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平凡な俺の異世界転生  作者: 陽気なおじさん
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第一話 平凡な俺の異世界転生


俺は会社へ向かう途中、眠い目をこすりながら電車に乗って、ただただ車窓を眺めていた。


いつもと変わらない駅。

いつもと変わらない景色。

いつもと変わらない毎日である。

乗客の顔ぶれもほとんど変わりはない。


そんな毎日に嫌気がさしていたが、仮に会社をサボって家でダラダラしてみたところで、罪悪感と閉塞感に苛まれ、楽しい1日にならないことは明白である。


今はただ今日を無難にやり過ごし、明日を無事に迎えることだけ考える。


そうこうしている間に会社の最寄り駅に到着する。

ところで俺にはちょっとした特技がある。


それは、ホームに到着してから改札に向かう最中に発揮される。

俺は昔から、人混みをすり抜けるのが誰よりも上手いと自負している。


今日も1番に改札を通ったと思う。




あれ、なんだここ。




改札を抜けると、そこは異世界だった。

見渡す限り一面が田畑で埋め尽くされ、遠くには山が見える。


こうして俺の異世界転生生活が始まったのである。


「異世界転生、されてるじゃん。」


一瞬の戸惑いはあったものの、現実世界に未練はない。

念願の異世界転生に心が躍った。


「ステータスオープン・・・。」

周りに誰もいないが、大きい声でこれを言うことは出来なかった。


異世界転生といえば、お決まりのやつだ。

だが、目前に出てくるはずのメニュー画面なんかはない様子。


「あれ。ス、ステータス・・・ステータスオープン。」

さっきより少し大きい声で唱えた。

だがやはりステータス画面は出てこない。


・・・。


一旦冷静に考えてみよう。

さっきまで俺は会社へ向かっていたんだ。

寝起きにインスタントコーヒーを飲んでタバコを一服、朝食は食べていない。

急いでシャワーを浴びて、スーツに着替えた。

コートを羽織って、カバンを持って靴を履いて家を飛び出したんだ。


・・・。


腹は僅かに空いている。

持ち物はポケットに入ったタバコとライター、あとスマホと財布。

カバンの中には昨日の商談資料と自社の広告用パンフレット。

あとは会社から貸与されたPCが1台入っている。


・・・。


冷静に考えた結果、段々と腹が減ってきた。

俺は覚悟を決めた。




「ステータスオープン!!」




こんなにも大きな声を出したのは何年ぶりだろうか。

少し気持ちがいい。

と同時に、少し目眩がした。


俺は何事もなかったように、目の前の一本道を歩き始めた。


とりあえず考えるのはやめて、ポケットからタバコを出して箱を開けた。

1、2、3・・・13本。


「あと13本しかねぇじゃん。」


ここは恐らく異世界。いや間違いなく異世界だ。

タバコは売っているのか、そもそもタバコはあるのか・・・。


吸い始めた頃の事を思い出して後悔した。


「大丈夫、まだ12本ある。」

そう言ってタバコに火をつけた。


自分に言い聞かせるようにもう一度

「大丈夫。」


深く肺まで煙を入れて、深呼吸をするように煙を吐く。

今まで金欠の時はこう吸ってきた。

この一服だって変わらないんだ・・・と思いたい。




とにかく俺は、両脇が田畑に埋め尽くされた一本道をひたすら歩き続けた。

すると、ようやく道の分岐点へ辿り着いた。

目前には3本の道があり、それぞれの道には看板がある。


右前方の道の看板にはこう書いてある。


【人間のままでいろ】


前方の道の看板にはこう書いてある。


【あらゆる才能を持て】


左前方の道の看板にはこう書いてある。


【新たな姿となれ】


どれかを自由に選択してその道を辿れば良いことはわかる。

ただ俺はこの選択肢を選ぶのに、この場から1時間動けなかった。


なぜなら全ての看板の支柱には


【一度選べば引き返すことは出来ない。覚悟して選べ】


そう書いてあった。


俺は今まで、人生について深く考えることはしてこなかったんだ。

なんとなく平凡に、争いは避けて平和に生きられればそれでいいし、それがいいと思っていた。

だがこの選択肢は間違えてはいけない、そう直感が告げていた。


しかし1時間も考えていると、腹の虫が大きな声で叫んでいる。

朝飯は食っていないし、一本道を1時間くらいは歩いただろうか。


もう限界だった。


結局俺は、欲をかいて真ん中の道を選ぶより、右か左にしようと思った。

そう決めてからの俺は早かった。


財布からコインを1枚出した。

このコインが何のコインなのかは知らない。

昔、俺のばあちゃんに貰った何かのコインである。

ばあちゃんはまだ幼かった俺に〈記念硬貨〉だといい、プレゼントしてくれた。

それ以来、俺はこのコインを後生大事に財布へ入れていた。

俺の大事なお守りである。


