(10-3)ダニエルのご褒美
「はっはっはっ、なんでこの男が居残ってるのかって? ディアちゃん、いい質問だ!」
頭上にぽっかり広がる空から、陽気すぎる声がいきなり降ってくる。
見上げると、今にも崩れそうな破れ屋根のへりに、見知った人が悠然とたたずんでいる。
ダニー父さま!とディアナが喜ぶよりも先に、意外な人の声が飛んだ。
「団長、遅いじゃないですか。全部ロニーくんが片付け済みですよ?」
さっきまでロニーが拘束されていた椅子にのんびり腰掛けて、トビアス・キーレが腕組みをしながらダニエルを仰ぎ見ている。
団長?ロニーくん?
その呼びかけ方は、まるで知り合い、と言うよりむしろ、まるで第3魔術師団の団員のような——?
「あー、やっぱりかよ。そうじゃないかと思ってたけどさ」
ロニーはとたんにうめくと、自分の髪の毛をガリガリと掻き回した。
「そうそう、ロニーの推察のとおりだよ」
ふわりと王宮魔術師ローブをひるがえしながら床に降り立ったダニエル・ボージェス団長閣下は、気心知れた人に向けるまなざしで、キーレの肩を労うように叩いた。
「いやぁ、いつ見てもうまく化けてるよね。ってわけでディアちゃん、初めてだよね? こちら、ミラード・カーターくん。うちの副団長さ」
「え?」
ディアナは耳を疑った。まじまじとキーレを凝視する。
「いやぁ、そんなに見つめられると照れるなぁ!」
大げさに照れ笑いをする様子にかまわず、頭のてっぺんから足の先まで隅々を見たけれど。
「このキーレさんが?別人が変装してるってこと?……嘘でしょ?!」
だって、ディアナが知っている広報官とあまりにもそっくりだ。
キーレの顔をしたその人は、にんまりと微笑んで椅子から立ち上がる。
「ディアナさんに褒めてもらえて嬉しいなぁ。なかなか似てるでしょう? 私は手堅い潜入捜査が得意でね。姿を変えて自分を消すのはお手のものだし、むしろ完璧に擬態できないと落ち着かない。さて、この壮大な芝居も、とうとうエンディングですかね」
くるりと一周回ってキーレそっくりの全身を見せつけてから、いたずらっぽく付け加える。
「本人も、この姿を見て腰を抜かしてましたからね」
「ご本人も?!って、本当のキーレさんは今どこに??」
「魔術師団で保護してます。そもそも、この顔の元祖キーレ氏は、ナリック・タンゲラーから勧誘されて活動の手助けをしてたんですよ」
ミラード・カーター副団長閣下は、他人に擬態した頬の皮を引っぱってみせる。
「でもタンゲラーたちの魔術実験の素材に人間が使われ始めた時点で、恐れをなして魔術師団に駆け込んだんです。で、私がキーレ氏と入れ替わって潜入捜査をしてたってわけ。だから安心してください。ディアナさんのご実家の人たちも、すでに魔術師団に送りました。ちゃんと金魚から人間に戻れますよ」
言いながら、フィンガースナップをひとつ。
指の鳴る音と引き換えに、明るく朗らかなキーレ広報官が消える。代わりに現れたのは落ち着いた表情の、栗色の短髪の男性だった。
おそらくダニー父さまとそんなに年齢は変わらない。40代前半ごろだろうか。キーレよりは10歳以上も年長に見える。
彼は自分の頬をこすり、目尻に小さな笑いじわを浮かべながら穏やかに口元を緩ませる。
「久々に自分の顔に戻ったな。キーレ氏になりきるのも楽しかったんですけどね。若返ったふりができるし」
それから首をひねって、ロニーに好奇心に満ちた問いを投げかけた。
「実は最近、ロニーくんの遠隔魔術で身辺を探られている気配があったんだ。特に寝ようとした深夜にね、風もないのにじわりと空気がうごめく感じ。いつ私だって気づいた?」
はぁ、とため息をつきながらロニーは答える。
「ディアが初めてタンゲラーと面会したって聞いた時からです。おかしいと思ってた」
