(6-4)ディアナのいないロニーの日常②
「よぉ、寂しそうだな」
酒場のカウンターで落ち合った瞬間、エドワードはロニーの父と同じようなことを言ってニヤついた。
今日は非番で、軍服ではなく私服を着ている。軍人生活も長くなってきたエドワードは、すっかり日焼けした大男だ。
「なに、俺、そんなに寂しそうに見えてんの?」
いっそ面白くなって、ロニーは聞き返す。
エドワードは呆れて鼻を鳴らしながら、ロニーの方にナッツの皿を押し出した。
カウンターにはもうすでに、いくつか料理が並んでいる。
「しょぼくれたでっかい猫みたいに背を丸めて入ってきたくせに何言ってんの。飼い主が早く帰ってくるといいな」
「まったくだ」
とりあえず、ふたりでビールをあおる。
3日ほとんど食べていなかったから、空きっ腹を強烈に焼いた。
「んで、エディは相変わらず、王都の生活を満喫してんの?とうとう彼女できたか?」
「お見合いから逃げ回ってるよ」
うんざりしたように首を振って、エドワードはガツガツとつまみのベーコンを口の中にかき込む。
彼は去年、王都の陸軍本部に戻ってきたばかりだ。
それまではずっと地方配属で、1年に一度こちらに帰省できればマシな方だった。
だから去年、ひさびさにじっくりふたりで飲んだ時、ロニーはエドワードを労った。
「おめでとう。王都に戻ってくるってことは、名誉の栄転なんだろ。エリート街道まっしぐらだな」
「そうだったらよかったんだがなぁ」
と、エドワードは何とも言えない顔で強い度数の酒をあおった。
「将校候補の若手は、一度このくらいのお年頃で王都に戻されんの。お前らさっさといい奥さん見つけて結婚してこーい、って。それで3年もしたら家族で遠い駐屯地に行かされることがほとんど」
家族ができれば日々に潤いが出るし、国を守るという仕事のモチベーションも上がる。愛する人がいれば娯楽控えめで単調な地方暮らしでも乗り越えられるし、何なら地方の経済も回せて皆ハッピー、という理屈らしい。
「これから軍主催のお見合いパーティーやらレクリエーションやらに何度も強制参加しなくちゃならん。本当におっくうだわ」
「そこで出会いがあるかもしれないんじゃねぇの」
「でもなぁ、俺の初恋、ディアナ師匠だからなぁ」
ロニーの額にぴくりと青筋が立つ。思い切りエドワードを睨みつけて言ってやった。
「知ってる。でも諦めろ」
「だからさっさと諦めただろ。なんせロニー先生が師匠にべったりで、隙がまったくなかったからなぁ。でも、あれだけ頭が良くて芯が強くて前向きで、おまけに性格もいい女の子なんて、そうそう会えるもんでもないだろ」
「うーん、いるんじゃねぇの。もうちょっと待てば」
「何だそれ。適当なこと言いやがって」
その時、ロニーの脳裏によぎったのは、ハーフォード・カワードの次女の姿だった。
帰ってきたばかりのエドワードを囲んで歓迎会が開かれた時も、10歳になったレイはエドワードの腕にぶら下がって離れず、宴会の間ずっと隣に陣取っていた。
ちなみにエドワードは、民間の訓練場での鍛錬を再び始めたらしい。ハーフォードとともに毎週のように通っているようで、王都帰還から1年以上たった今でも続いているという。
その天下の第1魔術師団長閣下が、つい先日、ロニー相手に廊下の立ち話でぼやいていた。
「うちのレイ、必ずついてくるんだよなぁ。やたら熱心にエディばっかり見て、俺より先にエディにタオルを渡すんだよ。でも成人するまではうちの子だからな!絶対に手放さないからな!成人するまでに、エディから興味が逸れる可能性だってあるしな!」
「でもそれって結局、別の男に取られちゃうってことなんじゃ?」
「うぁぁぁぁぁぁぁ、ロニーが容赦ねぇぇぇ」
比類なき強さを誇るハーフォードパパが廊下にがっくり崩れ落ちるという珍事が発生してしまい、その後しばらくロニーは第1魔術師団のメンバーから「勇者」と呼ばれていた。
あと7年もすればあの子も成人するんだよな、もしその時までこいつが独身だったとして、ぐいぐいこられて冷静でいられるのかな、と思うと他人事ながら興味深い。
