レベル上げ②
「よし、今日は予定通りベッドと馬防柵、ハイポーションの作製とボトルメールの調査と……さて、どれからやろうか」
一番自分に恩恵があるのはベッドの作製だろうか。
もしHPとMPの回復効率が上がればそれだけものづくりをできる回数が増える。
馬防柵はイベントのサブクエストだから、他の人が作って納品して必要数に達するかもしれないし、ボトルメールは後回しにしても問題ないしね。なんならログアウト中にアプリから掲示板見れば回復しながら調べられるし。
……ということで、まずはベッド作りから始めることにする。
まずは今あるベッドを確認して参考にしよう。
ええと……脚、フレーム、すのこで作られてる感じかな……?
今のベッドは支給品だから、おそらくランクはDだろうか。金槌とかもだけど、なぜか支給品はランクが表示されないんだよね……無限に使える特殊仕様だからかな?
それはさておき、ランクCの木材があるので、これで作れば多少は回復効率が上がるかもしれない。
ということで、寸法を測って……ん?
「きゅー」
ライアが何かアピールを始めた。
ええと……寝るようなジェスチャーだけど……。
「もしかして、もう少し広いベッドがいいの?」
「きゅっ」
なるほど、確かにライアはちっちゃいとはいえ、シングルベッドに2人で寝てるんだもんな。
ライアのことを考えたらダブルとまではいかなくても、今より大きくした方がよさそうだ。
……でも、布団の方は作り方が分からないし、ベッドは自作、布団は購入するのが効率がいいか。
ということは、売ってる布団のサイズが合わなかったら元も子もないから……。
「ライア、ちょっと買い物に行こっか」
「きゅー♪」
ライアのために魔石を補充しておきたいし、木材も予備が欲しい。
それなら、先に買い出しをするのがいいだろう。
そういうことで、俺とライアは町へ買い物に出かけるのだった。
**********
「うーん、やっぱりシングルサイズかダブルサイズしかないか」
わかってはいたけど、中途半端なサイズのベッドを作製したら布団も自作することになるみたいだ。
それならダブルサイズの布団を買って、ベッドもダブルにするのが効率がよさそうだな。
「それにしても……」
「きゅー?」
「いや、あんまり人がいないなあって」
商品を売っているのはほとんどがNPC。
フリーマーケットはまだ始まってないけど、今まではこの時間でもプレイヤーをたくさん見かけたんだけどなあ。
それだけ、イベントの準備に勤しんでるってことかな。
「おお、コウ殿ではないか」
「タイガさん。もしかして買い出しですか?」
「ああ、イベントの準備のために少々な。それにしてもやはり人がいないようだな」
「ええ、急なイベント予告でしたからね。俺はポーションなどの納品のミッションをこなそうと思っています」
「なるほど、それで素材の買い出しにと」
「それもあるのですが、ベッドを自作しようと思ってまして……」
俺はベッドを自作してランクを上げれば、回復効率が上がるのではないかとタイガさんに説明する。
「なるほど、確かにそう思ってベッドを自作した者は多かったな」
「過去形……ということは……」
「ああ、儂のギルドメンバー含め全員が失敗……というか、元々のベッドと同じ回復効率のものしかできなかったのだ。ランクはDだったな」
「あー……そんなに甘くはないですか。同じランクなら無限に使える支給品の方に軍配が上がりますし」
「そうだな。しかしランクDで同等なら、ランクCなら上位互換になるだろう。まあ、ランクCの木材を用いてもDしかできなかったのだが……」
う……正に俺がやろうとしてるのと同じだ。
さすがに効果が強力だからそう易々とは作れないようにしてあるんだろう。
こうなると、予定を変更しないとなあ。
「うーん、さすがにこうなると回復効率を上げて生産数を増やすのは無理そうですね」
「いや、効率を上げる方法はあるぞ?」
「あ、あるんですか!?」
「ああ、それは──」
