風
「コウ殿、先日はお世話になった。約束の品はこちらに……」
「ふふふ……越後屋、お主も悪よのう」
「いえいえ、お代官様ほどでは……って、何をやらせるのだコウ殿」
「一回やってみたかったんですよ、これ。……改めて、ありがとうございますタイガさん。ところで、その隣の女性は……」
タイガさんにバインドのスクロールを渡して数日後。タイガさんたちのギルドはエルフの集落のダンジョンを攻略し、無事に第一踏破者になれた。
踏破の際に解放された新機能やイベントはなかったものの、かなり稼げるダンジョンということが広まり、今や大人気スポットとなっている。
その稼ぎを俺に持ってきてくれたのだが……見慣れない女性が隣に立っていて……。
「う、うむ……実はこの女性はダンジョンボスの魔女でな……」
「えっ?! ダンジョンボスをペットモンスターにできたんですか!?」
「ああ、バインドで空から引きずりおろしてから、飛ばれないようにホウキを奪って折ったら命乞いされて、見逃したらペットにする判定が出てな……」
「なるほど……ちなみに、その条件は公表されていますか?」
「いや、実はまだだ。というのもそれを公表してしまうと、儂が覚えられるはずのないバインドを使えるのが怪しまれて、そこからコウ殿に迷惑をかけてしまうのではと思ってな……。今はドリアードがペットモンスターのギルドメンバーのレベル上げをして、最下層に連れて行って動画を撮ろうとしているところだ」
……確かに、そこに疑問を持たれたらタイガさんたちが質問攻めにあい、俺にたどり着く人も出るかもしれない。
スクロールをくれるバンシーさんのイベントも確定かどうかはまだ調査中だし、不確実な情報を出すのは控えたいところだ。
「お気遣いありがとうございます。今は色々な動画を公開していて、そちらの質問に答えるので手一杯でして……」
「む……それなら今は依頼をしない方がよさそうか」
「依頼……ですか?」
「う、うむ……実は魔女をペットモンスターにする際にホウキを折ってしまうのだが、やはりそのホウキが必要なようでな……あるとないとでは、彼女の機動力が段違いになってしまうのだ」
ああ、確かに魔女といえばホウキだもんなあ。
なければ魔法スキルが使える普通の女の人だし。……魔法が使える時点で普通ではないとは思うが。
……しかし、魔女が使うホウキか。ちょっと気になってきたぞ。
もしそれを作れたら、俺たちも空を飛べるようになるのでは? と思ってしまったからだ。
「暇ができたら挑戦してみたいと思うので、どうやって作るか分かれば……折れたホウキを回収とかはしてないんですか?」
「一応、あるにはあるが……」
タイガさんはアイテムボックスから折れたホウキを取り出す。
しかし、壊したことにより既に使用回数は0。リサイクルしようにもできないようになっている。
「うーん……柄は竹っぽいですかね。それに穂先を取り付けた感じでしょうか」
「普通の材料のように思えるが、何か特殊なものが使われていたらお手上げだろうか」
「こういうのに詳しい人がいればいいんですけどねえ……そうだ!」
「む、いい案を思いついたのだろうか?」
「はい、ちょっと俺についてきていただけますか?」
**********
「……お主、ワシを便利屋か何かと勘違いしておらぬか?」
「す、すみませんクイーンさん。実はこの人のホウキを作りたいと思っていまして……」
「ふむ、魔女か。確かにホウキがなければただの女子よのお」
「それで、作り方が分かれば俺が作ろうと思っていまして……このホウキの詳しい材料はご存じではないでしょうか?」
俺は折れたホウキをクイーンさんに見せる。
クイーンさんはそれを手に取り、じっくりと眺めている。
「……ふむ、柄の部分はただの竹じゃが、穂先の部分は違うようじゃの」
「特殊な素材が必要、ということでしょうか?」
「うむ、詳しいことは本人に聞くがよかろう。ワシが翻訳してやろう」
「ま、まー……」
魔女はクイーンさんに材料のことを伝えている。
ちなみに魔女は「まー」としか喋れないようで、付いたあだ名がまーちゃんだとか。
……結構グラマラスなのにまーちゃんというかわいいあだ名……ギャップが好きな人には刺さるんだろう。たぶん。
……さておき。
魔女が言うには、穂先の部分に使われているのは「風草」と呼ばれる草の繊維を束ねたものらしい。
