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速記のディアナと金魚の魔術師  作者: コイシ直
第7章 相棒、は激怒した。

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(7-6)記者は語る②


 そしてウィザーは、語り出す。


 *******


 王都タイムズの社会部トップを務めるナリック・タンゲラーは、もともと幅広い相手と毎晩のように会食をする人間だった。

 新聞の社会経済面でインタビューされた財界人や軍人から、政治部の担当する政治家、文化部の担当する文化人まで。


「交友関係のつながりを強くして、協賛金を集めて、展示会やらシンポジウムやらを新聞社主催で成功させて名を上げて。ナリックは、世間での自分の価値と社内での立場をせっせと高めようとしていました」


 ディアナはナリック・タンゲラーの華やかで自信に満ちた姿を思い出して納得する。人の目を惹くのには慣れていそうだし、そつない立ち回りもうまそうだ。野心家と言われても違和感はない。

 ウィザーは、テーブルの上に出しっぱなしの今朝の新聞を、コンコンとこぶしでノックした。


「うちの新聞社は今のところ、タンゲラー家の長男が継ぐんじゃないかと噂されてますがね。三男のあの人も、派手にPRをしてトップを狙ってるんだろうなと。それだけなら、一族の内紛で済むんですがね」


 言いながら、人差し指で軽くロニーを指差してみせる。正確にいうと、ロニーの着込んだ王宮魔術師ローブを。

 

「情報屋の友人からたまたま聞いたんですが、ナリックは魔術師とも定期的に会食しているんです。でも、それが彼の出世にどう役立つのか?俺にはよく分からなかった。何でも利益ありきで立ち回るナリックに、純粋にディナーを楽しむ無償の親友がいるとも思えない」


 きな臭さを感じたウィザーは、密かに調べ始めた。過去にナリックに疎まれて、地方の系列新聞社に出向になったまま帰って来られない記者がいると知り、休暇を使って会いにも行った。


「そこで、先輩記者から秘蔵資料を提供してもらったんです。それは今から8年前、とある違法魔術の研究にナリック・タンゲラーが資金提供した証拠の資料でした。その魔術を使った商品は狙い通りに完成し、当時20歳だったナリックは見返りとして多額の売上金を手にした。一族の中で成り上がるための資金を。それがあの、違法金魚の事件でした」

「だが、あの昔の事件に、ナリック・タンゲラーという人物が関わっていたとは聞いていない」


 ロニーは慎重に言葉を選んで、ゆっくりと話す。


「犯罪組織への資金提供者は確かにいたが、それは別の人物で、捕まえられる前に自殺したと聞いている」

「それはナリックの代理人の」


 ウィザーはとん、と、右手の人差し指をテーブルに立てる。


「それまた代理人ですね」


 同じように左手の人差し指を隣に立てる。


「でも、」


 そして、左手を右手でぐしゃりと押し潰した。


「口封じで自殺を装って殺された」


 ぱっと両手を開いてみせる。

 そして、強い意志のこもった目が、ロニーを見据えた。


「ナリックは何もなかった顔をして、今でものうのうと生きている。ボージェスさんにお渡ししたその大きな封筒の中身が、その証拠です。当時、彼と魔術師の間で交わされた資金提供の契約書や、証言を書き留めた手帳が入っています」


 再び食卓に沈黙が落ちる。冷めた紅茶を一口含んで、ようやくロニーが口を開く。

 

「ひとつ聞きたい。あなたの話がもし本当だったとして。その先輩記者は、どうして自分で告発しなかった? その資料を持って魔術師団に駆け込みさえすれば、8年前に真実を明らかにできたはずだ」

「……奥さんを、人質に取られたんです」


 苦々しく、ウィザーは答える。


「奥さんをさらわれて、目の前に見知らぬ魔術師が現れた。命まで取られたくなかったら、これ以上は調べるな、すべて忘れろと脅された。彼女の命をいつでも奪える魔術紋を体に刻んだ、と。事実、目の前に連れてこられた奥さんは昏睡状態で、2日経っても目を覚さなかった。……ディアナさん、その紋が、今あなたの体に付いているものとそっくりなんです」


