友好関係
「うーん……ウルフやボアと友好的な関係になるにはどうしたらいいか……」
クイーンドリアードの助言の通り、村づくりをするなら付近のモンスターと友好的な関係になればいいわけだが、なかなかいい案が思いつかない。
北のクォルトゥス鉱山の近くに村を造るなら、主なモンスターはウルフとボア。
南のエルフの集落であるヴァイスの近くに村を造るなら、主なモンスターはウルフとクロウ。
ウルフは共通だから決定事項として、ボアとクロウならどちらが仲良くなりやすいか。
ボアはイノシシ……人間はイノシシを家畜化してブタにしたが、これはおとなしい性格を厳選して長い年月をかけて改良した結果だしなあ。
クロウはカラスだから、現実と同じと考えれば頭はいいはず。人間の言葉が分かるように感じられる個体もいるみたいだし、どちらかと言えばクロウの方が友好的な関係になりやすい……はず。
クロウといえばタケルのペットモンスターでもあったな。
タケルに連絡してクロウの好むものを教えてもらおう。
そうすれば手掛かりが見つかるかもしれない。
「とりあえずは……ウルフの好むもの……」
俺はスコールの方を見る。
すると、スコールはフリスビーを咥えてこちらへ駆け寄ってくる。遊んでもらえると思ったのだろう。
「よし、気分転換にちょっと遊ぼうか」
「がう!」
スコールは尻尾を振って俺がフリスビーを投げるのを待っている。
もはや狼というより犬な気すらしてきたぞ。
でも、もしウルフもこういうのが好きだったとしたら……。
「がう?」
「あ、ごめんごめん。それじゃ……それっ!」
「がーうー!」
俺が勢いよくフリスビーを投げると、猛ダッシュでそれに向かうスコール。
そして、フリスビーが地面に落ちる前にジャンプして華麗にキャッチする。
この光景を他のウルフに見せたら、興味を持ってもらえないだろうか?
「……まあ、失敗したところで死ぬわけじゃないんだし、やるだけやってみよう」
こうして、俺はグラティス草原へとスコールと一緒に出掛けることにするのだった。
**********
「まずはウルフとエンカウントして……あ、スコール、ウルフと戦闘になった場合でも攻撃はしないでね? スコールのレベルだと瞬殺しちゃうし……」
「がう!」
俺の言葉に首を縦に振るスコール。
ペットモンスターは人間の言葉を理解できるみたいだけど、野生のウルフだとどうなるか……。
スコールも元々は野生だったんだけど、ペットモンスターにした瞬間に人間の言葉を理解できるようになる仕様かもしれないし、今回の実験で確かめられるな。
……まあ、ドリアードやバンシーたちが人間の言葉を理解できているんだけど……それは人型のモンスターだからって理由かもしれないし。
「ぐるるる……」
そんなことを考えていたら、ウルフとエンカウントする。
よし、それじゃ早速……。
「スコール、いくよ!」
「がう!」
俺はフリスビーを構えると、敵のウルフは武器で攻撃されると思い、警戒態勢を取る。
しかし、そのフリスビーは90度別の方向に放たれ……。
「がうーっ!」
スコールが喜んでそれを追いかけていく。
敵のウルフは『???』と言わんばかりに、クエスチョンマークが頭に浮かんでいるようだ。俺たちを攻撃するのも躊躇ってしまうぐらいに。
まあ、敵が出たのに戦闘もせずに急に遊び始めたんだ、誰だってそうなる。俺でもそうなる。
『ふざけすぎー!』ってツッコまれそうではあるけど、スコールはフリスビーをキャッチしてから俺の下へと戻ってくる。
そして、上手にキャッチできたことを褒めてからスコールを撫でてあげる。
「がう……」
嬉しそうに尻尾を振るスコール。
そして、敵のウルフはまだ状況が飲み込めていないようだ。
それを見て、俺は2投目を別の方向へとさっきよりも力強く飛ばしてみる。
スコールは普通の足では追い付かないと思ったのか、スキルの『俊足』を使い、ギリギリでキャッチする。
俊足とは一時的に脚力を上昇させて速さを上げるスキルで、本来は敵との距離を一気に詰めたり、スピードを乗せた攻撃を行うものだ。
まさか遊びに使うとは誰も思わないだろう。
「おー、まさかスキルを使って取るなんて……スコールは賢いなあ」
「がうー♪」
俺はスコールを褒めながら、敵のウルフをじっと見る。
「……君もやってみる?」
「ぐ、ぐるる……」
俺はフリスビーをウルフに向けて差し出す。
ウルフはフリスビーのにおいを嗅いだり、上下左右から見てみたり、警戒をしているようだ。
まあ、もしこれが武器の場合は毒とか塗られてる可能性もあるからね。正しい判断だと思う。
「それじゃあ……それ!」
俺は少し緩くフリスビーを投げてみる。
最初は少し立ち止まっていたウルフだが、駆け出してフリスビーに追いついてキャッチする。
そのまましばらくフリスビーを咥えたまま立ち止まっていたが、尻尾がゆらゆらと揺れているのを俺は見逃さなかった。
その後、フリスビーを咥えて俺のところへと来て、じっとこちらを見てくる。
「ありがとう、楽しかった?」
「ぐ、ぐるる……」
若干戸惑った表情を見せるものの、尻尾は感情を隠せていなかった。
俺はフリスビーを受け取ると、ウルフの頭を撫でてから再度投球モーションに入る。
「今度はちょっと強めにいくよー……それ!」
俺はさっきよりも力を入れてフリスビーを投げる。
ウルフは今度はフリスビーを投げると同時に走り出し、見事に空中でキャッチする。
そして俺の所へとフリスビーを持ってきて、次の催促をする。
……うん、もしかしたら仲良くなれているかも……?
