進化
「今日もありがとうございました、これはお礼の魔石です」
「うむ、確かに」
俺は今日もキングウルフさんに頼んで草原を駆けてもらっていた。
全身に風を感じながら草原の景色を楽しむのは何度やっても飽きない。
「がうー……」
その一方、俺を背に乗せられないからか、落ち込んでいるスコールもいた。
ライアは乗せられるけど、さすがに俺の重さだとなあ……。
「そういえば、キングウルフさんは昔からその大きさだったんですか?」
「いや、我も他の者と同じ大きさだったな。ウルフは草原の中でも最弱……と言われるのが腹立たしくて旅に出て、強くなっていくうちにいつの間にかこうなっていたな」
旅、かあ。
そういえばクイーンドリアードさんもそんなこと言ってたな。確か『進化』だったかな。
どうにかして進化すればスコールもキングウルフさんぐらいのサイズになるんだろうか。
「……なるほど。そちらのスコールとやらのためか」
「ええ、俺がキングウルフさんに乗ってばかりなので落ち込んでるのかと」
「ふむ。そうなのかスコールよ」
「がうー……」
キングウルフさんとスコールが話を始める。
俺もモンスターの言葉が分かればなあ……。
「そうだな、やはり主人を乗せられないのが気になっているらしい」
「大丈夫、スコールもキングウルフさんみたいに、進化したら大きくなるはずだから。レベルも上がってきてるし、そのうち進化すると思うよ」
「がう!」
「『がんばる!』だそうだ。」
「早く進化できるように俺もがんばらないとですね。ライアも進化したいって言ってましたし……」
ただ、進化することで話せるようになるかはまだ分からない。クイーンさんもキングさんも人の言葉を話せるようになってるから、進化で話すことができるようになる可能性はある。
実際にペットモンスターが進化した話は、まだ掲示板などでも見たことないから何とも言えないけど。
「……そういえば、モンスターも復活すると言われてましたが、死んだ時の記憶を引き継いでいるのですか? 何度も死を経験するのは精神的に負担だと思うのですが……」
「いや、戦闘開始から敵に倒された時までのことはなぜか覚えていないのだ。おそらく、戦いの経験を積むことでレベルが上がるのだと思うが、負けることでそれが消える……戦いの経験がなかったことになる。だから、人間に勝てぬ草原のウルフはレベルが低いのだろう」
なるほど、戦いに勝った時に経験値が入るのはプレイヤーと同じ仕様なのか。
負けた時に経験値が入らないのも同様だ。戦闘の記憶がなくなるのは……死を何回も経験させない運営の気配り……なんだろうか?
「それと、最近人間の間でウルフをペットモンスターにすることが流行ってますが……草原のウルフの個体数は減っていますか?」
「うーむ、我らの群れの他にもウルフの群れはいるが、個体数が減ったというのは感じられぬな。……ただ、見たことが無い顔がいるのは感じたが」
「分かりました、ありがとうございます」
これは、プレイヤーのペットモンスターになることでウルフが減ってしまうと、新規プレイヤーがウルフを狩れずにレベルを上げられなくなってしまうから、ペットにした分は補充されていると考えるのが妥当か。
数万のプレイヤーが全員ウルフをペットにしたら、草原に誰もいなくなっちゃうだろうし。
「……さて、情報提供をしたからには……分かっているだろうな?」
「ええ、こちらをお納めください」
俺はマンドラゴラの魔石をキングウルフさんに渡す。
すると、即座にキングウルフさんはそれを吸収し……。
「くぅー……っ……これがたまらんなぁ……」
初めて渡した時も思ったけど、なんかビールを飲んだ時のタケルみたいな反応してるなあ……。
どうやらマンドラゴラはキングウルフさんの大好物の魔石らしく、たびたびお礼として求めてくる。
金額的には大したことはないし、買いだめしているから問題はない。
ちなみに、他のウルフも好みがバラバラらしく、いろいろ食べてもらって確かめている。
みんな同じように見えて誰が誰かまでは覚えられないんだけど、大好物の魔石を出したら寄ってくるのでなんとなくで把握している。
一応、お店で買える魔石で全員分の大好物を揃えられるので重宝している。
「しかし、これだけの魔石を用意するにはかなりの金が必要ではないのか?」
「いえ、そこそこ不労所得があるので大丈夫ですよ」
「ふむ……我も金を貯めておけばよかったな。魔石以外のものは無視していたしな」
「あー、確かに使わないものを集めていても邪魔なだけですもんね」
RPGとかだとたまに財宝を貯めこんでるモンスターもいるけどね。
竜なんかは特に財宝を守っているイメージがある。
「我らも金を稼げれば、自分たちで魔石も買えるだろうにな」
「お金稼ぎですか……そうだ!」
「む、何かいい案があるのか?」
「はい。例えば俺たち以外の人にフリスビーをやってもらったり、キングウルフさんの背に乗せてもらったりして、対価としてお金をもらうという方法がありますね」
「後者は今コウがやっているので分かるが、前者はただ遊んでもらっているだけのように聞こえるが……」
「いえ、そういうのを好む人もいるんですよ」
ウルフをペットモンスターにする方法は分かっているものの、これだけの数のウルフと遊べるならお金を払ってでも! という人はいると思う。
試しに誰かを呼んでみようかな……?
