表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
速記のディアナと金魚の魔術師  作者: コイシ直
第10章 合法最強の相棒です。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/70

(10-4)それからの2カ月


 それからの2カ月。ディアナの毎日は、文字どおり目の回る忙しさだった。


 世間を驚かせた最大の出来事といえば、王都デイリー新聞のスクープ報道だろう。

 経営者一族であるタンゲラー財閥の子息が逮捕されたという事実と、その違法行為の数々を報じる署名記事だ。執筆者名はもちろんローレンス・ウィザー。

 長年ナリック・タンゲラーを追いかけてきたあのウィザー記者だ。ようやく記事を世に出せたことをさぞ喜んでいるだろうと思いきや、一度ディアナの職場を訪ねて来てくれたウィザーの顔はげっそりとやつれていた。


「いろいろありましてねぇ。社内でも記事に口を出してくる奴らがわんさかいて。いっそ隠蔽(いんぺい)しようとか言う馬鹿まで湧いて、てんやわんやですよ。タンゲラーの長男が賢い判断をできる人なんで、結局、一面スクープ記事扱いになりましたがね。もしお蔵入りしたら、他の新聞にリークしてやろうと考えてました。ま、そうならずによかったです。今後の捜査と裁判のゆくえもしっかり追っていきますよ!」


 ウィザーは積年の重い荷をとうとう肩から下ろしたように、()げた頬に安堵(あんど)の色を漂わせていた。

 そうやってようやく心労に一区切りを迎えられた人もいる一方で、いきなり騒動の先頭で奔走(ほんそう)しなくてはいけなくなった人もいる。

 ロニーだ。

 

「それで、ディアナ先輩、旦那さんは今週もまた魔術師団に泊まり込みなんですか?」

「うん、もう7日目」

「わぁ、それって平気なんです?!新婚早々、大丈夫??」


 魔術裁判所の速記部のオフィス。

 隣のデスクで頬杖をつき、鉛筆を指でくるくる回しながら、後輩のパムは目を丸くした。

 ディアナはさっき清書し終えたばかりの反訳原稿をまとめて立てると、トントンと机の上で角を揃える。


「そうね、割と何とかなってる。今、ロニーの実家に泊めてもらってるしね。結構楽しいよ」

「えっと、ううん、ディアナ先輩じゃなくて、ロニー先輩のほう。絶対平気じゃないでしょ?」

「朝晩、伝令鳥で連絡は取ってるけど。文面はいつもどおり、淡々としてる」


 けど、本当は平気じゃないだろうな、と内心でディアナはため息をつく。


 ナリック・タンゲラーと一味の魔術師たちが大量に逮捕された後、実はディアナもしばらく魔術師団の聴取現場に応援で駆り出されていた。

 あまりに対象人数が多く、証言を書き残すだけでも大変な作業だったからだ。

 ダニー父さまがどう手を回したのか、ディアナは裁判所の速記部から正式に期間限定で協力派遣される形になり、2週間ほど王宮の魔術師団で働いていた。

 聞いたことをそのまま書き取れるディアナは魔術師たちから半泣きで大歓迎され、あちこちの取り調べ室を渡り歩いてひたすら速記し、清書しまくった。その時は、ロニーと昼食を一緒に取るくらいはできていたのに。

 今、ロニーはダニー父さまに思いっきりこき使われて、国のあちこちに飛んでは今回の証拠集めに尽力(じんりょく)しているらしい。

 今週は、なんと一度も顔を見られていない。

 そういえば、ロニーと出会ってからこんなに長くそばにいられないのは初めてだ。


 ディアナの優しい後輩は、気の毒そうな顔でデスクに置いてある卓上カレンダーに目を走らせる。


「明日から3連休ですもんね。少しは休めるといいけど……私にできることがあったら、言ってくださいねぇ。こないだディアナ先輩が休んでいる間も、死にものぐるいで働いたら何とかなったし! もしまた事件がらみで有休が必要になるなら遠慮なく〜。ランチ2回分おごりで手を打っちゃう」

