(9-2)念願の帰宅ですが
「とりあえず、お前の通り名はリューな。他に希望あるか?別にそれで構わないって?それはよかった。後でルミに本当の名前を決めてもらえよ。二人だけで呼び合う真名ってやつにしたいんだろ?」
安直に竜の呼び名をさっさと決定すると、ロニーは空中に浮かんだままだった水球に視線をやった。
「リュー、この金魚3匹、お前がやったんだろ。山荘の廊下に浮かんでた。人間に戻せるか? あ、嫌なのか。わかった落ち着け。とりあえず、フィリアスがなんとかするだろ」
黒い髪をぶんぶんと振り乱し、鼻の上に皺を寄せて思いっきり拒絶するリューを見て、ロニーはあっさりと諦める。
勝手に第2魔術師団長頼みにしてから、金魚と一緒に担いで連れてきた魔術師に視線を移す。今は床に転がっているその体を、靴先で軽くつついた。
「あーあぁ。すっかり熟睡してるなぁ。お前もフィリアスのところに帰りな。元々はあいつの部下だろ、偉大な上司に再会できて嬉しいよな?たっぷりお話ししてくるといい」
パチリと指を鳴らした。
金魚も魔術師も消える。
たぶん金魚のうちの1匹は、実の弟だったんだよな——
と思いつつ、進んでとりなす気になれないディアナは、報告だけはすることにした。
「あの金魚って廊下にいて、しかも元々は人間なんだよね……? だったら襲ってきた私の弟と、魔術師ふたりだと思うの。今後の処遇は魔術師団にお任せするね。どこに送ったの?」
「フィリアスとの受け渡しボックスにぶち込んだ」
「空間魔術の?! 人間まで入れられるの?!」
「論理的には可能。倫理的には問題あるかも知れねぇが、ま、気にしない。……あ?何?『僕もフレアをああやって隠せばいいのか!』って? ウキウキするなよ、絶対にやめておけ。愛してもらえなくなるぞ」
ロニーは、興奮と感動に打ち震えるリューの肩を軽くこづいた。
「『人間は難しい』? そうだな。ま、ポケットの中のルミの地図でも嗅いどけよ。本当に大事なのは何なのか、忘れずにいられるだろ。自分の気持ちと都合だけを相手に押し付けて暴走すると、本気で失敗するぞ。何度もそれで後悔してる俺が言うんだから間違いない」
「え、ロニーが?いつ?どこで?」
ディアナは仰天した。
「だって、私には全然押し付けたことないよね。押し流されたことはあるけど、押し付けられたことはないよ?」
「あー、いや、うん。プロポーズ」
「え?」
「きちんとしてないだろ、プロポーズ」
「え?してもらったよ。結婚しようって」
「そうじゃなくて、ちゃんとロマンティックなやつ」
「ふへぇっ?」
とんでもない言葉が聞こえてきて、ディアナは間抜けな声をあげてしまった。
やけになったように、真っ赤な顔でロニーが言い募る。
「跪いて、指輪と花束を渡して、愛してる結婚しよう一生幸せにする、って言って、同意してもらってからキスするやつだよ!」
「え?恋愛小説?」
真顔でディアナは問い返してしまった。そんな乙女の夢みたいなこと、されてしまったらその場で恥ずかしさのあまりに蒸発するか、ダッシュで逃げる。
「俺が憧れてたの!準備してたのに失敗したの!10年拗らせた男の純情なめんなよ!」
「ひょええ。……今する?」
「お前には情緒ってものが足りなすぎるだろぉぉぉ。覚悟しとけ、絶対リベンジしてやるから」
「わ、わかった。覚悟しとく。……は、初めての夫婦ゲンカがこれって、私たちバカップルすぎない……?」
「こんなのケンカじゃねぇし、バカップルなのは良いことだろ」
「良いことなのかなぁ」
「おじいちゃんおばあちゃんになっても目指せイチャイチャバカップルだ」
「わ、わかった……?」
ロニーの理想がよくわからない。よくわからないけれど、これから理解する時間は山ほどある。