その後、しばらくウルフと遊んでいると、ウルフが遠吠えをする。
何かあったんだろうかと思ったが、俺はフリスビーを投げるのを催促されたので、再びウルフと遊び始める。
それから2分ほど経つと、5頭のウルフが俺たちに近づいてくる。
もしかして、さっきの遠吠えは仲間を呼ぶため……?
俺はスコールを下がらせると、新しく来たウルフたちに対峙する。
すると、始めにいたウルフが何やら仲間のウルフたちと会話を始める。
そして、俺の持っているフリスビーを齧り……どうやら、投げて欲しいようだけど……?
言われるがままに、俺はフリスビーを投げると、ウルフがそれをキャッチしてみせる。
その光景に他のウルフたちは歓声をあげる。
そして、俺のところへと戻ってきて、他のウルフを俺のところへと行かせる。
……なるほど、さっきのは遊び方を教えていたのかな?
そう思って俺がフリスビーを投げると、今度はそのウルフがフリスビーをキャッチし、俺の下へと持ち帰ってくる。
そうして、代わるがわるにフリスビーで遊び始めたのだった。
さすがに俺1人では対処しきれないと思い、アテナさん、アトラスさん、レックスさんにメッセージを送り、ここまで来てもらうことに。
それからは4人でウルフの相手をしていたのだが、ウルフが更に遠吠えをして……。
「あ、これはもしかしてまたウルフが増えますね」
「マジかよ、更にギルドメンバーを呼ぶか?」
「うーん、私たちだけでも回せそうではありますが……来る人数次第ですね」
「アルラウネにも手伝ってもらいますか? 人間サイズなので大丈夫と思いますが……」
レックスさんの提案に乗り、レイをはじめとしたアルラウネたちにフリスビーで遊ぶのを手伝ってもらうことに。
ウルフはアルラウネにびっくりしていたけど、次第に仲良くなって一緒に遊ぶのを楽しんでいる。
「これなら数が増えても大丈夫そうですね」
「こ、コウさん、あれ……」
レックスさんが指し示した先にいたのは、他のウルフよりも一回りも二回りも大きいウルフ。
もしかしてこのウルフは……。
「お、おい。コウ、あれはキングウルフだぞ!?」
「あのレアモンスターの……?」
確か、レベル40台のパーティーですら瞬殺されたという……。
どうしてこんな所に……?
と考えてハッとした。
確か出現条件は……『グラティス草原のウルフに仲間を呼ばせ続けると、キングウルフが出てくる』だ。
今の状況と合致する。してしまう。
「みなさん、ここは俺が殿を引き受けますので……逃げてください」
「いや、キングウルフは相当素早い。おそらく逃げ切れないだろう。おれも残る」
俺たちがキングウルフの前に立ち塞がると、キングウルフはこちらをゆっくりと見る。
その鋭い眼差しは、まるで俺たちを突き刺しているようだった。
「できれば、スコールは無傷で帰してあげたいですね……」
スコールよりも先に俺が戦闘不能になれば、スコールは無傷でホームに帰ることができる。
幸い、レベル差はかなりあるだろうから、一瞬でやられるはず……。
「……ふむ、ここで楽しいことがあると聞いたが……お前らのことか?」
突然、キングウルフが口を開く。
楽しいこと……? いったい何のことだろうか。
「ひ、人の言葉を喋れるんですか?」
「ああ、他のウルフは無理だが我は、な」
「そ、それなら……俺は好きにしてくれて構いませんので、他の人たちには手を出さないで頂ければ……」
まあ、俺たちは普段はモンスターを普通に倒しているので、都合の良いお願いだと言うのは分かってはいる。
それでも交渉しないよりはマシだろう。
「……そうか。それなら、仲間が言う『楽しいこと』をしてもらおうか」
「た、楽しいこと?」
「ああ、先程の遠吠えで仲間が知らせてくれたのだが……」
もしかして……フリスビーのこと……?