「パムが頼もしすぎる。泣きそう。ほんとありがと。ランチの食後にケーキもつけちゃう!」

「やったあ」


 ちゃっかり明るいパムに手を振って仕事を終える。

 いつもだったらロニーが待っていてくれる裁判所の外塀の前を素通りし、ボージェス家にまっすぐ帰る。

 王都の一等地にたたずむ豪邸だ。もてあますくらいに部屋がある。


「だから、騒動がおさまるまでうちで泊まってらっしゃいな。ダニエルがなかなか帰ってこなくて私も寂しいから」


 そう言ってジェニー母さまが温かく迎えてくれるから、とっぷり甘えてしまった。2カ月近く入り浸って、もう半分以上、自分の家みたいになっている。

 でも、ディアナ以上にこの家に馴染(なじ)んでしまったのは——


「おかえり!」


 ドアを開けた瞬間、黒い人影に思いっきり飛びつかれる。

 一音一音を確認するように口にして、リューは得意げにぴょんぴょんと飛び跳ねた。すっかり人間の男の子姿が板についている。最初の頃より見た目は成長して、今は7歳くらいの外見だ。


 この家には、昼間、アーサー兄さまの子どもが遊びに来る。3歳になったばかりの一人息子で、名前はティベルト。

 両親が第1魔術師団で働いている間、在宅で魔術研究をしているジェニーと家庭教師の女性とで面倒を見ているのだ。

 遊び相手になってね、とお願いされて、リューは金魚たちみんなと一緒に今はここで生活している。

 金髪巻毛がかわいい小さなティベルトは、元気いっぱい走り回りたいお年頃。リューと初めて会うなり、言葉も交わせないのにすっかり意気投合してしまった。

 毎日、ふたりで屋敷を隅から隅まで走り回り、体力ギリギリまで遊び回ってから、ぱったり力尽きて昼寝する。

 今のところ、リューは眠ると竜の姿に戻ってしまうのだが、それもお構いなしにティベルトはリューが大好きだ。後ろをくっついて離れない。

 リューの子分として縦横無尽に宙を飛び回る金魚たちとも、すっかり仲良くなってしまった。

 ティベルトは遊びの中でいつの間にかどんどん水の魔術が使えるようになり、一方のリューは次第に人間の言葉を口に出して話せるようになってきた。

 もっともっと上手く話せるようになってからルミと再会したいリューは、毎日ぐんぐん人間らしくなっていく。


 ディアナは出迎えてくれたリューの頭を撫でる。また少し、背が大きくなった気がする。


「リュー、ただいま!あれ、ティル君は?」

「かえった」

「今日もいっぱい遊んだ?」

「うん!」

「魚雷ちゃんたちはもう夕飯食べたの?」

「たらふく!まんぷくだって、水の中でまったりしているぞ」

「よしよし。じゃぁ、次は私たちがたらふく食べる番だね」


 ふたり仲良く手をつないでダイニングルームに向かう。

 

「あら、ディアちゃん、おかえりなさい。ちょうどよかった。食べましょう?」


 ディアナが帰ってくるタイミングを熟知していたかのように、ジェニー母さまがテーブルに最後の皿を配置しながら迎えてくれる。

 3人でわいわいと今日会ったことをおしゃべりしながら、夕飯をいただく。

 最近のディアナのルーティーンだ。


 かつては当たり前でなかった家族の食卓に、当たり前のように毎日座る。

 なんて贅沢(ぜいたく)なんだろう。

 実家の人々があれからどうなったのか、ディアナはロニーから聞いていない。

 いずれ裁判で知ることもあると思うけれど、積極的に自分から聞きたいとは思わない。

 大事にしたいのは、今、目の前にいる大好きな人たちだ。

 