「ってことは最初からか。私、そんなにわかりやすかったかな?」
はは、まいったね、とカーター副団長は肩をすくめる。
ロニーは仏頂面のまま、淡々と返した。
「不意打ちでディアを連れ去る絶好のチャンスだったのに、わざわざ解放した。その時点で胡散くさい。だからトビアス・キーレとナリック・タンゲラーに関する情報を片っ端から探りました。……あなたがタンゲラーを上手いこと言いくるめて、ディアを俺に返してくれたんでしょう?」
「見抜かれてたか。情報集めは君の得意分野だからなぁ。深夜活動ご苦労さま。きちんと寝てるかい?」
「今日から寝ます」
「団長、数日くらいはご子息をじっくり寝かせてあげてくださいよ。起きたら副団長なんだから」
「……………………は?」
ふいに炸裂した爆弾発言に、ロニーの声が地に這った。
お構いなしに、カーター副団長は立ち上がる。軽やかに歩みよると、ロニーに握手の手を差し伸べた。
「この任務に就くときに、ボージェス団長と約束したんだ。私はこれで引退するって。だから、こんな手間のかかる厄介な仕事でも、退職記念にしぶしぶ引き受けますよ、ってね」
晴れやかに笑うその顔をじっと見て、ロニーは問う。
「厄介な仕事って、今日のこれだけじゃないですよね?……第5魔術師団のこともですか?」
カーターは無言で腕をぐいっと伸ばすと、問答無用でロニーの手をつかんだ。
強制的にニコニコと握手を済ませてしまう。
「君のその質問については、私に答える権限はないからね。団長から聞いてくれるかな」
全員の視線が一箇所に集中する。特にロニーからの視線の圧がすごい。だが、それをものともせずにダニエルは大変悲しそうに眉をさげた。
「ええー?カーター、ほんとに辞める気かい?もったいないー、もうちょっと僕にこき使われてくれたっていいのにー」
「いやですよ。もう一生遊べるくらいの金は貯めましたし、あとは家族とつつましく暮らします。第5魔術師団なんてクソくらえ。わがまま放題のお子様たちをなだめすかすのは、もううんざりなんですよ!」
カーターの最後の一言は、完全に真顔だった。
対照的にダニエルは、ストレスが全然なさそうな良い顔色で、こぼれる笑い声も軽やかだ。
「あはは、君が第5のメンバーに問題児ばかりを選抜してくれたおかげだね。今日捕まえた魔術師の中にもかなり混じってるだろ。第1魔術師団から来た捜査員、というかうちの長男とお嫁さんが嬉々として縛り上げてたよ」
ダニエルは人差し指でちょんちょんっと床下を差し示し、「今日はボージェス家総動員だ!」と胸を張ってから先を続ける。
「とにかくみんなお疲れさま。魔術師団に戻ってお茶でも一杯どうだい。うちの奥さんが軽食を用意して待ってるよ」
「どうぞご家族でごゆっくり。私は留置所で調書作成に立ち会ってきますよ。捕まった奴ら全員の顔と名前が一致してるのは私だけでしょうし、仕方ない。では、ロニーくん、ディアナさん、お疲れさまでした」
軽く会釈をすると、カーターはダニエルに、何か小さなものを手渡した。
晴ればれと明るい笑みを浮かべ、ドアから部屋を出ていく。
ダニエルは手の中のものを見て、かすかに肩をすくめている。
一瞬だけ、部屋に沈黙が落ちた。
「……で?」
そう低く切り出したロニーの目は、完全に据わっていた。
怒っている。相当怒っている。握りしめた両手が小さく震えている。
ディアナはじわじわと手を伸ばす。そっとロニーの利き手の右手を、自分の左手で繋いだ。
まさかとは思うけれど、万が一にも殴りかかったりしないように。
そのディアナの手を自分の胸元に引き寄せ抱え込んで、ロニーはため息をつく。
「俺はいいよ。父さんの手駒でも何でも。——なんでディアを巻き込んだ?」
「いや、それだけは本当に、計算外だったんだ。タンゲラーがディアちゃんにこんなふうにちょっかいを出すだなんて。申し訳なかった。うちの大事な娘を危険に晒してしまった」
