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速記のディアナと金魚の魔術師  作者: コイシ直
第9章 合法最強の相棒です。
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(9−4)竜の眷属②


 ——そのままダニエルとロニーは、階下で作戦会議をしている。


 ディアナはひとしきり金魚にごはんをあげ終わり、手を洗ってからクッキーをかじった。


「竜さま、これ香ばしくって美味しいねぇ。ロニーたちにも持っていってあげようかな」


 再び人間の姿に変わったリューは、椅子に座って幼い足をぷらぷらさせ、夢中で次から次へとクッキーを頬張っている。

 ふっくらと愛らしい子どもの頬にくっついたクッキーのかけらを、ハンカチで拭ってあげる。

 ぴくりとその体が動いて、ディアナの体越しに水槽を見た。

 ディアナは机に置いてあった鉛筆と手帳を反射的に取り上げる。形の良いその口が発した言葉を書きとった。


「『あいつ、一緒に遊びたいってやかましい』……あいつ?って誰のこと??」

 

 言い終わらないうちに、水槽からふわりと何かが浮かび上がった。

 まるい水の球だ。

 ロニーがたまに金魚を運ぶときに使っているのと同じ、水球だった。

 中には一匹の大きな金魚が泳いでいる。すごい勢いでこちらにやってくる。


「ぎょ、魚雷ちゃん?!」


 手の中にあった鉛筆を手帳を思わず放り投げる。

 まっしぐらに落ちてくる水球を、必死で手のひらに受け止めた。


「魚雷ちゃん、あなた、私の手のひらからはみ出てるけど……大丈夫?」


 魚雷ちゃんは水槽の金魚たちの中でも一番大きくて、一番の食いしん坊。

 真っ赤な流線型のボディには、むっちりと肉がついていて、筒のようにパンパンだ。まさに魚雷の名前にふさわしく育っていて、金魚というより、もはや小さな(こい)に近いような堂々たる姿だった。ディアナが近寄ると、いつも顔を水面から完全に突き出して、立ち泳ぎでエサのおねだりをしてくる。


 手の中に収まった水球の魚雷ちゃんは、ひんやりしたお腹を水の膜越しにぺたりとディアナに押し付けて、そのままじっと動かなくなった。

 心地良さそうに、ヒレがゆらゆら揺れている。


「私の手、熱くない?むしろ気持ちいい……?あ、もしかして、岩盤浴みたいなことなのかなコレ??」


 毎年アカデミーの学会が開かれる温泉リゾート地にも、岩盤浴ができる施設ある。

 温めた岩の板の上に寝っ転がって、じんわり身体中に熱を巡らせる温泉浴の一種だ。


「少し水温が高い方が金魚は元気だって、ロニーが言ってた。そうか、私の手があったかくて気持ちいいことを魚雷ちゃんは知ってたんだね。なんて賢いの!」


 ——そいつは、この群れの中では一番頭がいい。だからしっかりエサを確保できるし、体も大きい。生き残る(すべ)を知ってるやつだ。気に入った。望みを叶えてやろう。


 頭の中に竜の言葉が響いた。ディアナの両手が塞がっていて、速記ができないからだろう。直接話しかけてくるという判断はある意味では正しいけれど、あまりの頭痛に涙が出てくる。

 それでも聞き逃せない言葉があって、必死に尋ね返した。


「望み? 魚雷ちゃんの望みって??」


 魔力の青い光を帯びて、ふわりと水球がディアナの手の中を離れた。

 水中に、青白い稲光のようなものがいくつも走った。

 浮遊するその中を、魚雷ちゃんはクルクルと興奮しながら泳ぎ回る。

 真っ赤だった体が、美しく鮮やかな青色に染まった。

 その口から、小さく鋭い水粒が(はがね)のように真っ直ぐに放たれて——

 

「おい、どうした、何があった」


 慌てて部屋に飛び込んできたロニーに、ディアナはぼうぜんと、窓を見つめたままつぶやいた。


「ロニー、どうしよう……魚雷ちゃんが、窓ガラスを割っちゃった」

「は?」

 

 ——そいつの望みだ。「主人たちと一緒に出かけたい。主人と自分の身を守る力が欲しい」……だからテッポウウオみたいに水鉄砲を撃てるようにした!いいだろかっこいいだろ。戦える金魚。しかも魔水弾!今度の祭りに一緒に連れていくといいぞ。敵をあっという間に撃ち落とす。


 自慢そうな竜の声が、ロニーとディアナの脳を同時に揺らす。

 ディアナが顔を歪めているのに気づいて、ロニーがさっと(かば)うように頭に手を置いてくれた。魔術で保護してくれたのだろう。頭痛がはるかに楽になる。


「いやいや待て待て、嫌な予感しかねぇな」


 ロニーは地の底を這うようなため息を漏らす。


「聞きたくないんだが、聞く。その金魚に、お前の魔力を分け与えたのか」


 ——そうだ。もともと素質はあるし賢いやつだ。そのうちもっと色々使いこなせるようになるぞ。


「あの、竜さま、魔力を使える魚ってことは、それってつまり……」


 ——魔獣だな!金魚の魔獣だ! 我とお前たちがこいつの主人だ!


