公爵家の事情に染まっていなかったからこそ、真実を見抜くことができたのだ。
初めてお会いした日、私の話を時に怒り、時に涙を溜めて聞いてくれたユリウス様は私の黒髪を見て、すぐに仰った。
『君はレーヴェン公爵によく似ている』
その一言を聞いた瞬間、私は救われた気がした。
ようやく、私を見つけてくださる方が現れたのだと。
「今この場で、エレノア嬢に謝罪しろ」
ユリウス様がリリアへ命じる。
「そして、彼女から奪ったものをすべて返すのだ。次期当主の座も、アレクシス兄上との婚約も!」
大広間が静まり返った。
誰もがリリアの返答を待っている。
これほど多くの視線を浴びながら、リリアは取り乱しもしなかった。
ただ困ったように眉尻を下げ、私を見つめる。
「お義姉様」
鈴を転がすような声だった。
私を見下しているくせに、彼女はいつも私をそう呼ぶ。
いつもいつも甘くて、間延びしていて、幼いリリアに似合いの可愛い可愛い声。
「何よ」
「わたくし、以前からお聞きしたいことがございましたの」
リリアは一歩、私たちの方へ近づいた。
その拍子に金色の髪が揺れ、シャンデリアの光を反射する。
いつもなら、その姿を見ただけで胸の奥が焼けるように痛んだ。
けれど今日は違う。
もう彼女の演技に怯える必要はない。
ユリウス様がいる。
皆が見ている。
今こそ真実が明らかになる。
「仰いなさい」
私は背筋を伸ばし、リリアを正面から見据えた。
リリアは不思議そうに瞬きをして、こう尋ねた。
「アレクシス様が、いつお義姉様の婚約者になったのでしょう?」
◇
「アレクシス様が、いつお義姉様の婚約者になったのでしょう?」
お義姉様には申し訳ないが、私としては至極当然の疑問である。
お義姉様ーーーエレノアは、信じられないものを見るように目を見開いている。
「……何を、言っているの?」
お義姉様の声は震えていた。
まさかそれを聞き返されると思っていなかったに違いない。
「ですから……アレクシス様とお義姉様の間に婚約が結ばれていた時期が……」
「しらばっくれないで!」
私が全てを発する前に甲高い声が響いた。
私は思わず肩を揺らす。
やはり、お義姉様は私と話すときだけ、ひどく怒っていらっしゃる。
私の話し方が気に入らないらしい。
私は舌が短いのか滑舌が良くない。
せめて滑舌を良くしようとしっかり話そうとすれば間延びした話し方になってしまうので、媚びているなどと言われてイライラさせてしまうことも多い。
だからできるだけ早口で話そうと心がけていたが、いつからか義姉に近づけば顔を背けられるようになってしまった。
無視されるとさすがに心が痛む、幼い頃は特に。
しかも義姉は揶揄するように私の話し方を真似して繰り返したり、くすくす笑ったりする。
いつしか私は必要以上に義姉に話しかけないようになった。
無視や嘲笑に傷つかなくなっても、気分が悪いから。
まさかお義姉様がそのように受け取っていらしたとは。
「貴女が私から奪ったのでしょう! 公爵家との繋がりを得るために王家は当主となる娘との婚約を望んだと聞いたわ! ならばアレクシス様の婚約者は私よ!」
「……なるほど」
ようやく話が見えてきた。
お義姉様は将来公爵家を継ぐ者が王家と結ばれるのだと考えていらしたのだ。
そういう婚約の契約なのだ、と。
「わたくしとアレクシス様の婚約が決まったのは、わたくしが5歳の頃です」
「え?」
お義姉様の唇がわずかに開く。
けれど声は出なかった。
「婚約の記録は王宮にも残っています。お茶会でアレクシス様が私を気に入ってくださり、王位継承権を破棄して公爵家に入ることを条件にわたくしとアレクシス様は婚約しましたわぁ」
「は? 何を言ってるの? 噂では公爵家の当主と婚約する契約で……」
「何の噂話ですのぉ? 次期当主の座に付随して、婚約者が別の女性へ移るような契約ではございませんのぉ」
「そ、そんなはずはないわ」
「何が、そんなはずはないのでしょう」
「だって! そもそも! そもそも私が姉だから次期当主に……!」
お義姉様はそこで言葉を止めた。
第三王子ユリウス様が、庇うように彼女の前へ出てきたからだ。
「婚約の時期など問題ではない!」
問題だと思う。
けれど口を挟む隙もなくユリウス様は続けた。
「重要なのは貴女が本来エレノア嬢のものであった次期当主の座を奪ったことだ! 公爵家の実子を差し置き、後から入り込んだ者が家を継ぐなど、あってはならない!」
