村づくり
「わぁ、糸がいっぱい……ありがとう、シーダちゃん」
「くー!」
アテナさんはアラクネをペットにしたあとはティルナノーグに帰り、シーダちゃん……アラクネに糸を作ってもらっている。
名前の由来は蜘蛛の英語であるスパイダーを少しアナグラムし、スイーダからスィーダ、発音しやすくしてシーダ、らしい。なんだか愛を語りそうな名前だ。
「そういえば、アテナさんは糸を織ることができるんですか?」
「いえ、私は織り機は持ってないですし、使う技術もないので、今回は町の加工屋でやってもらおうと思ってます」
「町に布に加工してくれるお店があるんですね。確かに、何かのきっかけで糸が手に入っても、布にするには手間暇がかかりますからね……」
鉱石を魔玉にするにも加工が必要だったし、俺の知らない加工屋がまだまだありそうだ。
しかし、織り機があるということは自分で加工することも可能なんだな。
自作すればそれだけランクが上がる可能性もあるかも。
「できた布で最初に作るのは、やはりシーダちゃんの服ですか?」
「もちろんです! 下半身が蜘蛛なのでどういう服にしようか、今から考えてます」
「確かに……上半身が人なので、トップスだけ着せる感じですか?」
「それもありですけど、下半身の蜘蛛の部分もおしゃれさせたいですよね。夢が膨らみますね……」
相変わらず服関係の話の時のアテナさんは生き生きしてるなあ。
俺個人としても、どんな服ができあがるか楽しみだけどね。
「それでは加工屋に行ってきますね。これだけ糸があれば服を作れるだけの布になると思います」
「どんな布になるか楽しみですね」
「はい! きっと極上の布になるはずです。だって、かわいいシーダちゃんの特別な糸ですし……ねー?」
「くーっ!」
アテナさんはシーダちゃんを抱きしめる。喜んでいるシーダちゃんを見るに、既にすごく懐いているように感じた。
ルシードやティアちゃんが嫉妬しないといいんだけどなあ。
「さて、俺は村づくりの場所の選定をしないとな……」
俺は村づくりの場所を決める会議の準備を始めることにした。
一応動画を撮っていたので、それを参加者全員で見ながら決めよう。
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「──それでは、この場所に村を造っていきましょう。今回造るのは『竪穴式住居』と『チェンジプラントで造るログハウス』です」
ログハウスと言っても、魔法で内部を変化させた木なんだけど。他にどう言えばいいかも分からないので、とりあえずログハウスとしておこう。
「それぞれの住居でチーム分けをする予定ですが、チェンジプラントは全員が使えるので、半々で別れる感じになると思います。俺は今回『チェンジプラント』の練習も兼ねてログハウスのチームに入る予定です。それではチーム分けの相談を始めましょう」
その後チーム分けが決まり、リーダーは竪穴式住居はアトラスさん、ログハウスは俺という形になった。
「チームが決まりましたが、造り方に意見がある方もいらっしゃると思うので、チームに分かれる前に全体での疑問点などありましたらどうぞ」
「ええと……竪穴式住居は湿気が溜まりやすいと思うのですが、どうやって対処しますか?」
「竪穴式住居は中で火を使うことで虫よけや湿気よけをしてたんだが、今回使うのはウルフたちなんだよな……そうなると火は使えないだろうしなあ」
「それなら、今回はテントなどで使われている布で屋根を作るので、取り外しできるようにして換気できるようにしますか? ウルフたちには難しいと思いますが、俺たちの村でもあるので代わりにやってあげると交流にもなりますし」
「換気問題ならログハウスの方もですかね。こちらは窓を2か所以上作って、網戸も必要で……ただ、ずっと窓を開けっぱなしだと冬は寒そうなので、そこの対策も必要ですね」
などなど、さまざまな意見が出てくる。
あとは実際に造ってみてようやく分かる問題点もあると思うので、ある程度の量の意見が出たら切り上げて実際に着手してみよう。買い出しにも行かないとな。
「それでは意見出しが終わったら、リーダーで買い出しに行きましょう」
