VRMMOでものづくり始めました
「──VRMMOでものづくり、やってみないか?」
この言葉が俺の人生を変えることになるとは、その時はまだ思ってもいなかった──。
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俺の名前は物部耕作、しがないサラリーマンだ。
平日は仕事に追われ、土日はその疲れを癒すため自宅で動画を見るなどダラダラ過ごしている、その辺にいる普通の男。
……ものづくりが好きで、大人になったらそういう仕事をする! って言ってたのも今は昔なんだよなあ。
趣味でするにしても、アパート暮らしだと周りを気にして大きい音なんて出せないしさ。
「おいコウ、昼飯食べに行こうぜ」
気が付いたらお昼の時間。
俺に声をかけてきたのは、小学生時代からの腐れ縁である友人、本多武士だ。
中学、高校まで一緒はよくある話だが、まさか大学どころか同じ会社にまで入社なんて……世の中狭いものである。
「おう、社食でいいか?」
「ああ、うちの社食は安くて美味いからな、ありがたいことだぜ」
俺たちは社食へ足を運ぶと食券を購入し、席に座る。
「そういえばコウ、お前ものづくりが好きだったよな?」
「ああ、まあ昔の話だけどな。アパートだとなかなかそういうことはできなくてさ」
「そうか……それなら、VRMMOでものづくり、やってみないか?」
「VRMMO?」
「ああ、前に俺がやってるって話したゲーム、あるだろ?」
「あーっと……確か、ワールドなんちゃらってやつか?」
「『ワールドクリエイターズ』、な。名前の通り、世界……つまり、家具や家、町や城、果てには国なんかも自分たちで造れる……つまり、ものづくりが好きなコウにうってつけだろ?」
「まあ、それはそうかもしれないが……俺、VRやる機器なんて持ってないし、アレは結構なお値段だろ?」
「ふふふ……そう言うと思ってな。実は機器を2つ持ってるんで、1つコウにやるよ」
「……お前がそういう気前のいいこと言う時って、なにか裏があるんだよな……」
そう、コイツ……タケシが提案してくるときは何かのお願いがあるときだ。
夏休みの宿題を見せてくれだの、合コンに一緒に行ってくれだの……まあ、見返りがあるから俺にとって悪いことがあるわけではないのだが。
「……バレてた?」
「何年の付き合いと思ってんだ。分からいでか」
「まあ、さっき言った通りだ。コウにはワールドクリエイターズでものづくりをやって欲しいんだよ」
「つまりVR機器をもらう代わりに、ゲーム内で道具を作って欲しい、と」
「ああ、今その分野でめちゃくちゃ人材不足でさあ……コウがそういうの好きなら適材適所と思ってさ」
「うーん……いいように使われてる気がしなくもないが、VR機器ってお高いし、悪い話ではないな」
「だろ? だったら話が速い、今日の終業後に機器を家に持っていくぜ」
【番号27番、28番、29番の方、料理ができました】
「っと、ちょっと取りに行ってくるわ」
タケシはそう言うと席を立つ。
……ゲームでものづくり、かあ。
現実ではないとはいえ、久々にものづくりができるという事実に、俺は内心ワクワクしていた。
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「──ふう、これでチュートリアルは終わりかな」
俺はチュートリアル空間から『ホーム』と呼ばれる、プレイヤー個人の空間へと飛ばされる。
そこは少し大きめの一軒家が建ち、中には必要な設備も揃っていた。
外には畑が広がり、植物も育てられそうだ。
「ここが……工作用の部屋、かな」
そのうちの一室に、木材などを加工する部屋があり、必要な道具も完備されている。
これ、現実で買おうとしたらかなりのお金が必要だよな、まさに至れり尽くせりか……などと考えていると、メッセージの着信があったことをシステムに知らされる。
「えーっと……あ、タケシからのフレンド申請か。よし、受諾……と」
【INFO:ホームへの入場申請があります】
「速いな!? ……とりあえず許可、と……」
「よーっす、コウ」
許可を出すと、タケシがホームへと転送されてくる。
このゲーム、ホームへ他プレイヤーが来るには二つの条件があり、『フレンドであること』と『その都度申請をして許可されること』だ。
もしホームで作業中でも急に押しかけられることがないので安心だな。
「タケシか、とりあえずチュートリアルは終わらせたぞ」
「ああ、初期の持ち物だけじゃ足りないと思ってな。資材なんかを渡しにきたぜ。あとこっちではタケルって名乗ってるからうっかり間違えないようにな」
「タケル、ねえ……そういえばお前日本武尊が好きだから、それ由来か」
「まあな。……ってお前のHN……コウってまんまじゃねーか」
「面倒くさいからな……まあコウってよくある名前だし別にいいだろ」
「そういやお前、RPGのキャラに名前を付けるの面倒だから『ああああ』とかにするやつだったな……ま、後から変更もできるからまあいいか」
……実際に俺にはネーミングセンスなんてないから、デフォルトネームがあると嬉しくなる性質なんだよ。
まあ問題が出てきたら後から変更するとしよう。
「……話を戻すけど、資材はこれだ。受け取ってくれ」
タケルがそう言うと、何もない空間から大量の木材が出てきて、机の上に置かれる。
「いいのか? 売ったら結構な額になると思うが」
「いいんだよ。俺たちの道具づくりを手伝ってもらう先払いだと思ってくれ。序盤だと金欠で資材を買うお金にも苦労するからな」
「なるほど、それじゃあありがたくもらっておくよ」
「じゃあオレは自分のギルドに戻るぜ。こう見えて忙しかったりするんだぜ?」
