(7-1)ロニーは激怒した
立ち上がったロニーが、テーブルを回って、ディアナの隣の席に荒々しく座った。
手首を取られる。
そのままブレスレットを大きな手が握り込んだ。
「ロニー?」
返事はない。
ディアナのブレスレットを額に押し当てたまま、微動だにしない。
たっぷり数分黙り込む。
わずかに身じろぎしたかと思ったら、その姿勢のまま、低く低く、吐き捨てた。
「処す」
「しょす?」
ようやくディアナの手首が下ろされる。
けれど、ロニーの手は、ブレスレットを包んで離さない。
「ろ、ロニー?」
「あらかたのことを理解した」
「え、そのブレスレットひとつで?」
ディアナは愕然とした。守護ブレスレットだと信じていたけれど、ちょっと触ったら全部分かっちゃうなんて。そんなハイスペックな機能付きだなんて、まったくこれっぽっちも聞いていない。
「当たり前だろ、俺をなんだと思ってる」
「ろ、ロニー先生?」
「その通り」
——あー、そりゃ、ロニーだもんね。
ディアナはすんなり納得してしまった。
もっと過激な攻撃魔法が付与されていてもおかしくなさそうだ。
あの時、そんなものが発動しなくて良かった。
弟に怪我でも負わせてしまったら、後のことが本当にめんどくさくなる。何よりロニーが罪に問われそうなのが、ちょっと想像するだけでも嫌だ。
「で、ディアはどうしたいの」
ロニーがぐいっと顔を覗きこむ。な、なんだか距離がとても近い。
よくわからないうちに、一気に心臓が脈打った。
握られている手首から、脈を取られていたらどうしよう!
真剣な顔で、夜空色の瞳が心まで覗き込んでくる。問われる。
「この縁談相手と、会うの?」
「あ、会わない。釣書見てもない」
「ディアは俺以外のやつと一緒に住めるの?」
「む、むり。あ、でも!パムなら」
「処す」
「ひょぇ」
「俺以外の男と暮らせる?この距離を許せるのか?」
「む、むりぃぃ」
ロニーですらギリギリなのに、他の人にここまでの近さを許せるはずがない。
と思ったら、ロニーの体が少し離れる。椅子を少し引いている。
ホッとしたのも束の間、ひょいっと膝に横抱きで乗せられた。
「ひょぇぇぇ」
「この距離を、他の誰かに許せんの?」
「む、む、むりぃぃぃぃぃ」
いやもうこれは、ロニーですら無理だ。無理なのに、動けない。動けないどころか、心地いい。
自分で自分が謎すぎる!!
「はは、かわいいな」
ほっぺたに、ロニーがちゅっとキスをしてくる。
頬へのキスなら、ダニー父さまにもジェニー母さまにもアーサー兄さまにもよくしているし、してもらう。
でも、違う。これはそういうやつじゃない。
さすがのディアナも体でわかる。唇が触れたところから発火しそうだ。
絶妙に苦しくならないギリギリの強さで抱き込まれる。
すりすりっと、ロニーがあごをディアナの頭にこすりつける。なついた猫みたいに、何度も繰り返す。
「あー、すべすべで気持ちいいなー」
「そ、そりゃロニーのヘアオイルは世界一だもの」
「ここまで丹精こめて俺が育てた俺のディアナをみすみす放流してたまるかよ」
「私、金魚じゃないけどね……?」
「ディアナと金魚は俺のものだし異論は一切認めないから」
「私、金魚じゃないけど本気で大丈夫……?」
「知ってる。だから、こういうことしてんだろ。でさ、ディアはどうしたいの。俺と離れても平気なの」
「む、むり」
「むり?じゃぁどうしたいの」
「それは、その」
「ん?」
またもや至近距離で覗き込まれて、無理やり本心を引きずり出されて、ディアナは情けない悲鳴のような声をあげる。
「ロニーと、ずっと、一緒にいたいですぅぅぅ」
「ん。よくできました」
反対側の頬にもキスが降ってくる。
ロニーが……ロニーが砂糖のかたまりだ! 今まで食べてきた糖分全部をディアナに注ぎこむ勢いだ。
「よくできたごほうびに、これな」
左手の薬指に硬い感触があった。ロニーが何度もそれを撫でるから、ディアナはなかなか見られない。
でも、もしかして、これって、
「ゆびわ……?」
「そう、これでずっと一緒にいられんだろ」
「ひょぇ、えぇぇぇぇぇぇ」
その意味くらいはディアナにもわかる。左手の薬指にはめるのは、婚約指輪と結婚指輪だ。
「え、い、いつ……?いつ用意したの……?」
「初任給もらった時。全額注ぎ込んだ」
「ひぃっ」
悪い博打うちみたいなことを言われて、ディアナはもはや死にそうだ。
5年以上も前だ。しかも王宮魔術師なんて、超高給取りだ。今のディアナのお給料の何倍の金額なんだろう、この指輪。
考えるのをやめたディアナは、虚無の顔になる。
むり。これ以上は本当にむり。
なのに、ロニーが追い打ちをかけてくる。
「これ、普通の指輪だからな。お前の勤務中もずっと外すんじゃねぇぞ」
「ひっ」
「もし指輪のことを聞いてくる奴がいたら、ちゃんと答えろよ。『私には婚約者がいます』。はい、復唱」
「……わ、わたしには、こ、こんやくしゃが……います……?」
「『私の婚約者は、ロニー・ボージェスです』。はい、復唱」
「……わたし、の、こんやくしゃ、は、ロニー……え、えええええ?!」
急に現実が襲ってきて、ディアナの顔が完全に発火した。
その頬をロニーが愛おしそうに撫でるから、くらくらする。もう、これは現実を通り越している気がする。
「嫌か?」
「嫌じゃないぃぃぃぃ」
「お前のクソ弟には絶対もう会うなよ。会わずに追い返せ」
「そ、それはもちろん」
「万が一、また接触してきたら、ぜ・っ・た・い・に・つ・ぶ・す」
その言葉だけで弟をぺちゃんこに潰せそうだ。
ずっと合わせられなかった目を勇気を出して動かして、ロニーの顔をそろそろと見上げる。
怒っている。射殺さんばかりに空中を睨んで、見たこともないくらいに激怒している。
さっきの砂糖に点火して、メラメラと焦げるくらいに怒り狂っている。
その目が、ふっとディアナに落とされる。
とたんにカラメルみたいにロニーの全身から何かがどろっと溢れた。
もはや何にも隠さない目と声で、ロニーは言う。
「だから、ディアナは心配するな」
——あ、もう、本当にむり。甘すぎる。
生まれて初めての糖分の過剰供給に、ディアナは完全に、放心した。