「おれとコウで買い出しに行ってる間は、各メンバーで準備をしておいてくれ。まあ、用具は全部アイテムボックスに入れておけばいいから、現実に比べたらだいぶ楽だな」
「確かに。アイテムボックス、現実にも欲しいですよねえ」
「部屋の整理も楽になるしな。……よし、それじゃあ次は各チーム内での相談の時間だ」
こうして、着々と準備は進んでいく。
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「それではウルフの寝床づくりを始めましょう。周りを柵などで囲まない限りは村として完成はされないので、充分時間をかけても大丈夫です」
「よーし、やるぞお前らー! キングウルフに認めてもらって村づくりを進められるように、いいものを造るぞ!」
「「「おーっ!」」」
……このアトラスさんのリーダーシップがすごい。
もうこのギルド、アトラスさんがリーダーでいいんじゃないかな。
「わ、私たちもがんばりましょう、コウさん」
「そうですね、まずは木の洞の拡張から入りましょう。急に変化させると割れたりするかもしれないので、じっくりと変化させていきましょう」
クイーンさんはエルフの集落で木を急激に変化させてもそういうことはなかったけど、あれは充分な鍛錬と魔力量があってこその芸当だろう。
俺たちは代わるがわるに洞の大きさを拡張していき、徐々に内部を空洞にしていく。
こちらのメンバー全員が入れるぐらいの大きさまで拡張したら、次は窓の作製である。
内部に雨の水が入らないように、出窓のような形で木の東、西、南の3か所に窓を作製する。
なお、北は出入口にしているので、これで風通しがかなりよくなるはず。
更に、出窓の上部は水を溜めないように、屋根のように傾斜させてある。
そして地面に水が溜まって内部に入り込まないように側溝も作っていく。
側溝に関してはコンクリートの作り方は分からないので、木材をチェンジプラントで作り変えて設置することに。
結構応用が利くから、取得して大正解だったな……。
それから約半日。
俺たちのログハウスとアトラスさんたちの竪穴式住居はなんとか完成する。
もうそろそろ夕暮れなので、かなり時間が経ったが……。
「コウ、こりゃ結構疲れるな……」
「ええ、でも心地いい疲れですね。……アトラスさんの竪穴式住居も、屋根から落ちる水を側溝に導いてるんですね」
「ああ、それに入口などから水が入らないように、穴の周りを少し地面より高くしてるな。あとは入口の坂を一旦少し登ってから降りるようにしてみたぐらいか。これで水が入り込む可能性は少ないだろう。多分……」
やはりアトラスさんたちも水が入らないように対策をしているようだ。
竪穴式住居は確かに居住空間が地面より低いからなあ……それでも長い人類の歴史で使われていただけあって実績はあるはず。
他にも、風通しを良くして湿気を逃がすために、屋根を調整できるようにする機構も搭載している。
中央の柱から伸びている垂木の終端の高さが調整でき、内部に風が通るようになるようだ。
これなら湿気も問題なく外に逃げていく……はず。
その後、村づくりを完了するために、寝床の周りに『陥没』スキルで軽く堀を造る。
「……それでは、キングウルフさんたちを呼んでみますか?」
「ああ……少しばかり緊張するな」
キングウルフさんが気に入らなければまた造り直しになるから、できれば今回のが気に入ってくれればいいのだが……。
「……よし!」
アトラスさんが草笛を鳴らす。
すると、1分も経たないうちに、草原の草を巻き上げながらキングウルフさんが出現する。
……これだけで俺たちとのレベル差がかなりあると見て取れるだろう。
「ふむ、我を呼ぶということは……」
「はい、寝床が完成しました」
「よかろう、それでは……」
と言いかけたところで、キングウルフさんは止まってしまう。
「ど、どうかされましたか?」
「いや、皆を連れてくるのを忘れていた。しばし待つがいい」
どうやら、ここへ来るのを優先するあまり、寝床を使う他のウルフたちを置いてきぼりにしてしまったらしい。
……あれ? キングウルフさん、案外抜けてるな……?
