レベル上げ
「ふああ…………ん? いつもより早く起きちゃったか」
今日は土曜日。会社は休みなのでゆっくり寝るつもりだったのだが……。
時計を見るとまだ6時だ。
「ま、早く起きたのはしょうがない。早めにワールドクリエイターズにログインしようかな」
俺は服を着替えると、食パンをトースターで軽く焼き、ブルーベリーのジャムを塗って食べる。
そしてブラックのコーヒーで眠気覚ましをしつつ、食事を終える。
「よし、それじゃログインして……」
【INFO:動画の報酬があります】
今回も何もない空間に飛ばされてる。
動画の報酬ということは……ポーションオブドリアードの作成方法の動画と、リアルタイム配信の動画の2つだろうか。
とりあえず、報酬を受け取ればログインが続行されるのかな。
と、報酬の受け取り画面を開くと……。
「……10万G!?」
……い、いや、1万Gの見間違いだろう。
落ち着いて0を数えよう。
…………10万だこれ。
いいんだろうか……これでしばらくどころか当分は素材や魔石を買うお金の心配はなくなるのだが。
とりあえず、受け取りのボタンを押して報酬を受け取り、ログインすることに。
「きゅーっ♪」
無事、ログインが終わり、いつも通りライアが飛びついてくる。
俺はステータスを開くと、お金の確認をする。
「……間違いなく10万G増えてる……」
とりあえず、ライアに魔石をあげて落ち着こう。
今回は……マンドラゴラにしてみるか。
「きゅー……っ♪」
この反応は……ビーと同じで大好物っぽいな。
同じ植物系のモンスターだからだろうか? ビーもハチで森を縄張りにしてるから……? でもそうしたらウルフが好物止まりな説明ができないか……。
なんにせよ、まだまだサンプルが足りないか。共通点があるのか、それともランダムなのか。
でも、大好物の2つ目が見つかったのは嬉しいところかな。
「そうだ。ライア、今日は外でものづくりしてみない?」
「きゅー!」
どうやらライアも乗り気なようだ。
平日はずっとホームの中だったから、植物系のライアにはちょっと息苦しかったかもしれないし。
俺たちは机と素材を外へ運び出すと、椅子を作り始める。
ライアにも魔法水と薬草を渡し、ポーションオブドリアードを作ってもらう。
そうだ、ついでにライアのスキル『光合成』の効果も確かめておこう。
俺はライアがポーションオブドリアードを作ってMPが減ったのを確認すると、休憩がてらライアのMPを観察する。
ライアのMPの最大が100、ポーションを作ったあとが80で……しばらく見ていると、ライアのMPが1回復する。
だいたい1%回復する感じだろうか。かかった時間は3分未満ぐらいか。
これから先、ライアのレベルが上がって最大MPが増えたらもっと勢いよく回復していくかもしれない。
そして、スキルレベルが上がっても同じことが言えそうだ。
そうなると、やはりレベル上げをした方がいいかもしれない。新しいスキルを覚える可能性もあるし。
もちろん、ライアに負担をかけるパワーレベリングではなく、適正レベルのフィールドでだ。
ついでに、俺のレベルも上がってステータスが上がれば、より良いものが作れるようになるかもしれないしね。
「きゅー……?」
俺がずっとライア(のステータス)を見ていたからか、ほんのりライアの頬が赤くなる。
「あ、ごめんごめん。ちょっと気になることがあって……それじゃ、続きをしよ……」
【INFO:ホームへの入場申請があります】
ん? 誰だろう。
名前を見てみるとタイガさんだ。
そういえば、うちの畑でタイガさんの持ってきてくれたアイテムの種を育ててたっけ。
俺は申請を承諾する。
「おはようコウ殿、フレンド一覧でログイン中の表示になっていたので、例のものを引き取りに来たのだが……」
「おはようございますタイガさん。例のブツですね、こちらです」
俺はタイガさんを畑に案内すると、タイガさんは実のなった植物を見て驚く。
「おお……本当に1日早く収穫できるとは。これはありがたい……」
「育ちづらい分、強力な効果があるんですか?」
「うむ、これは『力の実』と言ってな。食べると力のステータスが1分間、1.1倍になるのだ」
「加算ではなく乗算ですか。レベルが上がれば上がるほど効果が強くなるタイプですね」
「そうだな。時間は短いが一発逆転も狙えるものだ。ボス相手に使うので、数はあればあるほどいい。……さて、報酬についてだが……」
「あ、それでしたら……」
