種
「──ということがあったんです」
「ほう、アルラウネの……しかも、進化したアルラウネの蜜での進化か。それは聞いたことがないのう」
クイーンビーとの一件のあと、俺たちはクイーンドリアードさんの所に遊具の納品に来ていた。
納品の際、クイーンビーの蜜での進化について尋ねたのだけど、クイーンドリアードさんも魔石での進化しか知らないとのことだった。
旅をして回っていたクイーンドリアードさんでも知らないとは、結構レアな進化方法なのかな。
「それにしても気になるのう……」
「クイーンビーの進化ですか?」
「いや、レイの蜜がそれほどまでにおいしいのかと」
「……そっちですか」
確かに俺も進化したレイの蜜を食べて感動したけどさ。
……そして、クイーンドリアードさんはじっとレイの方を見つめる。
「レイ、クイーンドリアードさんに蜜を渡してくれる?」
「るっ」
手持ちのビンはすべてクイーンビーにあげちゃったし、あとはレイの貯めている蜜しかない。
レイは少量の蜜をツタで掬い上げると、クイーンドリアードさんの目の前に持っていく。
「ほう、これがのう……むっ、これは……」
クイーンドリアードさんはツタの蜜を指につけ、ぺろっと舐める。
すると、表情が緩んでいき……。
「確かに……甘すぎず、粘り気も少なくて食べやすく、スッと喉に入っていって……これならいくらでも食べられそうじゃのう」
結構な種類の魔石を食べ歩いたクイーンドリアードさんがそう言うのだ。かなりおいしい部類なのだろう。
「そういえば、モンスターは基本的に魔石が主食ですが、こういうのも食べられるんですね」
「うむ。魔石が一番手軽じゃからのう。人間みたいに手間暇かけて野菜などを育てる意味がないのじゃよ。……じゃが、こういう美味さがあるならいいかもしれんの」
クイーンドリアードさんの価値観が少し変わったようだ。
これなら、人間の食事を食べてもらうというのもいいかもしれない。
「ふぇーっ!」
「るっ!」
俺たちが話をしていると、地下通路からアドヴィス森林のバンシーとアルラウネがやってくる。
久々に会えたので、魔石や遊具を渡してあげると、すごく喜んでくれた。
「そうだ。レイ、バンシーたちにも蜜をあげてくれる?」
「るーっ」
レイはバンシーたちに説明をすると、ツタで2人に蜜を提供する。
2人とも蜜を手に取って舐めると幸せそうな表情になり、レイにもっともっととおねだりしている。
……やっぱり、進化したアルラウネの蜜はおいしいんだな。
「ふぇー」
「ん? どうしたの?」
「ふむ……こやつが言うには、『フルーツプラントにも分けてあげたい』じゃそうな」
「あー、なるほど」
確かにアルラウネの蜜は植物にいいから、フルーツプラントも気に入ってくれるかもしれない。
俺はレイの蜜の残量を確認すると、バンシーに「大丈夫」と伝える。
「それでは行ってきますね」
「うむ……ワシももう少し欲しかったのじゃがのう……」
「それなら、今度1つビンを残しておきますね」
「ほう、それは助かる。……ちゃんと対価は払うから安心せい」
「了解です」
その後、俺たちは地下通路を通ってアドヴィス森林へと向かうことに。
その途中……。
「……ん? なんだろう、この穴……」
道の途中に、更に地下へと続く横穴があった。
それが気になって中を覗き込んだが、かなり深そうな穴で、もしかしたらダンジョンなのかもしれない。
さすがにダンジョンは時間的にも戦力的にも無理なので、今はアドヴィス森林に行くことにしよう。
今度、クイーンドリアードさんに聞いてみようかな……。
「ふぇーっ」
俺たちはアドヴィス森林に到着すると、バンシーの案内でフルーツプラントの所へと向かっていく。
手入れも何もされていない道なのと、バンシーとの身長差もあるのとで、時々顔面に枝をクリーンヒットさせながら進んでいく。ちょっと痛い。
そして、フルーツプラントの所に到着すると、バンシーとアルラウネが事情を説明してくれ、その後レイが地面に蜜を垂らしてフルーツプラントに蜜を与える。
フルーツプラントがそこそこ大きいから蜜が大量に必要なのか、レイの花びらに残っていた蜜を全部あげたようだ。
……と、その時。
フルーツプラントの身体がピカッと光る。……あれ? もしかして、この光は……。
しかし、フルーツプラントの姿は以前と変わらない。進化ではないのだろうか?
