旧友
「コウさん、ライアちゃんの採寸が終わりましたので、すぐに服を作りますね。それまではバスタオルを巻いておきますので……」
「ありがとうございます。……しかし、バスタオルというのは裸よりも若干、何と言うか……」
「ライアちゃーん。コウさんがバスタオル外していいって……」
「うわーっ! 冗談ですよ冗談!」
「いえ、実際に私もバスタオルの方がえっちかなって思っちゃいますし……ね? それはさておき、ライアちゃんの新しい服は今までのと同じデザインでいいですか?」
今までの服は魔法少女っぽい杖に合わせた魔法少女っぽい服だったけど、どうしようかな……。
あの服はライアのお気に入りだし、そのまま続投でもいいと思うのだが……。
ただ、アースワンドは小さい時のライアのサイズで作っているので、これも作り直さないといけない。
それなら新しい服をアテナさんに考えてもらって、それに合った杖を作るのもいいと思うが……。
まずはライアの着る服が先決だよなあ。
それなら既にデザインが固まっている、魔法少女っぽい服を作ってもらうのが良さそうだ。
「そうですね、今までの服と同じデザインでお願いします。俺も新しいライアサイズの杖を作らないとですね」
「あ、確かに今までのは使えなくなっちゃうんですね……いえ、正しくは『使えるけど持ちづらそう』でしょうか」
「ええ、指先でつまんで持つようなことになりますからね……それなら新しく作り直した方がよさそうですし。今ならチェンジプラントで木材を強化して使用回数も上げられますしね」
今までのアースワンドは結構長い間使っていることもあり、使用回数がそろそろ尽きそうだ。
新しく作るならチェンジプラントで使用回数を増やせるので、ちょうどいい乗り換え時期なのかもしれない。
「それでは、服ができあがるまでの間にライアの杖を作っておきますね」
「分かりました、完成したらコウさんのホームに持っていきますね。それともティルナノーグで作業しますか?」
「いえ、ライアが進化しているので、ティルナノーグで作業するとちょっとした騒ぎになるかもしれませんし……」
「あ、確かにそれだと落ち着かないですね。私も服を作る時は一人でゆっくりしたい時があるので分かります」
「自分のペースで進められるのがいいんですよね。無音で静かにしてもよし、音楽を流すもよしですし、音楽を流すなら自分の好きな音量にできますし」
「分かります! 私はペットモンスターの子たちが遊具で遊んでいる声や音を聞きながらが一番ですね」
……などなど、思わずものづくりのことで話が弾んでしまう。
このまま話していたいけど、まずはライアの服を作らないと。
「もっと話していたいですが、ライアがいつまでも裸だとまずいので、俺は一旦ホームに戻りますね」
「分かりました。私もがんばってライアちゃんのために作りますね」
……こうして、それぞれのホームで杖と服を作製することになったのだった。
**********
「……まずはチェンジプラントで大きめの木材を圧縮して……」
俺は杖の強度を上げるために、杖の大きさの2倍ほどある木材を、杖のサイズに圧縮する。
次に、魔玉を設置するところを変形させ、魔玉より少し大きい球状の空間を作る。
魔玉を入れられるように、上部を切り取った後に切り口にほぞ穴を作り、切り取った木材にはその穴に嵌め込むための凸部分を、木材を変形させて作っていく。
……チェンジプラントを覚える前は、これを全部手作業でやってたんだよなあ……本当にこの魔法を覚えてよかったと思う。
そして、ドリアードの特徴的な葉っぱのアホ毛を意匠として取り込んで……。
あとは柄の先をハート型に変形させてと。
「……もうちょっと手を加えてみたいな」
思ったよりも作業が順調に進み、少し手を加えたい欲が出てくる。
そういえば、色を付けたことはまだなかったな……。
今までは塗料を持ってなかったので色を塗っていなかったのだが、つい最近お店で塗料を買ったのだ。
遊具の完成度を上げるためにと思ってたのだが、この杖を完成させるのに使ってもよさそうだな。
「……よし、それじゃあ……」