すぐに思い浮かんだのはタイガさんやアルテミスさんだけど……ん?
そんな事を考えているときに、偶然タイガさんからメッセージが届く。
どうやら無事にクイーンドリアードさんと友好関係を築けたようで、そのお礼のメッセージだ。律儀だなあ。
それで、何かお礼をしたいとのことだけど……。
「キングウルフさん、ここに俺の知り合いを呼んでも大丈夫ですか?」
「うむ、よかろう。コウの知り合いなら我らを害するような者はいないだろう」
……なんだか結構信頼されてるなあ。
その信頼は裏切らないようにしないとね。
「ありがとうございます、それでは2人ほど呼んでみます」
**********
「……まさか、キングウルフとは……」
「コウさんは相変わらずですね……クイーンドリアードの次はキングウルフとか……」
20分ほどして2人が到着した時の一言である。
いや、俺もまさかキングウルフが隣人になるとは思ってなかったよ?
「……ん? 今、クイーンドリアードと聞こえたが……」
「あ、わたくしの発言でしょうか? ヴァノリモ大森林の深層に存在するドリアードたちの女王なのですが……」
「ふむ……」
キングウルフさんが何かを考えているようだけど……もしかして知り合いなんだろうか?
「……おっと、すまなかった。さて、コウよ。説明をしてもらえるか?」
「分かりました、それでは──」
俺はキングウルフさんやウルフたちが、魔石のためにお金を稼ぎたいと思っていることを2人に伝えた。
「……なるほど。儂としてはキングウルフの背に乗れるのが気になるな」
「わたくしはウルフのフリスビーの方を……」
こうして2人はそれぞれのアトラクションを体験してみることに。
そして……。
「……ふむ、確かにこれはアトラクションとしてかなり楽しいな」
「ああ……かわいいウルフちゃんたちが、わたくしにフリスビーを投げて投げてと群がって……嬉死しそうですわ……」
嬉死ってなんだ嬉死って。
「それで、これはアトラクションとして人気は出そうでしょうか?」
「うむ。まさかキングウルフと触れ合えるなどとは誰も思わないだろう」
「ただし、人数制限は必要でしょうね。おそらく参加したい人に対してウルフちゃんの数が少ないでしょうし……」
「確かに……それなら招待制などにするか、予約必須にするか……あたりでしょうか?」
せっかく来たのに遊べない人が出るのも申し訳ないしね……。
「ところで、聞くのが遅れたがここはキングウルフの棲み処なのか? その隣にテントがあるのが気になるが……」
「いえ、ここは俺たちのギルドの造った村になりますね。その中にキングウルフさんたちの寝床がある感じです」
「……まさか、モンスターを味方に付けて村づくりまでしてしまうとは。先人は幾度となくモンスターのせいで失敗してきたというに……」
「ハハハ、我もまさか交渉をされるとは思ってなかったな」
「やはりコウさんは言われている通りにモンスターたらしのようですね」
えっ、タケルだけでなく、ほんとに外部でそう呼ばれてるの俺!?
