エルフの集落のダンジョン②
「ふむ、来たかコウよ」
「はい、俺が呼び出されたということはもしかして……」
ドリアードの集落でクイーンさんの後継者が進化して数日。
集落で作業をしているギルドメンバーから俺に、クイーンさんが呼んでいるとメッセージが届いた。
今までこういうギルドメンバー経由での連絡はなかったので、急ぎの用事だと思ってすぐに馳せ参じたのだ。
「うむ、アルラウネの上位種についてじゃが……」
「……やはり!」
「それで……もちろんタダとは言わぬじゃろう?」
「はい、ちゃんとしたお礼を用意しています」
「よかろう。それではじゃな……」
俺はゴクリと唾を飲む。
これでレイを進化させてあげられるかもしれない。
「この大陸のダンジョン、その奥深くの隠れた場所にいた。……ダンジョンが多すぎるのでどこのダンジョンかは忘れてしもうたが……まあ、こんなところじゃな」
「ありがとうございます! 充分な情報です!」
『この大陸』ということは、おそらく他の大陸もあるんだろう。ゲームとしてはまだエインズの町周辺までしか実装されていないが、エインズの町の近くに港があるのでおそらくアップデートで実装されるのだろう。
また、『隠れた場所』というのは、隠し部屋ということと思われる。
ダンジョンと言えば宝箱! ではあるが、隠し通路や隠し部屋も定番だ。
その先には貴重なアイテム、強力なモンスター、クリア後要素、隠しエンディング……と様々なものがあるが、クイーンさんが言っているのは『強力なモンスター』に当てはまる。
それなら、レイを進化させるために俺がやることは……。
「ふむ、それでは報酬を渡すがよい」
「それでは、キングウルフさんのいる村までご足労願えますか?」
「……うむ? まあ、ワシは別に良いが……」
「お久しぶりです姐さん! お元気で何よりです」
「うむ……ワシはこやつに情報を渡して……それの礼を受け取るためにここまで来たのじゃが……お主は何か知っておるか?」
「……ふーむ……それはもしかすると、アレかもしれませんね」
「アレ?」
キングウルフさんが首を遠方に向けると、クイーンさんもそちらに目を向ける。
「……山肌を整地しておるのか?」
「『アスレチック』と言うものらしいです」
「あすれちっく……とな? 聞いたことが無いが……」
「それなら百聞は一見に如かず、ですね。クイーンさん、キングウルフさんの背中に乗って、身体を固定してください」
「ふむ……よかろう」
クイーンさんはふわりと浮き上がり、キングウルフさんの背に乗ってツタで身体を固定する。
「それでは姐さん、しっかりつかまっていてくださいね」
「う、うむ……」
まだ状況が飲み込めていないのか、少々不安げなクイーンさん。
しかし、実際に体験したら楽しんでもらえるに違いない。
「それではキングウルフさん。よろしくお願いします」
「ああ、それでは行ってくる」
キングウルフさんはクイーンさんを乗せて走り出す。
やがてアスレチックに到着し、キングウルフさんはそこに設置されたコースを走っていく。
ジグザクに造られた道を走り抜け、谷を跳躍して飛び越え、急傾斜の坂を乗り越え……。
あ、ちなみに安全面にはちゃんと考慮してある。
例えば谷は飛び越えられずに落ちても大丈夫なように、柔軟性のあるアラクネの糸を張り巡らせている、といった感じだ。
そして、コースを一周して俺の所に2人が戻ってくる。
「……いかがでしたか?」
「……」
「クイーンさん……?」
「コウよ」
「はい」
「なぜこれをもっと早く造らなかった!? 他の遊具が霞むぐらいに楽しいではないか!」
「大掛かりな工事でしたし、安全面での設計が大変でしたしね……。野ざらしなので維持も結構大変ですし……」
企画してからここまで造るのに、数週間以上かかってるからなあ。
陥没や隆起スキルである程度は楽ができるけど、キングウルフさんに合わせた広さだからね……。
「むう……しかしこれは引退できる日が待ち遠しいのう……ワシも立場上ここに来られる時間が限られるじゃろうし……」
「確かに……」
「コウよ、早くワシの後継者が進化する魔石を持ってこい、お主の役目じゃろう」
「は、はい。善処します」
……まあ、クイーンさんがここまで楽しんでくれたなら、このアスレチックは大成功だろう。
もっと規模を小さめにして、ウルフをペットモンスターにしているプレイヤーが参加できるイベントを開催したら面白いかもしれない。
そう思いながら、俺はアルラウネの上位種探しについての準備を始めるのだった……。
**********
「コウ殿、今日はよろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします、タイガさん、アルテミスさん。こちらはギルドメンバーのアトラスです」
「まさか上位ランカー2人の戦いを生で見られるとはな……今日はよろしく頼むぜ。……ところでコウ、あっちはいいのか?」
アトラスさんが指し示した先には、スコールを存分にもふもふしているアルテミスさんがいた。
「はぁぁ……大きくなったスコールさん……しゅき……」
「……ええ、いつものことなので気にしないでください」
「いつものことなのか……。あの『冷徹なスナイパーのアルテミス』がねえ……」
「え、そんな二つ名があるんですか?」
「ああ、そっちは『不動のタイガ』って呼ばれてるぜ」
うーん、中二病感はあるけど、二つ名って憧れるなあ。
……ってあれ? そうなると、もしかして俺は……『モンスターたらしのコウ』……?