 ディアナはとっさに自分の腕の内側を、反対側の手のひらで押さえた。嫌な予感しかしない。

 そっとロニーの手が伸びてきて、そこに重なった。

 それだけで、心の底の氷が溶ける。

 自然と肩の力が抜ける。冷静に次の言葉を聞くことができた。


「それでとうとう、彼は脅しに屈した。事件に関して二度と話せなくなる魔術をかけられたようです。目を覚ました奥さんも、誘拐されていた期間の記憶をすべて無くしていた。その後、彼は地方へと左遷されました」


 ロニーは首を傾げる。


「それでは、あなたはどうやってその先輩からいろいろ聞き出せたんです?」

「本人からは、何ひとつ、聞けませんでしたよ。何ひとつ」


 その時のことを思い出したように、ウィザーは乾いた笑みをこぼして遠い目をした。

 

「俺の質問に、彼はあいまいにぼうっと微笑むだけでした。ただ、諦めて帰ろうとする俺に、ふと言ってくれたんです。『私は当時のことをほとんど思い出せない。でも、当時の王都の私の机を見たら何か思い出せるかもしれないと思うことはある。新聞記者にとって、ペンを走らせる机というのは、忘れられない戦場みたいなもんでしょう?』」


 苦いものを噛み殺した顔で、ウィザーの指先が、とんとんっとテーブルの天板の裏を叩いた。


「当時の彼の机は、幸いそのまま社会部にあって、他の人が使っていた。それでひとりで徹夜仕事をした明け方、何度か探って見つけました。机の天板の裏側、奥の方にぱらぱらと散らばるように、小さな数字がペンで書き込まれていた」

「なんの数字だったんです?」


 思わず話に引き込まれて漏れたロニーの問いかけに、ウィザーは淡々と言葉を続ける。


「資料保管室のボックス番号です。それに思い至るまで、ずいぶん時間がかかってしまいましたが」


 タイムズ社では、新聞記事を書く際に集めた重要な資料については、一定期間、資料室で取りおかれることになっている。後日、その資料をもう一度参照し、別の記事に転用する可能性もあるからだ。

 その保管ボックスのひとつの中に、紛れ込むように余計な封筒が入れられているのを、ウィザーはとうとう見つけ出した。

 そして、そこには、先輩記者の手記も入っていた。


「昏睡状態の奥さんを家に隠してまで、普通に仕事をしているふりでこの手記を隠している自分に苦悩し、罵倒する内容でした。そして、もしこれを見つけた人は、自分の代わりに魔術師団に渡してほしい、と」

「なのになぜすぐに魔術師団に届けなかった?」

「魔術師団の誰が信用できるのか、俺には判断がつかなかったから」


 ロニーはわずかに眉をひそめる。感情を抑えた声で、投げかける。


「魔術師団を信用できない、ということは、あなたにとってあからさまに信用できない人が既にいる、ということですか?」

「そうですね、ナリック・タンゲラーがよく会食している魔術師の名前を教えましょうか。まずは、ミラード・カーター。第4魔術師団副団長閣下です。第4は団長と副団長の名前と顔だけは公表していますよね。それで簡単に特定できました。それから、元第2魔術師団に所属していたフィン・ロクスター。今は王宮魔術師を辞めて、王立アカデミーの研究員になっています」

「……なるほどね」


 ロニーは顔色ひとつ変えずに、しかし小さな舌打ちをした。

 そのまま再び、重苦しい沈黙が落ちる。

 

 ウィザーは静かに目を閉じた。


「それで俺は、先輩の残してくれた資料を読み込んだ。自分の伝手(つて)でも聞き込んだ。この資料を預けられるほどに信用できる王宮魔術師は——つまり魔力が強くて、賢く立ち回り、ナリック・タンゲラーにつけ込まれる隙も欲もない人はいるだろうか」