 食後はいつも、しばらくリューの客室で金魚たちの元気そうな様子を眺める。

 ロニーとフィリアスが作り上げた幻影魔術と違って、魔獣の金魚たちはまだしゃべれない。

 それでもディアナの姿を見ると、飛べる金魚は水槽から空中を泳いで遊びにくるし、飛べない金魚は水槽のガラス越しに寄り集まって挨拶してくれる。

 一日中、速記で酷使した眼と心がほっとゆるむ。

 それから、リューをバスルームの泡風呂に放り込んでひとしきり遊ばせて、それからしばらく本を読んであげて、寝かしつけてから自分の部屋に戻る。

 リューのおかげで、あれやこれやと寝る直前まで(にぎ)やかで忙しない。

 こんなドタバタした毎日は初めてで、でも、どこまでも優しくて、まぶしくて、温かい。


 いつものように、寝支度を整えて、ひとり、ベッドに腰掛けた。

 まるでどこかで見ていたように、ロニーの伝令鳥が窓をすり抜けて飛んでくる。

 金茶色の美しい鳥はディアナの肩に止まると、頭をぐりぐりと頬に押し付けてから、ポンと一枚の紙に変わった。

 今晩のロニーからの伝言に目を走らせる。

 今日は、どうやら南部の地域にいるらしい。


 ——そろそろ終わりが見えてきた。明日には帰れそう。今日は見事な満月だな。


 速記文字で書かれた文面から目を離し、窓を開く。ちょうど頭の真上に、白く冴えざえと輝く丸い月。

 南部も王都と同じように晴れているらしい。

 この瞬間、ふたりで同じ空を眺めている気がして、ディアナはくすりと笑い声をこぼす。

 夜風にかすかに甘い花の香りが混じっている。ロニーのいるところでは、どんな風が薫っているのだろう。

 明日はきっと、月がなくても一緒に過ごせる。

 たった一晩、眠ればいいだけ。それでも、


 ——早く会いたいな。ロニーと一緒に見る月のほうが綺麗だもの。気をつけて帰ってきてね。


 さらさらと指先で、紙の下半分に返事を速記する。


「ロニーに持っていってね。気をつけて」


 その言葉で再びメモは鳥へと姿を変える。

 開いたままの窓から飛び立つ姿を見送って、しばらく夜風と月を楽しんでからベッドに潜り込んだ。

 明日は会える。

 そう思うだけで、良い夢が見られそう。


 やがてうとうととまぶたが閉じかけたディアナの頬を、ツンツンとつつくものがある。

 驚いて目を開けると、さっき去ったはずのロニーの伝言鳥が、小首を傾げてじっとディアナを見つめている。


「あれ?どうしたの?戻ってきたの?」


 起き上がると、小鳥はディアナの手のひらに飛び移り、おかしそうにピルルと小さくさえずった。

 それから再び紙へと変化する。

 そこにあったのはさっきのやりとりではなく。

 まっさらな紙に、たった一言。


 ——帰ったら、あさってデートしようぜ。


「……で、でーと??!!」


 完全に、自分の声で目が覚めた。

 ロニーとふたりで出かけたことは無数にある。

 でも、デート、なんていう名前のくすぐったい特別なお出かけなんて、一度もしたことない。

 もう結婚してるけど。

 自分たち、人生の通過儀礼の順番がぐちゃぐちゃすぎるにもほどがあるけれど。

 

「デート?え?デートって、」


 恋愛小説でしか知らない、腕組んでチュッチュラブラブ甘々イチャイチャする、まさかのあのデート?!!


「ひょぇぇぇぇ」


 ディアナは小さく放心した。

 どうしよう。

 あさって。

 死んじゃうかもしれない。

 

 

 

お読みいただきありがとうございます!

投稿に予定よりお時間いただいて失礼しました〜(汗)

もうすぐ終幕です。

どうぞ最後までお付き合いいただけますように!(祈)

次は11/19(水)投稿予定です。

どうぞよろしくお願いします!!

【追記11/21】

予定通り更新できておらずすみません……。

諸事情あり、来週2話分投稿させていただきます。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします(涙)

【追記12/28】

まったく予定通り更新できておらず、申し訳ありません……!

体調崩してグタグタバタバタになっておりまして、ようやっと落ち着きました。。。

みなさま、本当にお身体ご自愛くださいませ。

年明けには最終話まで更新したいと思っています。

なにとぞよろしくお願いいたします(涙涙)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