アルラウネたちの訪島
「へえ、これで島に渡れるのか」
「はい、シルフィーさんに手伝ってもらうことになりますが……」
「おねえさまー、手伝うお礼に蜜ちょうだーい」
「お、いいぜ。好きなだけ飲んでいきな。……って言いたいところだけど、トレントの分は残しておいてくれよな。一日に作れる蜜は限られてるからさ」
「はーい」
俺も何かシルフィーさんにお礼をしたいところだけど……風で楽しむ遊具……うーむ。
小さい車、風車を動力にした何か……メリーゴーランド的な? いや、これは規模が大きすぎて難しいか……?
とりあえずしばらく考えてみよう。
「それではヨットを出しますね」
俺はアイテムボックスからヨットを複数取り出し、海に浮かべる。
そしてアルラウネたちと俺が乗り込み、シルフィーさんに風を送ってもらい、島へと向かうことにする。
「おい、あれ何だ?」
「あ、たらしさんじゃないかあれ。アルラウネたちとどこかに行くのか?」
「逃避行ってやつか? まったくこれだからたらしさんは」
……そりゃあこんな大掛かりなことをティノーク海岸でやってたら人も集まるか。
でも逃避行じゃないからな!?
「……シルフィーさん、お願いできますか?」
「おっけー、かっ飛ばすよー」
「いや、安全運転で…………ぇぇぇぇ……」
声が置いていかれるぐらいにめちゃくちゃ飛ばしてらっしゃる……。
ただ、船体自体は安定しているので、左右からも風を送ってバランスを取ってるのか……?
こういう芸当ができるのは、さすがシルフの上位種と言ったところなんだろうけど。
……アルラウネの人たち、船酔いとか大丈夫かな……。
**********
「……シルフィー、あんたねえ……」
「んー、だって、他の人にジロジロ見られるのなんかやだしー」
「まあ確かにな。……だからと言って加減を考えろ加減を」
「ごめんなさーい。てへぺろー」
いや、それは口で言うものではないような。
正直、俺でもあの速度はちょっとね……何となくジェットコースターを思い出す。
……ああ、そういう方向での遊具もアリと言えばアリか……?
ま、絶叫系はやりたいって人が限られるが……。俺も苦手なんだよなあ。
「とりあえず、少し休んでからトレントの所に向かうか。ほら、シルフィー、今のうちに蜜を食べておきな」
「わー、ありがとうおねーさまー」
「それでは他の皆さんには俺から魔石を……ちなみに、皆さんの好物って分かります?」
「ああ、大丈夫だ。娘は……昔はウルフの魔石が好きだったんだが、今は変わったか?」
「この島にはウルフがいないので食べられてなかったんですけど、もしかしてコウさんは……」
「はい、持ってますよ」
俺がウルフの魔石を取り出すと、アルラウネの子の口元が緩む。
どうやら、好物は変わっていないようだ。
……人間でも年齢によって好物は変わることがあるけど、モンスターでもあるんだなあ。
ちなみに俺は昔、漬物はあんまり好きじゃなかったんだけど、今ではご飯のお供に常備している。
あと、寿司のワサビも今では食べられるようになったな。昔はサビ抜きにしてもらったもんだ、懐かしい……。
などと昔を懐かしみつつ、アルラウネたちに魔石を配布していく。
上位種の人はキラーラビットが好物のようだ。持っておいててよかった魔石の在庫。
「あー、やっぱりコレだなー! あとからコウにも礼を追加しなきゃな」
「いや、これぐらいなら大丈夫ですよ」
「そんなこと言ってると、仕事しても対価をもらえないことが増えるぞ。相手が納得してるならちゃんともらっときな」
「そーそー、ちゃんともらうべきー」
「あ、ありがとうございます」
こうして、しばしの休息をとり、トレントのいる森へと向かうのだった。
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「アンタが娘を保護してくれたトレントの長かい? アタシはアルラウネの長をやっている者だ。幼かった娘を立派に育ててくれて真に感謝する。……そして、今まで娘が世話になった礼をさせて欲しい」