クイーンドリアードさんやキングウルフさんの動画をアップしたら、余計にそう言われるようになる気がするぞ……。
「……さておき、お金や魔石を手に入れるのであれば、キングウルフ殿がどこかの土地で無双すればいいだけでは?」
「そうだな。そういう事も考えたが、それだといつまで経ってもウルフたちは自分たちで何も手に入れられないままであろう?」
確かに、いつまでもキングウルフさんにおんぶにだっこでは自立できないかもしれない。
独りで旅に出て進化して強くなったキングウルフさんが特殊なだけで……。
「アトラクションをすることで、自分たちで誰かを喜ばせて、自らの食べ物を手に入れるという成功体験が積ませられるということですね」
「うむ、そういう生き方があってもいいだろうと思ってな」
戦うだけが人生……というかモンスター生? というわけではないってことか。
「なるほど、それでは儂らも対価を支払わせてもらおう」
「ええと……わたくしはこれぐらいで良いでしょうか……」
「……コウよ、こやつは結構お前らと感覚がズレておらんか……?」
山盛りにした魔石をアイテムボックスから取り出すアルテミスさんを見て、キングウルフさんがそう言う。
まあ、そういう人だと思ってもらおう。
「……アルテミスさん、初回でそれだけ出されると、他の人もそれだけくれるのではと勘違いされますよ」
「……はっ、ウルフちゃんたちがかわいくてつい……そうですね、他の方のことも考えないとですね」
これでようやく通常の報酬にしてくれたアルテミスさん。
相変わらずかわいいものに目がないなあ。
「……そういえばタイガさんたちは、ダンジョン攻略は順調ですか?」
「うむ、エルフの集落のダンジョン攻略もかなり進んでいるぞ」
「ただ、深層と思われるエリアの中ボスに、ジャイアントオーガがいてですね……」
「イベントボスがもう中ボス化ですか……ただ、強さはさすがに調整されてそうですが」
昔のRPGだと序盤のボスが中盤のザコ敵になるのはよくあったけど、このゲームもそうなんだなあ。
序盤に苦戦した敵を簡単に倒せるようになって、自分たちのレベルが上がったことを実感できる、いい要素でもあったけどね。
それにしても、ジャイアントオーガが出現するなら、もうイベントでもらった魔石は使ってもよさそうかな。
「それでもまだ苦戦してしまっていてな。レベル上げとレアドロップ狙いでダンジョンに潜る日々だ」
「この後は作戦会議がありますので、また時間のある時にお話ししましょう」
「分かりました、今日はありがとうございました」
こうして、タイガさんたちは作戦会議のために帰っていったのだった。
**********
「……さて、それじゃこのジャイアントオーガの魔石はライアにあげるね」
「きゅーっ!」
俺は2人を見送るとホームに戻り、ジャイアントオーガの魔石を取り出してライアに渡す。
イベントの一番の功労者だし、他の2人も納得してくれた。
もちろん、エルフの集落のダンジョンにいるジャイアントオーガの魔石が手に入ったら2人にもあげると約束をして。
「さて、これはライアの好物かな? それとも……」
俺は久々に動画を撮りながら、ライアの食事を見守る。
しかし。
「きゅ……?」
ライアが魔石を取り込んだ瞬間、部屋をまばゆい光が包む。
時間が経つにつれ、何も見えなくなるほどの光量が徐々に収まっていき……。
「きゅ……? きゅー……?」
そこには、妖精さんサイズから、レイぐらいのサイズに変貌を遂げたライアが立っていた。
着ていた服はサイズが合わないから、自動的に外れてアイテムボックスに収納されたのか、一糸纏わぬ姿になっている。
ライアはまだ自分の変化に気付いていないのか、それともあまりの変わりように戸惑っているのか、不安そうにあたりを見回している。
俺がライアに近づくと、ライアは視線を上下させる。
そして、いつもより目線が高いことに気付くと、ようやく自分が大きくなったことを自覚したのだった。
「きゅーっ♪」
そして嬉しそうに俺に飛びついて……あ、勢いがよすぎて、更に人間サイズだから支えきれな……。
俺は、ライアに巻き込まれて地面に倒れる。
「きゅーっ、きゅーっ♪」
それでもお構いなしに俺に抱き着いてくるライア。
俺は慌ててアテナさんに『タスケテ』とメッセージを送ると、すぐにアテナさんがホームへの入場申請を出してくれるのだった……。
……ん? なんだかデジャヴな気が……?
そう思いながら、俺はホームに来たアテナさんに助けを求めるのだった……。




