新しいイベント案
「ふぅ……何もない、って意外と贅沢なんだなあ……」
ウルフレースを運営に移管した翌日、久々に自分の時間を満喫している。
ホームでスコールと一緒に寝転がって日向ぼっこしたり、ライアと一緒にものづくりしたり、レイと一緒に畑の管理をしたり。
イベントで忙殺されていた時と比べて、かなり穏やかな時間が流れている。
「るーっ」
「あ、蜜をくれるの? ありがとう」
俺はレイが掬い取ってくれた蜜を手に取り、それを舐める。
……あれ? 以前よりもおいしくなってる? おいしくなって新登場?
以前よりも甘みが強く感じられるし、のどごしも滑らかだ。
「いったいどうして……あっ、もしかして進化したから……?」
「るー?」
「いや、前よりも蜜がおいしくなってて……ちょっと驚いただけだよ」
「るーっ!」
レイがえっへんと胸を張る。……進化したことで更に大きくなった胸の自己主張が以前より激しい。
さておき、進化によって蜜がおいしくなるとかあるんだなあ。それなら、アルラウネさんの娘さんや、アルラウネさん本人の蜜はとんでもなくおいしいのでは……?
今度会った時にお願いしてみようかな。
「あ、そうだ」
「るー?」
「レイ、このビンに蜜を詰めてくれる? アイテムボックスに入れておけば保存できるから、いつでも楽しめるようになるんだ」
「るー!」
その後、レイはせっせと蜜をビンに詰め始めた。
……結構な量を掬ってるんだけど、まだまだなくならないようだ。大きくなった分、蜜の量も増えたとかだろうか。
ビンに詰めるのは俺が食べたいってのもあるんだけど、キングウルフさんの所にレイを連れて行くと、蜜が欲しいウルフたちにレイが囲まれるからというのもある。
ビンからいつでも提供できるようにしておけば、そういうことも無くなるはず……たぶん。
「るーっ」
「あ、終わったの? ありがとう、レイ」
最終的にレイが蜜を詰めたビンの数は10。結構な量だ。
普段は蜜を溶かした水を畑に撒いているので、全部をビン詰めにしたらもっといくかもしれない。
ただ、アルラウネの蜜は植物に良いと聞いたので、現状維持でいいかな。
「よし、それじゃみんなで遊ぼうか」
「るーっ♪」
その後、俺たちはホームでゆっくりとした時間を過ごすのだった。
**********
「それでは、まずはみなさんにウルフレースの収益を分配しますね」
次の土曜日。
俺たちはティルナノーグに集まり、収益の分配を行っていた。
ウルフレースの収益は毎週土曜日の0時に俺の方に振り込まれるようになっている。
俺たちのギルドは土日の活動率が高いから、運営がそのように調整してくれたようだ。
「え……? こ、こんなにもらえるんですか!?」
アテナさんたちが驚くのも無理はない。今回の収益はなんと……。
「はい、全体的な収益が30万Gだったので、1人あたり25000Gになります」
「ちょっと待てよ。確かうちに入ってくるのは参加費の20%だったよな?」
「そうですね。では少し整理しましょうか」
ウルフレースはもっと参加しやすいようにと、参加費用は1回300Gに値下げされた。ただし、その分報酬は基本的に無しとなっている。
つまり、30万Gの収益がうちに入ってきたのは……。
300G×5000回×20%=30万G。
運営に移管を決定したのが日曜。
それが全プレイヤーに周知されたのが月曜で、運営開始も同日。
で、月曜から金曜までの5日で5000回……1日あたり1000回もレースが行われたのである。
そりゃあ俺たちだけでやってたら疲弊するわけだ……。
「……まさか、こんなに需要があるとはなあ」
「ウルフはペットモンスターにする方法が判明している、数少ないモンスターというのもありますしね」
「確かに。競技人口が多いから収益も多くなるわけか」