「……それは儂らが勝手にやったことだ。それに、本来なら元の場所へ帰すべきだった。……たとえ、それがあの子を怖がらせることになっても」
「……アンタらも知ってるのか。寿命で死ぬまでは何度でも生き返ることを」
「うむ。……だが、儂らはそれをしなかった。死の前のことは記憶から消えるとはいえ、何も知らない子を恐怖させることを躊躇ってしまったのだ。そのせいで、母親と一緒にいられる時間を奪ってしまった……感謝されることなど何もない」
やっぱりトレントたちは知ってたんだな……。
そして、知ってたとはいえ、やはり戦う意志のない小さい子を手にかけるなんてできなかった……か。
「しかし、そのおかげで娘は貴重な経験を積めた。しかも、進化というおまけ付きのな」
「……それはただの偶然だ。ロックバードがこの島のダンジョンに棲みついていたから、あの子にそれを与えただけに過ぎん。ロックバードの魔石でアルラウネが進化するとは知らなかったのだ」
「偶然だろうがなんだろうが、アタシは感謝してるよ。あの子、アタシらの所に帰ってきてから、トレントのみんなのことばっかり話しててさ。……あの子はそれだけここで幸せに過ごせたってことなのさ」
「……そうか」
しばらく沈黙が続く。
そして、重い口を先に開いたのは……。
「……分かった。お主らの好きなようにしてくれ。そうでなければあの子と共に故郷に帰らないつもりじゃろう?」
「いや、アタシらはしばらく……いや、アンタたちさえよければここに留まりたいと思っている」
「……本気か?」
「アタシが冗談を言うように見えるか?」
「うむ」
「ははっ、手厳しいな。ま、アタシらはあの子が体験したことを自分たちも体験したいってわけだ。そして、礼はアタシらの蜜だ。アルラウネの蜜は植物にとって栄養が豊富だからな、悪くない話だろう?」
「……そうだな。それでは、これからよろしく頼む」
「ああ、こちらこそ」
……こうして、アルラウネたちはトレントの島へと移住することになるのだった。
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「そういえば、ロックバードがこの島のダンジョンに棲みついているとお聞きしましたが……」
「うむ、この島にあるダンジョンの1つにな。気になるのか?」
「はい、アルラウネが進化できる魔石なので、他の人のために少し確保しておきたいと思いまして……」
うちのギルドでは全員がアルラウネをペットにしているため、できれば全員分の魔石を持ち帰りたい。
進化自体はアルラウネさんに会わないといけないのでこの島に来る必要があるのだが……。
「……ふむ。しかし、止めておいた方がいいだろう」
「何か問題があるのですか?」
「そうじゃな。ロックバードはかなり強力なモンスターじゃ。今のお主では返り討ちに会うだろう」
「そ、そこまでですか……トレントさんたちはどうやってそんなモンスターを相手にしているんですか? 特に、トレントさんたちは地属性なので、風属性を持つロックバード相手は不利だと思うのですが……」
ロックバードは風属性と地属性、2つの属性を持つモンスターだ。
そのうち、風属性は地属性に有利で、地属性のトレントさんはロックバードとは相性が悪い。
「儂らは木に擬態をしておるじゃろう?」
「そうですね、俺たちもまったく気づきませんでした」
「若い衆はロックバードが枝にとまった瞬間を狙って一撃で……といったところかのう」
「あー、確かに油断しているところを突けば……なるほど、それは俺には真似できませんね。……ところで若い人たち以外の場合は……?」
「レベル差で不利を握り潰す」
「……な、なるほど……」
あれ? 思ってたのとなんか違うぞ?