うん、前言撤回。俺は二つ名はいいや。
……さておき。
今回はエルフの集落のダンジョンでのレベリングをタイガさんとアルテミスさんに依頼した。
というのも、アルラウネの上位種がいるのは『ダンジョンの奥深くの隠し部屋』なので、そもそもたどり着くためのレベル、そしてアルラウネの上位種に対抗するためのレベルが必要になる。
『上位種と出会う』だけが条件なら出会って即撤退でもいいが、隠し部屋だと入ったら即閉じ込められる可能性もあるんだよなあ……。だからこそレベルが必要になってくる。
ちなみに、今回スコールを出しているのはスコールのレベル上げも兼ねている。
ユニークスキルの『穴掘り』を検証するために、レベルを上げてMPを増やし、使用回数を増やすのが狙いだ。
「それでは突入前に……このダンジョンは全15階層で、10階層にジャイアントオーガ、15階層に魔女が出現する。このメンバーなら15階層まで行けると思うが、レベリングが目的なので、アイテムの消耗具合によっては途中で引き返すのも視野に入れている。……コウ殿、これでよいだろうか?」
「はい、大丈夫です。それでは出発しましょう……アルテミスさん?」
「あっ、は、はいっ!」
こうして、俺たちはエルフの集落のダンジョンに初挑戦するのだった。
**********
「……ふう、もうすぐ7階層か」
「結構敵も強いですね……ただ、それ以上にタイガさんとアルテミスさんが強いのですが……」
「まあな、おれたちの出番と言えばアルテミスが矢で動きを封じたモンスター狩りぐらいだからな……いや、ほんと『冷徹なスナイパー』だ……さっきのアレはなんだったんだってぐらいに」
「俺も最初に見たのは、ライアを見てその場に崩れ落ちたアルテミスさんだったので気持ちは分かります」
「崩れ落ちるってなんだ崩れ落ちるって」
「言葉の通りですね」
「……まあ、長い人生なんだ。時にはそういう人に会うこともあるよな、うん」
アトラスさんは理解を諦めたのか、そういうことにしておくらしい。
「よし、それでは次の階層に進もうか。コウ殿もアトラス殿も回復は充分か?」
「はい、お二人のおかげでダメージは受けてませんしね」
「おれも大丈夫だ。次の階層は草原だったか?」
「うむ、ウルフやボアなどのグラティス草原で出てくるモンスターがメインだ。ただし敵のレベルは格段に上がっているので気を付けて欲しい」
「分かった、それじゃあ行こうぜ」
こうして俺たちは階段を降りて、第7階層へ入っていく。
「それにしても、ダンジョン内に草原があるなんて不思議ですよね。光もあってちゃんと周りが見えますし」
「確かにな。まあ、いちいち松明とか使ってられないし、リアルを求めすぎるとゲームとしては不便になるからしょうがないだろうなあ」
「一応、ヒカリゴケという光る苔が自生しているから、という理由ではあるそうです。それと、一部の洞窟などでは光が届かないため、松明や明かりのスキルが必須になる所もあるようですね」
「一種の制限ダンジョンってやつか。上級者向けだな」
「……そろそろ着くぞ。準備はいいか?」
俺たちは第7階層へ突入し、襲ってくるモンスターたちを倒していく。
そして、しばらくして襲撃が止むと一息つくことに。
「いやぁ、本当に風と光と草があるダンジョンとは……ゲームだと分かっているとはいえ不思議ですね」
「一説には『階段が異世界につながっているから、ダンジョンの中というより異世界にいる』というのもあるそうだ」
「異世界ですか……要するにダンジョン内は海と大地の狭間みたいなものなんですかねえ」
「……コウ殿、その例えは年齢を選ぶぞ……儂は分かるが」
