杖を作ろう
「ふぁぁ…………ん?」
俺は時計を見ると思わず飛び起きる。
「ね、寝過ごした……もう9時か……」
今日は日曜だからと、昨日遅くまでライアの杖のデザインを考えてたからなあ。
それでも決まらず、寝たらいいアイデアが浮かぶかと思ったんだけど、そうでもないようだ。
ま、ちょっと遅いけど朝食を食べてワールドクリエイターズにログインしよう。
「今日は……ごはんにみそ汁、ウインナーにサラダでいいかな」
俺はゴキゲンな朝食の準備をしながらテレビの電源を入れる。
今やってるのは……アニメか。たしか魔法少女が異世界に召喚されるやつ……ん?
「そうか、それならライアに似合うかもしれない」
俺はデザインを頭の中で練りながら、朝食を食べ始めた。
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「よし、なんとなくのデザイン案はできたから、あとは作りながら考えよう。それじゃログインを……」
**********
「きゅーっ♪」
ログインをするといつも通りライアが飛びついてくる。
俺は頭を撫でながら、魔石を準備してライアに食べさせる。
今回の反応は……好物かな。
俺は録画を止めると、ライアと一緒に作業場に向かった。
「きゅー?」
普段の椅子や机とは違うものを作っているので、ライアは興味津々な様子でこちらを見ている。
まずは、ライアの腕と同じぐらいの長さの木材を用意する。
次に面取りを行い、細い丸太のようにして持ちやすく。
そして先っぽのサイドに2つの直方体の溝を作る。
その溝に、別の木材で作ったライアの頭の葉っぱを模した飾りをつけ、先っぽとは逆側をハートの形に整える。
最後に、魔玉を納めるものを先端に取り付けて……。
魔法少女っぽい杖……この大きさだとロッドかな? ……が一応完成である。
あとはこれに合う魔玉を入れればいいかな。
「きゅー、きゅーっ♪」
ライアが葉っぱの装飾を指さして喜んでいる。
きっとライアの葉っぱを模したと分かってくれたのだろう。
……こんなに喜んでくれるなら、いい魔玉を取り付けたいな。
【INFO:ホームへの入場申請があります】
ん? 誰だろう。
名前を確認するとアテナさんだったので、許諾する。
「コウさん、実はお願いがありまして……って、その杖は……」
「あ、これはライアの使う杖を作ろうと思ってですね……」
「魔法少女っぽい! 魔法少女っぽいですよね! アイデアが、ライアちゃんの服のアイデアが浮かんできました!」
「……ええと、それより何か用事があったのでは……?」
「……あっ。す、すみません、興奮してしまって……実はポーションをいくらか売っていただけないかと思いまして……」
「もしかして、自動作成機能で服を作るために必要なんですか?」
そういえば昨日、フリーマーケットで売る服が足りなくて急いで生産してたけど……まだ足りないんだろうか。
「いえ、一応一般販売の服の方は落ち着いてきて、次は特注品の準備をしようと思いまして……20人ぐらいの方から依頼を受けて、作るためのHPが足りない……つまりポーションが足りない状況なんです」
そっか、そういえば特注品も受け付けてたっけ。
ライアの服も特注品で豪華な感じだし、製作に手間暇がかなりかかるのだろう。
「分かりました、これからクォルトゥス鉱山に向かうため、10個ぐらいのポーションは必要なので……それを引いた残りのポーションをお渡しします」
「ありがとうございます! では代金の方を……」
「いえ、さっきアイデアが浮かんだと仰っていたので、今度それを依頼する際に、服の代金からポーションの代金を引いていただければ結構ですよ」
「ありがとうございます! ところで、クォルトゥス鉱山に向かわれるのでしたら──」
「──ほうほう、これは有用な情報をありがとうございます。それでは、準備ができたら行ってきますね」
「ライアちゃんのためにも、ぜひいい物が掘り当てられますように。それでは今回もありがとうございました」
こうして、ちょっとドタバタはしたものの、クォルトゥス鉱山に向かうことにしたのだった。
**********
「──うん、快適だなあ」
「きゅー♪」
クォルトゥス鉱山に向かう道をのんびり歩いているが、モンスターが出現する気配は一向にない。
というのも、さっきアテナさんに教えてもらった『モンスター出現抑制』の機能を使っているからだ。
これはベータ版テストの際に出た、『せっかくの綺麗な風景なので、モンスターに邪魔されず楽しみたい』という意見から作られたもので、『パーティーより格下のモンスターは逃げ出す、もしくは襲ってこない』機能らしい。
実際、ずっと先……地平線まで草原が広がる光景なんて、町に住んでたらそうそう見られない。
そのため、俺もライアもこの風景を堪能している。
ただし、ダンジョンなどの一部のフィールドには効果が適用されなかったり、狂乱状態にあるモンスターはレベル差があっても襲ってきたりするようだ。
まあ、あまりに効果が強すぎてもそれはそれで面白くないしね。
ちなみにこの辺りの推奨レベルは5。
俺もライアも先日のレベル上げでレベル10になっているから、この機能の恩恵を受けられる。早速レベル上げ依頼がものづくり以外にも役に立った形になるな。
「きゅー?」
突然、ライアが遠くの森を指し示す。
ええと……ヴァノリモ大森林とは別の森みたいだな……地名は『アドヴィス森林』……って、推奨レベル25!?
