好物
【登場人物紹介】
キャラの名前の後ろの()内は、ゲーム(ワールドクリエイターズ)上でのキャラの名前となります。
・物部 耕作(コウ)
主人公。ものづくりが好きだが、アパート住まいのため最近ではできていない。
幼馴染の武士に誘われてワールドクリエイターズでものづくりを始めることに。
・ライア
ドリアード。コウのペットモンスター。
コウにとても懐いている。人の言葉は喋れない。
・本多 武士(タケル)
コウの小学生時代からの腐れ縁の幼馴染。
ワールドクリエイターズではランカーギルドに所属している。
・???(タイガ)
虎の獣人。ランカーギルド『ビースト・ネスト』のリーダー。
コウの作った椅子がきっかけで知り合う。
・???(アテナ)
服を作るのが趣味。ペットモンスター実装初日にコウと出会う。
特に人型の女の子モンスターの服を作りたい、らしい。
「ふぅ、今日も無事に一日が終わったな」
「コウ、さっきのプレゼン今までとは比べ物にならないぐらいよかったじゃねえか。何かあったのか?」
「ああ、昨日のリアルタイム配信は1万人を超える人に見られてただろ? それに比べたらどうってことないって思えてさ」
そう、元々はプレゼンは苦手だったんだけど、1万人に見られていることに比べれば、多くても10人ぐらいに見られてるプレゼンはどうってことはないって思えるようになった。
更に本番は苦手だったのも、先日の配信でちょっと慣れたのもあり、うまく結果が出せるようになった……のだと思う。
「これ、ワールドクリエイターズ……いや配信もできるVRゲーム全般? の意外な効能……になるんだろうか」
「これもタケシが紹介してくれたおかげだな。……よし、次の給料日、何か奢るよ」
「マジか。……そうだな、今回の給料日は金曜か。花金ってことで、ちょっと商店街の方でもぶらついてみるか?」
「あの辺は飲食店も多いしな。気になったところに入ろうか」
「よし、楽しみにしとくぜコウ」
「ああ、それじゃ今日は買い物をしてから帰ることにするわ」
「おう、オレも食料買っておかないとなあ。ワールドクリエイターズやってると時間忘れるから、すぐに食べられるカップ麺とか菓子パンが必需品だ」
「ああ、確かに俺も最近、気づいたら寝る時間になってたりするから気を付けないとな」
などと談笑しながら、帰宅の準備をするのだった。
**********
「よし、夕食も食べたしログインするか」
俺はVR機器を付けると、ワールドクリエイターズにログインする。
すると、いつもはホームに飛ばされるはずが、今回は何もない空間に飛ばされてしまった。
【INFO:運営からのメッセージがあります。お手数ですがログイン前にメッセージをご確認ください】
う、運営から!? しかも2通もある!?
俺……気づかないうちに何かやっちゃったのか……?
と、恐る恐る1つ目のメッセージを開いてみる。
【お詫び:ペットモンスターに錬金などをさせた場合に手に入るはずの経験値が、まったく得られない不具合が発生しておりました。この不具合に遭遇された方には、個別に補償を送付させて頂きました。なお、現在では不具合は解消されています。】
「ああ、俺のリアルタイム配信で発覚したやつのことか……ということは……」
【不具合に遭遇された方へ:補償として、ペットモンスターに錬金などをさせた時に得られるはずだった経験値を、ペットモンスターに付与させて頂きました。これにより、ログアウト前とレベルが変動していることがありますが、ご了承ください】
なるほど、ライアのレベルが1から上がってるってことか。
それならMPが増えて、ポーションオブドリアードを作れる回数が増えてるかもしれない。
……でも、無理のない程度に作ってもらうことにしよう。ライアが楽しんで作れるのが一番だからな。
「よし、それじゃメッセージの確認は終わったし、ログインしよう」
「きゅーっ♪」
ログインすると、いつも通りライアが飛びついてくる。
俺は頭を撫でてあげながら、ステータスを確認する。
レベルは5まで上がっている。ステータスはMP、生命力、魔力が元々高かったのが、更に強化されている感じだ。
スキルレベルは上がっていなかったが、MPが増えているのでポーションオブドリアードの作成回数は2回ほど増えた。
……そういえば、日光を浴びるとMPが回復する光合成を使えば、更に作成回数が増やせそうだが……。
「作業場は室内だからなあ。それに、どうも窓から差し込む光だと光量が足りないのか回復しないみたいだし……」
それなら、いっそのこと外に作業場を作ってみてもいいかもしれない。
風を感じながら作業するのもいいし……ただ、木材の削りカスが飛んでいかないように注意は必要だけど。
そうなると、柱と屋根を作るための木材と……あっ、基礎ってどうすればいいんだ……?
……家の知識なんてまったくないからなあ……勉強してみるか? そもそもコンクリあるのか?