**********
「お久しぶりです、コウさん。そしてライアさ……」
挨拶の途中でアルテミスさんが地面に倒れる。
というのも、ライアの服が魔法少女の服だったからだ。もちろん、ステッキも持たせてある。
いや、魔法少女的ステッキというダジャレのような名前だったから、今は『アースワンド』と自分で名前を付けているからステッキではないのだが。
そういえば、杖ってロッドとかステッキとかスタッフとかワンドとかいろいろ呼び名があるけど、どう違うんだろうとふと気になった。その辺をあんまり気にせずにワンドって付けちゃったので、また今度調べてみよう。
「ふう、あまりのかわいさに驚いて心臓が止まりました」
「そ、そうですか……」
相変わらずアルテミスさんのオーバーリアクションには慣れない。
オーバーじゃなくて素なのかもしれないけど。
「それで、今日はどこに向かうんです?」
「ああ、アドヴィス森林だ」
「アドヴィス森林?! 確かあそこは、推奨レベルが25以上だったような……」
「おお、よくご存じだ。しかし安心して欲しい、他の場所よりも安全にレベルを上げられる方法があるのだ」
「ええ、以前はうちのギルドメンバーもアドヴィス森林でレベリングしたものです」
そ、そうなんだ。
俺たちの場合、レベルが10以上も離れてるけど大丈夫なんだろうか……。
ちなみに、回復効率を上げる方法とはレベルを上げること。
確かに、単純に最大HPやMPが増えれば、一定時間での回復量は増える。
これならベッドのランクCを狙うよりも確実だ。しかも永続的に回復量が増えるしね。
そして、まさかアドヴィス森林がレベリング場所だとは……ちょうど気になっていた所なので、余裕があればライアが反応した理由を探ってみよう。
「よし、それでは進んでいこう」
アドヴィス森林に到着して、入口から森の中へとどんどん進んでいく。
しかし、一向にモンスターの気配は感じられない。
おかしい、推奨レベルが25以上ならかなりの猛攻があると思っていたんだけど……。
しばらく歩いていると、開けた場所に出る。
中央には大きな木があり、そこに日光が差し込んでいる。
「……ふむ、そろそろだな。コウ殿、地面から攻撃が来るので常に動き続けて攻撃を避け、できれば反撃をお願いする」
「地面から!? わ、分かりました!」
突然地面が隆起したかと思うと、植物のツルのようなものが俺たちが元いた場所に攻撃を仕掛けてくる。
なんとかそれを避けると、ショートソードでツルを斬る。
ツルが切断されるとその場に崩れ落ち、動かなくなった。
「きゅー!」
「おっと、そうだった……観察なんかしてないで常に動いてないと……」
タイガさんたちは戦い慣れているのだろう、ギリギリで攻撃を避けて反撃している。
タイガさんもアルテミスさんも、今回ばかりは近接武器を使っているようだ。
俺も経験値のためにがんばらないと……。
しばらくツルを倒し続けると、ピタリと攻撃が止む。
こ、これで終わりなんだろうか……?
「ほう、まったく攻撃を受けずに倒しきるとは……コウ殿は反射神経が良い」
「ははは……現実だったら息が切れてるところですよ……それにしても、これが推奨レベル25の敵ですか。確かに攻撃が激しいですね」
常に動き回れば攻撃が当たらないのを知らなければ、集中砲火を受けて即刻退場させられるだろう。
当たっていないので攻撃力は分からないが、推奨レベル相応の火力があると思われる。
「まだまだ本番はこれからですよ。コウさん」
「え? それはどういう……」
突然、空気が凍るような感覚を覚える。
慌てて周囲を確認すると、大木の下から大きな赤い花が出てくる。
その花弁が開くと、赤い髪を持つ裸の女性が現れる。下半身はどうやら花とつながっているようだが……。
「もしかして、アルラウネ……ですか?」
「その通りだ。このエリアボスのアルラウネは、先ほどと同じくツタで攻撃するだけでなく、種も飛ばしてくるので注意して欲しい」
「わたくしとリーダーでフォローします。どうぞツタを避けるのに集中してください」