 何度探ってみても、ハーフォード・カワード第1魔術師団長はダメだった。彼のカリスマ性は強すぎて、魔術師の独立王国を作りたい一派から国王候補に狙われている。本人は否定しているが、その腹の中なんてわからない。

 フィリアス・テナント第2師団長はコミュニケーション能力が完全に欠落しているし、第3師団長は魔術史にしか興味がない歴史フリーク。第4師団長は腹の中が真っ黒のスパイのボス。

 そうやって消去法で考えていくうち、残った人がひとりいた。


「ロニー・ボージェス、あなたです。階級こそ2級魔術師だが、なぜか第1・第2の団長から対等に扱われ、彼らとタッグを組んで遜色(そんしょく)のない捜査実績をあげている形跡がある。そんな有能な片鱗を強く感じるのに、出世欲は一切なく、彼女のそばにいる時だけ生き生きとしている変わり者。それ以外の時は、ほとんど姿をくらませている。この人ならあるいは、と思ったんです」


 それで、ディアナ・ハースの取材をきっかけにして、何とかして近づいてみようと思った。

 だが、誤算があった。疑惑の上司ナリック・タンゲラーが、ディアナが速記を務める魔術裁判に興味を持ってしまったことだった。

 ナリックは、裁判が終わって法廷を出ていくディアナを見ながら、うっとりとつぶやいた。


 ——美しい。あれは、一生そばで飾っておいても飽きない美しさだな。ウィザーくんの記事が楽しみだよ。


 その時の陶酔した口調を、ウィザーはぞっとしながら思い出す。まるで偶然見つけた骨董品(こっとうひん)に高い価値を見出した商人みたいな、抑えきれない高揚感に満ちていた。

 あれをきっかけに、上司はディアナ・ハースに強い興味を持ってしまった。

 自分が彼女に近づかなければ、こんな事態は起こり得なかったのに。


 ウィザーが次にゆっくり目を開けたとき、そこには深い怒りと決意があった。


「俺はこれを必ず記事にします。記事にして、あの男の悪事をすべて世に示します。もちろん魔術師団として、世に出せない魔術事項もあるでしょう。その最低限は伏せてでも、絶対に記事にする」


 痛ましそうなまなざしが、ディアナの腕の紋章に注がれる。


「8年前の不正な金儲けを公にできていたら、あいつはとっくに失脚し、今日のハースさんはこんな目に合わなかった。今ここで再び見逃してしまったら、不幸な目にあう人がさらに出てしまうでしょう」

「そう断言できる根拠は?」


 言いながら、ロニーはディアナのブラウスを下げ、丁寧に手首のボタンを止める。

 服で隠された紋章を、さらにロニーの大きな手のひらが覆い隠す。


「ナリックは今、資金を魔術師に流して、不審な動きを見せている。また違法生物を生み出す準備しているんだと思います。裏付けは今のところは完全ではありませんが……。数年前、若いフィリアス・テナント氏が第2魔術師団長に就任して以来、反感を持って辞職した魔術師が何人もいたでしょう?」


 ウィザーはズボンのポケットに突っ込んでいた手帳を取り出して、とあるページを開いてみせる。

 ロニーはそれに目を落としたまま、あきれはてたように肩をすくめた。


「確かに、顔は覚えちゃいねぇが名前だけは見たことのある奴らばっかりだな。まったく、フィリアスを妬むとか無駄にもほどがあるだろ。天才に凡人が楯突いたって、何にもなりゃしねぇ」

「それがわからないから、ナリックに踊らされてるんでしょうね」 


 恨みつらみが昂じた元王宮魔術師たちが結束して、自分を軽んじた魔術師団に一矢報いてやろうと息巻いていたところを、ナリックにつけ込まれたらしい。

 そのリーダー格がフィン・ロクスターという男だった。相当フィリアス・テナントのことを恨んでいるらしい。そしてロクスターの仲間たちも似たり寄ったりの人間だった。自分に自信があるわりに、世間知らずで口が軽い。しかも簡単に同僚を妬んで(おとし)めようとする。