「まあ、おれも分かるから別にいいが……そういえばコウ、ここならスコールが穴掘りできるんじゃないか?」
「ああ、確かに! スコール、ちょっと散歩がてら掘りたい所がないか探してみる?」
「がう!」
今までは地面が石のところばかりだったので検証できなかったが、草原ということはスコールのスキルで穴を掘れる。
グラティス草原ではいいものは出なかったが、場所を変えてみたらもしかするといいものが出るかもしれない。
グラティス草原は最初に行くマップで、このダンジョンはある程度レベルが高くないと探索できないダンジョンというレベルの違いもあり、実はちょっと期待している。
「ふむ、儂も気になるからついていこう……というか、襲撃の恐れがあるので全員で動いた方がいいだろうな」
「分かりました、それでは行きましょう」
その後、時々襲撃を受けながらも穴を掘っていくと、グラティス草原よりも上質なアイテムが出てきた。
ランクCの薬草の種、特大鉱石、500G、魔石など、意外と実入りがいい気がする。
「よし、どんどん検証したいからマジックポーションで回復して……と」
「がう!」
その後20分ほど検証をしたが、やはり質のいいアイテムが出てくる。
「ふむ、これはいい情報だな。ただでさえ稼げるダンジョンの稼ぎが更によくなるわけだ」
「そんなに稼ぎがいいんですか?」
「そうですね、ジャイアントオーガや魔女の魔石もそうですが、深層の宝箱にランダムながらいいものが入っています。例えば属性鉱石や属性付きの矢など……」
「なるほど、それなら穴掘りスキル持ちが輝きそうですね……ってスコール……?」
「が、がう……」
なんだかもじもじしている。もしかして……。
「トイレ? それなら行ってきていいよ。敵には気を付けてね」
と、スコールの耳元で小声でたずねると、スコールは少し遠くへと走っていった。
……さすがにマジックポーションの飲ませ過ぎだったかな……というか、プレイヤーは飲んでも大丈夫なのに、ゲーム内キャラはダメなんだな。
「がうーっ!」
少ししてスコールが帰ってきたのだが、なんだか興奮しているようだ。
俺の身体をぐいぐい押しているのだが……もしかして、何かを見つけたのだろうか?
「すいませんみなさん、スコールが何かを見つけたようなのですが……進路を変えても大丈夫ですか?」
「うむ、この階層は通り抜けることが多かったが、いいアイテムが埋まっていることを考えると何かがあるかもしれない」
俺たちはスコールの案内で少し離れた場所にたどり着く。
「あれ……? この周りだけ草が生えてない……? しかも輪の形になってる……」
「もしかして……フェアリーサークルでしょうか?」
「聞いたことはあるが……こうやって見るのはおれは初めてだな」
「儂もだ……ここに何かあるのだろうか?」
「がう!」
スコールはフェアリーサークルの中央に座っている。
もしかして、ここを掘りたいのだろうか?
「スコール、よかったらここを掘ってもらえる?」
「がうー!」
スコールは勢いよく穴を掘り始める。
そして、しばらく掘り進めると、土の中に階段が現れた。
『穴を掘ってランダムで何かが手に入る』というスキル説明なのに、まさかアイテムだけでなく隠し階段が見つけられるなんて……。隠されたスキル効果なんだろうか?
「隠し階段……ッ!?」
「……このダンジョンには何度も潜りましたが……これは初めて見ますね」
「どうするコウ、行くのか?」
「そうですね……もしかしたらアルラウネの上位種に出会える可能性もありますし……行きましょう!」
こうして俺たちは、隠し階段を降りていくのだった──。