表が出たら右、裏が出たら左へ行こう。


・・・。


表が出た。


そそくさと歩き出し、右前方の【人間のままでいろ】の看板を越えた瞬間、視界が一瞬真っ暗になり、最初の改札を抜けた地点に戻っていた。


「嘘やん。」


この世界に来て2本目のタバコに火を付けた。


俺はここが異世界であると勝手に思っていただけで、ここは地獄なんじゃないかと思った。

景色が平和なので、あるいは天国かもしれない。


異世界転生は主人公の死がキッカケとなって転生することが多い。

思い返せば、俺は別に死んだわけでもない。

よくある異世界転生における王道のブラック企業勤めでもない。


ただの、普通の、サラリーマンだった。


よく考えれば、転生されたというより転移だよな。

そんな事を考えていても、何も手掛かりはない。


「とにかく腹が減った。」


もう我慢できないくらいに感じてきた。


「多分ここは地獄なんだろうな。」


一生腹が減ったまま、死ぬ事も出来ずにこの世界を彷徨う。

そう思うと、不思議とどうでも良くなった。


俺はまた、さっきと同じ道を往く。

何も考えないぶん、さっきより足取りは軽い。

残りのタバコも気にせず吸い始めた。


すると先程と同様に3本の道と看板のところに辿り着いた。

そこで看板を見ると、書かれている文言はさっきと違う。


右の看板には


【賢き君へ】


中央の看板には


【勇ましい君へ】


左の看板には


【愚かな君へ】


と書かれていた。

それぞれの看板の支柱には


【一度選べば、引き返すことは出来ない。覚悟して選べ】


と、先程と同様の文言が書かれている。


俺はその中の 愚かな君へ と書かれた看板を見た時に、自分に言われているような錯覚に陥った。


この道だけは選んではいけないような気がしたが、振り返ることはなかった。

左の看板を抜けると、また最初の地点へ戻った。


今度は走った。

何が起きているのかよく分からないが、いつかは終わるだろうと信じたし、何より次の看板が気になって仕方ない。


【人間のままでいろ】


【愚かな君へ】


恐らく俺が選んだ選択肢は間違っているだろう。

そんなことはどうでもいい。

息切れしながら走り続けた。


「運動不足だなぁ」


一言ぽつりとつぶやいたあと、次の看板を見た。

前方には


【愚かな君は、漆黒の龍に乗って進めばいい】


【愚かな君は、純白の鬼に乗って進めばいい】


【愚かな君は、黄金の蛇に乗って進めばいい】


と書かれた看板がある。

後ろを振り返ると


【愚かな君は、純銀の鴉に乗って進めばいい】


【愚かな君は、灰色の骸に乗って進めばいい】


【愚かな君は、何にも乗らずただ進めばいい】


気づけばそこは田畑に囲まれた道ではなく、無機質な部屋だった。

道は六つの扉へと変わり、どの扉を開いて進むかとなっていた。


なぜだか俺はこの扉を選んでいた。

扉を開けるとそこは何もない真っ白な空間だった。


今までと違う状況に戸惑ったが、違う景色に安堵もしていた。


疲れた俺は目を閉じた。

すると、どこからともなく言葉が聞こえた。




愚かな人間の君へ


愚かな人間の君は、新たな才能もなければ、新たな姿も持たない凡人だ


愚かな人間の君は、賢くもなければ勇ましくもないだろう


愚かな人間の君は、何にも乗らず進むのだろう


愚かな人間の君は、最も険しい道を選んだ。




「愚かな人間の君って言いたいだけだろ」

俺はボソッと呟いた。




君らしい返事を聞けて嬉しく思うよ。




「聞こえてるんだね」

少し苦笑いを浮かべながら、久々の会話で頬が引き攣った。




愚かな人間の君はこれから異世界に転生する。

最も険しいその道を選んだ君は私を退屈から救ってくれた。




「退屈が1番辛いよな」

口から本音が飛び出した。




愚かな人間の君よ、本当にありがとう。

眠りから目覚めるとそこは異世界だよ。

君にはこれまでの人生の記憶を持っていく事を許そう。

新たな人生を楽しんでくれよ。

今度は退屈な人生にならないよう、せいぜい無理せず頑張るんだよ。




「ありがとう」

目を瞑っているのに自然と涙が溢れ、自分が柔らかい笑顔になっているのが分かる。




それと、愚かな人間の君へ

異世界へ行ったら今度こそ試してごらん。




「何を?」




ステータスオープン。




「・・・ッ。」

全部見てたのね。

そんな話をしていると徐々に意識が遠のいた。

まるで夢を見ているようだ。

面白い夢だったなぁ。




目が覚めると、そこは異世界だった。


第1話をお読み頂きありがとうございました。

これからも書き進めていこうと思うので、気に入って頂けた方は引き続きよろしくお願い致します。


追伸

ステータスオープンって大きな声で言ってみたことありますか?

僕は一度もありませんが、この作品を描き終えたら言ってみようと思ってます。

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