まさか、少し寄り道をするだけでこんなにも推奨レベルが違うなんて……事前に知ってないとうっかり全滅するところだ……調べてくれた先人に感謝だな。
ただ、木の精霊であるドリアードのライアが気にしているのが引っかかるが……。
「ライア、俺たちのレベルじゃ今はあそこには行けないみたいだ。今日は杖を作るための遠征だし、強くなったらまた行ってみようね」
「きゅーっ」
どうやらライアは理解してくれたようだ。
聞き分けのいい子でとても助かる。
「それじゃ、また風景を楽しみながらクォルトゥス鉱山に行こう」
「きゅー!」
こうして、俺たちは草原を吹き抜ける風を肌に感じながら、再び歩き始めた。
**********
「──ここがクォルトゥス鉱山か……」
「きゅー!」
初めて見る鉱山に少し興奮するライア。俺も鉱山って現実でも行ったことないから同じ気持ちだ。
周りを見ると、同じ目的の人、ポーションを売る人、休憩している人など、結構な数の人がいる。
「おう、兄ちゃんたちはここは初めてか?」
キョロキョロしていると、背後から声をかけられる。
振り向くと、身長が2メートルを超える巨躯の男性が立っていた。
「はい、今日は杖に使う魔玉を掘りにきました」
「ほう、自分で調達するのか。気に入った! それじゃあこのおれ……アトラスが色々教えよう!」
「あ、ありがとうございます」
身体だけでなく声も若干大きい。ライアが怯えなければいいんだけど。
「おっと。その前に、そこにある『ポータル』に触れておいた方がいいぞ」
「ええと……これですか?」
俺はアトラスさんが指し示したポータルとやらに触れてみる。
すると光が放たれ、すぐに収束していく。
「これでポータル情報が記憶ができた。エインズの町にもあるんだが、ポータルに触れると記憶した他のポータルの場所まで一瞬で移動できるんだ。ま、移動には1回300Gかかるが……」
「いわゆるファストトラベル機能ですか。徒歩での移動にかかる時間を考えると妥当というか、ちょっと安いぐらいに感じますね」
「そうだな、これを使ってここに来るプレイヤーは多い。鉱石掘りは運が良ければ結構儲かるからな」
片道300G、往復で600Gか。
デスペナを受けてでもホームに戻れば帰りの運賃はタダになるが……ライアを傷つけたくはないので歩くかポータルを使って戻るかな。
「……って、俺まだエインズの町のポータルに触れてないので、もしかして帰りには使えないのですか?」
「ああ、そこは大丈夫だ。兄ちゃんと同じようなプレイヤーが多かったのか、今ではエインズの町のポータルは既に触れている状態になってるんだ」
「なるほど、それは安心しました。……あ、それと自己紹介がまだでしたね。俺はコウ、こちらのドリアードはライアと言います」
「おう、よろしくな」
……それにしても、知らない要素って意外とあるものだな……。
「で、次はお待ちかねの鉱石掘りだ。まずはツルハシを買う必要があるが……あっちのNPCから購入できる」
「種類はあるんですか? 掘れる回数が違うとか……」
「今のところは銅しか売られていないな。1本で10回掘れるぞ」
「なるほど……10回掘れるなら鉱石も10個手に入るということでよろしいですか?」
「ああ。ま、実践しながらの方が分かりやすいだろう。ツルハシを買ったら声をかけてくれ」
「わかりました」
俺はNPCの商人から銅のツルハシを1本買った。お値段は100Gだ。
10回使えるから1回あたり10Gだから、鉱石の種類によっては結構儲けられそうだ……が、そんなに甘い話はなさそうかな……?