この風草には風の魔法を強化する特性があり、その特性を活かして、風魔法で気流を操り飛んでいるらしい。意外と力業なんだな……。
もちろん、穂先が風草でなくても飛ぶことは可能ではあるが、消費するMPが桁違いになるため、風草は必須とのことだ。
「ありがとうございました、クイーンさん。あとは風草を見つけられたら作れそうです」
「……ところで、情報料はタダで……とは言わんじゃろうな?」
「……もちろんです」
「おお……! これはこれは……壮観じゃのう」
俺が設置したのは、プールにつながるウォータースライダー。
いわゆる滑り台の応用だが、水を貯めるタンクをてっぺんに作り、滑る時に水を流して滑り降りるようにした。
とりあえずは直線で作って、好評なようなら曲がりくねったものも作ってみようと思っている。
水を流さないといけない仕様上、タンクの水を貯めるためにスキルのウォーターが必須となるが、クイーンさんは習得しているので問題はなかった。地属性以外も使えるのね。
「それでは水を流しますね」
「うむ、楽しみじゃのお」
タンクから水を解放して少し経ってから、クイーンさんは滑り台部分を滑っていく。
そして、池に着水した時に大飛沫をあげ、それを見ていた周りのドリアードからは歓喜の声があがる。
「コウよ、これは……楽しいではないか!」
「気に入っていただけたようで何よりです」
「うむ、ウォーターを使う必要がある以上手間はかかるが……それ以上に爽快感があるのう……病みつきになりそうじゃ」
そんな俺たちの会話を聞いているタイガさんは複雑そうな表情だ。
「タイガさん、どうかしましたか?」
「い、いや……クイーン殿もそういう表情をするのだなあと」
「……ッ……しもうた、お主がいるのを忘れていた……こ、このことは他言無用じゃぞ! 言ったら呪うからな!」
クイーンさん、慌て過ぎてて普通の女の子っぽい言動になってますよ。
……って言ったら俺も怒られるから黙っておこう。
「……ちなみに、風草はこの前行ったエルフの集落のある森の奥地に、少量ながら自生しているぞ。ま、ワシが旅をしていたころじゃから、もう無くなっているかもしれんがの」
「本当ですか!? ありがとうございます」
「くふふ……情報料としては、この『うぉーたーすらいだー』とやらを改良してもらおうかのう。作っている時に少し迷っておったろう? 本当の楽しさはこれだけではないのじゃろう?」
う、クイーンさん鋭いな……。
実際に、滑り台部分が曲がりくねったり、器具に乗ったりして楽しむタイプもあるからなあ……。
「分かりました、風草が実際に手に入ったら考えます」
「うむ、もし無くても恨むでないぞ?」
「もちろんです。何も情報がないより、少しでも情報があるのが嬉しいので」
エルフの集落の森の奥地にあるのなら、エルフさんたちが何か知ってるかもしれないしね。
……ということで、俺の次の目標が決まったのだった。
「ところで、うぉーたーすらいだーとやらは少し難があるのう」
「そうなんですか? 改善点があるようでしたら遠慮なく言ってください」
「いや、外にしか設置できないせいで、ワシが一人で楽しめないではないか」
「……みんなと一緒に遊べばいいのでは?」
「お主、ワシの威厳を軽んじておらぬか?」
……みんな気付いてると思うんですけどねえ……とは思ったけど、とりあえず謝ってその場を濁すことにするのだった。
**********
「救世主様! 今日はどのようなご用件でしょうか?」
「あ、あの……その救世主ってのは落ち着かないので、名前で大丈夫ですよ……」
「いえ、しかし……」
「それに、木々を復活させたのはクイーンさんですし、俺はコウで充分です」
「……………………分かりました、コウ様」
今、凄い考えたよね? まあ、救世主と大仰に呼ばれなくなったのでよしとしよう。
「今回は、『風草』を探しているのですが、この辺りで見かけたという情報を聞きまして……」
「風草ですか、確かに森の奥地に自生していますね。ただ、少し問題がありまして……」
「モンスターが出るのでしょうか?」
「はい。シルフという風の精霊が棲息しています。彼女たちは冒険者を迷わせたり、風草を使って強い風を吹かせて進みづらくしたり……とにかく悪戯好きなんです。あ、女性は連れて行かない方がいいですよ」
「なるほど、ありがとうございます」
アトラスさんのシルフはそんな悪戯好きな様子はないんだけどなあ。個体差だろうか?