「後から入り込んだ……?」
私は思わず呟いた。
いったい誰のことだろう。
「ユリウス様」
できるだけ失礼にならないよう、私はゆっくりと言葉を選んだ。
「何かぁ重大な誤解をなさっているようです」
「まだ言い逃れをするつもりか!」
「いいえ。確認をしたいだけです。殿下は、どなたがお父様の実子だとお考えなのでしょうか」
「無論、エレノア嬢だ」
殿下は迷いなく答えた。
「彼女はレーヴェン公爵と同じ髪の色を持っている。それに比べ、貴女と夫人は同じ金髪だ。夫人が後妻なことは誰しもが知っている! 平民であった前夫との間にもうけた娘が貴女で、エレノア嬢こそが公爵の実子だ!」
あまりに堂々と言い切られ、私は言葉が出なかった。
周囲から小さなどよめきが起こる。
ユリウス様はそれに気づかず、そのまま続ける。
「平民の血を引きながらも公爵家の次期当主になろうなどと馬鹿げたことを! しかも伝統あるこの学園の生徒会役員、および王族関係者しか使えないカフェエリアで貴女が大きな顔をしてのさばっていたのを私は何度見かけたことか!!」
「…………あなたの兄上のアレクシス様の、婚約者ですので、それにわたくしはぁ……」
「うるさい! 本来ならば成績優秀なエレノア嬢が生徒会役員にならなければおかしい!! それなのに貴女は生徒会役員をたぶらかし、教師をたぶらかし、エレノア嬢のレポートすらも奪い……成績や名誉すらも貶めるとは!!」
「は?」
失礼のないように、と考えていたことが馬鹿馬鹿しくなるほどの内容に私は目眩すら覚えた。
落ち着くために息を吸い込み、ふと周りを見る。
すると生徒会役員のメンバーが怒りに燃えた顔をしてユリウス様を睨みつけていることに気づいた。
当然である。
生徒会役員の面々がいかに誇りを持ち、高潔に業務を全うしているか……
「ユリウス様……!」
ああ、ダメだこのままでは。
生徒会役員の中には平民から特待生になっているものもいる。
第三王子であるユリウス様に反論なんてしてしまったら彼らの将来が……そう考えた私は、言葉を発そうと口を開いた。
義姉が笑っているのが見える。
残酷に。美しく。
ああ、この人は本当に……!
「お義姉様がおバカさんだから生徒会役員になれなかっただけですわぁ」
なんかもう無性に腹が立ってしまい、私はピシャリといってのけてしまった。
生徒会役員が私を見る。
そして小さな声で言った。
「リリア様が怒ってる……」
「やばい、黙っとこう……」
さすが。よく私のことを知ってる。
なんていったって「ずっと一緒に生徒会役員をしていた」のだから。
お義姉様が私を苦手としている原因のひとつは多分これにもある。
こう見えて私はきっちり言い返すタイプなのだ。
見た目的にか弱いと思われているが、実際はそんなことは全くない。
「お、おバカさん……?」
ユリウス様も私が反論などせず、男に泣きつくタイプだとでも思っていたのだろう。
ぱちぱちとまばたきをして私を見る。
「ええ。おバカさんですわぁ。義姉は見るからに美しく、キリリとしていて、頭が良さそうな雰囲気をしておりますでしょう? けれど500点満点のテストで250点以上取ったことがありませんわ。ちなみにわたくしの年間の平均点は490点ですがぁ」
「よ、よんひゃく……?」
「1、2年の時はわたくしのレポートを『参考にしたい』と仰られるのでお貸ししておりましたら自分に譲られたと解釈し、そのまま提出されておりましたので成績は良かったですわねぇ。確かに。けれどもテストの点数がこんなにも悪いお義姉様がこんなにも良いレポートを書けるわけがない、と教師陣から不正を疑われて大騒動となったこともございますわぁ」
「ふ、ふせい?」
「あ、あとちなみにわたくし、生徒会『会長』でございますわぁ。この卒業舞踏会の前にもご挨拶させていただきましたが無視しておられましたもんねぇ、ユリウス様はぁ。ていうかぁ、先ほどわたくしが卒業生総代として挨拶しましたし。聞いておられませんでしたかぁ? ああ、舟を漕いでおられましたものねぇ」
「い、いやそれはまだ時差ボケが……」
「あらぁ。2か月前に留学先から帰国なされたと聞いておりますがまだ時差ボケがございますのぉ。そうですかぁ。よろしいですわねぇ。ええ、ということで、つまりわたくし、完全無欠ド正当な理由でカフェエリアを使用できる生徒会役員でございますのぉ。なんと1年から」