「あとは、移管してから新しくレース方法も増えましたしね」
そう、移管してすぐに運営によってレース方法が増えたのだ。
俺たちがやっていた、1コース1プレイヤーで行う『タイムアタック方式』のほかに、1コースで全8プレイヤーが無差別で競う『レース方式』、更にレース方式の中でも実力が同じぐらいのウルフで楽しめる『ランク方式』、ゲーム内のフレンドで集まって楽しむ『フレンド方式』が新設されたのだ。
……こういうのがすぐに作れるあたり、運営の手腕が凄いな……となる。
また、報酬は基本的にはないのだが、タイムアタックの結果によってウルフに特別な称号が付けられるようになった。例えば、規定のタイムよりも早くクリアできれば『音速の』という称号がもらえる。
もしスコールに付けたら、『音速のスコール』と表示されるようになり、これが一種のステータスになるため、何度も挑戦するプレイヤーが後を絶たないとか。
ほかにも、走らずにずっと歩いてコースを終えると『のんびり屋の』という称号がもらえたりするなど、収集欲をくすぐられる作りとなっている。
こういう風に、称号を報酬にできるのは運営の強みだなあ。
……ちなみに、キングウルフさんが称号欲しさに参加して、あまりにも速すぎたせいで『神速の』という称号を作らざるを得なくなったとかなんとか。
ペットモンスター以外も参加できるんだな……。そして、『神速の』称号を手に入れられるウルフは出てくるのだろうか……。
「……とまあ、こんな感じのようです」
「あー、確かに称号は欲しいよなあ。やり込みの証でもあるし」
「今のコース以外のものも造れば、更に称号が増える可能性も……?」
「1コースだけじゃ飽きが来るのも早いだろうしな。どうする? せっかく集まったんだし案を出してみるか?」
「そうですね、それでは少し時間を取りましょう」
・
・
・
その後、話し合いの結果、追加コースの案が決定した。
・直線コース:本当の意味での速さを競うコース
・クランクコース:直角カーブが連続する、緩急の切り替えが必要なテクニカルなコース
・アップダウンコース:坂が多く、体力が必要なコース
これを随時追加していくことにして、本日のギルドミーティングは終了となった。
……コースごとに称号を作ったりしないといけないから、運営にとっては大変かもしれないが……。
とりあえず、こんな案がありますよというメッセージを、運営のウルフレース管理者に送ると速攻で返信がくる。
「ええと……『いつでも追加して頂いて大丈夫です』かあ……」
運営の中の人も乗り気だなあ。
……しかし、こうなってくるとウルフだけこういう特別なものがあるのはずるいって思う人も出てくるかな?
他の子たちにもこういう遊べるものを造ってあげたいものだが……うちの子だとドリアードとアルラウネだから、ウルフみたいに素早く動けるわけではないし……うーむ、難しい。
とりあえずは、目の前のことに集中しよう。そのうち良い案が浮かぶといいのだけど。
**********
「それじゃあ森に入るよ。敵には気を付けてね」
「るーっ」
後日、俺たちは遊具を届けにヴァノリモ大森林に来ていた。
最近はドリアードたちもものづくりに慣れてきて、ブランコやシーソーなどは自分たちで作れるようになっているのだが、俺たちと違って自動作成機能が使えないため、生産速度が圧倒的に違うためである。
また、新しい遊具は俺たちが作って届けて、遊んでもらって反応を見てから作り方を伝えるか決めている。
「……ん? 敵……ビーか?」
「るっ?」
ヴァノリモ大森林に棲むモンスターの一匹、ビーが視界に入ってきたので戦闘態勢を取った……のだが、様子がおかしい。
ずーっと一定の距離を取って、俺たちの方を見ているだけ。襲ってくる気配は全くない。
こんな反応をされたのは初めてである。何かあったのだろうか?