ま、そこまでしなくても、ただ単に机や道具を外に持ち出してやるのもいいかな。
とりあえず、今度の土日にでも試してみるか。ゲーム内時間は現実世界とリンクしてて今は夜だから、ライアの光合成は意味ないし。
「よし、それじゃあ魔石を食べたら一緒にいろいろ作ろうね」
「きゅーっ」
……そうだ、ライアにいろいろな魔石を食べてもらったけど、どの魔石が反応がよかったか動画で確認しておかないと。
とりあえず、今日の魔石はキラーラビットだ。……なんか油断してると首を刎ねてきそうな物騒な名前なんだけど……。
「きゅーっ♪」
動画を撮りながらライアに食べてみてもらったけど……うーん、スライムの時と同じ反応かな?
ウルフやクロウのは反応が良かったと思うけど……見返してみよう。
俺は今までに撮った動画をチェックしてみた。
スライム、キラーラビットなどは普通の反応。
ウルフ、クロウは食べた後に耳をピコピコ動かしている。
若干の違いかもしれないけど、もしかして好物なのかな。
「ライア、もしかしてこれが好き?」
「きゅっ、きゅーっ♪」
ふむ、この反応を見るに、どうやら好物っぽいな。
じゃあ……。
「それならこれは?」
「きゅー?」
ライアは首を傾げる。
それもそのはず、これはまだ食べさせてないビーというハチのモンスターの魔石だ。
まあ、1回は食べないと好物かどうかは本人も分からないはずだからね。それは俺たちも同じわけで。
それにしても、全部同じような形の魔石なのによく違いが分かるなあ……。石から出てる魔力か何かで判別してるのだろうか?
「なるほど、それなら明日はこれを食べてみようね」
「きゅーっ」
とりあえず、いろいろ試行錯誤しながら、ライアの好きなものを食べさせてあげたいな。
「さ、それじゃ今日も作っていこうか」
「きゅー!」
……こうして、俺たちは今日もものづくりを楽しむのだった。
**********
「久しぶりに商店街に来たけど、あんまり変わってないかな?」
「ま、そんなに短期間でめちゃくちゃ変わってたらそれはそれで怖いけどな」
「それもそうか。……ん? なんだあの人だかり」
「ちょっと行ってみようぜ」
翌日の業後、俺たちは外食をしようと商店街へ来たのだが、30人ぐらいの人だかりができているのを見つけた。
ここまで人気のお店、以前はあったかな……?
「へえ、焼き肉か」
「ちょっとオレ、スマホで調べてみるわ」
「ああ、最近できたお店かな?」
「えーっと……1か月前ぐらいにオープンしたって書いてあるな。店名は……焼肉 大河っていうらしい。……ん? どこかで聞いたような……」
「聞いたことがあるって、チェーン店か?」
「いや、そうじゃないな……うーん……」
「ま、他の店探しながら考えようぜ。そのうち思い出すさ」
「ああ、そうだな……」
その後、俺たちは近くの居酒屋へ足を運んだ。
帰ってからワールドクリエイターズをやるから、居酒屋だけどアルコールは遠慮しておこう。
「……そうだ、思い出した!」
「ん? さっきのお店のことか?」
「ああ、ワールドクリエイターズとコラボしてる店だ。大河って人がやってる牧場の直営店で、ブランド牛をお安く楽しめる店なんだけど……その肉の味をワールドクリエイターズ内で再現してるんだ」
「へえ、そんなこともできるのか」
「で、フリーマーケットとかにいるNPCの商人限定で、少量だけどその肉を売ってることがあるんだよな。売買可能回数はもちろん1で転売はできないようになってる」
「……だから、フリーマーケット開場と同時に人が雪崩れ込んでたのか……」
現実のでっかいイベントや、特売日のデパートみたいな入場競争があったもんな……と、フリーマーケットに参加した時のことを思い出した。
そんな有名店のお肉が食べられるとなったら、競争が起きるのも無理はないか。
まあ、ケガしないようにご安全にして欲しいところだけど……。
それにしても、こういうコラボでお店のアピールができるのも、VRのいいところだな。
「実際に食べたプレイヤーの評価なんかも見られるんだが……軒並み高評価だな。中には現実の店まで足を運んで、常連になった人もいるとか」
「そこまで美味しいのか……今度行ってみたいな」
「そういえばコウは肉も大好物だったな」
「できればワールドクリエイターズでまず食べて確認してみたいけど……そこまで人気だと難しいか」
「まあな。もし複数入手できたら融通するぜ?」
「さっすがー、タケシ様は話が分かるッ!」
「もちろん、対価としてポーションオブドリアードを融通してもらうが」
「ああ、在庫は増え始めてるからいつでも来い」
「いいねえ……おっと、焼き鳥が来たから食おうぜ」
……そんな話をしながら、21時ごろまで飲み食いするのだった。
**********
「ただいまー」
「きゅーっ♪」
俺は帰宅してワールドクリエイターズにログインすると、ライアにビーの魔石を渡す。
そしてライアがそれを取り込むと……。
「きゅー……っ♪」
両手を頬に当て、うっとりとした表情になる。
あれ? こんな反応、今までなかったはず……もしかして大好物ってことか?