お見合いが嫌すぎてビールを一気にあおるエドワードを冷静に観察していたら、冷やかし混じりの視線が返ってきた。
「それで、お前ら、結婚まだなの?ってか、付き合ったの?」
「……」
「なに?相変わらず膠着してんの。なっさけねぇなぁ、おい」
「……ディアの仕事が落ち着くまで」
「ロニー先生よぉ、お前、去年もおととしもおんなじこと言ってたぞ? ディアナ師匠の仕事が落ち着く日なんてくんの?」
「それが、きた」
「はい?」
「新聞にインタビュー記事が出てから、ディアの肩の力が抜けてる。夏休みの旅行先を探し始めた」
「ああ、読んだ。いい記事だったよなぁ。でも、旅行って……休みでも勉強してた師匠が?!本気で!?」
「そう、本気で」
今まで気を張ってひたすら頑張り続けていたディアナが、世の中に認めてもらえたと実感できた瞬間だったのだと思う。
これまでは仕事最優先。それ以外のことは、ほとんどディアナの中に入り込めなかった。
でも、今なら。今だったら——
ロニーの内心を見透かしたように、すかさずエドワードが発破をかけてくる。
「よし!敵が弱っている時には一気に攻め込め、攻め落とせ!決して機を逃すな。これ、軍事のセオリーな。で、ロニー先生の次の一手は?」
「ディアナが帰ってきたら、プロポーズする」
「いきなり?!」
「俺がそろそろ、本気で限界」
「あー、10年だもんなぁ」
「最近夜になると、フワッフワの無防備すぎて、気が狂いそう」
「お気の毒さま。ほら、飲んどけ」
エドワードに手渡されて、ぐいっと強い蒸留酒をあおる。
ディアナがいないと酔えないから、どんな酒でも飲み下す。
それからも散々飲んで、エドワードに進捗を報告することを無理やり約束させられて、その夜はお開きになった。
全然アルコールが効かない冷めた頭で、空きっ腹にビールをぶち込んで痛めた胃を抱えて、家に戻る。
「ただいま」
返事がない虚しさに耐えて、自室に入った瞬間。
湖の上に、異物を見つけた。
バケツだ。
父の字で、メモ書きが貼り付けてあった。
「ディアちゃんがいなくて寂しいお前に、プレゼント♡」
中には、金魚が入っていた。
赤と白と黒。更紗模様で優雅に蝶尾を揺らす金魚。
「なんだこれ」
微量な魔力を感じる。術がかけられた時に残留した魔力の滓ではない。
金魚の内側に魔力の小さな芯を感じる。
こんな魔力の芯を持っているのは、人間だけだ。
昔は魔獣もいたらしいが、とうに姿を消している。
——人間?
ロニーは頭を掻きむしる。
もし人間が魔術で金魚の姿に変換されているのだとしたら、すみやかに戻さないといけない。自分一人じゃ技術が足りない。
こんなこと、相談して理解してもらえるのは、特級魔術師のハーフォードかフィリアスだけだ。
いや、父がそれに気づかないはずがない。
あの人は、巧妙に偽装しているけれど、特級魔術師レベルの力を持っている。
でなければ、ハーフォードやフィリアスと、同じ速さ同じレベルで魔術を使えるはずがない。
この家の強固な守護結界を易々と破って中に入り込めるはずもない。
でも父は、ハーフォードにも、フィリアスにも相談せず、息子のところにこの得体の知れない金魚の形をした何かを持ってきた。
どうして?
——自分のごく身近なところに、つまり第4魔術師団に、動きを悟られたくない人間がいるから、か。
部下の中で、この金魚を任せられるのが、身内のロニーだけなのかもしれない。
いままで金魚をいきなり持ってきたのは、すべてそれがあったからなのかもしれない。
——俺から、ハーフォードさんとフィリアスにこっそり相談して動いてくれ、ってことね。
ほとんど魔術師団に顔を出さないロニーの方が、団員に気づかれずに行動することができる。
「はは」
乾いた笑いが漏れる。
とりあえず、ドボン、とロニーは湖に身を投げた。
発作的に沈んでみても、どこに逃げられるわけでもないけれど。
何が「ディアちゃんがいなくて寂しいお前に、プレゼント♡」だ。
「俺は寂しいの!ディアのことだけ考えてたいの!なのになんでこんな厄介ごとを押しつけてくるんだよ!!!」




