表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

1. 転移と出会い ー その1

「ようやくここまでこぎつけたな......」


 まだ陽が昇りきらない明け方、イツキは額の汗を手でぬぐいながらつぶやいた。

彼が感慨深く見上げる先には、「スキルレンタルショップ ー メギア ー」と記された看板が掲げられている。


「突然この世界にきて、何もわからないところからのスタートだったけど、ついにこの日が来たんだ。

思い返すと、バイト先のビデオ屋で見てたアニメみたいなことが、まさか本当に起こるとは思わんよなぁ。しかも自分の身に......」


 彼が現代日本からこの世界に転移してきたのは、今から1年前。レンタルビデオ屋でのアルバイトの帰り道を歩いている最中、急に気を失い、目が覚めるとそこは既に見知らぬ世界だったのだ。


-------------------------------------------------------------------------------------


「え......なんだこれ」


 夜勤バイトからの帰り道だったことは覚えているが、そこから何が起こったのかは何も思い出せない。

イツキは草むらの上に仰向けで寝転がっている状態で、その目に飛び込んできたのは、普段は街の明かりで見えないはずの満天の星空だった。


「ふむ、目を覚ましたか。 意外と早かったな」


 まだよく状況が呑み込めないまま寝転がりっぱなしのイツキの耳に、聞き覚えのない女性の声が響く。


「うわっ! 」


 慌てて飛び起きたイツキが声の方を向くと、そこにはいかにもといった風な黒いローブを着て、1メートルはあろうかという大きな杖を持つ人物が立っていた。フードを深くかぶっているため顔は見えず、イツキには唇だけが辛うじてみえる程度だ。


「あ、あの、えー、えーっと......」


 何もかもがわからない現状について尋ねたかったが、言いたいことが多すぎて言葉が出てこない。そんなイツキとは裏腹に、ローブの女性は落ち着き払った様子だ。


「これは一応成功といっていいのか? まぁ現にこうして五体満足で意識もはっきりしているようだし、成功といえば成功だろうな。 おい、そこのお前」


「え? お、俺ですか?」


「お前以外に誰がいる? で、今の気分はどうだ? おそらくこの世界で初めて、異世界から召喚された人間なんだぞお前は」


 その言葉の内容はこれまでのイツキの人生からあまりにもかけ離れたもので、彼はしばらくその意味を理解できなかった。しばしの沈黙の後、イツキはようやく口を開く。


「あの、ここどこですか? 俺バイト帰りだったんですけど、もしかして誘拐とか?」


「バイト? なんだそれは。 成功かと思ったが、頭に何かしらの悪影響があったのか? とにかくもう少しお前について調べる必要があるようだ」


 ローブの女性はそうつぶやくと、手にした杖を掲げる。


「スキル、【 テレポーテーション 】!」


 彼女がそう言うと白い光が周囲を包み、次の瞬間先ほどまでの草むらは消え、暗い部屋の中に2人は立っていた。


 またしても理解できない現象に直面したイツキは、目を白黒させている。そんな彼を一瞥した後、彼女が手をあげると部屋のランプに一斉に灯りが付いた。


「まぁ、今は色々とわからんことが多いだろう。 説明してやるから、とりあえずその辺の椅子に座れ」


 促されるままイツキは椅子に座り、部屋を見回す。レンガ造りの部屋で、壁中に本棚が設置され、分厚い本が何冊も詰め込まれている。ところどころほこりが積もっている本もあり、とても清潔とは言い難い環境だ。


(これマジでどうなってんだ...... 本の文字とかも見たことない文字だし、異世界から召喚ってあれ、本当なのか? 状況を説明してくれるってことは、何か危害を加えようってわけでもないのか? とにかく説明を聞くしかないか......)


 イツキが腰かけるのを見ると、ローブの女性も近場の椅子に腰かけ、深くかぶっていたフードを脱いで話し始めた。


「よし、ではお互いに自己紹介といこう。 私はローラン。 この世界でも指折りの、" 非常に優秀な "魔法使いだ。 お前は?............ おい、聞こえているのか?」


 自分を魔法使いと称する目の前の女性の発言とその容姿に面食らって、イツキはしばらく放心していたが、再びの問いにハッとして返答した。


「す、すいません。 えっと、自分は吉良イツキっていいます」


(めちゃくちゃ美人だ.... でも自分を優秀とか魔法使いとか言っちゃうあたり、なんかヤバい人のような気がする....)