「あ、ああ……そ、そうだったのか」
「そもそも先ほど申し上げました通り、わたくしはアレクシス様の婚約者ですので。使えますけど。全然。完全に使えますけど。幼い頃に貴族の子女の顔を殴って怪我を負わせ、海外に留学していらっしゃったユリウス様はご存知ないのかもしれませんねぇ。やだぁ。これっていっちゃいけないことでしたかぁ? ごめんあそばせ〜」
目を白黒させたユリウス様がみるみる小さくなっていく。
「それは」「あの」「その」などと言っているが、それ以上の言葉にはなっていない。
その横でお義姉様は顔を真っ赤にして私を睨みつけている。
「そして、わたくしこそがレーヴェン公爵家の正統な後継者ですわぁ。実子ですのでぇ。お義姉様は、わたくしたちが8歳の頃に『お義母様』とともに公爵家へいらしたのですわぁ」
最初に顔を合わせた日を今でも覚えている。
黒く美しい髪を持つお義姉様は、絵物語に登場する夜の女神のようだった。
同い年ではあるものの、私より少しだけ誕生日が早い彼女は私の義姉となった。
姉ができたと私は嬉しかった。
けれど、お義姉様は私の差し出した手を取ってはくださらなかった。
『馴れ馴れしく触らないで』
初めてかけられた言葉が、それだった。
私はお義姉様が新しい家に慣れず、戸惑っていらっしゃるのだと思っていた。
だから時間をかければ、いつか仲良くなれると信じていた。
「じ、実子? あ、貴女が? しかし……髪の色が……」
貴族名鑑を一度でも開いたことがある者なら誰が公爵家の直系かなんて知っているはずだ。
けれどユリウス様は長く国外にいらした。
レーヴェン公爵家の詳しい事情を知らず、お義姉様から聞いた話と、私たちの髪色だけで判断なさったのだろう。
「リリア!」
大広間の入口から低い声が響いた。
人垣が割れ、その向こうから二人の男性が歩いてくる。
一人は黒髪の男性。私の父であるレーヴェン公爵「当主代理」。
そしてもう一人は、私の婚約者である第二王子アレクシス様だった。
「あ、兄上……」
ユリウス様の顔がさらに青ざめる。
アレクシス様は弟君には目もくれず、真っ直ぐ私のもとへ歩み寄った。
「遅くなってすまない、リリア」
「いいえ。王城で会議があったのでしょう?」
「ああ。まさか、卒業記念の舞踏会でこのような騒ぎを起こす者がいるとは思わなかった」
冷ややかな視線を向けられ、ユリウス様が一歩後ずさった。
「兄上は騙されているのです! 本来の婚約者は……」
「本来の婚約者? 婚約契約を結んだ席には、国王陛下も王妃陛下も先代レーヴェン公爵も同席している。エレノア嬢の名は契約書のどこにも存在しない」
「ですが、か、彼女こそが公爵家の実子でーーー」
まだいってんのかこの第三王子。
私が呆れ果てていると、父がピシャリと言ってくれる。
「それも違う」
父は私たちの前まで来ると、深く息を吐いた。
「リリアは私と亡き前妻クラリスとの間に生まれた一人娘だ。エレノアは後妻マリアンヌが前夫との間にもうけた娘。私とは血が繋がっていない」
「嘘……」
声を漏らしたのは、お義姉様だった。
お義姉様はユリウス様ではなく、父を見ていた。
その顔からは、先ほどまでの勝ち誇った表情が消えている。
「嘘よ。だって私は、お父様と同じ髪を……ほ、本当の、本当のお父様は……」
「髪の色だけで親子が決まるものではない」
「でも、リリアはお母様と同じ金髪ではありませんか!!!」
「クラリスも金髪だった。というより我が公爵家は代々金髪の家系だ。入婿である私が黒髪なのだ」
父の声がわずかに震えた。
亡くなったお母様の話をするとき、父はいつも少しだけ苦しそうな顔をする。
「リリアの髪は公爵家直系である母親譲りだ」
そう。だからこそ父は公爵ではない。あくまでも「当主代理」なのだ。
「では、お、お母様の金の髪は……?」
その問いに答えるように、大広間の奥から一人の女性が進み出た。
黄金色の髪を美しく結い上げた、私たちの母ーーーマリアンヌ夫人だった。
お義母様は青ざめた顔で、お義姉様を見つめている。
「エレノア」
「お母様……」
「わたくしの髪は、生まれつきではないの」
お義母様は震える手で、髪に触れた。
「旦那様が、亡き奥様の金色の髪をとても愛していたと知って……少しでも好みに近づきたくて、染め始めたのよ」
お義姉様の顔から血の気が引いていく。
お義母様は屋敷へいらした頃から欠かさず髪を染めていた。