あと女性を連れて行かない方がいいのはなぜだろうか……女性を見るとシルフが悪戯したくなるとか、そういう特性でもあるんだろうか。
……とりあえず、同じシルフのシィルちゃんの協力があると良さそうではあるが……シィルちゃんも女の子なんだよなあ。
一応、アトラスさんに相談してみよう。
……アトラスさんにメッセージを送ったところ、二つ返事で引き受けてくれることに。
アトラスさんはクォルトゥス鉱山にいたのだが、キングウルフさんに乗ってすぐに駆けつけてくれた。いつの間にかめちゃくちゃ仲良くなってるなこの2人……。
「よし、それじゃ行こうぜ。その風草ってやつがあれば、シィルの杖も強化できそうだしさ」
「なるほど、確かに風属性のシィルちゃんに風草を使った杖を持たせれば、風のスキルの威力が上がりそうですね」
「りゅーっ!」
そのことを聞いて、シィルちゃんのテンションが上がっている。
……こういうところを見ると、悪戯好きには見えないよなあ。
「あ、ちょっと待ってください」
「ん? 何か準備でもあるのか?」
「はい、少し考えがありまして……」
**********
「──それでは行きましょう」
俺は今回はライアに同行してもらうことに。
敵のシルフがいたら、バインドを使って動きを封じられそうだからだ。
女性は連れて行かない方が良いとは言われたが、俺のペットモンスター、3人中2人が女の子なんだよね……。
とりあえず、エルフの人に途中まで道案内をしてもらい、そこからどんどん奥地に向かっていく。
整備された道はなく、草木をかき分けて進むことになる。
シィルちゃんのウインドカッターで草を刈ることもできるが、風草を傷つけてしまう可能性があるので、控えてもらっている。
「……ん? 何か風が吹いてきたような……」
「もしかして、シルフ……」
「きゅーっ!?」
「ライア!?」
俺はシルフが攻撃してきたのかと思い、慌ててライアの方を確認する。
すると、ライアが風でめくれてしまいそうなスカートを抑えていて……。
……ああ、女性を連れて行くなっていうのは、シルフのこういう悪戯があるからか……。
俺は目を逸らしつつ、ライアをスコールと交代してから更に奥地に進んでいくことにする。
しかし、もうシルフたちはこちらを捕捉しているんだな……ということは、風草も近くにあるかもしれない。
……よし、あれを使ってみよう。
「シルフの皆さん! これに弱い風を当ててみてください!」
俺は木で作ったとあるものを掲げて、シルフに呼びかける。
すると、それに弱い風が当てられて、カラカラと回り始める。
そう、これは風車。
風の精霊、そして悪戯好きなら、遊ぶのが好きなのではと思い、さっきこっそり作っていたものだ。
できれば風に関する遊具がいいと思い、今回は風車をチョイスした。
なお、この風車は隠しキャラでも何でもないので、取っても高得点などにはならないぞ。
「「「りゅーっ!」」」
そして、どうやらビンゴだったようで、風車に興味津々なシルフたちが集まってくる。
「これは風車と言って、風を当てて遊ぶものです。これをシルフさんたちに差し上げますので、代わりに風草をいただけませんか?」
「りゅー……りゅっ」
すると、1人のシルフが自分についてきて欲しいと言わんばかりに、風車に夢中になっているシルフたちから飛び出す。
俺はそのシルフを追いかけていくと、木漏れ日の中で風に揺られる草の群生地にたどり着く。
「もしかして、これが風草……」
「りゅっ」
「ありがとうございます、それでは少し頂きますね」
俺は、魔女のホウキが作れるだけの風草を刈り取り、シルフたちには風車を渡した。
これでおそらく作れるはず……。
「コウ、帰る前におれもやりたいことがあるんだが……」
「大丈夫ですよ。俺に手伝えることがあったら言ってください」
「よし、それじゃあ……」
「……よし、これに風を当ててみてくれ」
「りゅー」
シルフはアトラスさんが作ったものに風を当てる。
すると、それはリーンと音を出し、静かな森に響き渡る。
そう、アトラスさんが作ったのは風鈴。
こういうのも風情があっていいよね。
「りゅー!」
「お、気に入ってくれたか? それならもう少し作っておくぜ」
それからアトラスさんは5個ほど風鈴を作り、木に吊るしてシルフたちに風鈴を譲るのだった。
シルフたちはとても喜んでくれて、俺たちが帰るまで風車と風鈴で遊んでいた。
その後、『森の奥からリーンという変な音が聞こえる……』という噂がエルフの集落で囁かれるようになるのだが……この時の俺たちは知る由もなかったのだった……。