俺がそんなことを考えていると、フルーツプラントは以前のようにツタで果物をもぎ取ってくれる。
……そういえばこれ、ステータスアップアイテムだったんだよな。前もらったのも、一部がまだアイテムボックスに入ってるんだけど……。
でも、厚意を無下にはできないし、今回もありがたくもらっておこう。
……って思ってたんだけど。
フルーツプラントは果物を取るわ取るわ。
以前は15個だったのに、今回は30個近く取っている。全部でレベルアップ6回分の効果だぞこれ。
それだけレイの蜜を気に入ってくれたんだろうけど……さすがにもらいすぎな気がする。
またアイテムボックス内に死蔵する羽目になるな……。
「るーっ」
その後、フルーツプラントはツタでレイとお礼の握手を交わした。
俺もウォーターの魔法で水をあげてお別れ……しようとしたところにまたしても果物もぎもぎラッシュである。
あなたにとっては普通の果物かもしれないけど、俺たちには貴重過ぎる品なんですよぉぉぉぉ!!!!! と言おうとしたけど、ぐっと堪えた。褒めて欲しい。よく堪えたぞ俺。
……しかし、ビーに続いてフルーツプラントも進化したアルラウネの蜜で進化するのか……。
この調子だと、トレントの島のトレントたちも進化してたりして……。ははは……。
そういえば、フルーツプラントは進化したけど、姿は変わらなかったなあ。
もしかして、アイテムの効果が変わってたりして。なんちゃってー。
そんな考えで果物のステータスを開いてみた。
【リンゴ:ランクS+、ランダムに選ばれたステータスを2だけ上昇させる(HPまたはMPの場合のみ6)。フルーツプラントが育てたリンゴ。市場に出回ることは極めて稀で、フルーツプラントが気に入った者にしか与えない幻の果物】
……うん、何かの見間違いだろう。
前回は1だったのに2倍になってるなんて冗談はよしこさんだよ。
よーし、ちょっと深呼吸して、更に30秒ほど待ってから再確認だ。
……ヨシ!
【リンゴ:ランクS+、ランダムに選ばれたステータスを2だけ上昇させる(HPまたはMPの場合のみ6)。フルーツプラントが育てたリンゴ。市場に出回ることは極めて稀で、フルーツプラントが気に入った者にしか与えない幻の果物】
2倍になってるー!?
いや、確かにステータスには小数点以下がないからこうするしかないんだろうけど、もっとほら、こう……ゲームバランスとかをさ……ね?
……さすがにこれを全部使ってしまうとゲームバランスが崩壊しかねないので、すべてアイテムボックス行きである。
いずれ、これを使うのが当たり前になる難易度のコンテンツが出てくるのかもしれないけど……今はまだその時じゃない。……はず。
その後、一つ一つ確認しながらアイテムボックスに収納していると、どうやらステータスが2上がるものが確実に生るわけではなく、5個に1個の割合のようだ。もぎ取ってくれた範囲内では、だけど。
それでも充分に強力な効果であることに変わりはないので、このことは公表しないようにしよう……。
**********
「……ん? これは……」
ホームに戻ってアイテムボックス内を整理していると、『謎の種』というアイテムが目に入ってきた。
こんなの持ってたっけ……? と考えていたが、そういえば先日ビーたちに種をもらったんだった。
どんなアイテムなのか実際に見てみようとアイテムボックスから取り出し、ステータスを表示する。
【謎の種:ランク? たくさんの種類の種が入り混じったもの。ランクも種類も様々なので、植えてみないと何が出てくるか分からない。「何が出るかな? 何が出るかな?」と言いながら種を蒔くのもいいんじゃないかな。種を個別に表示せず、まとめて謎の種と表記したのは、分けるのが面倒だからではない。おみくじとか好きでしょ?】
いや、好きだけどさあ! 運営くんさあ!
……まあ、実際に何が出るか分からないのは楽しそうだ。
畑にはまだスペースがあるし、ライアのスキルのおかげで成長も早いし、種も30ぐらいあるしでしばらくは楽しめるかな。
しかし、ビーはなんで種を集めてたんだろう? もしかして、巣の近くに蒔いて、育ったら蜜を採取するつもりだったのかな。
……だとしたら、生えてくるのは花なのだろうか?
それならホームに花畑ができるから、それはそれで癒されそうだ。
アパート住まいだと花を育てる余裕がないからなあ。
「よし、そうと決まれば早速蒔いてみよう」
せっかくなので畑を拡張し、全ての種を蒔いてから今日はログアウトするのだった。
**********
「……おー……綺麗な花が咲いてるなあ」
翌日、ライアのスキルの効果で既に一部の花が咲き誇っていた。
レンゲ、ヒマワリ、ナタネなどなど……季節の違う花が一堂に会するのも、すぐに成長してくれるのもゲームならではだなあ。
蜜が採れる花があるあたり、やっぱりそういう目的で種を集めていたのかな?
……しかし、花がある風景は癒されるなあ……せっかくだからもっと畑を拡張して、本格的に花畑を造ってみようかな?
お金ならウルフレースの収入のおかげでだいぶ余裕があるし……でも、俺が独占するのもちょっともったいない気がする。
それなら、ウルフレースの会場の近くに造ってみようかな? そうすれば皆にも見てもらえるし、観賞会も開けるかも……。
よし、後からギルドメンバーに相談してみよう。
「私はいいと思いますよ! ライアちゃんたちがお花畑でキャッキャウフフしてる光景……いいですよね……」
「おれもいいと思うぜ。ゲーム内だからこそ実現できる組み合わせを考えるのも面白そうだしな」
……などなど、相談した結果は好評でなによりである。
ギルドメンバーの中には現実でガーデニングをしている人もいたため、その人にいろいろ教えてもらいながら実際に花畑を造っていくことに決定した。
エインズの町でもいろいろな花の種を売っているため、これだけでも充分に種類が揃えられそうだ。
売ってない花も集めるとしたら……フィールドワークかな。
現地に生えている花をホームに持ち帰って、畑に植え替えたら成長促進の効果で種を早く収穫できるかもしれない。
……ウルフレースの新コースの作製、的当ての調整、花畑の作製……いろいろとやることはあるけど、どれも完成が楽しみだな。
そう思いながら、俺は町に買い出しに出かけるのだった。




