フリーマーケット
「──おっと、もう昼休みか」
ワールドクリエイターズを始めた翌日。
俺は久々のものづくりを堪能してちょっと上機嫌で仕事をしていた。
「よう、コウ。昼飯に行こうぜ」
「よし、今日も社食でいいか? 今日のメニューにハンバーグがあるんだ」
「そういえばお前ハンバーグが好きだったな。何か理由があったっけ?」
「あー……まあ、ゲームの影響ってやつだ」
俺は影響を受けやすいのか、ゲームに出てくるキャラの好物とかが気になって、それを食べて好物になって……というのが割とある。
「懐かしいな、そのゲーム俺もやったわ」
「お、そうなのか。それじゃ食堂に向かいながら話すか」
俺たちは食堂に向かいながら、昔のゲームの話をする。
こういう話ができるのは幼馴染の特権だよなあ。
食堂に到着すると俺たちは食券を買い、出来上がりを待つ。
「そういやワールドクリエイターズの感触はどうだ? 続けられそうか?」
「ああ、もちろんだ。昨日は椅子を2つ作っただけだけど、すごく楽しかったぞ」
「それは何よりだ。自動作成機能はもう試したか?」
「いや、せっかくなら自分で作りたいから全部手作業でやってる」
「あー、それはもったいないぞ。自動作成機能はアイテムを一瞬で作れるんだ。つまり寝る前にHPとMPを一気に消費できるからお得なんだ。寝てる間にHPとMPは回復するからな」
「なるほど、でもそれだと材料が一気に尽きちゃわないか?」
「ああ、確かにコウの言う通り、材料を買うために充分な資金が必要なんだけど……よし、今日もホームでいろいろ教えるよ」
「それはありがたいな……っと、番号が呼ばれたな。行ってくる」
その後、俺たちは社食を堪能しつつ、雑談を続ける。
それにしてもタケシはいろいろ知ってるな……さすがはランカーだ。
**********
【INFO:ホームへの入場申請があります】
マジか、ログインしたばっかりだぞ。神速かよ。
俺は驚きながらも入場申請に許可を出す。
「よぉ、早速だけど金策のことを手短に教えるぜ。このあとダンジョンに行きたいからな」
「へぇ、ダンジョンなんかもあるのか。中でやられたら持ち物が没収されたり、レベルが戻ったりするのか?」
「いや、それはない。ただ単にホームに戻されるだけだな。デスペナルティはHPが1、MPが0になることぐらいか。いや、それが結構重いペナルティなんだけど……ってそうじゃなくて、金策だな」
なるほど、結構重いペナルティだな。HPとMPを回復させるのは基本的には寝るぐらいしかないし……。
「金策にはこれを使うんだ」
「……種、か?」
「ああ、薬草の種だ。これを畑に植えると2日後に収穫ができるんだ」
「なるほど、薬草を作ってそれを売るってことか」
「いや、それでもいいんだが、ポーションにすると更に買い取り価格が上がるんだ。ポーションなんていくらあっても足りないからな」
「つまり、薬草からポーションを作るってことか」
「ああ、錬金術の類になるんだけど……ファンタジー世界のものづくりってやつだ」
確かに、これもものづくりになるか。しかもゲームでしか体験できないやつだ。
「で、これをそのままギルドに納品したり、店に売ったり……一番高く売れるのはフリーマーケットだな」
「へぇ、フリーマーケットもあるのか」
「ああ、毎週土日の12時~15時と24時~27時にやってるぞ」
「珍しいな、深夜にもイベントがあるなんて。……あ、時間が合わない夜勤の人のためか」
「そういうことだ。もしコウも出店するならポーションをたくさん作っておくといいぞ。とりあえず10個作れるぐらいの材料は渡すから、あとは動画を探して作り方を参考にしてみてくれ。」
「分かった、ありがとな」
「それじゃ俺はダンジョンに潜ってくるわ」
タケシ……いや、ここではタケルか……は薬草と魔法水を10個ずつ俺に渡して、ホームから去っていった。
よし、それじゃ早速ポーションを作ってみよう。1個作れば自動作成機能が使えるようになるからな。
とりあえず、『ポーション 作り方』で検索……っと。
**********
「ふう、2個失敗したけど、なんとか3個目で作れたぞ……」
ポーションの作り方は、薬草をすり潰し、それを魔法水に入れてかき混ぜ、外から魔力を送り込む、だ。
後作業でろ過をすると、すり潰した薬草が取り除かれ、飲みやすいポーションになるらしい。
ちなみに自動作成機能で作ると、すり潰した薬草はそのまま残って飲みづらいらしい。鬼か。
なお作業としては最初の2つは簡単だが、最後の魔力を送り込むのが難しい。
少な過ぎてもダメ、多過ぎてもダメ。
ちなみに失敗したポーションはこちら。
【ポーション(失敗作):飲むとランダムで状態異常を引き起こす、毒と薬は紙一重】
……なんで薬効を抽出したら毒になるんだよ!? と思わずツッコんだが、中途半端に魔力が反応して効能が変容するためのようだ。
ちなみに売っても1Gにしかならないらしい。ポーションだとだいたい100Gで売れるのに……。
なお、薬草の種を買うと10個入りで10G、魔法水は1個で50Gになる。
薬草を育てる手間があるとはいえ、550Gが1000Gになるので、生産系メインのプレイヤーには重宝されているとか。寝る前に自動作成機能で作るだけだから手間もないしな。
こうして、俺は家具やポーションを作りながら、フリーマーケットの日を待つことにした……。
**********
「おー、これがフリーマーケットかあ……かなり盛況なんだな」
フリーマーケットは町の中央にある広場で開催される。
場所代は100G、売れた際に手数料はかからない。つまり全然売れないという事態にならない限りは損はしないイベントになっている。
「お、あっちの人は焼き鳥とか食べ物を売るのか。それであっちの人は……」
と、俺は周りの人が準備している商品を見ながら、自分のスペースへと移動する。
意外とその場に座って商売をする人が多いみたいだ。これなら椅子と机が売れないかな?