俺はライアのレベルを上げたい旨を伝え、レベリングを依頼するならどのギルドがオススメか、俺たちのレベルではどのフィールドが適正か聞いてみることに。
「──それなら儂のギルドに指名依頼を出してはどうだろうか?」
「タイガさんのギルドですか? しかし、ランカーギルドなのでお忙しいのでは……」
「いや、儂らにも充分見返りはある。ライア殿のレベルが上がってMPが増えれば、ポーションオブドリアードの作れる数も増える。それはこちらにとってもポーションオブドリアードを手に入れる機会が増えるということだ」
「なるほど、それでは次に時間の空きのある時に依頼します」
「今からでも大丈夫だ。フリーマーケットまで時間もあるし、レベル10まで上げるならすぐだろう」
ライアのレベルが5、今が7時過ぎ、フリーマーケットの時間が12時だから……そんなに短時間で5も上がるのか。
それなら依頼してみようかな。動画報酬でお金に余裕もあるし。
「ちなみに料金はどのぐらいが相場なんでしょうか?」
「ふむ、今回行くところは近場で、こちらの人数は儂を含め2人で充分だろう。武器の消耗を考えると2500Gぐらいだろうか」
なるほど、そういえば武器にも使用回数があったなこのゲーム。
消耗品費なども含めてそれなら破格ではないだろうか。
「分かりました、それでは依頼しておきま……ええと、ヘルプを見ながらなので時間がかかると思いますが……」
「大丈夫だ、儂が教えよう」
その後、タイガさんに教えてもらいながら『同行2人、消耗品費依頼者持ち、消耗品費込みで報酬2500G』の条件でタイガさんのギルドに指名依頼を出す。
そして、出すと同時に受諾される。目の前にリーダーがいるからね……。
ちなみに依頼金は前払いのようで、受諾と同時に手持ちの資金が減る。
依頼金は運営が一時的に預かり、もし依頼に失敗すると戻ってくるそうだ。
「今、同行者にメッセージを送っておいた。エインズの町を西に出たところで待ってもらっておるぞ」
「分かりました、それでは準備……といっても俺たちは初期装備のままなんですけど、大丈夫ですか?」
「うむ、コウ殿たちには指一本触れさせんよ。それでは参ろうか」
さすがランカーギルドのリーダー……すごい安心感があるな。
俺たちは片づけをパパっと済ませると、エインズの町の西出口に向かうのだった。
**********
「コウさん! 今日はよろしくお願いします」
西出口で待っていたのはアルテミスさん。昨日の今日で再会することになるとは思ってもなかった。
でも、タイガさんが近接と考えると、間接攻撃である弓ならバランスがいいのは確かだ。
「アルテミスさん、今日もよろしくお願いします」
「きゅーっ!」
「ああ……」
昨日同様に、ライアに声をかけられたアルテミスさんが崩れ落ちる。
ライアが推しだからって、大袈裟だと思うんだけどなあ。
「……本当にお前で大丈夫か?」
「失礼ですねリーダー。大丈夫です、問題ありません」
「まあ、実力は確かだからな。いつも通り頼むぞ」
「はい、命に代えてもライアさんは守り抜きます」
……ほんとアルテミスさんはライア推しガチ勢だなあと思いながら、俺は2人に尋ねる。
「今日はどちらでレベル上げをするのですか?」
「メインでレベル上げをするライア殿がレベル5なので、ここから更に西に行ったところにある『ヴァノリモ大森林』の入口付近だな。通称『迷いの森』と呼ばれている」
「迷いの森……よくある道を間違えると入口に戻される系のマップですか?」
「うむ、そして未だに踏破者のいないダンジョンでもある。何かしらのフラグを立てないとならないのか、すべてのパターンを試しても先に進めないのだ」
うーむ、それは本格的な迷いの森だ。
普通なら全パターンを試したら情報なしでも抜けられそうなのに。
「それでは出発しよう」
**********
「ふんっ!」
タイガさんが盾で敵を攻撃してバランスを崩させる、いわゆるシールドバッシュで攻撃をする。
モンスターはバランスを崩して転倒し、そこにアルテミスさんの放った矢が突き刺さる。
『ギャアアッ!』
的確に足を狙った攻撃はクリーンヒットし、モンスターはその場から動けなくなる。
「ライア、シードバレットだ」
「きゅーっ!」
そして動けなくなった敵に、遠距離からライアのシードバレットでトドメだ。
モンスターはHPが0になると魔石とGを残して消滅する。たまにレアドロップで消耗品なども落とすらしい。
……あれ? そういえば俺、何もしてなくない?