「心底わかってないだろ。いつか絶対わからせる」
ぼやきながら、ロニーはディアナの腕を捕まえて、せっせとブラウスの袖をまくり上げる。
「そろそろ王都に戻りたいが、その前に。リュー、ちょっと見てくれ。この魔術紋、見覚えがあるか?」
すっかり忘れていた。ディアナの腕にはまだウロボロスの竜の紋章がついたままだ。
それを見たとたん、リューは一言吐き捨てる。聞いた瞬間、ディアナは吹き出してしまった。
「今もしかして『ダサっ』って言った?」
「言ったなぁ。あ、何?『竜はそんなに目つきが悪くないし、自分で自分の尾を飲み込むなんて頭の悪いことをしない。全部人間の妄想。それが嫌で嫌であの村の竜はかわいく描いてもらったのに、なんでいまだにダサい絵が残ってるわけ?』だってさ」
「リュー、絵師の友だちがいたの?」
「『大昔に一人だけ。いい奴だった』、らしいぜ。それで俺たち、この魔術紋をなんとかして消したいんだが、リューは解呪の方法を知っているか?」
当たり前でしょ、という顔をしたリューは、床に落ちていた竜の涙を一粒拾い上げる。
ディアナの腕の紋章の上に置くと、そのまま自分の幼い手のひらを、ぺちん、と乗せる。
シュウ、と小さく乾いた音がする。手のひらを外すと、ディアナの肌は元通り。魔石は消え、黒い紋章はかげも形もなくなっていた。
「はは。参考にならなすぎる。圧倒的な魔力で一気に洗浄したのか。人間にできる芸当じゃねぇわ」
「畏れ多すぎる。さすが竜さま、人智を超えていらっしゃる……。めちゃくちゃ高価な魔術だね……」
ほとんど同時にロニーとディアナは口にして、最後は『ありがとう』と口をそろえて感謝した。
「よし、じゃ、心置きなく王都に戻るか。本当は魔術師団に行くべきだろうが……ま、いいや。不特定多数の魔術師にリューを見られるのも面倒だしな。家に戻ろう。あっちから会いに来るだろ」
「あ、やだ、ハーフォードさんの山荘のお掃除どうしよう!せっかく使わせてもらったのに」
「現場検証が必要だから、むしろ戻らないほうがいい。全部終わったら、掃除しにいこうぜ」
「わかった。早く終わるといいね」
どこか締まらないのどかな会話を続けながら、ロニーとディアナはリューを連れて移動魔術で王都の家に戻った。
前庭にたどり着く。
変わりなく赤いイチゴが美味しそうに実っているのを見て、ホッとする。
「帰ってきたね。ただいまぁ」
「我が家だな。おかえり」
「ロニーもおかえり。ねぇ竜さま、イチゴ、美味しそうでしょう? あとで一緒に摘みましょうね。スコーンも焼いて、ジャムも作りましょ」
スンスンと鼻を鳴らしたリューが、安心したように息を漏らす。どうやら家がお気に召したらしい。
「ああ、うん?『植物がたくさんあるのが気に入った』って? そうだろ。この花壇、みんなディアが植えたんだ。俺の、お、奥さんは、すごくセンスがいいんだぜ」
「やめてロニー、そこで思いっきり照れないで、こっちまで恥ずかしくなってくるから!」
「だって、夢の奥さん呼びだぞ?!ずっと呼んでみたかったんだぞ!?照れないほうが無理だろ!」
「やめて〜ぶっちゃけるのやめて〜」
「お、奥さんに隠しごとはしない主義なの俺」
「す、素敵な旦那さんですこと!」
「ぐはぁ……破壊力でけぇ……!」
突然、家のドアが内側から開いた。ひょっこりと、ロニーの父が顔をのぞかせる。
「何してんのお前たち。新婚さんごっこ? 驚かせようと思ってずっと玄関ホールで待機してたのに、なかなか入ってこないから出てきちゃった」
「父さん」
とたんにロニーが嫌そうな顔になり、リューがディアナの背後に隠れて腰に抱きついた。
「新婚さんごっこ、じゃなくて、新婚です、俺たち」