「ふむ、先ほどから思ってはいたが、言葉は通じているようだな。 キライツキ...... それが異世界でのお前の名か。確かにこの世界では変わった名前だな」


「あ、あの、言いにくかったらイツキでも......」


「そうか、ではそうしよう。 イツキよ、お前は今の自分の状況をどれくらい理解している?」


「状況ですか? 正直いって全然わかってないです」


「そうか。 いや、そうだろうとも。 単刀直入に言おう。 イツキ、お前は私の召喚魔法の実験に巻き込まれたのだ」


「召喚...魔法の実験...ですか? はぁ......」


「そうだ。 私があそこで発動したのは、実験段階の召喚魔法。 その効果は、" 異世界に存在する物質を召喚する " というものだ」


「な、なるほど......?」


「苦労したんだぞ、この魔法を開発するのは。 だがその甲斐もあって、こうして今お前は私の目の前にいるというわけだ」


 自慢げに話すローランを見つめながら、イツキは少しづつ自分の置かれた状況を理解しつつあった。


(この人が言ってることが本当なら、これはいわゆる異世界転移というやつなのか? でもそんな、アニメやラノベじゃあるまいし......)


「あの、ローランさん。 どうして俺を...... その、し、召喚したんですか?」


「どうしてだと? 別に理由なんてないぞ」


「え?」


「さっきも言っただろう、この魔法はまだ実験段階なんだ。 しかも実際に発動したのは今回が初めて。 人間が召喚されるとは、正直この私も予想外の結果だったんだぞ」


「え!? じゃあこうなったのは、あなたの魔法が偶然、たまたま俺を呼び寄せたからってことですか!? 」


「まぁそういうことだ。 ラッキーだったな、イツキ。 異世界に召喚されるなんて体験、そう簡単にできるもんじゃあない」


「いや、全然ラッキーとは思えないんですが......」


(このローランの口調や、あの外の景色、それにこの部屋に来た時のことといい、これはもう認めるしかないのか? ここは異世界で、俺はこの人の魔法で転移してきた......)


「まぁ、あの、素敵な体験をありがとうございました。 で、良かったらそろそろ元の場所に戻していただけるとありがたいんですが......」


 イツキがおそるおそる肝心なことについて尋ねると、ローランはあっけらかんと答えた。


「ん、無理だな」


「はい?」


「私が開発していたのはあくまで異世界からこちら側に召喚する魔法であって、こちらから異世界に送るという魔法ではない。 よって現時点でお前を送り返すのは不可能だ」


 あっさりと告げられた受け入れがたい事実に、イツキは心臓を握りつぶされたような感覚を覚えた。それと同時に怒り、焦燥、悲哀が入り混じった感覚が一気に押し寄せる。


「いや、不可能だじゃ済みませんよ! 無責任じゃないですか! 実験とか言って勝手に人一人さらってきて、その挙句戻すのは無理だって、酷すぎるでしょ!」


「うむ、それについては私も悪いと思っている。 すまなかった。 まさかいきなり人間が出てくるとは思いもよらなくてな」


「そんな......」


 意外にも素直に謝るローランに対して、イツキはこれ以上怒りをぶつけても仕方ないと感じたが、それが余計に惨めな気持ちを煽ることになった。


「じゃあ俺これからどうしたらいいんですか? どうやって生きてけっていうんですか? この世界のことなんか何もわからないってのに!」


 最初こそ戸惑っていたが、状況を理解しつつある今、イツキは自分は失ったものの大きさを実感し始めていた。家族、友人にはもう会えず、思い描いていた自分の人生が突如として一変したのだ。しかしそんなイツキに向けて、ローランはある提案を持ち掛けた。


「不安な気持ちもわかるが、そう悲観するな。 1つ取引をしないか? 」


「取引?」


「そうだ。 私はこの世界で初の転移者であるお前についてもう少し調べたい。 そしてお前はこの世界で生きていくための知恵を得たい。 どうだ、お互いに助け合えるんじゃないか?」


「俺がその状況に陥ったのは、あなたのせいなんですけどね......」


「そう言うな。 その件についてはもう謝ったじゃないか。 悪いと思ってるからこそ、こんな提案をするんだ。 私から直接教えを受けられるなんて、滅多にない機会だぞ」


「本当ですか? さっき自分で自分のことを "非常に優秀" とか言ってたし、俺の件だって予想外の事態だったとか...... 信じられないですね」


「やかましい。 人の厚意はありがたく受け取るもんだぞ。 特に、他に何も頼れるものがない時はな」


「うーん ......」


(悔しいが、確かにこの人のいう通りだ。 今の俺には何もない。 起こってしまったことが変えられないなら、せめて今やれることをやるしかない......)


「わかりました...... その提案を受けますよ」


「よろしい。 だが私は忙しい身でな。 ここでお前に付き合ってやれるのは少しの間だけだ。 その間にこの世界と、魔法についての知識を与えてやろう。 もちろん、お前についての調査もさせてもらうぞ」


「わ、わかりました」


「では取引成立だな。 なら今日は色々あって疲れているだろうから、もう休め。 さっそく明日から始めるぞ」


 そういうとローランは満足げな顔で部屋を出て行った。1人残されたイツキは言われるがまま椅子の上で目を閉じたが、これからのことを考えてなかなか寝付けないのであった。


「俺、これからどうなるんだろ......」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