「レイ、少し話をしてみてくれる?」
「るっ。るーっ!」
俺はレイにビーに向かって呼びかけてもらうと、ビーがこちらに向かってくる。
そして、レイの傍にくると、レイと話を始めた。
……モンスター語だから俺には分からないけど、話し合いはできているようだ。
「るー」
話が終わったのか、レイがツタで蜜を掬って俺に見せる。
そして、手で空中にビンの形を描く。
「あ、なるほど。レイの蜜が欲しいのかな?」
「るっ」
俺はアイテムボックスから蜜の入ったビンを取り出した……のだが。
「あ、これって持って帰れるの……?」
「る……」
レイが「あっ」という表情をしている。
確かにビーは現実にいるハチより大きいものの、蜜の入ったビンを持って帰れるほどの力はないはず。
「レイ、良ければ俺が巣まで持っていくって伝えてくれる?」
「るー」
レイは俺の言葉をビーに伝えてくれている。
ビーも状況を理解したのか、一旦俺の方を向き、ゆっくりと森の方へと羽ばたく。
どうやら、俺たちについてきて欲しいようだ。
その後、ビーの後を追いかけていくと、クイーンドリアードたちのいる深層に行くルートとはまた別のルートを案内される。
獣道もなく、手で草をかき分けながらしばらく進んでいくと、突如開けた場所に出る。
そこには洞窟があり、ビーが中へと入っていく。どうやら、洞窟の中に巣を作っているようだ。
……さすがに巣によそ者の俺たちが入るのは憚られるので、外で少し待ってみる。
しばらくすると、ビーが仲間たちを引き連れて洞窟から出てきた。
おそらく、ビンを運ぶために仲間を呼んだのだろう。
俺はビンの蓋を開けて、それを地面に置いて少し離れると、ビーたちは複数人でビンを洞窟の中に持って入っていく。
それを見届けると、俺はアイテムボックスの中にある残りのビンも取り出し、同じようにビーに差し出す。
そして、ビーたちがすべてを巣の中に運び込むと、ビーたちは大きな葉っぱを抱えて巣から出てくる。
それを地面に置くと、俺たちの方を見る。
俺が葉っぱを覗き込むと、葉っぱの上には様々な種が置かれていた。
なるほど、この種を対価としてくれるのかな。
「ありがとう、それじゃ遠慮なく頂いておくよ」
「るーっ」
俺は種をアイテムボックスに収納すると、ビーたちに手を振ってその場を後にするのだった。
**********
「──ということがありまして」
「ふーむ、ビーたちがアルラウネの蜜をのう……たまにここにもアルラウネが遊びにくるが、ビーたちに蜜を要求されたとは聞かぬのう」
「レイが進化したから、というのはあるでしょうか?」
「ふむ、確かにその線はあるのう……まあよい。それで、今回はどんな遊具を持ってきたのじゃ?」
「それは……これですね」
俺はアイテムボックスから的を出す。
それには、ところどころに点数が書かれている。
「うーむ……これはどういうことじゃ?」
「その的に矢を投げて、当てたところの得点で競う遊びです」
「ほうほう、まずはやってみるか」
「それでは、ある程度離れてから的に向かって投げてみてください」
「こうかの……そりゃ!」
俺が地面に的を立てると、クイーンドリアードさんはそれに向かって矢を投げる。
カツン、と音を立てて矢が刺さったところは……。
「5点ですね」
「むむむ……案外難しいのう……」
「そして、更にこんなこともできます」
俺は器具をシーソーに取り付け、その上に的を乗せて固定する。
そしてシーソーを動かすと、それに合わせて的も左右に移動し……。
「なるほど、動く的に向かって投げろということか」
「そうです。これで難易度も更に上がるでしょう?」
「うむ……じゃが、まずは止まっている的を狙うところからじゃな」
「はい。それでもかなり難しいんですけどね……ということで、こちらはいかがでしょうか?」
「面白いと思うぞ。シードバレットの命中率の底上げになると思うし、移動する的というのもいい発想じゃな」
「ありがとうございます。それでは複数個置いていきますね」
……ということで、今回はダーツを作ってクイーンドリアードさんたちに納品したのだった。
そして。
「なるほど、シードバレットか……的を大きくして設置すれば、ドリアードやアルラウネ用のイベントもできるか……?」
というヒントを得ることができた、いい機会になったのだった。