アルラウネはこちらを見て俺と目が合うと、敵と認識したらしく攻撃を仕掛けてくる。
複数本のツタ、遠距離からの種……これらに一斉攻撃されたらひとたまりもないだろう。
だが、タイガさんは盾で種をはじき返して逆に本体に攻撃、アルテミスさんは種を飛ばしてくる植物の根元を狙い撃つ。ライアも俺の頭にしがみつきながらシードバレットを撃ち出し、アルテミスさんの援護をしている。
俺は、先ほどよりも苛烈な攻撃を避け、余裕があれば剣で薙ぎ払い……ついていくので精一杯だ。
しかし、動き回ったせいで足元の土が滑りやすくなっているのを見逃し、足を滑らせてしまう。
「しまっ……!」
俺は態勢を崩し、そこにツタの攻撃が向けられる。
「きゅー!」
俺にツタの攻撃が当たる寸前に、ライアがツタをバインドの魔法で拘束する。
その隙に態勢を立て直し、ツルを斬り落とした。
「ありがとうライア。おかげで助かったよ」
「きゅーう」
助けるのは当たり前、と言った表情だ。……ありがたいな。
その後もツタを避けつつ反撃をしていると、徐々に攻撃が止み始めた。
そして、数分後にはすべての武器を無くし、戦意を喪失したアルラウネがそこに立ち尽くしていた。
「さあ、トドメはコウ殿が」
そう、このゲームはトドメを刺した人に経験値が多く入る仕組みになっている。
そのため、俺かライアがトドメなのがいいんだけど……。
「ぅ……」
目の前にいるのは、植物部分を除いたら普通の女の子。
しかも、もう戦う意志もない、涙目になってこちらの動向を伺うだけの存在。
確かにさっきまではこちらを殺そうとしてきたんだけど……こういう表情を見せられると罪悪感が湧いてしまう。
一応、残酷表現の機能はOFFにしてるから、人型モンスターを斬ったり突いたりしても血は出ないし、よくあるダメージモーションだけの軽い表現なんだけど……。
「きゅー……」
そんなことを考えていると、ライアが俺たちの間に入る。
両手を広げてかばっているのを見ると、ライアも思うところがあるようだ。
「すみませんタイガさん、アルテミスさん。俺のやりたいようにやらせてもらっても大丈夫でしょうか?」
「ふむ、それはコウ殿にお任せしよう」
「分かりました。ですが油断はなさらないよう……」
二人はいつでも反撃できるように警戒態勢に入る中、俺はアイテムボックスからポーションを取り出すと、アルラウネに手渡す。
最初は戸惑っていたアルラウネだったが、俺の顔とポーションを交互に見て、ゆっくりとポーションを飲み始める。
すると、一部のツタの傷が癒えて復活する。
タイガさんたちはそれを警戒するが、攻撃は仕掛けてこなかった。
「るぅ……?」
アルラウネは俺の方を見ると、なぜ助けてくれたのかと不思議そうな顔をする。
それもそうだ、さっきまで殺そうとしていた人間に助けられたのだから。
「これに懲りたらもう人は襲わないでくれる?」
「るー……」
モンスターとはいえ、殺されるという恐怖心が理解できたなら、それを誰かにするというのも控えてくれないだろうか。
もし、分かってくれないようなら……その時は仕方がない。
「……るぅ」
アルラウネはこくんと頷き、ツタを全て地面へと還す。
どうやら分かってくれたようだ。
「ありがとう。それじゃ俺たちはこれで……」
「るぅ、るぅ」
俺は踵を返して帰ろうとすると、アルラウネは俺の服の裾をつかむ。
そして、大木のとある葉っぱを指し示す。
「あれは……光っている……蝶?」
「るー……」
アルラウネは地面からツタを伸ばすと、蝶を捕獲して俺に差し出す。
「もしかして、くれるの?」
「るぅ」
「ありがとう、それじゃ……」
【INFO:「導きの蝶」を入手しました】
「これは……?」
「コウ殿、その蝶はいったい……?」
「『導きの蝶』というものらしいです」
「詳細を見せて頂けますか?」
「分かりました、それでは……」
この2人の反応を見るに、おそらく初めて見たアイテムなのだろう。……蝶ってアイテムでいいのかな?