ダニエルに真摯に頭を下げられて、ディアナは慌ててかぶりを振った。
「いえいえいえいえ、ダニー父さま!お願いだから頭を上げて!私は平気!」
さっきの会話の流れで、何となく理解はしている。
今日までのことは、すべてダニー父さまの練りあげた大きな作戦の一部なのだ。
ロニーとディアナも、その駒のひとつ。
全然気づかなかった。でも別に嫌な気はしない。
結局、ディアナもロニーも傷ひとつない。何なら、勢いで結婚までできてしまったし。
この騒動がなかったら、自分たちはもうしばらく親友の距離感のまま、結婚しなかった気もするし。
実家ともやっと決別できて、正直、ディアナが生きてきた中で今が一番幸せだ。
「でも、第5魔術師団のことって?」
ディアナは首を傾げる。
それだけは、会話を聞いていてもよくわからなかった。
「魔術裁判所のスタッフの間でも、第5魔術師団が新設されるみたいだって結構ウワサになってたけど。それが今回の事件と何か関係あるの?」
「大ありさ。釣りだからね!」
ダニエルは、あっという間にいつもの勢いを取り戻し、意気揚々とうなずいた。
でも言われていることが、ますますよくわからない。ディアナは、聞こえたとおりの言葉を繰り返してみる。
「つり?」
「そう。相手を引っ掛けるための釣りエサ。つまり、大がかりな嘘なんだよ。第5魔術師団のメンバーを選抜するって言いながら、クーデターやら違法魔術研究やらを企む危ない奴らを集めたんだ」
「まさか、そんな……」
あまりのことに、ディアナは息をのむ。
王宮魔術師団は、この国すべての魔術師の頂点に立つエリート組織だ。その輝かしい場所を汚す輩が集めるほどにいるなんて。
「それがねぇ、結構いるんだよね。ま、卑劣なことを妄想してるだけなら放っといたんだけどさ。実際にこの10年、違法生物を作って資金調達したり、クーデター計画を具体的に進め始めたり、違法魔術で殺傷能力の高い武器を作ろうとしたり——とにかく水面下で不穏な動きが活発になってきたんだ。だから新団を作るふりで、マークしていた人物たちを一気にまとめることにした。いっそ一網打尽にしようかと思って」
「それで今日に至る、と?」
「そう。彼らの活動資金提供者の一人が、ナリック・タンゲラーだった。他にもパトロンがいるんだけどね。今日で根こそぎ逮捕済み」
厳しい顔で語り終えると、ダニエルはふうっと一息大きく空気を吐き切った。
微妙な顔をして、ロニーが首を傾げる。
「でも、俺も第5魔術師団に何度も勧誘されたけど? それこそうんざりするくらい、カーターに声をかけられた」
「カーター君が言ってたよ。『ロニーくんは絶対に第5に来ないだろうから、安心してしつこく勧誘してる』ってね」
「……なるほど、特定の人間を集めていることがわかりにくくなるように、俺をカモフラージュにした、と」
「まぁ、そういうことだねぇ」
ちっとも悪びれず、ダニエルはけろりと全肯定した。
「ちなみにカーター君、うちのアーサーも誘ってたらしいよ。ボージェス兄弟には何度も断られるから気楽だって言ってたな。たまに胃が痛そうだったけど」
「……さすがに副団長が気の毒になってきた」
「だったらさぁ、ロニーがやりなよ、副団長」
「…………はぁ?」
「お前、最初、カーター君のことを毛嫌いして、危険人物だと思って警戒してただろう?」
「……」
「彼が第5の団長になったら、テロリスト集団を作るつもりだって勘違いしてただろ。僕にはお見通しさぁ!」
「……」
「ロニーは賢いし、魔術の才能は確実にうちの団で一番だけどね。でも、まだまだ足りないものもあるよ。自分だってわかってるんだろ?」
「……それ、は」
