エインズの町防衛戦①
「おー……どんどんプレイヤーが集まってきてる……」
エインズの町防衛戦イベント当日、俺は町の外壁の上からグラティス草原を眺めている。
多くの馬防柵が立ち並ぶ中で、各ギルドのパーティーが準備を始めている。
単独で動いているのはソロのプレイヤーだろうか。
「おう、コウもここにいたのか」
「ああ、ちょっと戦場を見ておこうと思ってな。馬防柵の間隔がちょっと広い気がするけどそういうものなのか?」
「そうだな、馬防柵の間に各パーティーのタンクを置いて敵を止めるんだが、ワールドクリエイターズは最低ダメージがあるだろ?」
このゲーム、どんなにステータス差があっても1ダメージが通る最低ダメージが存在している。
ノーダメージにするにはスキルの『受け流し』『パーフェクトガード』などが必要だ。
しかし、スキルを使うとMPを多少なりとも消費してしまうわけで。
「なるほど、タンクが一気に攻撃を受け止めると最低ダメージで削られていくから、あえて後方に抜けさせるのか」
「そういうことだ。後方に抜けたモンスターは他のパーティーメンバーで討伐するという流れだな。あとはタンクが一斉攻撃されて奥に押し込まれるのを防ぐためでもあるぞ」
「ああ、確かにいくら防御が高くても物量には勝てないな……。ちなみに、馬防柵が音ゲーのトリル(※)みたいな配置になってるのは、侵入経路を限定させるためか?」
「ああ、動きが限られてた方が対処しやすいだろ?」
「確かに。連携もしやすそうだな」
そして、最終防衛ラインには町の兵士たちか。
兵士たちのステータスは見れないけど、最後の砦ってことでかなり強いんだろうな。
「……俺、トリル苦手だからこの配置を見るとゾッとするわ」
「……そういうもんなのか?」
「そういうもんなの、BADハマりのトラウマが……」
「ハハハ……さて、そろそろか」
冗談を言っていたら時刻は11時59分。エインズの町防衛戦イベント開始まであと1分だ。
「おい、タケルはまだ出なくていいのか? モンスターを倒したら貢献度ポイントがもらえるんだろ?」
「ああ、戦況を見てからどこに加勢するか決めるんだ。イベントの成功が優先だし、俺たちのギルドは遊撃部隊が多めで、俺もそれだからな」
「なるほどな……あ、中央付近にいるのは……」
「タイガだな。タンクの中でも上位プレイヤーだからあの位置が適切だろう」
「へー……やっぱりすごい人なんだな……」
「……おっと、お出ましのようだぜ」
タケルの言葉でグラティス草原の方を見ると、草原の緑がモンスターで見えなくなっている。
……なんだこの数。数千……いや数万はいるか?
確かに攻城戦では侵略側の人数は防衛側の人数の10倍は必要とは聞くけどさ。
「……軽く見て数万はいるよな?」
「ま、プレイヤー側もこの時間帯で活動してるのは1万は超えるからな。生産職を除いたとして、1人10匹倒せばまあいけるだろ。問題は……ジャイアントオーガだからな」
「まだ見えてないってことは、ヒーローだから遅れて登場するのか? モンスター側のヒーローだけど」
「あとは一定数のザコモンスターの撃破がトリガーかもな……ん?」
タケルが南西の方を見る。
俺もそちらを向くと、突出しているパーティーが数パーティーあるようだ。
「なあ、あれいわゆるヒャッハー系のプレイヤーか?」
「貢献度ポイント稼ぎだろうな。ま、後悔することになるだろうけど……」
「え? それってどういう……」
俺は突出したパーティーを観察していると、最初は順調にモンスターを倒していたように見えたものの、すぐに周りを囲まれて身動きができなくなり、そのままお亡くなりになった。
……モンスターはウルフが中心だったけど、レベル差があってもこの物量差には勝てなかったか。
「あーあ、死んじまって。バカなやつだ」
「ん? それってどういう?」
「今回のイベント戦、デスペナルティが追加されてるんだよ。死亡後は30分ホームから出られない、ってやつだ。あとは単純に貢献度ポイントも下がる」
「30分か……結構長いな」
「いわゆるゾンビ戦法をさせないためだな。今回の戦場がエインズの町周辺だから、ホーム送りされてもすぐに出てこられる距離だろ?」
なるほどな。
確かに、やられてもやられてもHP1で出陣してきて攻撃してくるなんて、敵側からしたらまるでゾンビだ。
そんなことを話している間にも戦況は刻一刻と変化していく。
最初はウルフ中心だった敵の構成に魔法や弓矢を使う遠距離型のゴブリン、動きは鈍いが打撃が効かないラージスライム、馬防柵を無視するビーやクロウなどの飛行系などが追加されていく。
ウルフが先陣を切ってたのは機動力の差ってことかな。
「誰かーっ、消火を頼むー!」
叫び声が聞こえて来た南東を見ると、馬防柵が敵の火魔法で燃やされている。原因は魔法を使うゴブリンか?