「とりあえずお試しで1本だけ購入しました」
「よし、それじゃついてきてくれ」
俺たちはアトラスさんについていき、ゲートのようなものをくぐる。
すると、一瞬にして鉱山の内部……のような場所に到着する。
「……周りで光っている壁が採掘ポイントだ。ここをツルハシで掘れば鉱石が出てくる仕組みになっている。とりあえず、1回やってみてくれ」
俺はツルハシを振りかぶり、壁に先端を突き立てる。
すると一気に壁が崩れ、小さな鉱石……っぽいものが出てきた。
そして、鉱石を取ると壁が修復されていき、リセットされてまた光り始める。
「な、なんだか思ってた採掘風景と違いますね……」
「ああ、ベータ版のころは本格的な鉱山だったんだが、魔法で掘ろうとするわ、レアな鉱石が出たところをプレイヤー同士で奪いあうわ、しまいにゃ掘り過ぎて落盤事故が起きるわでな……そんな経緯でこうなったんだ」
「……だから、周りに人がいないんですね……」
「ああ、おれはコウに教えるために同行してるって形だから一緒に入れてるんだ。この空間は基本的に1プレイヤーごとに独立してるぞ」
「なるほど……」
なんていうか、人間の業をちょっと感じるエピソードだ……。
ま、これならケンカとかもないし、ライアと一緒にきても安心だな。
「ちなみにさっき掘ったのはクズ鉱石だ。売っても1Gにしかならないから……まあ、損したな」
「うっ……ビギナーズラックは働きませんでしたか。ちなみに、どんな鉱石が掘れるんですか?」
「そうだな……ま、だいたいこんな感じだ」
クズ鉱石:売価1G。出現率80%。
小さな鉱石:売価5G。出現率10%。
普通の鉱石:売価20G。出現率5%。
特大鉱石:売価300G。出現率3%。
属性鉱石:売価1500G。出現率2%。
「期待値的には……そんなに悪い気はしませんね」
「まあな。だからこそ運試しにここに来るやつも多いぞ」
「ちなみに、杖を作ろうとしたら普通の鉱石以上のものがいいんですか?」
「ああ。ただ、そっちの嬢ちゃんサイズの杖なら小さな鉱石でも充分だろう。ま、性能を求めるなら属性鉱石……特に地属性の鉱石が相性抜群だな。ちなみに、鉱石から魔玉を作るには、エインズの町の加工屋で鉱石を加工してもらう必要があるから注意してくれ」
「なるほど……ただ、2%を引き当てて、更にそこから1/4の確率を引き当てないといけないんですよね?」
「そうだ、実質0.5%の壁を突破しないとな……まあ、属性鉱石を掘り当てた者同士での物々交換もやってるから、2%さえ引き当てればお目当ての属性になる可能性はあるな」
「分かりました、ありがとうございます。それでは、残り9回……やってやる、やってやるぞ!」
「ハッハッハ! まさか全部クズ鉱石とは……今回は運命の女神に見放されたな」
「うう……1掘りでHPを10も使いますし、これをポーションで回復するとなると結構出費が嵩みますね……」
「まあその分、当てた時はデカいからな。ちなみにここではポーションは120Gで取引されてるぞ」
「あー……自動販売機が観光名所とかだと高く設定されてるみたいなアレですね」
「ま、そういうことだ。ただ、売る側に回ればちょっと高く売れるから、フリーマーケットではなくこっちで売るやつも多いな」
なるほど、そういう売り方もあるのか……勉強になるな。
ただ、ポータル移動なら片道300Gだから、元を取ろうとするとかなりの量を売らないといけないな……。
「じゃ、がんばってくれよ兄ちゃん……じゃなくてコウだったな」
「ありがとうございます、アトラスさん。それではがんばってきます!」
**********
「……さすがに2%は全然出ないな……」
ツルハシを10本購入して、今は9本を使い終えたところだ。
小さな鉱石と普通の鉱石は数個出たので杖自体は作れるのだが、できることなら地属性鉱石でライアの杖を作ってあげたい。
次の1本で出るといいんだけど……。
「おう、その調子だと物欲センサーに引っかかってるみたいだな」
「ええ、その通りです。さすがに2%は手強いですね。というか3%の特大すら出ていませんし……」
「あくまで今までの統計から導き出された確率で、運営が公表しているわけじゃないからな。……そこのかわいい嬢ちゃんに応援してもらえば運が持ち直すかもな」
「ライアに……」
……そうだ! もしかしたら……。
