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速記のディアナと金魚の魔術師  作者: コイシ直
第2章 友だち、のはずですが。
8/15

(2-2)9年前——王立学院2年生②


 さんさんと輝く夏の太陽のまぶしさも忘れて、ディアナは目を見開いて叫んだ。叫ばずにいられない。だって、


「家の門、ノックしただけで自動で開いたんだけど?!私、魔力ないのに!?」

「そう設定したからな」


 涼しい顔で答えると、ロニーはディアナが下げていた小さくてボロボロの旅行カバンを取り上げた。

 すたすたと家の2階に上がり、自室の右隣のドアを開ける。

 外は夏の暑さなのに、屋敷中が心地よい冷たさで満たされていた。これもきっとロニーの魔術だろう。


「ここ、あんたの部屋な。んで、なんで夏休みなのに制服着てるんだよ?」

「だって制服以外だと、実家から着てきたワンピースしかなくて。制服はどうせ学生のうちしか着られないんだし、思いっきり着倒しちゃおうと思って」


 とたんにロニーは派手なしかめっつらになった。ディアナの全身をじろじろと見る。

 それから、はぁぁぁぁと大きなため息をついた。


「却下。そんな堅っ苦しい格好で家をウロウロされてんの、迷惑だ」

「えぇ〜?」

「出かけるぞ。とにかくそのワンピースとやらを着てこい」


 そこからは、なんというか、ロニーの独壇場だった。

 まず連れて行かれたのが、大きな古着屋だ。

 さすがは王都!流行ファッションに敏感な人たちは、服を何回か着たり飽きたりしたらすぐ売って、新しいものを買うと聞く。この店のラックにも華やかで色とりどりな服がずらりとかけられていて、まるで新品に見える服もかなりある。


「ここなら、安くて着倒せる服が買えるだろ」

「た、たしかに……よく来るの?」

「たまに。いつ背が伸びるかわからないのに新品買うのも無駄だしな」

「それ、すっごくわかる」


 おそるおそるワンピースを1枚選んでカゴに入れてみる。

 その上から、ポイポイと男物の服を入れられて、ディアナは目を見張った。


「ロニーも買うの?」

「まあな。急に身長が伸びて、服が短くなった。困ってたからちょうどいい」

「たしかに!」


 1年という時の流れはすごい。ディアナは痩せぎすではなくなってきたし、ロニーはチビではなくなってきた。

 さらにポイポイ服が重なっていく。かわいい女性服も、大量に追加されていく。

 すべてを目を白黒させて眺めるばかりのディアナは、我に返って尋ねた。


「ロニーって、女の子の服を着るのも好きなの?似合いそう!」

「なんでだよ!」


 買い込んだ服は、大きな紙袋3つ分にもなって、店から出たとたんにロニーはそれをパチリと指を鳴らして消した。

 魔術で家に直接送ってしまったらしい。


 お次は靴屋。職人のお弟子さんが作ったトライアル品を安く買えて、店を出ながらディアナは踊り出したい気分だった。

 自分の靴!好きな色や形を選んで買えるなんて!

 嬉しすぎて、いまならバレリーナみたいにつま先で立って踊れそうだ。バレエは絵でしかみたことないけれど。


「あんた、今日も楽しそうだな?」

「すっっっごく楽しい!こんなに楽しいことがあるなんて信じられない!」

「……街歩きなんて普通だろ。また来たらいい」

「一緒にきてくれる?」


 期待に満ちて、ロニーを見つめる。

 そういえば、誰かに楽しいお願いごとをするのって、これが初めてかもしれない。


「なんで俺なんだよ」

「ロニーと一緒の方が絶対楽しい!」

「別に他のやつと来たって大して変わらな…………。いや」


 ロニーは一瞬黙り込んでから、ぱちんと軽快な指鳴りでディアナが大事に抱えていた靴箱を消した。


「ああっ!消えちゃった!もう少し抱えてたかったのに!」

「……今度は別の靴屋にも連れてってやる」

「ほんと?一緒にきてくれるの?!ありがとう!!!」


 とうとうその場でぴょんっとディアナは飛び跳ねた。

 ロニーがまた一緒に出かけてくれるらしいのが、何より嬉しい。友だちって最高だ!