「きんぎょのまじゅう……」


 なんとも締まりない響きに、ディアナとロニーは顔を見合わせた。ロニーの顔に、「マジかよ勘弁してくれ」と書かれている。静かにディアナはうなずいた。


 猛烈な勢いで空中を泳いできた魚雷ちゃんが、ロニーの手の中に収まった。

 魔力の青で染まっていた体は、今は元の赤色に戻っている。

 何かを訴えるように、口をぱくぱく開けている。

 

「なんだ、魚雷ちゃん、何が言いたい」


 ——こいつの言葉をかいつまむとだな……「我が名は魚雷。名前の意味はさっき水竜王に教えてもらった。うれしい。がんばる。撃つ!」


「リュー。お前、なんてことを教えたんだよ……。撃たなくていいから平和に生きてくれ。ほら、水槽にお戻り」

 

 ロニーは魚雷ちゃんを水槽にそっと戻す。


 ——そいつだけじゃない。その群れには、魔獣になれる素質があるのが、あと5匹いる。


「まじか……うちの子たち、優秀すぎるだろ」


 ——我と我が(つがい)とそこの6匹の魔獣眷属と、それからお前たちがいたら、今いる人間たちをすべて駆逐して、綺麗で新しい国を作れるぞ!この贈り物であれば、僕の(フレア)は喜ぶだろ?広い縄張りと大きな棲家を用意したら、さらに僕を愛してくれるだろ? 


「ルミはどうかなぁ。そういうタイプに見えねぇけどな。ディアはどうだ?俺が国を獲ってきたら嬉しいか?本気で欲しかったら本気で考えるぞ」

「要らない。王妃さまとか、絶対めんどくさそうだよね。速記の仕事が続けられなくなっちゃうのは困る」

「はは。だよな。要らないな。俺もディアだけいればいい」

  

 目の前のリューが、あからさまにしゅんと(しお)れてしまう。

 ディアナは思わずその小さな肩を抱いて励ました。


「竜さまは、ルミちゃんのことも人間のことも今はまだ深く知らないだけだよ。これから知ればいい。ね?ちゃんとルミちゃんが本当にプレゼントを見つけよう?」

「そうだな。そのためにも、とりあえず目の前のトラブルをとっとと解決しないとな」


 ロニーはリューに目線を合わせてかがみ込む。


「そのために、お願いがある。お前の力を貸してもらえるか」


 うんうん、とリューは胸を張った。それから、急に目が泳ぐ。


 ——力を貸してやるのはいい。だが、ここから外に出るのは、まだ……怖い。


「はは、大丈夫だ。ここでできることだから」


 ——よし!わかった!お前たちも手伝え!


 とたんに水に包まれた6匹の金魚たちが、水槽から飛び出してくる。

 自分たちの周囲をはしゃいで泳ぎ回る姿を一つひとつ確認して、ディアナは目を輝かせた。


「わあ、魚雷ちゃんと、あとは……カイテンちゃんと、マサルさんとミツクニさんと、ロマーノと福ちゃんか。すごい、体の大きな食いしん坊ばっかりだ」

「やめてくれー。俺は金魚に平和な癒しの象徴でいてほしいんだよー。生き生き戦ってほしくねぇよー」

「でも、綺麗だね。空中で自由自在に泳ぎ回ってる金魚たち」

「そりゃ綺麗だけどな」

「いろんな人に自慢したくなるね。うちの子たち、こんなに元気で可愛いくて、しかも空飛んじゃうんですよー!って」

「いや、一番最後のとこだけ余計だろ。飛ぶ必要ないだろ」

「でも、びっくりはさせられるよ」

「そりゃまぁ……。びっくり?」

「うん、びっくり」

「なるほど、びっくり。……ああ、なるほど?」


 ロニーは腕組みをして、じっと空を泳ぐ金魚たちを観察する。

 それから、ニヤリ、と口の端で笑った。


「何かいいこと思いついた?」

「なんで?」

「悪だくみを(ひら)いた時、いつもそういう楽しそうな顔してる。ダニー父さまにちょっと似てきた」

「やめてくれー。お願いだからほんとやめてくれー。でも、そうだな」


 ロニーは空中に右手を伸ばす。

 われさきにと群がってきた金魚たちの動線をしっかりと目で追いながら、ダニー父さまそっくりの悪い顔で笑った。


「こいつたちのおかげで、面白いことができそうだぞ」




明日あさって、お休みをいただきます。

次の投稿は10/13を予定しています。

どうぞよろしくお願いします!

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