俺は葉っぱのディティールを上げるために、葉っぱに葉脈を作っていく。
次に緑の塗料を塗り、葉っぱの再現度を高める。
更に、ハートの部分はピンクで、魔玉を収納するところは黄緑でそれぞれ塗り進め……。
「ふぅ、これで完成かな?」
「きゅーっ♪」
俺が杖を完成させると、じっと作業を見守っていたライアが傍に来る。
どうやら、完成度を上げたのが嬉しいのか、目を輝かせながらじーっと杖を見つめている。
「気に入ってくれた?」
「きゅっ!」
「るー……」「がうー……」
喜ぶライアの陰で、レイとスコールがこっちを見ている。
……確かに、気合の入れた杖を作るのはライアだけ贔屓してるみたいだよなあ。
「レイやスコールにも作ってあげるから……今は我慢してね?」
「るっ」「がう」
どうやら納得してくれたようだ。
レイには杖を、スコールには専用のフリスビーを作ってあげよう。
「ん? あ、アテナさんだ」
メッセージが来たのでホームへの入場を許可し、アテナさんを迎え入れる。
その手には大きいサイズの魔法少女っぽい服が。
しかも、以前よりも豪華になっている。
「ふふふ……進化のお祝いにと思って豪華にしてたら時間がかかっちゃいまして……あ、もちろん紐パンもありますよ」
「……着せるのはお願いしますね?」
「えーっ」
……さすがに人間サイズになったライアに俺が着せるのは、今まで以上に恥ずかしい。
人間サイズだから、妹とか娘の着替えをやっているようなものだし……。俺には妹も娘もいないけど。
アテナさんはしぶしぶ引き受けてくれ、俺は装備記憶の機能で今のライアの状態を保存する。
これで俺が着せることはない……はず。
「ありがとうございました。これでようやく落ち着けます。あ、お代の方なんですけど……」
「気にしなくても大丈夫ですよ。私としては人間サイズのライアちゃんの服を作れるのがとても楽しかったですし……今後もいろいろな服を作って着せ替えしてもいい、という許可が頂ければそれで結構です」
「分かりました、いろいろ着せ替えてあげてください」
「ふふ……親御さん公認……張り切らないと……」
……本当に許可を出してよかったのだろうか。
そんなことを考えていると、アトラスさんからメッセージが届く。
『キングウルフがコウに相談したいことがあるそうだ。いつでもいいからティルナノーグまで頼む』
「どうしましたか?」
「いえ、キングウルフさんが俺に相談したいそうです。フリスビーか村のことでしょうか? とりあえずアトラスさんに合流しますね」
「分かりました。私はもう少しライアちゃんの服を作ります。それではまた後で!」
アテナさんはそう言うとホームに戻っていった。次はどんな服ができあがるのだろうか?
「……っと、俺はティルナノーグに行かなきゃ」
**********
「よし、それじゃ草笛を吹くぜ」
俺はアトラスさんと合流した後、グラティス草原でキングウルフさんを呼ぶことに。
アトラスさんが草笛を吹くと、すぐにキングウルフさんが現れる。今日はウルフたちは一緒ではないようだ。
「コウ、お前さえよければクイーンドリアードのところまで案内して欲しいのだが……」
「クイーンさんのところ……ですか? 分かりました、それではヴァノリモ大森林に向かいましょう」
俺たちはできるだけ他のプレイヤーを避けながら、ヴァノリモ大森林に向かうのだった。
……まあ、キングウルフさんが速すぎて、グラティス草原の草がかまいたちに刈り取られたかのように草原に舞いあがり、後日『グラティス草原の怪異! 突然の突風と巻き上げられる草!』とか言う見出しで、怪異扱いされるようになるのだが……。
「それでは進んでいきましょう」
「うむ、この蝶が導いてくれるのか……我の知らないことは世界にまだまだありそうだな」
キングウルフさんが導きの蝶を見ながら呟く。
確かに、この導きの蝶の入手方法も特殊だったなあ。
そんなことを考えながら、ドリアードたちの集落に向かうのだった。
**********
「……ん? コウと……そのウルフは……」
「姐さん! やはり姐さんでしたか!」
ん? 姐さん?