「すみませんアトラスさん、最後の挑戦は一緒についてきていただけませんか?」
「ん? まあいいが……」
俺はアトラスさんと共に、最後の1回の挑戦に赴く。
「さて、どうするんだ?」
「アトラスさんの助言通りにするんです」
「ん? 嬢ちゃんに応援してもらうってことか?」
「それとは少し違いますが……ライア、この光の中でライアと同じ属性を感じる光はある?」
「きゅー……きゅーぅ」
ライアは首を振る。どうやらこの中にはないようだ。
俺は適当な壁を掘り、クズ鉱石を手に入れる。
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・
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そして、最後の1回。
「ライア、今回はありそう?」
「きゅー……きゅー!」
ライアは奥の光を指し示す。
俺はライアを信じ、そこを掘ると……。
【INFO:地属性鉱石を手に入れました】
「よし! ありがとうライア」
「きゅー♪」
「おいおい、マジかよ……本当に掘り当てやがった……」
これでライアの杖が一番いい素材で作れる。そう思うと顔が綻ぶ。
「これもアトラスさんの助言のおかげですね、ありがとうございました」
「いや、まさかペットモンスターにあんな事をさせるなんてな……思いつかなかったぞ」
「俺たちプレイヤーは属性はありませんが、ペットモンスターはそれぞれ属性を持っています。中には無属性の子もいますが……同じ属性なら感じ取れるのではないかと考えたんです。掘るまで中身が決まってない場合はできなかったのですが……」
掘るたびに毎回光がリセットされていたので、もしかしたら最初の配置で鉱石の位置が決まっているのではと思い、ライアに協力してもらうことを決めたのだ。
「なるほどなあ……これは公表したらかなりの反響が得られると思うぞ。まあ、運営に目を付けられたら仕様変更されそうだが……」
「ちょっと仕様の穴を狙った技ですからねえ……運営に報告しておきましょうか」
「ま、あんまり乱獲すると市場価値も下がっちまうしな。今回のことは胸の内にとどめておくぜ」
「もしそれでこの地属性鉱石が没収されたら、またここにきて、今度は運で掘りだしてみせます」
「おう、そうならない事を祈っておくぜ」
──こうして、俺はクォルトゥス鉱山を後にしたのだった。
あ、帰り道はポータルがどんな感じなのか試したかったのでポータルを使用して帰ることにした。
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【INFO:運営からのメッセージがあります】
ホームに帰ってから運営に今回の件を報告し、ライアと一緒にゆっくりしていると運営からのメッセージが届く。
さて、どうなるか……。
【ご報告ありがとうございます、ワールドクリエイターズ運営です。
今回ご報告頂いた件について協議を行った結果、『掘ったときに鉱石の抽選をする』ように仕様変更をさせて頂く形となりました。
なお、ペットモンスターによるサーチをしなくても属性鉱石を入手できた可能性があると判断しましたので、今回入手された鉱石はそのままお持ちください。
今後もワールドクリエイターズをお楽しみ頂ければ幸いです。】
……どうやら、今回の件はお咎めなしらしい。
これで後ろめたさ無く杖の作製ができるな。
「よし! そうと決まれば早速……」
**********
「これで……完成だ!」
俺は加工屋で加工してもらった小さな魔玉を杖にはめ込む。
【INFO:作業を完了しますか? 完了した後は手を加えることはできません】
お、完成判定がきたか。
できれば色を付けたかったんだけど……染料を持ってないんだよなあ。
とりあえず作業を完了しよう。
「きゅーっ♪」
ライアが期待する目で俺を見ている。
「はい。振り回して周りのものにぶつけないように気を付けてね」
「きゅー!」
俺はライアに杖を渡すと、ライアは大喜びだ。
杖を掲げてみたり、ポーズを取ってみたり……あ、録画しておけばよかった。
そんなライアを見ながらゆっくりした時間を過ごし、昼食のため一旦ログアウトするのだった。
活動報告にライアのキャラデザのラフをアップしました。
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