「おお?!入籍したの?ようやっと?ディアナ・ボージェスになった?ようやっと正式にうちの嫁?合法的に僕の娘?うわぁぁぁぁ、ようやっとだよぉ」
駆け寄ってきたダニエルが、がばりとディアナを抱きしめようとする。とたんに見えない何かに弾かれて、よろめいた。恨みがましい目で、息子を睨めつける。
「なんだよロニー、今さら僕からディアちゃんを遠ざけるつもりかい?」
「今の防御魔術は俺じゃねぇ。けど、リュー、よくやった」
ディアナの背後から、「ふんっ」と得意そうな鼻息がする。
その音の方をひょっこり覗きこんで、ダニエルが歓声を上げた。
「わあ、なんだい、かわいいな!君たち結婚したばかりなのに、もう子どもがいるのかい?!すっごい美形さんだねぇ。なんだかフィリアスくんの小さい頃にちょっと似ているけれど、大丈夫?彼の息子だったりしない?」
「やめろー、そういう誤解を招く言い方をわざとするのはやめろー」
「ごめんごめーん」
うんざりした声を出す息子に、父はいたってかるーく謝った。まったく悪びれず、身構えるリューの目の前にしゃがみ込む。
「だって……何?君、竜なの?直接頭に話しかけてこれるの?すごいな。僕もロニーも竜族?血がにおう?かっこいいねぇ。うん、でも僕はちょっと変なにおいがする?ごめんねぇ、僕、多少は腹黒だからさぁ。うんうん、許してくれるの、ありがとう。それでロニーの舎弟になったのか。わかった、じゃあ、君は今日からリュー・ボージェスね。適当に戸籍を作って僕の息子にしておくよ。アーサー、ロニー、リューの三兄弟ね!だからルミちゃんをきっちり落としてうちの嫁にするんだよ!かわいい嫁が3人もできるとか、パラダイスだねぇ」
ダニー父さまの順応力が高すぎる。
みるみるうちに状況を受け入れて、さっさとリューを自分の息子にするという。
ディアナはあまりのことにすっかり面白くなってしまって、パチパチパチと拍手した。
「ダニー父さま、即断即決!かっこいい!」
「だって、伝説の竜を息子にできるなんて面白い話、ここを逃したらもうないでしょ。あと、ルミちゃんを僕の娘にできるとか最高!あの子は聡いし、一緒に暮らせたら絶対楽しいよねぇ」
「父さんの度胸がすげぇ。ハーフォードさんに殴られそう」
「おお怖い。しばらく内緒にしておいてね」
けろっと言いながら立ち上がり、「さてさて」と楽しそうに3人を家の中にいざなった。
家のドアが閉まったとたん、パチリ、とダニエルが指を鳴らす。
ロニーは深々とため息をついた。警戒心丸出しで尋ねる。
「で、父さん、何を企んでるんですか?今、防音の魔術を使いましたね。どんな内緒話をしたくて俺たちを待っていた?」
「いやぁ、それがさぁ」
ダニエルは、応接室のドアを開ける。
テーブルの上には、ガラス鉢が置いてある。中には1匹の金魚が入っていた。
怯えたように、鉢の底でウロウロと泳ぎ回っている。
リューが警戒あらわにロニーの腰にしがみつく。金魚をにらみつけている。
「ディアちゃん、ソファに座って。落ち着いて聞いてね」
打って変わって心から気遣う顔で、ダニー父さまがディアナを座らせる。
全員が腰を落ち着けてから、ようやっと重々しく口を開いた。
「脅迫状が、我が家に届きました。ディアナ・ハースの家族を人質にした、って」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
毎日リアクションをいただいて、本当に励みになります〜ありがとうございます!
ブクマ、評価もありがとうございます〜〜嬉しいー!!
誤字のご指摘も本当に本当に助かります、大感謝しております(涙)。
明日は更新をお休みさせていただきます。
またあさってに!引き続き、どうぞよろしくお願いします。