根元に本来の黒が見えれば、すぐに侍女へ染め直すよう命じていた。
私は知っている。
お義母様が髪を染め続けている理由は、お父様の好みに近づくためだけではない。
家族の中で、私だけが金髪にならないように。
亡き母に似た私が、肩身の狭い思いをしないように。
黒髪を金色に染め続けることは髪や頭皮に大きな負担をかける。
それでもお義母様は実子ではない私を、お義姉様と分け隔てなく愛してくださっていた。
「エレノア、確かに貴女の実のお父様は貴女が物心つく前に亡くなってしまっていたけれど……それでもまさか、まさか公爵様を本当のお父様だと思い込んでいるなんて……」
「そんな……だって、だってお母様はいっていたじゃない! 結婚する前から公爵様がずっと好きだったって! お慕いしていたって! だから私の本当のお父様は……!」
「エレノア! 何度も言っているけどクラリス様……奥様の侍女だった私が勝手に公爵様をお慕いしていただけなのよ。どうしてわかってくれないの?」
「だって、だって私とお父様は髪の色、髪の色が……」
お義姉様は何度も首を横に振った。
お義母様は泣きながら崩れ落ちてしまう。
「では…………ではそう! 使用人たちはどうなの!?」
お義姉様が、縋るように私を見た。
「皆、私を無視した。私の言うことを聞かず、貴女ばかりを優先した。貴女が命じたのでしょう?」
「命じておりません」
「なら、なぜ!! 私だって公爵家の娘よ!!」
「お義姉様が、侍女の頬を打ったからです」
お義姉様の呼吸が止まった。
「あれは…………私を無視したから……」
「彼女は、お父様から頼まれた書状を届ける途中でした。急ぎのため、後ほど伺うと申し上げたはずです」
「でもあの女は私を馬鹿にした目で見たわ」
「お義姉様に叩かれた後ですから視線が変わるのも致し方ありません」
「料理が遅れたこともあった! 冷たいスープを出されたわ!!」
「何度も説明しておりますが、あれは初めから冷やしてお出しする冷製スープですのよ」
「そんなスープがあるわけないじゃない!! スープは温かいものよ!!! 私を馬鹿にして!! みんなみんなそう!! 私を馬鹿にして嘘ばかり言わないで!!」
ユリウス様は理解できないというように首を振りながら、それでも無意識に一歩、お義姉様から距離を取った。
「私の部屋だけ掃除がされなかった!」
「掃除に入った侍女を宝石を盗みに来たのだと追い出されましたので」
「荒れ果てているのになんで!」
「掃除しても掃除してもお義姉様が癇癪を起こして物を投げつけるからですわぁ」
一つ答えるたびに、お義姉様の顔が歪んでいく。
ただ、尋ねられたことに答えているだけなのに。
けれど、そのたびにお義姉様が信じていたものが崩れていく。
ここまで一つ残らず、御自分に都合のよい意味へ置き換えていたとは思わなかった。
「お父様が私を叱ったのも……」
「リリアに何かを吹き込まれたからではない」
父が静かに答えた。
「お前自身の振る舞いを改めるよう、何度も話したつもりだ」
「違う。私は、あの子に陥れられて……」
「私は一度も、リリアからお前の悪口を聞いたことはない」
父の言葉に、お義姉様が私を見た。
憎悪でも怒りでもない。
初めて見る、迷子のような目だった。
「でもお父様はいつだってあの子にはプレゼントを買って私には……」
「プレゼント? 本のことか? エレノアにも聞いたが本なんて興味ない、といっていたではないか」
お義姉様はその場でぺたんと座り込む。
「……そんな…………どうして」
掠れた声だった。
「どうして、何も言わなかったのよ」
震えながら、義姉は私を睨みつけた。
「何をでしょうか」
「言ってくれたらよかったじゃない!! いま言ったこと!! 全て!!」
「何度もお話ししようとしました」
私は答えた。
「けれどお義姉様は、わたくしの言葉はすべて嘘だと仰いましたわぁ。お義姉様は、わたくしが何を申し上げても信じてくださいませんでした」
「だって……貴女は、私から全部奪った女だから……」
「どうしてそう、信じていらしたのですか?」
お義姉様は答えなかった。
誰かに助けを求めようとするかのように視線は宙をさまよい、やがて力なく床へ落ちる。
お義姉様はようやく気づいたのだろう。
私から奪われたものなど、最初から一つもなかったことに。
自分が信じていた物語には、悪役も、奪われた婚約者も、乗っ取られた家も存在しなかったことに。