「ロニーに不足しているのは、人間とのコミュニケーションの経験。そして、そこから育つ洞察力」
「…………」
「今まで、部屋に閉じこもって情報収集する任務をしてくれて、とても助かった。でも、そろそろ外に出てもいいタイミングなんじゃないかな。洞察力をもっと磨いて、もっと視野を広くできたら、大事なものを守りやすくなる。——守りたいんだろ?」
ちらりとディアナに目を走らせて、ダニエルは柔らかく微笑んだ。
「まぁ、考えてみてくれ」
ディアナの手を握りしめたまま棒立ちで固まる息子の背中を、ダニエルはにやりと叩く。
それから、空いているロニーの左手に、何かを押し込んだ。
「ここの現場検証はすぐにアーサーたちが来るから放っておいていいよ。魔術師団の執務室に母さんとご飯が待ってるからね。追いかけておいで。ディアちゃん、また後で!」
さっさと言いたいことだけ上機嫌で言い終えると、ダニエルは移動魔術で姿を消した。
ディアナは立ち尽くすロニーの顔をのぞき込む。
「ロニー?大丈夫?」
「……ぐうの音も出ねぇな」
ロニーは小声でぼやくと、苦笑いしながら左手を開いた。
そこにはダニエルの置き土産が転がっていて——
「ブローチ?すっごくきれい!ロニーに似合いそう!今回のご褒美かな?」
三日月に、金色の星が3つあしらわれた飾りだった。
星の部分は魔石なのかもしれない。小さな石が凛々しく輝いている。
「あー、これ」
ロニーはため息をつく。半ば予想していたらしい。
手の中の星をポンポンと軽く何度も投げ上げて遊びながら、何でもないことのように言う。
「副団長バッジだな。魔術師ローブの胸元につけるやつ」
「……ふふ。まさかの?ダニー父さま、全然考える暇をくれてない!」
「このまま返してもいいけどな」
「でも、きれいだね」
「ディアは気に入ったのか?」
「うん、でもロニーが嫌なら」
「俺に似合う?」
「すごく似合いそう!絶対かっこいい!」
「へぇ。じゃぁ……ま、いいか。ディア、これつけて」
ポイっと投げるように無造作にバッジを渡されて、慌ててディアナは受け取った。
ロニーに指示されたとおりの首元に、緊張しながらそれをつける。
何とか曲がらずきれいにつけ終えて、ディアナは満足の声を上げた。
「できた!」
「どう?」
「すっっっっごくいい!」
前をうろうろしながら角度を変えて鑑賞する。いい。すごくいい。
ロニーは装飾品のたぐいをつけない。初めての飾りだ。襟元で輝いて、キリリと顔を引き締めてみえる。
「右から見ても、左から見ても、前から見ても、下から見ても、すっごくかっこいい!あ、上から見てみたい」
「落ち着け」
あきれて笑いながら、ディアナの顔の高さまで屈んでくれる。
上からも思うぞんぶん眺める。やっぱりすごくいい。
「良き!」
「そうか。じゃあ、やってみるかな副団長」
「いいの?!」
「いいの。もう逃げるつもりもないしな」
「……ロニーが、なんか、大人の顔してる」
「なんだそれ。俺たち大人だろ」
「あ、そうだった。結婚してた」
至近距離で目を見交わして笑い合う。
ふたりだけになったら、急に実感が湧いてきた。
解放感で、体が羽根みたいだ。
怖い人はいない。怖いものもない。
ようやく終わった。
ようやく始まった。
明日はもう、幸せしかない。
きっとあさっても、その先も。
ずっとこの人の隣で。
ディアナは思いっきりロニーに飛びついた。
「どうしよう、今、私、最強に無敵な気分!」
お読みいただきありがとうございます!今回、だいぶ長くなってしまった〜(汗)
次回は、11/12(水)投稿予定です。
引き続き、どうぞよろしくお願いします。
【追記11/12】
次の更新、11/14(金)に変更させていただきます。
ちょっと手直ししたいところが出てきてしまいました。すみません……!
どうぞよろしくお願いいたします。




