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速記のディアナと金魚の魔術師  作者: コイシ直
第9章 相棒、家族になりました。

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(9−6)4人揃えば


「美味い酒が飲みたい!」


 そう叫びながらダイニングルームを出るエドワード・アッテンボローを見送って、ディアナは玄関に向かう。


「ひさびさにエディに会えて嬉しかったよ。こんな無理やりだったけど」

「はは、本当にいきなりだったな。でも楽しかった。食い過ぎて腹ぱんぱん!次は酒も飲もうぜ」


 かたい腹筋に覆われるばかりでちっとも出ているようには見えない腹部を、エドワードは豪快に叩いて見せる。


「ロニーの移動魔法で送ろうか?」

「いいよ。腹ごなしに歩いて帰りたい。今日、こんなに食うとは思わなかったからな。完全に栄養摂りすぎた」

「本当にねぇ」


 顔を見合わせて、笑ってしまう。

 エドワードが家に連れてこられたのは、本当に突然のことだった。


 すっかり魔変化を遂げた金魚たちを見て何かを(ひらめ)いてしまったらしいロニーは、あの後すぐに、ダニー父さまを引きずるようにして移動魔術で姿を消した。

 2時間経っても戻ってこないので、先にリューと夕飯を食べてしまおうかと思ったタイミングで、帰ってきたのだ。


 軍服を着込んだエドワード・アッテンボローを右側に、王宮魔術師ローブを着込んだフィリアス・テナントを左側に。

 その中央で、得意そうにロニーが胸を張っている。


「え、なんで?どうして?エディとフィリアスくん?」

「夕飯まだ食ってないっていうから連れてきた」

「仕事の打ち合わせしてたの?」


 それには答えずに、ロニーはパチリと指を鳴らし、ダイニングテーブルにこんがり焼かれた大きな肉の塊を4皿並べる。


「さて、とっとと食おう。俺とディアの結婚祝いだからな。豪勢に行こうぜ」


 ご機嫌にパチパチと指を鳴らし、サラダ、スープ、パンにマッシュポテトや温野菜—— 空間魔術でストックしていた出来立ての食べ物を次から次へと取り出していく。

 最後に着ていた王宮魔術師ローブをぽーいと投げ捨て空中で消してから、ディアナの後ろにしがみついて隠れていたリューをべりべりと引き剥がした。


「怖がらなくて大丈夫だから。こいつら、変なにおいはしないだろ?え、なに?『こいつ、なんで熊なのに人間のふりしてるの?』って?ははっ!エディ、お前、人間の皮をかぶった熊だってリューにバレてるぞ」

「ああ、この子がさっき言ってたお前の新しい弟? へぇ、ちっこいなぁ。どうも熊です。今度一緒にハチミツ採りに行くか」


 あっという間に距離を詰めたエドワードが、ロニーの陰で縮こまっている体をひょいっと持ち上げ肩車した。

 大きくて分厚い体の上に突然乗せられたリューは、困惑したようにキョロキョロと首を動かしている。

 ロニーがニヤニヤと通訳する。


「『熊に乗ったのは初めてだ。安定感あるな』だってよ」

「そうだろう!これくらいの高さがあれば、木の上の蜂の巣でも楽勝で採れるだろ」

「ふふっ。エディはちっちゃな子を見ると、必ず肩車をしたがるよねぇ。どうぞ向かい側の席に座って。フィリアスくんはその隣ね。リューは私の横に来て」


 ディアナはカトラリーを出して並べながら、笑って食卓の席を指し示す。


「おう、ディアナ師匠、結婚おめでとう」


 リューを椅子に下ろしてぽんぽんとその黒髪を軽く撫でてから、エディは笑って席に着く。


「おめでとう」


 フィリアスもぼそぼそとつぶやきながら、テーブルを囲んだ。 


「えへへ、ありがとう。4人揃ったのって久しぶりだねぇ。お酒……は、今日はさすがにまずいよね?」


 明日はナリック・タンゲラーに呼び出されている。人質に取られている実家の人々とも向き合わないといけない。

 緊張していない、と言えば嘘になる。

 それを和らげるために、ロニーは大事な友だち2人を夕飯に誘って連れてきてくれたのかもしれない。

 4人揃ったとたんに、学生時代の気安くてのびのびした雰囲気が戻ってくる。

 ディアナの視線を受けて、ロニーは肩をすくめた。


「酒はまた後日な。とりあえず、腹減った。昼メシ逃したし、食えるうちにたんまり食おうぜ」

「おいおいロニー先生よ。このメンツを揃えておいて、普通の食事会で済むと思ってんのか?」

 