実は俺は椅子の次は机を作り始めた。
フリーマーケットで商品を並べるのに便利だと思ったからだ。
実際、スペースで設営をしてポーションを並べると、買い手が商品を手に取りやすいしね。
「……あれ? 隣の人はまだ来てないのか……」
もうすぐ開催時間だというのに、隣の人のスペースには誰もいない。
急な用事ができたのだろうか? そう思っていると……。
「ぜえ……はあ……」
息切れをしながら、虎の獣人の人がスペースに座り込む。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……ちょっと時間までダンジョンに潜ろうとしたのが間違いだった……気づけば引き返す時間がなくて、わざとやられてホーム送りにされてな……」
なるほど、デスペナルティはあるけど一瞬でホームに戻れるから、そういう使い方もあるのか。
「あ、よければこれを使ってください。そのままだと辛いと思うので」
俺はアイテムボックスから椅子と机を取り出し、獣人の人に渡す。
「おお……ありがたい。……おっと、名乗るのが遅れてしまったな。儂はタイガと申す者、以後お見知りおきを」
「俺はコウと申します、今日は隣同士よろしくお願いします」
【INFO:フリーマーケット、開催します】
っと、話をしていたらもう開催時刻か。
開催宣言と同時に、会場の外で待っていた人たちが一気に広場へとなだれ込む。
……これ、現実のどっかのイベントみたいだ。
「ではこれを1つ頂こうか」
「ありがとうございます、それの値段は……」
いきなり、タイガさんのところに行列ができる。
確かに並べていたアイテムは見たことがないものばかりだったけど……いったい何者なんだ……?
「あ、すみません。こちらのポーションを2ついただけますか?」
「分かりました、200Gになります」
おっと、いけないいけない。隣に気を取られて自分のスペースをおろそかにしちゃいけないな。
・
・
・
そして30分ほど時間が過ぎ、客足はだいぶ落ち着いてくる。
俺の持ち込んだポーションは完売、椅子や机もほどほどに売れている。
スペースを持っている人が、俺やタイガさんのスペースを見て買いに来てくれたのだ。
なお、タイガさんのスペースはほぼ完売らしい。
「だいぶ落ち着いてきましたね」
「ああ、最初はどうなることかと思ったが……コウ殿の椅子と机でだいぶ楽ができた。まるでHPが回復したように身体が楽だったよ」
「あ、実際に回復してますよ」
「………………?」
タイガさんが困惑した表情を見せる。
そしておもむろにステータスを表示させ……。
「……HPが回復する椅子……ッ!? ……あ……」
慌ててタイガさんは手で口を塞ぐ。
しかし、周りの人はそれを聞いていたようで。
「おい、今HPが回復する椅子と聞こえたが……?!」
「売り物なのか!? いや、そもそもどこで手に入れたんだ!?」
と、口々にまくしたてるせいで、どんどん人が周りに増えていく。
……あ、あれ? もしかして特殊効果付きの椅子ってそんなに珍しいものなのか……?
「す、すまないコウ殿、儂のせいで……」
「い、いえ……事前に知らせなかった俺も悪いですし……というか、そんなに珍しいものなんですか?」
「ああ、これがあればいまだ未踏破の持ち込み制限ダンジョンのクリアが見える逸品だ。喉から手が出るほど欲しがる者はいる。……まあ、儂もなんだが……」
そ、そこまで!?