「そ、それではその子にやってもらいましょう」
「ふむ、よかろう」
俺はさっきまで遊んでいた子に、フリスビーを取ってきてもらうことに。
今回は説明のため、少し緩めにフリスビーを投げる。
ウルフはフリスビーを追いかけていき、見事に空中でキャッチする。
「ほう、なるほどな」
「こ、こういった遊びなのですが……いかがでしたか……?」
「ふむ、それでは我もやってみるとしよう。しかし……いささか我には小さすぎるな」
確かに、キングウルフは他のウルフの数倍大きい。
小さいフリスビーだと取りづらいだろうし、俺はアイテムボックスから木材を取り出し加工することに。
「ほう、なかなか魔法の扱いが上手いではないか」
「そ、そうでしょうか?」
「厚さを均一に加工するのはなかなか難しいようでな。それを軽々とやってのけるとは……」
「あ、ありがとうございます。それでは完成しましたし、投げましょうか」
「うむ、いつでも来るがいい」
俺は勢いよくフリスビーを投げる。
キングウルフは一瞬でそれに追いつき、落下地点で悠々とキャッチする。
「……なるほど、高レベルのパーティーが一瞬で壊滅させられるわけだ。早すぎる」
「ということは、逃げるのは無理でしょうね……」
「それなら、どうにか満足して帰ってもらうしかないだろうな」
「どうした? お前の力はそんなものか?」
フリスビーを持って帰ったキングウルフがそう言う。
確かに、俺はまだレベルアップ時のステータスボーナスを振っていないから、それで力を上げればもっと遠くまで飛ばせるかもしれない。
今後、間違いなく力は必要だろうから、上げても問題はないが……。
「よし。コウ、おれにやらせてくれ」
「アトラスさんが……? それではお願いします」
「おう。それじゃあ……行くぜ?」
「よかろう。楽しませるがいい」
アトラスさんはフリスビーを持ち、勢いを付けて、更に一回転してから思いっきり投げる。
今までに見たことのない速度でフリスビーが勢いよく飛んでいく。
「ほう……面白いではないか」
キングウルフは駆け出し、途中で身体が光ったかと思うと一気に加速し、空中でフリスビーをキャッチする。
そして、ゆっくりとこちらへ戻ってくる。
「なかなかやるではないか。我にスキルを使わせるとはな」
「す、スキルですか……?」
「ああ、『神速』というスキルで、通常の3倍のスピードで動けるものだ」
「……身体が赤くなったりはしませんよね?」
「む? それはどういうことだ……?」
「い、いえ、こちらの話です」
「かぁー……コウたちを驚かせるために鍛えたってのによー……あっさり取られるとはなあ」
こっそり特訓していた成果を、あっさりとキングウルフに打ち砕かれてアトラスさんは少々落ち込んでいるようだ。
いや、充分凄ったと思うんだけど。相手が悪いよ相手が。
「もう少しステータスを力と器用さに振ってみるか? それともパッシブスキルでステータス強化か……アクティブスキルの身体強化か……」
「ふむ、自己研鑽に余念がないようだな。気に入ったぞ」
「今度は負けねえからな……」
「……そういえば、なぜお前たちは戦いもせずにこんなことを?」
「ええと、それはですね……」
俺は村づくりをするとモンスターに襲われるため、できれば友好関係を築きたいと思っていることを正直に伝えた。
「……ふむ。それなら、我の要望を聞くのであれば、ボアやクロウにも話を通そう」
「えっ、そ、そんなことができるんですか?」
「うむ。我はこの草原の頂点に君臨している。そんな我の言う事を聞かない者がいるはずがないだろう?」
「た、確かに……」
もし逆らおうものなら、圧倒的な力でねじ伏せられるだろうからなあ。
条件にもよるけど、話を通してもらえるならありがたい。
「それでは、その条件というのは……」
「そうだな、『村づくりをする際に、我々の寝床も作ること。時々こうやって遊ばせること』ぐらいにしておいてやろう」
「分かりました、その条件でしたら引き受けさせて頂きます」
「では要望通りの村が造れたら、約束通り村を襲わないようにしてやろう。……さあそれではアトラスとやら、もう少し我を楽しませるがよい」
「ああ、今度は負けねえからな。ステータスも上げたしスキルも取った……それじゃあ、行くぜ?」
……なんだかんだで凄い仲良くなってるな、アトラスさんとキングウルフ。
俺もステータスの振りかたやスキルの取得を考えてみようかな……。
そう思いながらも、キングウルフに認められる村づくりの構想を練り始めるのだった。




