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私の大切なお嬢様が「お前を愛する事はない」と鉄仮面クソ野郎に言われたので殴ってみた

作者: 華洛
掲載日:2025/12/18


「潤いが欲しい!!」


 私は叫んだ。

 心からの叫びなのに、誰一人として私に意識を向けてくれない。

 この職場……冷たすぎない?


 ――ここは冥界。

 地上の時の流れとは無縁で、永遠の夜が支配する昏い世界。

 生者が最後に辿り着く場所だ。

 私はこの冥界で、日々汗水を流して一生懸命働いている……つもりなのに。


 補佐官の一人が、大きな溜息を吐きながら面倒くさそうに言った。


「分かりました。加湿器を用意しましょう」


「誰も乾燥の話はしてないよッ!」


「……化粧液の方でしたか」


「私の肌はピチピチだよ!」


「それ、死語ですよ」


「いいじゃん。ここは冥界――生きとし生けるものの最終到着点。死語も現役の言葉だよ」


 冥界では魂は乾かないけれど、心は普通に乾く。

 こればかりは、どれほど永い時を過ごしても慣れない。

 やっぱり潤いが……欲しい。

 つまり、(私にとって都合のいいかわいい)女の子を愛でたい。


 決めたからには即実行。

 下手に時間をかけたら、優秀な補佐官たちが確実に邪魔してくる。


「私、地上へ遊びに行くから、後はお願いするね、エンマ君」


「はあっ!!」


 名を呼ばれた青年――エンマ君は、この冥界裁庁で最も堅物な裁定官だ。

 一部の地域で『閻魔大王』と呼ばれる存在は、実は彼のこと。

 真面目で、勤勉で、凡人の百倍くらい働く優秀な部下。

 だから私は安心して続けた。


「大丈夫、大丈夫! エンマ君はとっても優秀だから、私の代わりを百年ぐらい務められるよっ」


「冥王様!!」


 冥王。それが私の役職であり、名前だ。

 本来なら厳粛で恐れられる存在――らしいけど、そんなの性に合わないし、そもそも暇だし。

 エンマ君になら譲ってあげてもいいのに、毎回断られている。ぐすん。


 窓を開け放ち、私は勢いよく昏い空へ飛び出した。

 右手に魔力を溜め、人間界と冥界の境界を殴りつける。

 空がガラスのように罅割れ、一部が砕け散った。

 割れた隙間から、光に満ちた地上へ私は飛び出す。


 ――そこで重要なことを思い出した。

 突発的な行動だったせいで、私、地上のお金……持ってないや。


 しかたない。

 無銭飲食なんてしてバレたら、エンマ君に小姑のように小言を言われること間違いなし。


 ここは、趣味と実益を兼ねた働き口を探そう!!




///お嬢様・視点///




『レミリア様。申し訳ございません。本日で辞めさせていただきます

(――こんな化け物と一緒にいられるか――)』


 数日前、そう言い残して、また使用人が一人去って行った。


 侯爵家令嬢、レミリア・シェルドラ。

 それが私の名前。


 私は生まれた時から、魔法では説明がつかない『異能』を持っていた。

 一つ目は魔眼――他者の思考を読むことすら可能なほど、深く観察できる力。

 二つ目は、ほんの少しだけ未来を視る力。


 そんな力を持つ私を、両親は忌避した。

 シェルドラ侯爵家の別邸へと閉じ込め、表向きの「家族」として扱うこともなかった。


 最低限の親としての義務なのか、始めのうちは十人以上の使用人がいた。

 彼らが私の力を知り、良かれと思って不運な未来を教えてあげると、ひとり、またひとりと辞めていき、残ったのは老齢のマーナひとりだけになってしまった。


 侯爵家の別邸だけあって、それなりに広い。

 一人では……まして高齢の使用人一人では、とても屋敷を回し切れない。


 しかたなく私は、両親に新しい使用人を送ってもらうよう手紙をしたためた。

 数日後、両親から返信が届き、どうやら王城の方から人員を派遣してくれるらしい、と書かれていた。


 そして――手紙が届いた翌日、新しい使用人がやって来た。


 この国では珍しい黒髪黒目。

 それなのに、肌は雪のように白い。


「今日からお仕えすることになりました。メイヤと申します。以後、よろしくお願いします♪」


 魔眼が発動する。

 ――なのに、何一つとして思考を読めない。

 それどころか、無数の眼がメイドの後ろに顕れ、私を観察し始める。


「ダメですよ、お嬢様。初対面の相手に、そんなことをしたら!