もしかして馬防柵の間隔が開いていたのは、侵入経路の制限だけでなく延焼を防ぐためでもあるのか?
なお、燃えた馬防柵は近くのプレイヤーがウォーターの魔法で消化していた。
なるほど、そういう使い方もあるのか。濡れた地面で滑らないかちょっと心配ではあるけど、今は消火が優先だな。
「……よし、南西が少し手薄みたいだから加勢に行ってくる」
「ランカー様だから大丈夫だろうけど、油断せずにな、タケル」
「ああ、サンキュー。コウも可能なら後方支援頼むぜ」
「おう、武運を祈る」
こうして俺は南、タケルは南西へそれぞれ出陣をすることになった。
**********
「コウさん、後方支援をされるのですか?」
「はい、ライアとレイは遠距離魔法が使えますし、スコールはポーションを配布できます」
弓兵がいる場所まで進むと、アルテミスさんが弓兵たちの指揮を執っていた。
俺たちはライアとレイで遠距離魔法での後方支援、俺とスコールで負傷者へのポーション配布をする予定だ。
一応、レベル上げはしていてもうすぐ30なので、近づいてきた敵の対処もするつもりだ。
「ふふ……ライアさんたちの支援と声援があるならわたくしたちは最期まで戦ってみせます」
「アルテミスさん、鼻血鼻血」
「おっと、これは失礼しました。さあ、みなさん。ライアさんたちが見守ってるので、ヘマはできませんよ!」
「「「はい、会長!!!」」」
……会長??? なんの???
俺があっけにとられているとアルテミスさんは続ける。
「ええと、実はライアさんたちを見守る会の会長をしていまして……活動内容はライアさんたちの動画を視聴するだけの健全な会です」
「そ、そうなんですか……」
まあ、ただ単に集まって動画を見るだけなら普通だし、いいのかな……。
しかし、とんでもない行動力だ……。これがランカーギルドのサブリーダーたる所以か……。なんか違う気もするけど。
さておき、弓兵たちの実力は確かで、小さい的であるはずのビーやクロウを的確に射貫いている。
まるでトンボ取りでもしているような感覚で、次々に数を減らしていく。
一方、前線の方はタンクがしっかりと敵の攻撃を受け止めて、そこを後方の魔法職や弓兵が確実に倒していく。
馬防柵内に侵入した敵はパーティーの近接職が掃討して、町の門にたどり着いたモンスターはいまだに0だ。
また、遠距離から攻撃してくるゴブリンたちは、機動力の高い冒険者とウルフのコンビが一気に距離を詰めてから蹴散らしている。
魔法職や弓兵は軽装が多いため、ウルフとのコンビネーションで撃破しやすいようだ。
「りゅー!」
「ありがとよシィル! いっくぜー!」
……ん? ゴブリンたちに突撃した冒険者の中にアトラスさんが見えたけど……?
たしかアトラスさんはそれほど速さにステ振りしてなかったはず……。
そう思って観察していると、どうやらシルフのシィルちゃんの補助魔法で速さを補っているようだ。
補助魔法……いいなあ。
今でこそ補助魔法の大事さは理解しているが、小学校のころにRPGやってた時は、MPは全部回復魔法に回して物理で殴ってたなあ。懐かしい
「アイビーニードルを頼む!」
「「「るーっ!!」」」
そして、ラージスライムは動きが遅いため、アルラウネのアイビーニードルで核を串刺しにできるようだ。
アルラウネがペットになる方法が分かった初めてのモンスターだから、大半のプレイヤーがペットにしているようで、戦場のそこかしこでアルラウネを見る。
機動力はないものの、遠距離攻撃が充実してるのでやっぱり後方支援向きだなあ。
それにしても順調すぎて、俺の出る幕はなさそ……。
そんなことを考えていると、ズシン……と地面が響く。
そして、戦場に大きな影が落ちる。この大きさは……間違いなくボスのジャイアントオーガだろう。
「ガァァァァァッ!!」
モンスターは大きな咆哮をあげる。
すると、他のモンスターたちが攻撃の手を激しくし始めた。
まるで自分の身体が壊れても構わないぐらいの勢いでの攻撃に押され始め、徐々に馬防柵内に敵が侵入していく。
「まさか、さっきの咆哮はバフスキルだったのか……?」
俺はペットモンスターをスコールにチェンジし、馬防柵内の敵の掃討を手伝い始める。
しかし、倒すよりも増える方が早く、次第に戦線を下げることになる。
「スコール! 戦闘よりも救助を優先で!」
「がう!」
スコールの装備をポーション配布用の防具に変更し、負傷者の救助にあたってもらう。
俺は戦闘をしながら徐々に退いて、他のプレイヤーと合流しよう。
一方でジャイアントオーガは一直線に町の門へと歩みを進める。
その行く手を遮るのは……。
「ジャイアントオーガよ……時間は稼がせてもらおう」
タイガさんだ。
戦線を立て直すため、1人でジャイアントオーガを止めるつもりなんだろう。
ジャイアントオーガは手に持った棍棒……いや、あの大きさはもはや大木か……を大きく振りかぶり、タイガさんに向けて薙ぎ払った。