それから5分ほど後、他のウルフたちが到着する。
そして、期待する目で俺たちを見ているが……。
「お前ら、今日はフリスビーで遊ぶために呼ばれたわけではない。今は待て」
そのキングウルフさんの言葉に『きゅーん……』と萎んでしまうウルフたち。なんだかかわいい。
そこまでフリスビーを気に入ってくれたのは嬉しいんだけどね。
「それじゃ、おれから案内するぜ。おれたちの造った寝床は竪穴式住居だ」
「ほう、地面に穴を掘って屋根で風除けをしたものか」
「ああ、それに人の手は必要だが屋根の高さを調整して、風が入るようにできる。これで換気もできるし、湿気……じめじめした空気も入れ替えられるんだ」
「なるほどな……それでは邪魔させてもらおうか」
キングウルフさんはウルフたちを引き連れて内部へと入っていく。
俺たちまで入ると収容人数の関係もあって邪魔になるので、俺たちは待機だ。
しばらくすると、キングウルフさんたちが外に出てくる。
「ふむ、それでは次のを見させてもらうか」
「それでは、今度は俺たちですね。俺たちのは大木を魔法で変化させたものです」
「ほう、まさか大木をここまで作り変えることができるとはな」
「ヴァイスのエルフさんたちのおかげですね」
「ふむ、お前たちはエルフとも親しいのか。なるほど、納得したぞ。……それでは中を見せてもらおうか」
「今回は俺も同行させて頂きますね」
キングウルフさんたちは今度はログハウスへと入っていく。
「ほう、こちらも内部は暖かいな」
「木の中なので、風は入ってきませんしね。そして、このレバーを操作すると……」
俺がレバーを操作すると、出入口が閉まる。
レバーはキングウルフさんたちでも操作しやすいように、簡易な作りにしてある。
手で動かさなくても、身体を当てればちゃんと開閉するぐらいには操作は簡単だ。
「このように、出入口を塞ぐことで寒い日でも中は暖かくできます。そして、窓も設置していて、今度はこちらのレバーを操作すると……」
「おお、外からの風が入ってきているな」
「はい、窓を開けることができ、空気の入れ替えができます。アトラスさんたちの造った寝床同様に、空気を入れ替えることもできるので、湿気が溜まりません」
「なるほどな。……よし、それでは外に出ようか」
……こうして、2種類の寝床の案内が終わる。
キングウルフさんたちは円陣を組んで話し合いをしているようだ。おそらく、寝床の評価をしているのだろう。
「うう……緊張しますね」
「ああ、気に入ってくれるといいんだがな」
それから3分ほどして、キングウルフさんたちの円陣が崩れた。どうやら評価し終わったようだ。
「待たせたな。それでは寝床だが……」
俺たちは息をのんで次の言葉を待つ。
「……どちらも使わせてもらおう」
「ど、どちらもですか?」
「うむ、我は『竪穴式住居』とやらの方が好きだが、『ログハウス』が好きな者もいてな。それぞれ分かれて使うことにした」
なるほど、ウルフたちの中でも好みはそれぞれなんだな。
俺は2種類造っていてよかった、と胸をなでおろした。
「……それでは」
「ああ、お前らの村は攻撃しないように通達しておこう。……よし」
キングウルフさんは草原へと駆け出し、俺たちから数百メートルほど離れて立ち止まる。
「……ウォォォォ……!」
そして草原に向かって遠吠えをする。
その遠吠えは1分ほど続き、空気を重く揺らした。
「……ふむ、これでいいだろう。これでこの村は、我らや草原のモンスターには襲われなくなったはずだ」
「あ、ありがとうございます!」
これでクォルトス鉱山の近くに村が造れ、アトラスさんたちも効率よく鉱石が掘れるようになることだろう。
「……ところで、南の方にも村を造りたいのですが、その時はここと同じ条件で襲われなくできますか?」
「無論だ。……よし、それでは……」
「それでは……?」
「アトラス! 腕は上がったか?」
「おうよ! 今度は負けねえぞ!」
アトラスさんはフリスビーを構える。
それに呼応して、他のウルフたちも期待のまなざしで俺たちを見る。
……そういえば、さっき『待て』されてたね……。
「アテナさん、レックスさん……俺たちもいきましょうか」
「はい!」
「分かりました、今日はとことん遊びましょう!」
こうして、無事に村づくりを完了した俺たちは、隣人となったウルフたちと日が暮れるまで遊び続けることに。
そして、遊び疲れたウルフたちはそれぞれの寝床へ向かい、ゆっくりと疲れを癒すのだった……。