 エドワードは、3つの肉の塊を次々と意味ありげに眺める。

 この3人が学院で揃った時にやっていたことと言えばもちろん——


「私、ひさびさに早食い競争のジャッジをすればいいのかな」

「エディはどんだけ勝負が好きなんだよ。いいだろ普通に食ったって」


 ディアナとロニーがほぼ同時に口を開く。

 エドワードは、ちらりと隣に視線を流す。


「いや、俺はどっちでもいいんだけどな。フィリアス閣下が……めちゃくちゃやる気だぜ?」


 エドワードの言葉が終わるのと、フィリアスの人差し指がすっと空中を縦に切るのが同時だった。

 たちまち魔術が発動して、目の前のローストビーフの塊が綺麗にスライスされる。ディアナは思わず吹き出した。


「わぁすごい!やる気がすごい。お肉全部カットされちゃった。しかも美味しそうなソースがかかってる」

「ほらこれだ。ロニー先生も諦めろって。もうやるしかないでしょ」


 朗らかに宣言しながら、エドワードがフォークを持ち上げる。


「ははっ。仕方ねぇ」


 フィリアスはとっくにフォークを握っていて、最後にロニーがそこに加わる。

 人間たちの奇行を前に、何が起こるのかと身を固くしているリューの肩を軽く抱いてあげながら、ディアナはひさしぶりのセリフを口にした。


「ふふっ。準備は良いですか?それじゃ……スタート!」

 

 一口食べたエドワードがいきなり興奮した。


「ロニー先生、うまいなコレ?!どこの店の肉?」

「ビストロ・アリーバ。特別にテイクアウト用に焼いてもらってストックした」

「マジかよ、超人気店じゃん、俺も連れてけよ!」

「エディに彼女ができたらなー」

「はぁ?ムリムリ、何年先になると思ってんの。えぇーもうフィリアス閣下、二人で行こうぜ?」

「……いいけど」

「いやいやフィリアスお前も彼女作れよ、彼女と行けよー。あそこ店内カップルだらけだろ」

「……ひとりでよく行く」

「閣下、相変わらず勇者だな?!なんなの?前髪で目を隠しとけば無敵なの!?」


 昔と違って会話しながら味わう余裕さえ見せながら、それでも着実にあっという間に皿の上の肉が減っていく。

 そこから3人はひたすら食べた。

 それを見ながら、ディアナは笑う。

 フォークをうまく使えないリューの口元にお肉を運んであげて、付け合わせのマッシュポテトも口の中に入れてあげて、あまりの美味しさに動けなくなってしまった口の周りを拭いて、また笑う。

