ノゾえもん、未来を覗く
あたしには秘密がある。
小学生のとき、机の引き出しから突然、未来型アンドロイドが飛び出してきた。
「やあ、シズモちゃん。おれ、ノゾえもん。未来のことで知りたいことがあったら、おれが覗いてきてやるよ」
そいつは邪悪な笑みを浮かべていた。
……『ドラえもん』じゃねーのかよ。
ためしに「じゃあ、明日のテストの問題を覗いてきてよ」と頼んだら、本当に覗いてきた。でもノゾえもんの記憶力はいまいちみたいで、あたしは70点しか取れなかった。
とはいえ、特に害もないので、ノゾえもんは家族の一員として居候することになった。
***
あたしはそこそこの高校に入った。
ノゾえもんのおかげもかなりあったことを告白しておく。
さあ、花の高校生活!
彼氏のひとりくらい作ってもいいんじゃないか?
「あんた、未来が見えるなら、将来イイ男になる奴を教えてよ」
ノゾえもんはしばらく考え、何人かの名前を挙げた。サッカー部のエースとか、生徒会長とか、まあ想定内の連中だった。だがそんな奴らとつきあうなんてムリだ。むこうのほうが願い下げだろう。
「あ、そうだ。どうせなら生涯年収で選ぶってのはどうかな」
「ほう?」ノゾえもんは邪悪な笑みを浮かべ、先をうながした。
「大人になってからめきめき頭角を現してくるタイプっているでしょ? そういうのって、あんがい学生時代は目立たないものじゃない?」
あたしがそういうと、のぞえもんはさっそく机の引き出しに飛び込んで、消えた。
「シズモちゃん、見てきたぞ。学年一位の大物は──千記ちい太だ」
あたしは驚いた。
よりによって、チキチータ?
学年でいちばん、うだつの上がらなそうな男じゃん。
「……いや、ないわ」
そして、あたしは高校時代、誰ともつきあうことなく卒業した。
***
大学を出たあたしは、大手の雑誌社に就職した。
仕事は忙しいけど、充実していた。
漫画雑誌の編集部に回されたあたしは、いくつかの作品をアニメ化までこぎつけた。ノゾえもんの未来視がものをいったことは言うまでもない。
そんなある日、あたしは千記ちい太と再会した。
彼が漫画原稿を持ち込んできたのでわる。
何とも貧乏くさい格好をしている。
聞けば、ずっと無職で、親の金で食っているという。
そんなこと言うなよ、こっちが恥ずかしいわ。
とりあえず原稿を見てみた。が、箸にも棒にもかからない。
適当に励ましの言葉をかけ、お引き取り願ったが、その後もしつこくやってきた。良いコネが見つかったとでも思っているのだろう。
あたしは、マンションに帰ると、ノゾえもんに愚痴った。
「あんたさ、高校のときアイツが生涯年収ナンバーワンって言ったよね? 全然ヒットしそうにないんですけど」
数日後、ノゾえもんは邪悪な笑みを浮かべながら言った。
「もう一度見てきたぞ。やっぱり間違いない。ヤツがいちばんの出世頭だ」
***
それから数年。
千記ちい太はまさかの大ヒット作を生み出した。
アニメ化、映画化、グッズ展開と、次々に成功を収め、気がつけば彼はトップクリエイターの仲間入りを果たしていた。
あたしは彼の担当編集者として、成功を分かち合った。
あたしたちは婚約した。
はじめてマンションにちい太を招待したときのことである。
「ねえ、あなた。紹介したい人……ていうかモノがいるんだけど」
あたしはちい太にノゾえもんを紹介した。
夫は目を丸くし、そして微笑んだ。
「あ、久しぶり、ノゾえもん」
「え?」
「いや、実はね、彼はときどきボクのところに来ては『絶対成功する。がんばれ。いい編集者を紹介してやるから』って励ましてくれてたんだよ」
あたしは息をのんだ。
ノゾえもんをにらむ。
ノゾえもんは、邪悪な笑みを浮かべていた──。
(終わり)