 曰く、深淵を覗くときは同じように覗かれていると言います。

 それと同じです。相手を見るということは、見られているということを意識しないといけません!」


 指を立て、まるで教師が生徒に諭すかのようにメイドは言ってきた。

 私は絞り出すように、一言、目の前のメイドに聞いた。


「貴女――何者?」


 一瞬、キョトンとした顔をしたかと思うと、すぐに笑みを浮かべ、メイドは答えた。


「趣味と実益を兼ねて働く――どこにでもいるメイドさんです♪」




 王城から使用人が来て、半年が経った。




「うーん、お嬢様って、清々しいまでの雑魚ですねー」


「…………私、このゲームでは王立学園では無敗だったのよ。貴女が強すぎるのよ」


 シェルドラ侯爵家別邸の中庭の一画、屋根付きのドームの中。

 テーブルの上には、オセロと呼ばれる卓上ゲームがある。

 盤面は8×8の正方形で、白い石一色。


 運要素がなく、完全に戦略と読み合いの勝負。

 だから私は王立学園では無敗だった。

 決して私が弱いわけじゃない。


「それにしても、この世界にもオセロってあるんですねー」


 ……この世界?

 なんだか別世界から来たような物言いよね。


「――王立学園のころ、平民の娘が考案したゲームよ」


「へぇ」


「その娘は、今は牢獄だけどね」


「いや、なんでですか!?」


「卒業式で、公爵令嬢に濡れ衣を着せようとしたの。バカ王子と取り巻きも盛大に乗っかった上に、バカ王子は婚約破棄を言い出したのよ」


「……うわぁ。是非、その場面を実際に見たかったです!」


「公爵令嬢はかなりの切れ者で、全て論破したうえで逆婚約破棄をして、バカ王子の弟と婚約したわ」


「悪役令嬢系ライトノベルじゃあないですか!」


 悪役令嬢系ライトノベル?

 このメイドの言っていることは、たまに理解できないことがある。


 そんな昔話はどうでもいい。

 今はプライドにかけて、このメイドを絶対に負かす。


 再戦を行なおうとしたところで、来客用のベルが鳴り響いた。

 メイドは「ちょっと行って来ますねー」と、まるで瞬間移動のように消え、十分もしないうちに再び現れた。


「お嬢様。王城より速達が来ました」


「……」


 なぜか嫌な予感しかしない。

 メイドから受け取り、封を解いて中身の手紙を読む。


「お嬢様? どうかなさいましたか」


「私の結婚相手が決まったみたい」


 思わず、ため息を吐いてしまう。

 ……貴族である以上、結婚をして子供を作るのは仕方ないのだけど。

 面倒くさい。


 両親は私を愛さなかった。

 使用人は誰も私を愛してくれない

 ……きっとこの婚約者もそうだ。


 それに――卒業式での大騒動で、愛というのは幻想なのだとハッキリと分かった。

 だから、私は期待もしないし、愛を望まない。




///メイド視点///



 王城から婚約の手紙が届いて、一週間が経った。


 王城にある貴賓室で、お嬢様は背筋を伸ばして座っている。

 平静を装っているけれど、心拍は少し早い。

 まあ……緊張するのは仕方ないですね。

 なんといっても、お見合いは人生を左右する最重要イベントですから。


 お嬢様の後ろに立ってしばらくすると、お嬢様のお相手がやって来た。


 ラウール・ディスヴォン公爵。

 通称、鉄仮面。

 全く動じない姿勢と表情から付いた綽名らしい。


 ……なるほど。

 確かに表情筋が仕事をしていない。

 顔立ちは整っているのに、感情という潤いが一切ない。


 魂の温度、低め。

 野心、そこそこ。

 誠実さ、形式的。

 優しさ……うーん、引き出しの奥深くにしまわれてますね、これは。


 鉄仮面公爵は入室すると、お嬢様の前に腰を下ろした。

 挨拶の一つもなく、彼は言った。


「先に言っておく。俺はお前を愛することはない」


 …………。


 …………あー。


 ……何を言っちゃってるんですか、このバカは!


 冥界で、私は数え切れない死者を見てきました。

 その中には、「愛することはない」と嘯いた人もいます。

 ただし――!

 その台詞を言って得をした人は、一人もいませんからねっ。


 お嬢様の表情は変わらなかった。

 でも、心は確かに動いた。

 小さく、鋭く。


 どんなに合理的で、強い子でも――。

 愛を拒絶されれば、心は傷つくのです。


 だから私は。


「はーーーーっ!!!」


 お嬢様が座るソファーを、私の身長よりも高く浮かせる。

 そのまま一歩前に出て、椅子に座る鉄仮面公爵の顔を殴った。


 鉄仮面公爵は面白いように吹き飛び、壁へ激突し、さらに奥へと消えていく。

 付き添いの執事が懐からナイフを抜き、私に襲いかかってきたけれど、

 一睨みすると、そのまま床に伏せました。


「全く! 私のお嬢様に対して、何を言ってるんですかっ」


 粉塵が舞う中、静寂。

 次の瞬間、かすかに震える声が聞こえた。


「……貴女、本当に何者なの……?」


 私は振り返って笑った。

 いつも通りの、メイドの笑顔で。


「お嬢様を愛している、ただのメイドですよ♪」



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