「それにしても、すごい連携ですね。それにタイガさんがタンクだとは思っていませんでした」
「ハハハ、よく言われる。獣人は速さを活かしたアタッカーが多いからな」
タイガさんは大盾で敵の攻撃を受け止め、パーティーを守るタンク。
アルテミスさんは速さを活かして位置取りを行い、適正距離から矢の最大ダメージを叩き出すアタッカーだ。
アルテミスさんは器用さにもステータスを振っているらしく、モンスターの足を的確に狙えたのもそのためだ。……それにしても、ライアと一緒にいる時とのギャップがすごい。
「よし、この調子でレベルを上げていこう」
「はい!」
「きゅーっ!」
その後、2時間ほど俺たちはレベル上げを行い、そして……。
【INFO:ライアのレベルが上がりました。新しいスキルを習得しました】
「……ついに目標のレベル10ですね。それに新しいスキルは……」
【バインドLv1:敵の地中からツタを出し、拘束する。スキルレベルによって拘束時間が増える】
なるほど、連携に便利そうだな。遠距離攻撃とも相性はよさそうだ。
「うむ、これで依頼は完了だ。それにしてもライア殿のMPが尽きずに最後までできるとは……」
「光合成のスキルのおかげですね。今はまだMPの回復手段が少ないようなので、これからも重宝しそうです」
「MPの回復アイテムがレアなのは昔のゲームだけにしてほしいものだ……まあ、レシピが判明すればもっと楽になると思うが……」
そう、実はMPを回復するマジックポーションはいまだにレシピが判明していない。
魔法職には必需品になるので、特許による収入もポーションと同等ぐらいになると言われているため、錬金術メインでやっている人は研究を続けているのだが……。
今はモンスターからのドロップ、フリーマーケットのNPCなどからの購入、道具屋の掘り出し物などしか入手方法がない。
「コウさんはレシピの研究はされないんですか?」
「このゲーム始めたばかりですしね……でも、動画収入が入ったので研究するのもいいかもしれませんね」
さっき10万Gもの大金が手に入ったので、それを研究開発費にしてもいいかもしれない。
ポーションオブドリアードの特許料も入ってくるし。……こちらは、ドリアードをペットにしているのはプレイヤーの中でも一部なので、ポーションほどではないと思うけど。
「……そういえば、ドリアードの出現場所ってどこなんです? ここは森なので出現しそうなものですが……」
「いや、実はまだドリアードは発見されていないんだ」
「ポーションオブドリアードのレシピが出てから、みんな血眼になって探してるんですけどね」
「運営からプレゼントされた『モンスターの卵』から孵ったモンスターは、エインズの町周辺に出現するモンスターばかりなので、もしかするとこの森の奥地に出現するのかもしれないな」
そうなんだ。だとすると迷いの森を突破する方法の発見が待たれるな……俺としてもドリアードをペットにする人が増えれば、特許収入も増えるし……。
「それにしても、明らかに卵生じゃないモンスターも『モンスターの卵』から孵ってるんですけど、そこは突っ込んではいけない所なんですかね?」
「ああ、それは儂も思っていた」
「わたくしもです。まあ……ゲームシステムの都合とか、どのモンスターが生まれるかのワクワク感とか……その辺りでしょうか」
そんな雑談をしながら俺たちは帰路に就くのだった。
**********
俺たちがホームに戻ってきたころには10時を少し過ぎていた。
「それではここで解散ですね、ありがとうございました」
「うむ、また機会があればうちに指名依頼をして欲しい」
「わたくしも、ライアさんとコウさんの依頼なら大歓迎です!」
「ところで、コウ殿はフリーマーケットに参加されるのか?」
「ええ、今日は見て回る側ですけど……」
まだポーションオブドリアードの在庫はそれほど多くなく、すぐに完売してしまうと思ったからだ。