それにしても、ちょっとドキッとする表情なんだけど……。っていかんいかん、ライアは家族のような子なんだってば、と自分に言い聞かせる。
……それにしても、動画がそこそこ貯まったなあ。
ちょっとまとめてから本数を減らした方が管理しやすいかな? 課金しないと保存数も10までだし。
そういえば、タイガさんのギルドに動画編集に詳しい人がいるって聞いたけど……よし、ちょっとメッセージを送っておこう。
「それじゃライア、今日もがんばろう」
「きゅーっ!」
・
・
・
【INFO:メッセージが届きました】
椅子を作っていると、もうタイガさんからメッセージが返ってきた。
ええと……『急ぎで編集したい場合は、すぐに連絡させます』か。
よし、『それではよろしくお願いします』……返信、と。
【INFO:フレンド申請があります】
早!?
「ええと……アルテミスさんって言うのか。ギリシア神話から名前をもらったのかな。申請を受諾、と」
そういえば、アテナさんもギリシア神話がもとなのかな。
確かアテナは芸術を司ってるから、服飾をするならちょうどいいかも。
【INFO:ホームへの入場申請があります】
俺は申請を受諾すると、ホームにスレンダーな猫獣人の女性が転送されてくる。
矢筒を背負っているのを見るに、名前通り弓使いのようだ。
「お初にお目にかかります。わたくしはアルテミス、ギルド『ビースト・ネスト』のサブリーダーの一人です。どうぞよろしくお願いいたします」
「俺は……ええと、無所属のコウと申します。こちらはペットモンスターのライアです」
「きゅー」
ライアがアルテミスさんにお辞儀をする。
「ああ……」
「アルテミスさん!?」
すると、突然アルテミスさんがその場に崩れ落ちる。
いったい何が起きたのか分からず、俺はうろたえてしまう。
「す、すみません……実はわたくし、ライアさん推しでして……」
「推し……?」
「ええ、ライアさんの動画を毎日最低5回は拝見しています」
「そんなに」
つまり、崩れ落ちたのは推しに話しかけられたから……か?
どんなガチ勢なんだ。
「……こほん。お恥ずかしいところをお見せしました。それで、リーダー……タイガからお聞きしたところ、動画編集をされたいとのことなのですが……どのような感じで編集を行いますか?」
「ええと……実はライアの好物を探るために食事風景を撮っていたのですが、動画の保存数が限界に近くてですね……食事の動画をまとめて一本にしたいんです」
「分かりました、それでしたら簡単にできますよ。……それにしても、好物ですか。興味深いですね」
「ライアの好物ですか?」
「いえ、確かにそれも気になりますが……ペットモンスターの好物という考え方は聞いたことがありませんので。わたくしのギルドでも、手に入れやすい魔石を与える人ばかりですね」
ん? もしかして、意外と観察してない人が多いのだろうか……?
まあ、俺は時間があるからじっくり見られただけかもしれないな。
「実際にご覧になりますか?」
「ぜひ! ……あ、失礼しました」
アルテミスさんは俺にぶつかるぐらいの勢いで一気に距離を縮める。
推しの動画だからとはいえ、そこまで興味があるのか……。
「それでは順番に動画を流していきますね」
俺は、普通の反応と思われるスライムの魔石、好物の反応と思われるウルフの魔石、大好物の反応と思われるビーの魔石を順番に流した。
「──と、こんな感じなんですが……って、アルテミスさん!?」
俺が振り返ると、アルテミスさんがその場にうつ伏せで倒れていた。
まさか……。
「……申し訳ありません。ライアさんのご主人様でないと見られない貴重な表情を拝見しまして……興奮し過ぎて倒れてしまいました」
アルテミスさんは鼻血を拭いながら立ち上がる。
今の動画でそんな反応になるかなあ!?
「ええと……わたくしもこのような違いがあるのを今知りました。もし、動画として投稿されれば、新しい情報源となり再生数もかなり行くと思われます」
「そうですね、もう少し調査をして、与えられる魔石の種類が尽きたら投稿しようと思っています」
「なるほど、わたくしも楽しみにしております。それで、動画編集の方法なのですが──」
第一印象は大丈夫かなこの人……と言った感じだったのだが。
実際にレクチャーを受けてみると、とても丁寧かつ分かりやすく解説してもらえて、デキる大人の女性という感じだった。
「──これで動画がまとめられて1つになりました。今後の動画も同じようにすれば、動画総数を抑えられます」
「ありがとうございました。それで、これはお礼なのですが……」
俺はアルテミスさんに、さっきライアが作ったばかりのポーションオブドリアードを2つ差し出す。
「よ、よろしいのですか……?」
「はい、アルテミスさんのおかげで編集方法もすぐに理解できましたし……よろしければ、お納めください」
「ありがとうございます……! 家宝にします!」
「そこまで!?」
俺は興奮するアルテミスさんをなだめつつ、また分からないことがあれば教えて欲しいと伝え、アルテミスさんを見送った。
「……なんか、嵐のような人だったなあ……」
「きゅー?」
でも、おかげで動画編集の方法が分かり、ペットモンスターの好物がまだ知られていないことも分かった。
この情報がどんな役に立つかは分からないが、しっかりとまとめて動画をアップしようと思ったのだった。