「だから、他のやつに誘われてもついていくなよ。エドワード・アッテンボロー、とか」


 突然、防衛軍事科のエドワード・アッテンボローの名前が飛び出して、ディアナはぱちぱちと目を瞬かせた。


「なんでエディ?」


 確かに、この1年、クラスメイトで会話をしたのは、ロニーに次にはエドワードが多いけれど。

 ロニーの存在が初めてクラス中に知れ渡り、慌ててふたりで教室を飛び出したあの去年の翌朝のこと。

 驚いたことに、エドワードは登校するなり真っ先にディアナのところに飛んできて、昨日の無礼を大声で詫びたのだ。


「俺、考え違いをしてた。視野が狭かったら良い軍人になれるわけがないのに。君に勝手に甘えて課題を押し付けよう、なんて大変失礼なことをしようとしてた。本当に申し訳なかった!」


 直角に体を折って深々と頭を下げられて、ディアナはかえって慌ててしまった。


「あ、あの、顔を上げて……?」

「ついては、ディアナ・ハース嬢を師匠と呼んでもいいだろうか!」

「え、なんの?」

「ハース嬢の含蓄のある言葉に感動した! あと冷たい言い方にちょっと興奮した!」

「え、だからどうして? それにあの、私のことは、敬称なんてつけずにディアナって呼び捨ててくれていいから」

「ディアナ」


 そう名前をいきなり呼んだのは、なぜかエドワードではなくて、隣で寝ているはずのロニーだった。


「そんなギャンギャンうるさい駄犬にかまうなよ。ほっとけ」


 気だるそうにあくびをしながら、しっしっと手で追い払う仕草をしてみせる。

 それまでロニーの存在に気づいていなかったらしいエドワードは激しくのけぞって、それから止めていた息を勢いよく吐き出した。


「うっは!ロニー・ボージェス!いたのかよ。どんだけ気配を消すのが上手いんだ。魔術師ってか完全にスパイ向きだろお前」

「少なくともあんたよりは向いてるな。静かにしてくれ。眠れねぇだろ」

「朝から寝るなよ。朝は筋トレで目を覚ませ。筋肉と会話しろ。ディアナ師匠にこてんぱんに怒られてしまえ」

「うん、だからなんで私が師匠なの……?」


 困惑しているうちに朝礼が始まって、師匠と呼んでいいかどうか問題はあやふやになってしまった。

 そのままなぜかエドワードは、ディアナとロニーにしょっちゅう声をかけてくるようになったのだ。


 一度話してみると、まっすぐで飾り気のない気質のエドワードは、とてもとっつきやすい男の子だった。何度ロニーに嫌がられても、おおらかに笑い飛ばしてまた話しかけてくる。

 エドワードが頻繁にちょっかいを出してくるから、ロニーは休み時間に寝ていられず、しかたなく起きているようになった。

 おかげさまで、なんとなくディアナとも会話する機会が格段に増えたし、何より朝の挨拶をするようになった。


「おはよう!ロニー」

「なんで毎朝挨拶するだけでそんなに小躍りしそうなの、あんた」

「おはようっていい言葉だよね!家であんまり言ったことなかったから、使えるのがうれしくて!」

「ああ、そうかよ。……おはよ」

「えへへ」

「何だよ」

「おはよ!」


 昼は昼で、変化があった。


「ディアナ師匠、食堂いこーぜ!腹減ったぁ」


 エドワードは気軽にディアナをランチに誘ってくれる。


「エディ、さっきの授業中、教科書に隠れて何か食べてなかった?」

「食ってた!鶏肉の揚げたやつ!間にチーズ挟まっててうっまいの」

「……それ、におうよね?」

「聞いて驚け、軍事用の臭い消し魔導具が手に入ったから、俺、ただいま無敵!人生勝ち組!」

「空腹に負けてるのに?」

「くっ!冷たっ!ありがとうございます!ごちそうさまです!」

「おいディアナ、そいつにかまうな。馬鹿が感染(うつ)る」

 

 エドワードとランチに行こうとすると、なぜか必ずロニーもついてくる。

 そのうち、エドワードがいない日のランチも、いつもロニーと一緒に食べるようになった。


 でも、エドワードだって、クラスメイトだから教室で声をかけてくれるだけだ。

 わざわざディアナを誘って外に出かける用があるとも思えない。

 だから、ロニーから「エドワードと一緒に出かけるな」とかいきなり言われても。

  

「なんでエディ? お家がどこにあるのかも知らないし、そもそも絶対誘われないって」


 今日みたいに、夏休みに連れだって出かけてくれる人はロニーしかいないし、だいたいディアナをこんなふうに泊めてくれる物好きな人なんて、世界にたったひとりしかいない。

 道の片隅で立ち止まったまま、きょとんと首を傾げたディアナの顔をじっくり眺めてから、ロニーはおかしそうに笑った。 


「なんでもいいから、絶対断っとけ」

「わかった……?」

「わかってねぇだろ。いいけど別に」


 笑ってくしゃりと崩れたロニーの顔を見ていたら、つられてディアナも笑ってしまう。ますます次のお出かけが楽しみになってきた。


「次の靴のためにも張り切ってアルバイト代貯めなきゃ!あ、ねぇ、これまで買ったものの分、お金払うからね。あとで金額確認させてね?」

「……ふーん?」


 鼻をならすと、ロニーは歩き出す。




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