「ぐぅぅぅっ!」
タイガさんはそれを盾で受け止めるが大きくノックバックし、馬防柵に叩きつけられHPが削られる。
嘘だろ……? タイガさんの防御はトップクラスだろうし、敵の攻撃を受け止めるために力もかなり上げているはずだ。
あんな攻撃、他のプレイヤーが受けたら即死するんじゃないだろうか。
「……どうした、そんなものか? 儂はまだ死んでおらんぞ」
タイガさんはハイポーションを使い、再びジャイアントオーガと対峙する。
今のうちに態勢を立て直してタイガさんの援護に入らないと……。
「くそっ、なんだこいつら……さっきまでとは違うぞ!」
振り返ると後方の弓兵、魔法職のプレイヤーのところまでモンスターが侵入、攻撃をされ始めていた。
「ひっ……」
ウルフが魔法職のプレイヤーに襲い掛かり、魔法職のプレイヤーは避けきれずその場へしゃがみ込む。
「ギャァァッ!」
しかし間一髪、モンスターが一閃される。
アルテミスさんがショートソードで応戦したのだ。
「みなさん、一旦後方へ退きましょう! ここはわたくしが支えます!」
アルテミスさんは剣と弓を戦況に応じて切り替えながら、確実にモンスターを落としていく。
……普段はあんなんだけど、いざという時はランカーギルド所属らしくかっこいいな……。
後方に退いた弓兵と魔法職はペットモンスターを一斉に切り替え、アルラウネのアイビーニードルとシードバレット、自分たちの遠距離攻撃でモンスターを押し返す。
「がう!」
「ありがとうスコール、おかげで助かったよ」
俺はスコールの装備を元に戻し、アルテミスさんたちと共闘してモンスターを撃破していく。
そのおかげで徐々に戦線を押し上げ、グラティス草原を覆うモンスターの数もだいぶ減ってきた。
残る問題は……。
「ガァァッ!」
いまだに無傷のジャイアントオーガか。
タイガさんが足止めをしているが、反撃する隙がない。
……ん? 今、ジャイアントオーガが何か合図を出したような……?
すると、町へと向かっていたモンスターたちが急にタイガさんの方へと集まり始める。
パワー馬鹿だとばかり思っていたけど、もしかしてこいつがモンスターを統率しているのか……?
「ぐうっ!」
タイガさんは後方からの攻撃を受け、態勢を崩される。
そこにジャイアントオーガが武器を振りかぶり……。
「ライア! ジャイアントオーガにバインドを!」
「きゅーっ!」
俺は咄嗟にペットモンスターをライアに切り替え、バインドでジャイアントオーガの腕を拘束する。
その間にタイガさんは態勢を立て直し、槍で近寄ったモンスターたちを掃討する。
また、アトラスさんをはじめとしたゴブリンの撃破を終えた冒険者たちも集まってくる。
「グゥゥ……!」
ジャイアントオーガはその力でライアのバインドを振り解き、自由になる。
物理的にツタを引き千切るとか、本当にパワーが凄いな……。
……ん? ジャイアントオーガがこっちを見てる……?
「まさか、さっきのでヘイトがこっちに向いた……?」
どうやら間違いないようで、ジャイアントオーガはこちらへと向かってくる。
しまった、俺は速さにステータスを振ってないから、このままだと逃げ切れない……。
「アルテミス! コウ殿の援護を」
「分かりました!」
戦線を上げてきたアルテミスさんたちがジャイアントオーガに攻撃を仕掛けてくれるが、それに構わずにジャイアントオーガは俺たちを追ってくる。
そして、ザコモンスターに行く手を阻まれ、足止めをされる。
「コウ殿ーッ!」
ジャイアントオーガは俺たちに向かって武器を振り上げ……。
「ごめん、ライア!」
避けきれないと判断した俺は、ライアを地面に押し倒して覆いかぶさる。
このゲームは、ソロの場合はプレイヤーが先に倒されると、ペットモンスターは生きていてもホームへ送還される仕様だ。
つまり、俺が先に攻撃を受ければライアは痛い思いをしないで済む。
そして、ジャイアントオーガの武器が振り下ろされ……。
「……! ……!!」
周りの声が聞こえなくなった。
……このゲーム、死亡するときはこんな感じなんだな……。
ライアが痛い思いをしてなければいいんだけど……。
「きゅーっ」
「……え? ライア……?」
俺が目を開けたのはホームのベッドの上……ではなく、まだ戦場だ。
どういうことだ……?
俺が慌てて周りを確認すると、土で囲まれていた。
「ここは……穴の中……?」
俺はハッとする。
そうか、ライアが咄嗟にスキルの陥没で地面に穴を開けて、ジャイアントオーガの攻撃を避けてくれたのか。
「これならもしかしたら……」
俺は全体チャットを立ち上げてメッセージを送る。
これならきっとジャイアントオーガに対抗できるはずだ……!
【トリル】
ノーツが交互に配置されるもの。
(例)
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