「お義姉様」
私が呼びかけると、お義姉様の肩が震えた。
「……その呼び方をしないで」
「では、エレノア様」
「違う!」
お義姉様は耳を塞ぎ、その場に崩れ落ちた。
「私は間違っていない。間違っているのは、貴女よ。貴女が皆を騙しているの。そうでなければ……」
涙が頬を伝う。
「そうでなければ、私は今まで、いったい何を憎んでいたのよ」
誰も答えられなかった。
私にも答えは分からない。
お義姉様が見聞きした出来事のすべてが嘘だったわけではない。
使用人が呼びかけに応じなかったことも。
冷たいスープが運ばれたことも。
お父様に叱られ、アレクシス様に拒絶されたことも。
それらの出来事は本当にあった。
ただし、お義姉様がそれらを繋ぎ合わせて作り上げた物語は真実ではなかった。
私が父へ笑いかければ、媚びているように。
使用人が私へ頭を下げれば、自分は無視されたのだと。
婚約者が私の隣に立てば、奪われたように。
成績が悪ければ、私のせいで成績が悪いのだと。
私の成績が良ければ、見た目だけで男に媚びることしか能のない女が、成績まで良いはずがない。だから不正をしているのだ、と。
だからお義姉様は、自分こそが理不尽にすべてを奪われた物語の主人公なのだと、信じ続けていた。
けれどーーー
物語の主人公が、いつも真実を見ているとは限らない。
卒業を祝うためのホールにはいつまでもお義姉様の「なんで?」という声だけが響いていた。
◇
卒業記念舞踏会から3か月が過ぎた。
卒業と成人を機に私は正式にレーヴェン公爵家の当主となった。
ユリウス殿下は、事実確認を怠ったまま王族の権威を用い、公の場で断罪を行った責任を問われ王宮の離宮で謹慎している。
エレノア様には傷つけた使用人たちへの謝罪と賠償を命じた。
父は彼女を公爵家から除籍すべきだと進言してくれたけれど、お義母様は泣きながら頭を下げた。
『この子が現実を受け入れられるまで私がそばにおります』
私はお義母様の願いを受け入れ、2人には王都から離れた公爵家の別邸で暮らすことを許可している。
お義母様から届く報告によるとエレノア様は少しずつ自分の記憶と実際に起きた出来事を照らし合わせ始めているらしい。
そして今日。
初めてエレノア様本人から私宛ての手紙が届いた。
『リリアへ。
私は、貴女に奪われたものをすべて書き出そうとしました。
婚約者。
公爵家。
お父様の愛情。
使用人たちの忠誠。
けれど調べれば調べるほど、それらは一度も私のものではなかったと分かりました。
私から奪われたものは何一つありませんでした。
代わりに私が貴女から奪ったものを見つけました。
貴女が姉を慕ってくれた気持ちと私たちが姉妹として過ごせたはずの時間です。
ごめんなさい。
今の私にはそれしか書けません』
「ようやく少しはご理解なさったのかしらぁ」
手紙を読み終え、私は小さく呟いた。
お義母様の報告通りに少しずつ現実を受け入れ始めているらしい。
それならば今後は使用人たちへ理不尽な振る舞いをすることもないだろう。
私は便箋を一枚取り出し、短い返事を書いた。
『お手紙は拝受いたしました。
ご自分で事実を確かめ理解なさったのであれば何よりです。
今後は、お義母様や周囲の方々の言葉によく耳を傾けてくださいませ』
最後に署名をし封を閉じたところで、執務室の扉が叩かれた。
「リリア、評議会の時間だ」
アレクシス様の声だ。
本日は領地の水路整備について役人たちと話し合う予定になっている。
「今参りますわぁ」
私はエレノア様からの手紙を処理を終えた書類とともに机の引き出しへしまった。
エレノア様にとって、あの日はそれまで信じていた人生のすべてが終わった日だったのだろう。
私にとっては卒業記念舞踏会の進行が少し遅れた日。
そして私がレーヴェン公爵家の正統な後継者であることと、その能力を皆が改めて確認した日。
それ以上でもそれ以下でもなかったのだ。
◇
こういう悪役令嬢?ものを書いてみたかった! ので! 書きました
争いは同じレベルでしか発生しないのだとしたら、そもそもリリアとエレノアは同じレベルでもなかったんですよね
リリアは好きな映画の上司を少しモデルにしております
少しでも楽しかった! と思ってくだされば★を押してくだされば嬉しいです!!!!!!
感想もお待ちしてます!! よろしくお願いします!!