相場に関しても全然把握できていないしね。
「儂は売る側として参加しているので、気になったら立ち寄って欲しい」
「わたくしも今回は見て回る側ですね。たまに貴重な矢をNPCが売っているので……」
「そういえば、弓と矢で持ち物が分かれているゲームって珍しいですよね」
そう、だいたいのゲームって弓だけで矢については言及されないことが多い……と思うんだけど。
このゲームは弓と矢は別々になっており、特殊な矢が多数あるようだ。
「ええ、だから量産された弓でも特殊な矢があれば、弓の持ち替えをせずに属性攻撃ができますからね。面白いシステムです。ちなみに弓の属性と矢の属性にも相性があるなど、まだまだ研究されている武器です」
へえ、相性とかもあるんだ。
雷属性の弓で雷属性の矢を撃てば増幅されたり、炎の弓で風の矢を撃てば合成魔法みたいな感じになるのかな。
「そういえばコウ殿、あれから特殊な椅子は作れていないのだろうか?」
「ええ、使用回数を増やす方法は見つかったのですが、ランクが上がっても特殊効果の付いた椅子は作れていませんね」
「使用回数を増やす方法……か、それは気になるな」
「よろしければ作業をご覧になりますか?」
「うむ、見学させて頂こう」
「わたくしも……」
「分かりました。……ライアは疲れてるだろうから、これに座ってて」
「きゅーっ♪」
俺はライアに小さな椅子に座ってもらう。
なんかアルテミスさんが『椅子にちょこんと座るライアさん……かわいい……』とか言って倒れたけど、そっちは気にしないようにしよう。
「──と、こんな風に手を加えたら加えた分だけ、使用回数が増えます。特にこの脚に補強をする方法だと効果は抜群ですね」
「なるほど、自動作成機能で作るよりもだいぶ手を加えるのだな」
「これは、他のものづくりでも同じことが言えそうですね……時短のため、自動作成機能を使う人がほとんどなので、公表されたら考えを変える人も出てくるかもしれません……」
「それではこれで完成……ん? ライア、どうしたの……?」
「きゅー…………っ」
突然ライアが椅子から離れ、俺の作った椅子の傍に来る。
そして椅子に手をかざして……魔力を送りこんでる?
「きゅっ!」
そして魔力を送り終えると……椅子がライアの髪色と同じ、鮮やかな緑色に変貌を遂げる。
「い、いったい何が起きたのだ……?」
「分かりません……こんなのは初めてなので……」
俺は完成した椅子を手に取りステータスを開いてみる。
すると……。
【ドリアードの椅子:ランクB、座っていると1分ごとにMPが最大MPの1%だけ回復する。ドリアードの魔力が籠められた特別な椅子】
「「「…………」」」
俺たちは3人とも絶句する。
MP回復手段は今はまだレアだって言ってたよね!?
「……コウ殿、動画は?」
「一応、何か作るときは常に撮影するようにしてるので……」
「条件が分かって量産できるようになれば、MP回復手段の1つになり得ますね……」
そういえば、これを作るのにどれだけライアのMPを消費するのだろう。
俺は気になってライアのステータスを開く。
【MP:50/200】
たしかライアは光合成のおかげで、帰宅途中にMPは全回復してたはずだから……。
消費MPは150。レベルを上げていなかったから今までは作れなかったわけか。
このことを2人に伝える。
「つまり、ペットモンスターのレベルを上げることで、スキルだけでなくこうした裏の効果も使えるようになるわけか……」
「ライアさんよりもレベルの高いドリアードはいるはずなので、他にも条件はありそうですが……」
「とりあえず、動画を公開して情報を募るのもいいかもしれませんね」
「うむ。動画が公開されるまで、我々はこの製法を口外しないように約束する」
こうして、最初はポーションオブドリアードの増産やスキル取得のつもりのレベル上げだったが、思いもよらない収穫になったのだった。