ええと……この事態、どう収束させれば……。
「……コウ殿、この椅子を売る予定は?」
「ええと……まさかそこまで貴重品とは思っていなかったので……でも、この事態が収まるなら売っても大丈夫です」
「分かった、では儂に考えがある」
タイガさんは周りの人だかりに向かうと、すうっと大きく息を吸い込んだ。
「皆の者、静まれい!!」
タイガさんが虎の獣人なせいか、まるで獣が吼えているような大きい声。
それに気圧されたのか、一瞬で周りの人は静まり返る。
「この椅子の持ち主はこちらのコウ殿である。彼は偶然手に入れたこの椅子を売ってもよいとのことだ。ただし、出所については詮索しないで欲しい。あまりにも酷いようなら、つきまといとして運営への報告も辞さない構えだ」
タイガさんはおそらく俺が作ったということは理解しているだろう。
それを踏まえたうえで「偶然手に入れた」と言ってくれた。
俺が作ったと知れたら、「何とかして同じ効果を持つ椅子を作って欲しい」と言われるはずだからだ。
「さて、この椅子についてだが……オークションという形で売るのが最善だと思うが……反論はあるだろうか?」
オークション、そういう形式の売り方もあるのか。
確かにそれならお金をたくさん持っている人が有利ではあるけど、誰でも買える値段で特定の誰かに売るというよりも不満は少なくなる……のかな?
「ふむ、無いようだな。それではコウ殿、この椅子は一旦お返しする」
「わ、わかりました。それではフリーマーケット後に準備ができましたらオークションに出品しますので、今しばらくお待ちください」
……とりあえず納得してくれたようで、人だかりは何とか解消された。
「……それではコウ殿、オークションの出品前に相談させて頂きたいので、一時的にフレンド申請よろしいだろうか?」
「わかりました、それではステータスを開いて申請を受諾……って、ええっ!?」
【フレンド数:1 フォロー数:0 フォロワー数:428】
あ、あれ? 俺は確かタケルとしかフレンドになってなくて、それ以外は0だったはず……。
もしや、さっきの人だかりが原因……?
「ああ、オークションに参加するのは誰でもできるのだが、フォローしている者が出品した場合に通知が来るようになっているのだ。見逃さないようにフォローしたのだろう」
「な、なるほど……」
知らない機能がどんどんでてくる。
まだ始めて1週間も経ってないから、そりゃ知らないことだらけなんだけどさ。
「と、とりあえずタイガさんのフレンド申請を受諾して、フリーマーケット後にホームで話し合いましょう」
「うむ」
**********
「……まさか始めて初日で作っていたとは……」
ホームでタイガさんに経緯を説明すると驚かれる。
どうやら、特殊効果付きのアイテムはかなり珍しいらしい。俺が作れたのはビギナーズラックってやつだろうか。
「ふむ、とりあえずオークションに出す際には、作成者の情報は消した方がいいな」
「あ、そんなのがあるんですか?」
「ああ、アイテムのステータスを出して、詳細情報を表示するとだな……」
「俺の名前が表示されてますね……」
「うむ、作成者の名前を入れるかどうかの設定があるんだが、デフォルトではONになっていてな。情報はアイテムのステータスから削除できるが、毎回するのが面倒なら設定でOFFにしておくといい」
「なるほど、うっかり情報を入れたままということもありますし、OFFにしておきます」
「それで、次はオークションの出品の方法なんだが――」
・
・
・
「これで出品完了だ」
「何から何までありがとうございます」
「いや、儂が大声を出さなければ起きなかったことだ。迷惑をかけて申し訳ない」
「いえ、結果として俺もいろいろなことを知れましたし、迷惑どころかプラスになりましたよ。それに、知らずに安値で売っていたかもしれませんし」
「そう言ってもらえると助かる。それでは儂はホームから出た後にフレンドを解除しておくよ」
「それなんですが……よろしければこのままフレンドを続けていただければと。お世話になったお礼もまだできていませんから」
もし知らずに売っていたら損をしていただろうし、有益な情報もたくさん教えてもらった。
一時的に騒ぎにはなったものの、充分どころかそれ以上の利益が俺にはあったわけで。
もらってばかりでは流石に悪いので、何か恩返しをしたいから、フレンドは続けておきたい。
「そうか……それでは今後ともよろしく頼む。儂は冒険者を集めたギルドをやっているので、レベル上げや採取クエストの手伝いもできる。必要なら声をかけて欲しい」
「分かりました、ありがとうございます」
「それでは儂もオークションに参加するので、今日はこの辺で失礼する」
「はい、それではまた」
タイガさんがホームから退室するのを見届けると、俺は作業部屋へと足を運ぶ。
オークションの行方も気になるけど、HPもMPも有り余ってるんだ。いろいろ作っていかないとな。
そして後日、オークションが終わるころにはHP回復の特殊効果が付いた椅子の値段は50000Gになっていた。しかも最高額の提示者はタイガさん、本当にいったい何者なんだ……?
入札履歴を見るとタケルの名前もある。
……こりゃ月曜日に問い詰められるかな?
そう思いながらも、技術を上げるために今日もいろいろなものを作製していくのだった。