開口一番、キングウルフさんがそんなことを口走り、頭に?マークが浮かぶ。
「……やはり、あの時のウルフか」
「はい! 姐さんのおかげでこうやって強くなれて……まさか、こんな近くに住んでたなんて……」
「ワシも驚いたぞ。……先日の遠吠えはお前じゃな?」
「はい、実はこちらのコウによくしてもらいまして……」
「……キングウルフさんって、素はそんな口調だったんですね」
「……ッ!?」
キングウルフさんの顔が真っ赤に染まる。
どうやら、旧友に会えて素に戻ってしまっていたことに、今気づいたようだ。
「……コウ、今までのは聞かなかったことにしてくれ」
「威厳って大事ですからね、分かりました」
「恩に着る……」
……それからしばらく、2人は昔話に花を咲かせていた。
どうやらキングウルフさんはクイーンドリアードさんが外の世界でやんちゃしてた時に出会ったらしく、その時に「姐さん」と呼び始めたようだ。
それから2人で旅をしてそれぞれ進化し、別れた後に2人とも後進を守るために故郷に戻ったのだとか。
「まさか2人ともコウの世話になっていたとはのう……」
「しかし、そのおかげで姐さんにもう一度会えたのだ。感謝するぞ、コウ」
「ところで、お主はどうやってコウに会ったのじゃ?」
「それは──」
キングウルフさんは俺がフリスビーで他のウルフと遊んでた時、その子に呼ばれて知り合ったことを。
クイーンドリアードさんはアドヴィス森林のバンシーたち経由で俺の事を知り、遊具を提供してもらうようになったことをそれぞれ話す。
「……まさかお主が、遊びのために人間に協力するようになるとはのう」
「姐さんも、遊具で遊ぶために人間と接触するとは……」
「「コウ!」」
「はっ、はい!」
「この話は他言無用での? ワシらにも威厳というものが……」
「も、もちろんです」
こうして、俺は2人から口止めを要求されることに。
……アドヴィス森林でバンシーと仲良くなったら、クイーンさんと和解できることはタイガさんたちに言っちゃったけど……まあ、口止め前だからいいかな?
「……そういえばクイーンさんにお聞きしたいことが」
「ふむ、なんじゃ?」
「ライアのことなんですけど……レイ、ライアと交代してくれる?」
「るーっ!」
俺はレイとライアを交代して、ライアのことをクイーンさんに見てもらう。
「おお、進化したのか。めでたいのう」
「きゅーっ!」
「ふむ、『でも、ご主人様と喋れない』か。それはじゃな……」
クイーンさんの話では、進化は何段階かあるそうだ。
クイーンさんたちが人間の言葉を喋れるようになったのは、2回目か3回目ぐらいの進化の時だったらしい。
「……なるほど、まだこれから進化する余地があるということですね。ありがとうございます」
「うむ、日々研鑽を積み重ねるがよい。ワシらも応援しておるぞ」
「きゅーっ」
ライアがペコリと頭を下げる。
「ふむ、やはりお主は主人に似て礼儀正しいのう。愛いやつじゃ」
「あ、そうだ。キングウルフさんがいつでもここに来られるように、導きの蝶をお渡ししておきますね」
「ふむ……それはありがたいが、コウがここに来られなくなるのではないか?」
「いえ、入手方法は既に分かってるので大丈夫です」
「なるほど、それなら遠慮なく頂いておこう」
「たまに遊びに来るがいい。その背に乗りたいうちの者も多いみたいじゃしのう」
クイーンさんがそう言うと、周りのドリアードたちは期待の眼差しでキングウルフさんを見る。
「分かりました、姐さんのためにも時々遊びにきます」
「うむ、頼んだぞ」
こうして、2人の再会を見届けた俺は、再び導きの蝶を手に入れるためにアドヴィス森林に向かうのだった。
……ん? 何か忘れてるような……。
**********
そのころの掲示板……。
『おい、さっき全体周知でヘルプに「進化」の項目が追加された……ってことは、誰かがペットモンスターを進化させたってことだよな!?』
『おそらく……しかも進化前の姿にも戻れるのはいい仕様だな』
『進化前の方がデザイン好きだからB連打する必要はないってことか。確かにそれはいいな』
『進化した時のステータス上昇もそのままで、前の姿に戻れるのはいいぞ』
『それにしても、いったい誰が進化させたんだろう? 進化した時の状況の詳細を知りたいんだが……』
『これは憶測だけど……例の「モンスターたらし」って言われてる人じゃないかって思うんだが……』
『俺も俺も』
『確かにモンスターに好かれてるしなあ……でも、ペットモンスターのレベルはもっと上の人がいるよなあ』
『ってことはそっちの人かもしれないな……ただ、レベルだけが条件ではないかもしれないんだよな?』
『なつき度とかそういう条件もありそうだな。あとはモンスターごとに条件が違う可能性もあるし……』
『ぐぬぬ……うちの子も進化させたい……早く情報が欲しい……』
そう、俺が忘れていたのは『進化』のヘルプが追加されていたということ。
ちょうどその周知が来たのはライアに押し倒されていた時で、完全に頭の中から忘れ去られていたのだった。
……このこと、そして掲示板の賑わいに気付いたのは翌日なのだった……。