それはさておき、ステータスを開いてみると……。
【導きの蝶:ランク?、迷った冒険者を導く蝶。自然界では見られないような綺麗な虹色をしている】
迷った……導く……。
もしかして……。
「迷いの森……」
俺がそう呟くと、2人は耳をピンと立てる。
「コウ殿、時間さえよければ後からヴァノリモ大森林に同行して頂けないだろうか?」
「もちろん大丈夫です。レベリングを手伝って頂きましたし……」
「ありがとうございます! それにしても、まさかこんな入手方法があるなんて……」
アルラウネの使う全ての武器を撃破して、更にポーションを与える……か。
確かにレアドロップ狙いで本体狙いの速攻だったり、無抵抗のところをレベルの低い人に倒させてレベリングしたりするなら、そんなにやらないムーブかもしれないな。
「……るぅ」
俺たちが話をしていると、アルラウネが俺の服の袖を引っ張る。
まだ何かあるんだろうか?
「るぅ、るぅ」
アルラウネが手招きをしている。
傍に来て欲しいのだろうか。
それなら、と俺が傍に近寄ると──。
「る……」
「きゅーーーーー!?!?!?」
アルラウネは手で俺の顔を引き寄せると、頬に柔らかいものが当たる。
ええと、これはもしかして……。
そしてライアが叫んでいるのは……。
「コウさん、ライアさんという者がありながら……目の前で浮気ですか?」
「ふふふ、英雄色を好むとは言うが……まさかコウ殿がそうだったとはな」
「きゅー! きゅーっ!」
俺を非難する2人と、大声で訴えるライア。
ちょっと待って、俺はそんなつもりじゃ……。
【INFO:アルラウネがペットにして欲しいようです。どうしますか?】
……ん?
「ペット……? もしかして、ペットモンスターに……?」
「るーぅ」
ええと、いいのだろうか。
でも、もしペットにしなかったら、いずれこの子は誰かに倒されて……。
「ライア、いいかな?」
「きゅー……きゅーぅ」
ライアは少し考えていたが、頭を縦に振ってくれた。
それなら……。
【INFO:アルラウネがペットモンスターになりました。ペットモンスターに名前を付けてください】
俺は選択肢で『はい』を選択すると、名前の登録画面が出現する。
ネーミングセンスのない俺にとって、これが一番の難題なんだよなあ。
アルラウネ……確かマンドレイクやマンドラゴラと同じなんだよな……。
このゲームではマンドラゴラの名前は魔石で見たことあるから、別種扱いなんだろうけど。
「それじゃ、君の名前はレイ……レイでどうかな?」
「るー!」
アルラウネは両手を上げてとても嬉しそうにしている。
……ほっ。なんとか喜んでもらえたか。
ライアみたいに名前……マンド『レイ』クから取ったんだけど……。
【INFO:ペットモンスターの連れ歩きは1匹までのため、レイをホームへ転送します】
「それじゃ、また後でね」
「るーっ!」
どうやらペットモンスターは複数仲間にできるけど、連れ歩けるのは1人までのようだ。
……今後のアップデートで増やせないかな? パーティーを組まずにソロでやるならペットモンスターで固めてもよさそうだし。
「コウ殿……」
「コウさん……」
「「どうやってアルラウネをペットに!?」」
……あっ。
そういえばそうだった。まだペットモンスターを卵の孵化以外で仲間にしたことのあるプレイヤーはいないんだっけ。
「今の戦闘と同じ状況を再現できたらあるいは……」
「ふむ、儂も他のギルドメンバーとやってみるか……」
「きゅー! きゅーっ!!」
俺がタイガさんたちと話し始めると、ライアが間に割って入る。
そして、さっきアルラウネ……レイにキスをされた頬に、上書きしようと何度も何度もキスをしてくる。
「レイさんに嫉妬して……コウさんは自分のものだって主張するライアさん……はぁぁ……」
アルテミスさんは興奮でその場に崩れ落ち、鼻から出た血で地面に赤い小さな水たまりを作る。……そんなに出血して大丈夫なんだろうか……。
その後、ライアをなんとかして落ち着かせてから町に戻り、レイの待つホームに一旦帰るのだった。