トレントっていうか植物系のモンスターって、長い年月を生きた知識で戦闘するタイプだと思っていたから、トレントさんの口から『レベルを上げてステータス差で殴って倒す』という脳筋戦法が出てくるとはまったく思っていなかった。
……ちょっと吹き出しかけたのは内緒だ。
「……あっはっは、アンタがそんな事を言うやつだったとはねえ。アンタとは気が合いそうだ」
「ほう、お主もか」
「ああ、『勝てないなら勝てるようになるまでレベルを上げろ』がアタシの信条だからね」
「この島に来たのがお主らで良かったと思ったぞ」
名もない島でぇ……脳筋と脳筋がぁ……出会ったぁ……って思わずナレーションを入れそうになったぞ。失礼ながら。
まあでも、昔の俺も似たようなものだったなあ。
MPがもったいないからって攻撃魔法も補助魔法も使わずMPは回復に全振りにするから、魔法使いだろうがなんだろうが基本は通常攻撃! だったしね。
攻撃魔法での弱点突き、補助魔法でのバフデバフの強さは小学生低学年にはなかなか分からないって。
……だから、RPGをクリアしたときのレベルが、後から知った推奨レベルよりもだいぶ高いことになってて、正に『勝てないなら勝てるようになるまでレベルを上げろ』だったんだよなあ。
「そういえばさコウ、ロックバードの魔石が必要なのか?」
「はい、俺の仲間のために11個ほど……」
「なるほどね。それじゃあ礼の一つとして今から行ってくる。ちょっと待っててくれ」
「えっ、よろしいのですか?」
「もちろんだ。元々、アタシらの仲間のためにロックバードの魔石が必要だと思ってたから、肩慣らしにちょうどいいと思ってな。よし、それじゃダンジョンの場所を教えてくれ」
アルラウネさんはトレントさんからダンジョンの場所を聞いて、すぐさま狩りに出かけた。
……ほんと、今まで出会ったアルラウネとはまったく違うタイプの人だ。
「……さて、コウよ。儂からの礼だが……」
「俺としてはロックバードの魔石が手に入るだけでも充分なのですが」
「そういうわけにはいかん。きちんと礼をせねばな……と言っても、ロックバードの魔石以外はすぐには思いつかぬが……」
「あ、それでしたら……この島での素材採取の許可をお願いしたいのですが」
「素材か……大したものはないとは思うが、それでも良いのか?」
「はい、まだ未知の素材があるかもしれませんし、単純に島を歩き回りたいというのもありますし」
「分かった。それでは他の者にも話を通しておこう」
「ありがとうございます」
この島の植生は本土とは少し違うようだし、もしかしたら杖や矢の素材としていい物があるかもしれない。
それに、ロックバードが棲みついているダンジョン以外にもダンジョンがあるようだし、そこでいいものが手に入る可能性もある。……まあ、俺だけだと戦力が足りてないだろうけど。
とりあえず島を見て回ろう、と歩き始めようとするとトレントさんに呼び止められる。
「よければこれを持っていくがいい」
トレントさんはそう言うと、草を魔法で操って自分の枝を折り、俺に渡す。
「これは……よろしいのですか?」
「うむ。適度に枝を折らぬと日当たりが悪くなるでな」
「ありがとうございます、大事に使わせて頂きます」
俺はアイテムボックスにしまう前にステータスを見てみる。
【エルダートレントの枝:ランクB+、エルダートレントの細くてしなやかな枝。それほど大きくはないが、それは他の枝と比較しての大きさであり、エルダートレント自体が巨大なため、人間からしてみたらかなり大きい。エルダートレントの魔力が宿っており、武器などの素材にすれば強力なものが作れる。といいな】
最後の一言余計なんですけど!? まあ、製作失敗ということもあるから、保険というのもあるのだろうが……。
それにしてもランクB+の素材か……どんな高性能なものが作れるか楽しみだなあ。
とりあえず、俺は枝をアイテムボックスに収納し、アルラウネさんが戻ってくるまで島を見て回ることにするのだった。