「そういや詳しい話を聞いたことなかったけど、何やってるんだ?」
「ふっふっふ……聞いて驚くな。実はオレのギルド、ランカーギルドの1つに数えられてるんだ」
「おいおい、マジか……」
タケシが睡眠時間を削ってまでこのゲームにドハマりしてるのは聞いてたが……まさかそこまでとはな。
「ちなみにコウにあげたVR機器なんだが……この前のイベントの上位入賞者への賞品が最新のVR機器でな。オレがそれを使うようになったから持て余してたんだ」
「なるほど。でも、VRゲームの賞品がVR機器って……あんまりありがたみがないような気もするなあ」
「いや、性能が結構違うんだぜ? 解像度とか、反応速度とか……ま、コウにあげたやつでも充分な性能だから、楽しんでくれよな」
「ああ、ありがとう。それじゃ、早速ものづくりを始めてみるよ」
「よし、それじゃあな……っと、もしやり方が分からなかったら検索して動画を見るといいぞ。プレイヤーが動画を撮ることができて、公開できる機能があるんだ」
「分かった、ありがとな」
そう言うとタケシ……いや、ゲーム内ではタケルか……は、また転送されていった。
タケルはそのまま家に帰り続きをするそうだ。
それにしても上位ランカーともなると大変そうだな……俺はまあ、マイペースにやらせてもらおう。
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「ええと……最初のものづくりは……椅子にしようか」
椅子。
おそらく多くの人が図工……もしくは技術の授業で作ったと思われるもの。
今はどうか知らないけど、俺の場合は小さめのサイズだったなあ。無理して使おうとしてたっけ。
……などと昔を懐かしみつつ、材料を用意する。
そして作業に取り掛かろうとしたとき、空中にパネルが表示された。
「へえ、説明書的なものが空中に表示されるんだな……こりゃ便利だ。……ええと、接合部はほぞ継ぎ……って、難しそうだな……」
説明によると、ほぞ継ぎは片方の木材に突起を、もう片方の木材に穴をそれぞれ作って、それで継ぎ合わせる方法らしい。
こういうのまで用意してくれてるとは、親切だなあ。ちょっと難しそうだけど。
「ま、まあ最初は誰だって失敗するものだし、やってみるか」
と思ったものの、割とスムーズに作業が進んでいく。
タケルのアドバイス通りに初期ステータスを器用さに多めに振ったのが大きいのだろうか? 普段の自分よりも手先が器用に動かせている気がする。
そして、あれよあれよと椅子が形作られていく。器用さ様々だな……。
「とりあえず完成……か? 角が危ないので面取りした方がよさそうだけど……」
【INFO:作業を完了しますか? 完了した後は手を加えることはできません】
あ、これで完成扱いになるのか。手を加えることはできそうだけど……とりあえず、完成にしてみるか……ポチッとな。
俺は表示されたパネルの『はい』を選択する。すると椅子が一瞬輝き、すぐに光が収まる。
「お、完成させたら椅子のステータスが表示できるのか。ちょっと見てみよう」
【普通の椅子:ランクD、特殊効果なし、角が尖っていて座るとちょっと痛い】
「へぇ、アイテムの説明文まで表示されるのか……やっぱり面取りした方がよかったな……」
そう思いつつも、久々にものづくりをやったおかげで、かなり満足している。
更に手を加える余地も残されてるし、他のものも作れるし、これからが楽しみだ。
【INFO:自動作成機能が使用可能になりました】
「ん? 自動作成機能?」
ヘルプを見てみると、どうやら1度作ったものは自動作成機能で自動的に作れるようになるらしい。
ただし、ランクは固定、作成にかかる消費HP・MPは1割余分に使う、サンプルと同じように作る……つまり、手を加えることができないようだ。
「ま、俺はものづくりだけする予定だし、この機能にはたぶんお世話にならないだろうな」
一通り説明を読んだあと、俺はもう一個椅子を作るための材料を準備する。
今回は座面と背もたれはほぞ継ぎ、座面と脚は釘打ちで作ってみよう。
……実は俺、釘を打ってる時の一定のリズム、好きなんだよな。
そうだ、動画が撮れる機能があるみたいだし、いつでも釘打ちの音が聞けるように動画を撮ってみよう。
そうすれば、釘を消費せずに釘打ちの音が聞けるしな。
「よし、そうと決まればやりますか!」
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「ふう、座面と背もたれの面取りをやったし、座面にくぼみを作って座りやすくしたし……これで完成かな」
俺は椅子を完成させると、ちょっと期待しながら椅子のステータスを表示した。
【良さげな椅子:ランクC、座っていると1分ごとにHPが最大HPの1%だけ回復する、使用者のことを考えられて丁寧に作られた椅子】
「おっ、ランクが上がって特殊効果が付いたか。……でも、座り続けてないといけないし、使い勝手は悪そうだな……まあ、椅子を作るときに座りっぱなしで作業すれば役立ちそうだ」
というのも、金槌を振るったり、ノコギリを引いたりすると少量だがHPが減っていくからだ。
それを相殺できるのはありがたい。
……となると、できるだけ座ったまま作業できるように机の配置とかを考えないと。
「ふああ……」
気づくとあくびが出ていた。
時間を確認すると、もう22時を回っている。
「やばい、明日も仕事だしそろそろ風呂に入って寝る準備をしないと……」
この日、俺は椅子を2つ作ってログアウトしたのだった。
──この時に作った椅子が、少し後にちょっとした騒動を起こすことを、俺は今はまだ知らなかった──。