「おかげですでにいくつか証拠と証言を押さえています。後でそれもお見せします。今度こそ絶対に、記事にしてやる」

「……志は素晴らしいが、大丈夫か? あんたにも、家族はいるんだろ。先輩記者と同様に、危害を加えられる可能性だってゼロじゃない」


 ロニーが猫っかぶりの捜査官の態度を脱ぎ捨てて、いつもの顔で問いかける。素の口調で、ウィザーの覚悟を測っている。


「そうなんですよねぇ。はは、ネタを追えば追うほど闇が深くて、正直まいっちまっててね。そろそろナリックにも怪しまれていそうだし、引き際を探ってたんです。でも、よかった。これからは、きっとあなたが俺と家族を守ってくれるでしょう。ナリック・タンゲラーの犯罪の証拠と引き換えにね。ああ、もちろん、先輩記者と奥さんも、あらためて守っていただけるに違いない」


 まだ若いはずのウィザーは、腹の据わった百戦錬磨の記者の顔で堂々と宣言した。


「俺と家族の命、あなたに預けることに決めました」

「……」


 いきなり重すぎる信頼を今日あったばかりの新聞記者にぶつけられて、ロニーは軽く目を見張る。戸惑いを隠さずに、ガリガリと頭を掻く。


「なんでそこまで俺を信用する? 俺だってタンゲラーの手先かもしれないぜ?」

「あなたを信用する、というよりも、ハースさんのインタビューを通して知ったあなたのことなら信用できそうかな、と思った、っていうのが正しいですね」

「ディアの?」


 急にふたりの視線が集中して、ディアナはびくりと体を震わせた。


「え、私?! そんな大したことは話してない気がするんですけど!?」

「学生時代からずっと、いつも自分を支えてくれる大事な相棒がいる、って言ってましたよね?」


 茶目っ気のある口調で、軽快にウィザーに指摘されて、ディアナは思い返す。確かに、そんなことを言った気がする。それから確か——


「ハースさんは、その相棒のことをとても尊敬していて、彼に恥ずかしくない自分になりたくて、ここまで頑張って来られたと言っていた。そして相棒を一番近くで支えられる自分でありたいし、一緒にいられるようにこれからも頑張りたい、ってね。いやぁ、愛情ダダ漏れの熱烈なラブレターを聞いてるみたいな気分でしたよ。プライベートが過ぎるから、記事にはほとんど入れませんでしたけど」


 愉快そうに言い切られて、ディアナは身を縮こめる。


「……それは、なんというか、無自覚ですみません……」

「いえいえ。ハースさんに裏表がないのはインタビューしているうちにすぐにわかりましたし、そんな人に慕われるロニー・ボージェスって王宮魔術師はきっと悪い奴ではないんだろうな、そういう意味でもやはり信用してみてもいいのかな?とは思ってたんですが。実際に今日会ってみたら、どう見たってハースさんにベタ惚れじゃないですか。ついさっきだって、呪い殺せそうな勢いで、ハースさんの腕の魔術紋を睨んでたし。だったら、ナリック・タンゲラーを捕まえたい、社会的に葬り去りたいっていう利害が一致してませんか?俺たち」

 

 散々な言われようだがロニーは否定も怒りもせず、ただディアナの頭にその手を置いた。

 ロニーが毎日手入れをしてくれているツヤツヤの髪の毛だ。その感触を確かめるように、愛おしむように、ゆっくり指先を髪に絡めながら言う。


「ディアナを引き合いに出されたら、俺が断らないってわかっててやってますね、あんた?」

「それはもちろん。申し訳ないけれど。だって、あなたは断らないでしょう?」

「あんたの読みは正しいよ。ディアを危険に巻き込んだことは赦したくないがな」


 ロニーはひとつもためらわずに即答すると、握手のための腕をウィザーに差し出した。

 ウィザーはその手をがっちりと捕まえながら、深々と頭を下げた。


「交渉成立ですね。本当に本当にありがとうございます。ああ……これでようやく光が見えてきた」




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