 ずっと笑っているうちに勝負はついて、なんと、今回の優勝者はエドワードだった。


「陸軍学校で鍛えた早食いスキルをなめんなよ!毎食が早食い競争みたいなもんだからな」


 勝者のごほうびとして、もうひとかたまりの肉のおかわりを要求したエドワードは、大喜びで食べ切った。


 その頃にはテーブルの上の食べ物はあらかた食べ尽くされていた。

 ゆでたニンジンを『甘い!柔らかい!』と気に入ってしまったリューは、ひたすらそればかりを握ったフォークで突き立てて、目を輝かせてムシャムシャと食べ続けている。

 面倒見の良いエドワードは、大皿に残ったニンジンをすべて向かいのリューの皿に移し、ついでに残ったマッシュポテトをフィリアスの皿に余さず流し込む。

 最後のパンの一切れを自分の口に放り込んで、すっかりテーブルの上を綺麗にしてから、「ありがとう食った食った美味かったなぁ」と満足げに自分の腹をさすった。


「でもよぉ、結局ロニー先生もフィリアス閣下も、追加で肉をおかわりしてただろ。ずるくないか?」


 人数分の食後の紅茶を入れながら、ロニーは余裕の態度で受け流す。


「まぁまぁ、落ち着け。今度エディのためにちゃんと店を予約してやるから」

「おっ、ロニー先生、言ったなー?その言葉を忘れんなよー? 絶対店で焼きたてのローストビーフをたらふく食うからなー!」

「ふふっ。絶対4人で行こうね。私だけ置いていかないでね?」

「ディアナ師匠やさしいー。俺らが悪目立ちすることを見越して一緒に来てくれる師匠やさしいー!」

 

 そんな他愛のないことばかり、わいのわいのと言いながら、突発的な夕食会は和やかにお開きとなった。


 金魚とリューについて諸々確かめたいというフィリアスは、もうしばらく残ることになった。

 ディアナひとりに見送られて、エドワードだけが帰ることになる。


 玄関ホールの花瓶に飾られた色とりどりの花を眺めて、エドワードは目を細めた。


「ディアナ師匠の育てた花、いつ来ても綺麗だな」

「ロニーが保存魔法をかけてくれてるからね!」

「あいつには(かな)わねぇなぁ」


 愉快そうに、エドワードは花瓶の中の一輪をちょいちょいっと指差した。


「これ、綺麗だな。1本もらっていってもいいか?」

「もちろん!その花、ダリアだね。私が王都で最初に咲かせたお花と同じ品種なの」

「ああ、ディアナ師匠、昔そういえば言ってたよな」


 無骨な軍人の手が、そっとその花を抜き取る。

 大事そうに慈しむように花に微笑みかけてから、そのままの表情で、真っ直ぐにディアナを見る。


「ありがとう。あらためて、ディアナ、結婚おめでとう」

「ありがとう!」

「幸せそうだなぁ」

「うん、すごく幸せ」

「そうか。なら、俺も幸せだ。友だちの幸せが、一番」

「ふふっ。エディ、いい男だねぇ」

「だろ!俺、いい男なの」

 

 からりと笑って、空いている方の右手をディアナに差し出した。


「だから、明日、がんばれ。俺もフィリアスも、近くにいるから」

「え?!」

「あ、これ、内緒だった。聞かなかったことにしといてくれ」

「わかった、何も聞かなかった」


 お互いいたずらっぽく笑うと、しっかりと握手する。

 その手を引き寄せて、一瞬だけ、エドワードはふわりとハグすると、すぐに体を離した。


「だから、絶対幸せになってくれよ。お前たちの幸せが続くように、俺も国を守るから」

「わぁ、エディ、すっごくかっこいい軍人さんだ!」

「だろ?惚れてくれてもよかったんだぜ?」


 ニヤリと笑って思いっきりウインクしてみせると、エドワードは「またな」と大きく手を振って帰っていった。

 

 ディアナは花瓶に残った花たちに笑いかける。

 本当に幸せだ。

 信頼できる友だちがいるって、なんて素敵なことだろう。

 王立学院に行けて、本当によかった。

 エドワードにも、フィリアスにも、出会えてよかった。

 ディアナは満ち足りた笑みを浮かべたまま、ロニーたちの待つ2階へと向かった。


 だから、ディアナは知らない。

 帰り道、すっかり暮れた空の下。

 夜風に吹かれながら、エドワードが大事に大事に一輪のダリアを抱えて帰ったことを。


 軍の宿舎の部屋にたどり着いた彼が、コップに花を丁寧に差して、じっと見つめながらつぶやいたことを。


「幸せを祈ってる。遠くからでもずっと守るから……初恋の終わらせ方って授業があればいいのにな」





いつもお読みいただきありがとうございます。

誤字のご指摘、どうもありがとうございました〜!

明日はお休みし、次回あさって10/16に投稿させていただきます。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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